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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード2ー剣聖、闘技場に立つー
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大きな制約ー

控え室の隅。


ミリィは壁に背を向け、膝を抱えたまま動かない。


小さく丸まった背中には、明らかな拗ねが滲んでいた。


しばらくして、オセがそっと声をかける。


「その……反省してるっす。マジさーせん」


それでも、返事はない。


ミリィは顔を上げず、じっと膝を見つめたまま。


オセは深く息を吐き、頭を下げる。


「今回のは、全面的に俺が悪かったって反省してるっすから、ここは一つ……」


床に額がつきそうな勢いで頭を下げる。


それでも――


ミリィはまだ、黙ったままだった。


「機嫌なおしてくださいよーミリィ様ぁ」


少しだけ困ったような声。


やがてミリィが、ちらりと顔を上げる。


涙の名残が残る瞳で、オセを見た。


「……私のこと……バカにしてるんでしょ……」


か細い声。


オセは即座に首を振る。


「んなわけないでしょー」


だが、ミリィはさらに視線を逸らし、小さく呟く。


「だって……そうじゃなかったら……」


言いかけて、止まる。


オセは軽い調子のまま、ぽんと一言。


「だってーまさかミリィ様の胸がそんなに小さいなんて思わなくって」


「ぐはっ」


ミリィの身体がびくっと跳ねる。


その一言は、的確に――深く刺さった。


オセは悪気なく続ける。


「見た感じ同じくらいだからサイズも大丈夫と思ったんすが……白は大きく見えるって言うっすもんね!」


「はぐっ……あぅっ……」


言葉の刃が、容赦なく追撃する。


ミリィは顔を真っ赤にして、さらに小さく丸くなる。


――結果。


とりあえず着てみるだけでもと唆され、ノリノリで着替えてみたところ、胸がガバガバだったのだ。


試着室にて、


静寂を破るように響いた絶叫は、外にいる者たちをも震え上がらせた。


それから。


ミリィは――


拗ねたままだった。


膝を抱えたまま、頬をぷくっと膨らませる。


「……もう……オセなんて……」


小さく呟いて、そっぽを向く。


その背中は、どこか本気で怒っているようで。


同時に――


どこか、ほんの少しだけ寂しそうでもあった。


闘技場へ続く通路。


ミリィはまだ少しだけ頬をふくらませたまま、それでも背筋を伸ばして歩いていた。


観客のざわめきが遠くから響いてくる。


入口が見えてくると、自然と笑顔が浮かぶ。


ぎこちないながらも、観客に向けて小さく手を振る。


「……えへへ……」


ぎこちない、けれど真面目な笑顔。


――その途中で。


「……あれ……?」


ふと、違和感。


身体の奥に、どこか落ち着かない感覚。


「なんだか……スースーする、かも……?」


足を止めかける。


しかしすぐに歩き続ける。


そして――


気づく。


一瞬、時間が止まる。


「……え……」


目を見開き、次の瞬間。


顔が――一気に真っ赤に染まる。


「こ……これは……」


スカートの裾に、そっと手を添える。


ぎゅっと押さえながら、視線を泳がせる。


「やばいよぉ……」


声が震える。


涙がじわりと滲む。


――さっきの試着の衝撃で。


着替えの流れの中で。


下着を――つけ忘れていた。


「……どうしよう……どうしよう……」


心臓がばくばくと鳴る。


それでも。


足は止めない。


止められない。


観客の視線がある。


期待がある。


ミリィはぎこちない笑顔を貼りつける。


「……だ、大丈夫……」


自分に言い聞かせるように。


震える声で。


手はずっとスカートの裾を押さえたまま。


赤面と涙目のまま。


それでも――


舞台へと、一歩ずつ進んでいく。


舞台へと続く階段。


ミリィは一段、また一段と、ゆっくり確実に足を運ぶ。


裾を押さえる手に、わずかな力がこもる。


「……大丈夫……大丈夫……」


小さく呟きながら、自分を落ち着かせる。


視線は前へ。


けれど意識は――


前、後ろ、そして足元、さらに観客の視線。


「……ど、どうしよう……」


頭の中がぐるぐると回る。


「笑顔……笑顔……」


ぎこちないまま、なんとか表情を保つ。


それでも、心臓の鼓動は速いままだ。


一歩ごとに、緊張が増していく。


裾がめくれないように。


不自然にならないように。


転ばないように。


全部を同時に意識しながら、必死に進む。


そして――


ついに、階段を上りきる。


「……っ」


ミリィは小さく息を吸い、顔を上げる。


舞台の上。


向かい合う相手は――女騎士。


凛とした鎧姿。


揺るがない眼差し。


ミリィもまた、裾を押さえていた手をほんの少し緩める。


けれど完全には離さない。


赤く染まった頬のまま。


それでも――


まっすぐに、相手を見据える。


「……よろしく……お願いします……」


震えながらも、しっかりとした声。


その一言に、先ほどまでの混乱が少しだけ収まる。


今はただ――


目の前の戦いに集中するために。


ミリィは小さく足を踏みしめ、構えを取った。


舞台の上、張り詰めていた空気が一瞬だけ緩む。


女性騎士は構えたまま、まっすぐにミリィを見た。


「かの剣聖様と戦えるとは、なんと名誉なこと――」


その声には、敬意と少しの楽しさが混ざっていた。


剣を握る手は緩めたままだが、その瞳には確かな闘志が宿っている。


観客席からもざわめきが広がり、期待の空気が高まっていく。


ミリィは一瞬だけ、その言葉に反応して顔を上げる。


まだどこか混乱したまま、それでも――


騎士の真っ直ぐな視線を受けて、ゆっくりと姿勢を整える。


「……こちらこそ……よろしく、お願いします……」


震えを押し殺した声。


だが、その中に確かな覚悟があった。


舞台の空気が、再び張り詰める。


次の瞬間――


戦いが始まろうとしていた。


舞台の上。


張り詰めた空気の中――


女性騎士がふっと構えを解く。


そして、指を差しながら言った。


「剣聖様、シャツのボタン掛け違えてますよ。待ってるから、直してください」


ミリィは一瞬、きょとんとする。


「え……?」


そっと視線を落とすと――


確かに、ボタンが一つズレていた。


「え……ここで今、直すの……?」


顔がさらに赤くなる。


胸元。


そして裾。


どちらも無防備にはできない。


片方を守れば、もう片方が危ない。


両方を守ろうとすれば――動けない。


「……ど、どうしよう……」


目がぐるぐると回り始める。


頭の中で、いくつもの選択肢が高速で潰れていく。


――直す?

――このまま?

――でもそれは……


「……むり……」


小さく呟く。


だが、相手は待ってくれている。


視線は穏やかで、急かす様子はない。


ミリィは唇をぎゅっと結ぶ。


「……だいじょうぶ……」


震える手で、ゆっくりと決意する。


裾を押さえていた手に、少しだけ意識を集中しながら――


もう片方の手を、そっとボタンへ伸ばす。


ぎこちない動き。


息を止める。


「……っ……」


慎重に、慎重に。


震える指で、ズレたボタンに手をかけ――


なんとか位置を整えようとする。


その間も、視線はずっと下。


集中しているのに、どこか心ここにあらず。


それでも――


剣聖としての責任感が、彼女を動かしていた。


「……よし……よし……」


小さく、自分を励ましながら。


危なっかしくも、なんとか直そうとするミリィの姿。


その場には――


妙な緊張と、ほんの少しの静けさが漂っていた。


ミリィはなんとかボタンをかけ直し、ぎこちなく頭を下げかける。


「お待たせ、しました……」


だが、その瞬間――


「……っ」


ハッとして、慌てて身体を起こす。


お尻側のスカートの裾を両手で押さえながら、小さく後ろに引く。


「あぶない……後ろから...見えちゃう……」


息を詰めたまま、視線を泳がせる。


女性騎士は、その一連の挙動を見逃さなかった。


呆れと違和感が入り混じった視線を向ける。


「もしかして……馬鹿にしてるの?」


ミリィはびくっとして、勢いよく片手を振る。


「そ、そんなことありません!」


必死の否定。


だが、その動きすらどこかぎこちない。


騎士は目を細める。


「だったら――本気見せてよね!」


その言葉と同時に、一歩。


地面を踏み込む音。


鋭い斬撃が、一直線にミリィへと放たれる。


空気が裂ける音。


ミリィは――


すり足で、静かに横へ流れるように避けた。


身体は極力揺らさない。


スカートを押さえたまま、重心を低く。


最小限の動きで、正確に。


二撃目。


三撃目。


連続する斬撃を、同じように。


無駄な動きは一切ない。


ただし――


「……っ……」


内心では、気を張り詰めていた。


裾。

姿勢。

バランス。


すべてを同時に意識しながら、それでも――


ミリィは一歩も引かず、舞台の上で剣戟に向き合っていた。


ミリィの最小限の動き。


無駄のないすり足。


その一挙手一投足に、観客の熱気が一気に高まる。


「なんて動きだ!」

「北にこんな風に川を流れる流木に見立てた動きを取る流派があると聞いた!」

「さすが剣聖!」


沸き上がる歓声。


だが――


ミリィは困惑したまま、小さく首を振る。


「いや……これは、そんなんじゃ……」


心の中では、必死に考えていた。


――このままじゃ……勝てない……


斬撃は鋭さを増し、間合いは徐々に詰まる。


一歩、また一歩と後退するうちに――


気づけば。


舞台の端。


背後には、もう逃げ場がない。


「……っ……」


ミリィの目がわずかに揺れる。


普段なら、いくらでも避けられる。


距離を取って、立て直して、反撃に移れる。


けれど今は――


制約が、あまりにも大きい。


裾を押さえたままでは、動きに限界がある。


「……避けられない……」


小さく、息を呑む。


女性騎士は、間合いを詰める。


次の一撃に、すべてを込めるように。


剣を引き、構える。


その瞬間――


空気が張り詰めた。


観客の声が、遠のく。


ミリィの視線が、静かに騎士へと向く。


逃げ場はない。


それでも――


彼女は一歩、踏みとどまった。


「……来る……!」


その瞳に、迷いはもうなかった。

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