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純潔のミレニアム  作者: K.K.
エピソード2ー剣聖、闘技場に立つー
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魅せるための戦いー

舞台に上がると、対戦相手はすでにそこに立っていた。


全身を黒い甲冑で覆い、無機質な光を宿す面頬。

長大な槍を静かに構え、その姿だけで圧を放っている。


ミリィはその対極の位置に立ち、震える瞳で相手を見つめた。


「こ……こわい、よぉ……」


声はか細く、今にも崩れそうだ。


それでも。


唇をきゅっと結び、無理やり笑顔を作る。


目にはうっすらと涙。


だが、視線は逸らさない。


――オセの言葉。


③舞台に上がったら観客席に笑顔で手を振る。そして何か叫ぶべし。


その一瞬、ミリィは小さく息を吸い込むと――


くるりと背を向けた。


「……えっ?」


対戦相手がわずかに動く。


しかしミリィは、そのまま観客席へと向き直る。


そして――


両手を大きく振り上げた。


「……み、みなさーん……!」


満面の笑み。


ぎこちなさはある。

けれど、全力の笑顔。


「が、がんばります……!」


その一言と共に、手を振る。


最初は戸惑っていた観客たち。


だが――


「……おおおおお!!」


一人、また一人と声を上げる。


「応援するぞ!!」


「ミレニアムー!!」


「がんばれ剣聖!!」


歓声が、波のように広がっていく。


会場全体が、ひとつの大きな声に包まれた。


その熱気の中で。


ミリィは少しだけ目を丸くして。


「……あ……」


小さく息を漏らす。


そして、指輪にそっと触れる。


震えは、まだ残っている。


けれど――


さっきまでとは、違う。


「……みんな……」


微かに微笑みながら、呟く。


その背後。


黒甲冑の男が、ゆっくりと槍を構え直した。


次の瞬間――


試合開始の合図が、静かに響いた。


ミリィが振り返った瞬間。


――黒い槍が、視界を裂いて迫っていた。


鋭い切先。

空気を切り裂く圧。


だが、ミリィは――


軽く、ステップを踏む。


ほんの一歩。


その動きだけで、槍は紙一重で空を切った。


「……っ!」


観客席から歓声が弾ける。


「避けた……!」


「今の見えたか!?」


歓声が一段と大きくなる。


対戦相手はすぐさま踏み込み、連続で突きを放つ。


鋭い連撃。


だが――


ミリィはそれを、まるで踊るように避けていく。


体をひねり、半歩引き、くるりと回転しながら。


一つひとつの突きが、彼女の身体をかすめていくが――当たらない。


「……こ、こわい……っ……」


小さく震えた声が漏れる。


それでも。


止まらない。


オセの言葉が、頭の中に響く。


④――まずは攻撃をよける。


踊るように。

軽やかに。


「……っ……」


ミリィは一度、深く息を吸う。


――動く。


今度はさらに滑らかに。


一歩、二歩。


体重移動は軽く、視線は相手から離さない。


突き。


回避。


突き。


回転して回避。


繰り返すたびに、動きが研ぎ澄まされていく。


やがて――


「おおおおお!!」


観客席から、大きな歓声が上がった。


「すごい!当たらない!」


「踊ってるみたいだ……!」


「これが剣聖か……!」


さっきまでの疑念は、歓声に塗り替えられていく。


ミリィは、息を切らしながらも。


ほんの少しだけ、目を細めた。


「……よけ、られてる……」


小さく、安堵の言葉。


その背後で――


槍はなおも、止まらず迫り続けていた。


歓声がさらに大きくなる中。


ミリィの頭の中に、オセの言葉が浮かび上がる。


⑤――観客が盛り上がり出したら、次は攻撃。


小さく震えながらも。


ミリィは――一歩、踏み込んだ。


初めて、自分から。


踏み込みは一瞬。


槍が突き出される。


だが、その軌道を見切り――


「……っ」


ミリィは片手で槍を叩き落とした。


乾いた金属音。


軌道が大きく逸れ、槍の切先はそのまま闘技場の石畳へと突き刺さる。


「なっ……!」


相手が体勢を崩す。


その隙を逃さない。


さらに一歩。


間合いを――詰める。


距離は、ほぼゼロ。


「……えっと……」


ミリィは小さく呟く。


頭の中で、オセの言葉を反芻する。


⑤――観客が盛り上がり出したら、次は攻撃だけど、まだ一撃では倒さないこと!



「……軽く、軽ーく……当てるだけ……」


右手をゆっくりと振り上げる。


「……よいしょっ」


ぱしん、と。


ほんの軽い、平手打ち。


兜越しに、相手の頬を打った。


その――


瞬間。


轟音。


「――――ッ!!」


大気が震え、衝撃が爆ぜる。


相手の身体が、石畳へと叩きつけられた。


地面が砕け、石の破片が飛び散る。


砂塵が舞い上がる中――


沈黙。


ミリィは、固まったまま手を見つめる。


「……あれ?」


呆然とした顔で、地面にめりこんだ黒い甲冑を見下ろす。


観客席は、一瞬の静寂の後――


「……うおおおおおおおおお!!!」


爆発するような歓声に包まれた。


誰もが理解している。


今の一撃が、“軽い”はずがないことを。


だが。


本人だけが。


まだそのことに気づいていなかった。


通路の先。


その光景を見届けたオセロット・ラハムは――


ゆっくりと顔に手を当てた。


「……はぁ……」


深いため息。


指の隙間から覗く視線は、呆れと焦りが入り混じっている。


「いやいやいや……」


小さく首を振る。


「“軽く”って言ったじゃないすか……」


頭を抱えたまま、再び視線を闘技場へ。


そこには――


石畳に沈み込む対戦相手と、ぽかんとしたままのミリィ。


「……ミリィ様……」


ぼそりと呟く。


その声には、諦めと同時に、どこか誇らしさも滲んでいた。


「やっぱり……規格外すぎるっすよ……」


顔を覆ったまま、肩を落とす。


それでも、視線だけは離さない。


――この“やばい剣聖”を、どうやって世間に見せていくか。


その難題を、改めて思い知るオセだった。


石畳に沈み込んだ対戦相手を前にして――


ミリィの表情が一瞬で青ざめた。


「や……やばい……またオセに叱られる……」


慌てて一歩、二歩。

意味の分からない小刻みな動きでその場を行ったり来たりする。


「ど、どうしよう……えっと……えっと……」


ぐるぐると回る思考の中で――


ふと、思い出す。


「……そうだ……最後の指示で……挽回すれば……」


頭の中に響く、オセの言葉。


⑥――相手を倒したら。


その瞬間。


「……っ……」


ミリィの頬が、耳まで一気に赤く染まった。


「ほ……本当にやるんだよね……」


顔を両手で覆う。


「やだなぁ……恥ずかしいよぉ……」


小さく左右に頭を振りながら、もじもじと身体を揺らす。


「でも……やんないと……もっと叱られる……」


ぎゅっと拳を握る。


そして――


ゆっくりと、顔を上げた。


赤面したまま。


それでも、背筋を伸ばし。


凛とした空気を纏う。


観客席へと、ゆっくりと向き直る。


遠目からは分からない。


だがその表情は――


赤面、涙目、震え。


三つが揃ったまま。


それでも。


踊るように一歩、踏み出す。


優雅に。


そして――


微笑む。


ぎこちなくも、精一杯の笑み。


両手をゆっくりと唇へ運び――


観客に向けて。


投げるように。


「……っ」


小さく息を吸い。


両手を大きく投げ出す――


投げキッス。


一瞬の静寂。


次の瞬間――


「うおおおおおおおおおお!!」


割れんばかりの歓声が、闘技場を揺らした。


「やばい!今の見たか!?」


「かわいい!強い!なにあれ!?」


「剣聖最高!!」


熱狂。


爆発するような歓声の中で。


ミリィは――


投げキッスのポーズのまま固まっていた。


顔は真っ赤。

目は潤み。

手足は小さく震えている。


「は……恥ずかしい……よぉ……」


か細い声が、ぽつりと漏れる。


その背後。


通路の奥。


オセロット・ラハムが――


拳を握りしめていた。


小さく、しかし力強く。


その表情には、満足と誇りがはっきりと浮かんでいた。

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