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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルとダンジョンの町のお仕事」
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11・教会のお仕事

 開けて翌日、ダンジョンから出たサトルたちは、サトルの治療に向かうチームと、採取して得た物を金に換えるチームとで分かれて行動することになった。

 サトルの活躍で、思っていた以上の収穫を得ていたオリーブたちは、かなり機嫌が良かったが、それでもサトルの治療に付いて行きたいという者はいなかった。


 どう考えてもサトルに懐いているヒースでさえ、「其処」にはいきたくないといった様子。

 いったい何があるのかわからないサトルは不安になるばかり。

 ワームウッドが仕方ないなと、自ら名乗り出なければ、くじ引きでも始めそうな勢いだった。


「すみません、ワームウッド」


 本来なら自分が行くべきだったろうにと、ルーが心底申し訳なさそうに謝ると、ワームウッドは仕方ないでしょと笑う。


「女子供の方が舐められやすい、僕が一番適任なのはわかってたしね」


「俺のせいで、迷惑をかける」


「守れなかったのは僕たちの責任だからね」


 だから最初から自分が行く気だったとワームウッドは苦い物を噛んだように顔をしかめる。


「正直言って、今回の事は僕らの失態だと思ってるんだよ。実験してみたいとか、任せてみようとか言うその前に、サトルがルーと同じ、学者として連れてきている人間だってのを忘れてたんだから。浮かれすぎてたと反省してるの、こう見えて」


 どうやらサトルや妖精たちに蜂の駆逐を任せたことは、自分たちの判断ミスだったとワームウッドは思っているらしい。その言葉にオリーブも頷いていた。


「だーかーら、サトルは気にせず、万全に治療してもらってね」


 サトルがワームウッドに連れらて行った場所は、あのバロックなのかゴシックなのか分からない、奇妙な生物的なシルエットの建物だった。


 ジスタ教教会。シャムジャやラパンナが嫌がる場所。

 誰でもウェルカムと言わんばかりに開かれた両開きの門。前庭を通ってたどり着く竜に似た建物の正面の両開きの大きな扉。

 しかしその実態は、どうやら見た目ほど開放的ではないらしい。


 竜のようなシルエットの建物は、日本人が教会の建物と言って真っ先に思い浮かぶような礼拝堂だった。

 中に入る前に、サトルたちを呼び止める声。


「お待ちください」


 振り向けば建物の右手から、いかにも司祭服という雰囲気の、飾り気のない服を着た男が向ってくるところだった。


「冒険者の方ですね? ご用件は?」


 歳は五十を越えた頃か、色の白い穏やかな顔立ちの男だ。しかしその声は丁寧な物言いとは裏腹に硬い。

 ワームウッドがサトルの前に立ち言葉を返す。


「彼が初階層で蜂の毒を受けた。ホリーデイルが沢山あったから問題はなかったけど、一応治療をとね。それと、このホリーデイルは寄付。治療費とは別にね」


 それはサトルがニコちゃんの力を借りて採取していたホリーデイル。量としてはホウレンソウ一束分ほど。

 ルーが言うには銀貨十五枚はくだらない。自分の二ヶ月の食費よりもずっと多い、とのことだったが、それがどれくらいの価値なのか、サトルには今ひとつわからない。


 ワームウッドが差し出したホリーデイルを、男は受け取り相互を崩す。警戒の色はすっかり消えていた。


「慈悲に感謝します」


 深々と頭を下げるその様子を見るに、男はワームウッドを敵視しているというわけではないらしい。ただ、彼がシャムジャであるということが、警戒の原因であるのは間違いないだろう。


「それじゃあ、僕は敷地の外で待っています。信徒の心を乱すことは好まないので。彼をよろしくお願いします」


「お気遣いありがとうございます。ええ、確かに」


 男が何か言うより先にと、ワームウッドが待つ場所の事を口にすれば、男は少し困ったような笑みを浮かべ、もう一度深々と頭を下げた。

 とても慇懃な態度。それにどんな意味があるのか、文化の違いなのかサトルには今一つ理解できなかった。

 ただ男は、ワームウッドに対して若干の心苦しさを感じているようにも見えた。


 ワームウッドが去るのを見送って、男はサトルを案内すると手招く。

 場所はどうやら礼拝堂の裏手、あのロマネスク様式のような、武骨な四角い建物のようだ。


「あの……俺はこの町の文化を余り知らないので、これからどのような治療をされるのか、分からないのですが、聞いてもいいでしょうか。」


 もちろんですよと男は笑顔で返す。

 男は助祭のチャイブと名のった。


「貴方がここの者でないのは伺っておりますわ。こちらにいらしたばかりの学者様だと。どうぞ、治療院は裏にございますので、こちらへ。治療と言いましても、神の籠を受けた治療師により、ダンジョンの悪素を取り除くだけです、恐ろしいことはありません」


 いったい誰から聞いたのか、チャイブは言わなかったが、サトルの心当たりは数えるほどしかないので、その内の誰かだろうと思えた。


 治療院というのは、病院のような物なのか、それとも対モンスターに受けた手傷の実の治療を指すのか、今一つ分からなかったが、この「治療」に関してはどうやらジスタ教会の独占技術なのだろう。

 そうでなければ、ルーがあれほどまでに忌み嫌っていたジスタ教会に、サトルを向かわせる理由がない。


「それにしても、ミードバチに刺されるとは大変でしたね。あまり目撃例のないモンスターだけに、対処も難しかったでしょう?」


 チャイブは案内をしながら、本当に心配していると言った風にサトルに声をかける。


「気にかけていただきありがとうございます、ですがダンジョンに潜ると決めたのですから、危険は承知でした」


「……貴方は我らが友、信徒の方々に忠告を受けていましたね?」


 明確にジスタ教の信徒と分かる人間で、サトルに忠告らしきしたのは、ダンジョンに入る直前に出会った二人のヒュムスだろう。


「ああ、あのお二方ですね。お二方にも話したんですが、俺の国にはその考えが無かったんです。だから、穢れというものが何なのか、分かりません」


 できれば聞かせてもらいたいとサトルが言えば、チャイブは少し言葉を途切れさせ、あまり面白いと思われないかもしれないが、と前置きをして話してくれた。


「神話です。おとぎ話と思ってもらっても構わない。神が他人をおつくりになった後、人を試すため、試練の地としてダンジョンをおつくりになりました。その地へ潜る強欲なるものの中に、獣の汚れを受け、モンスター梳かすものが現れました。シャムジャ、ラパンナ、ヌーストラ、ラマディアはその末裔だと言われています」


 また聞いたことのない種族の名前が出てきたが、それについては後でルーにでも聞こうと、サトルは流して黙って話を聞き続ける。


「また、パランディア、ガーディアンは神に許し得て、再び人に戻った者達です。ただ、悪魔の誘いを受け、より穢れに落ちた者たちもいます。わたくしはその名を呼び、穢れを受けることが恐ろしいので口にはできません。そういうお話です」


 そういうお話、と締めくくるチャイブの表情は、あまり面白いものではないと言いたげだ。


「ご教授有難うございます。研究に、役立てることが出来そうです」


 サトルの礼の言葉に、チャイブは足を止め首を振る。


「いいえ、わたくしの方こそ……貴方の考え方に、教えを貰った気分ですよ」


「俺の?」


 自分の言葉のどこに教えがあったというのか、サトルはまるで見当もつかなかった。


「申し訳ない、神の教えを疑うなど、と思ってはいるのですが……」


 誰に謝っているのか、チャイブの言葉はサトルに向けてではないように聞こえた。

 もしかしたら、受け入れがたい、それでも無視できない価値観を初めて知った人間は、今のチャイブのように思いつめた顔をするのかもしれない。


「分かりません。ですが俺の国にはなかった。それだけなんですよ、本当に」


 肯定も否定もするつもりなく、サトルは自分は分からない、というスタンスを貫く。

 迷える子羊のようにふらふらと揺れるチャイブの目がサトルを捉える。


「どうしてこのガランガルのダンジョンへ?」


「知り合いに呼ばれて、ですね。俺はそれ以外でここへ来る理由はなかった」


 本当の事は言わずに、適当に返す。


「そうですか。そのお知り合いの方は?」


 納得できないのか、それともその知り合いにも話を聞きたいと思ったのか、チャイブはしつこく問う。


 知り合いを捏造するとしても、国外に知り合いがいるだろう、ダンジョンについて研究している学者の、そしてルーの家に助手として居候しているという条件を全部満たし、かつこのチャイブの執拗な問いを躱すには、さてどうするべきかとサトルは考える。

 死んだ人間の名を借りることははばかられたが、明言しないので許してほしいと、サトルは心の中でルーに謝る。


「もう、今はいません……」


 ひくりと、チャイブの頬が引きつる。

 もしかして、と言いかけて、チャイブは片手で自分の顔を覆った。


「ああ、そういう事でしたか。本当に……本当に申し訳ありません。言い難いことを聞きました」


 勝手に納得してくれたようで、チャイブは再び歩みを再開し、サトルを治療院の建物へと招き入れた。


「どうぞ、手前のベンチへ。すぐに治療士の力を持つ者を呼びましょう」


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