10・妖精と精霊のお仕事
テカちゃんたちの目くらましに、蜂たちは一瞬で統率を失い、もつれるように数十匹が地面に落ちる。
その落ちた蜂の隙間を埋めるようにサトルとの距離を詰める蜂を、ギンちゃん、フーちゃんが全身から酸を噴射し撃ち落とす。
命を奪うまではいかないが、蜂はすぐさまサトルを襲うことはできない状態。
そして守りが薄くなった蜂の巣に、煙を纏ったモーさんが突撃する。
「巣を破壊して! モーさん! できれば中身を壊さないように!」
モーさんはいつの間にか子牛ではなく子馬の様なすらりとしたシルエットに代わっており、体当たりではなく随分と長くなった足で巣を蹴り壊す。
まるでどこを狙うべきか変わっているかのように、繭状の外壁を破壊し、左右の木に渡した板のような部分を砕くモーさん。
蜂の何割かは巣に戻ろうとするが、そこには煙と淡く光るナニカしか認識できないのか、モーさんを襲うことなく不安げに周囲を回るのみ。
やがてサトルを襲う群れに戻る。
妖精たちは自分たちでものを考え、その場に則した動きをすることはもうわかっていた。
共感力もあり、人を心配することも、物を考え最適な行動をとることも、そして人間が何を欲しがって行動しているのかも、この妖精たちは全て理解している。
サトルが確信していた通り、妖精たちはサトルの指示を的確にこなしてくれた。
「よし!」
次の行動に移るために、サトルは素早くより巣から距離を取る。
しかし慣れない靴のせいか、柔らかすぎる土のせいか、サトルは足をひねるように転倒してしまった。
それでも這うように、巣から距離を取り、迫ってくる蜂を松明で追い払う。
蜂の毒針はただ飛んでいる状態ではうまく獲物に刺せないらしく、いきなり集団に刺されると言う事は無かったが、それでもサトルが立ち上がるまでの間に、サトルの背にとりついた一匹が、その背中に針を突き立てた。
「ぐぎっ……」
背中に釘を刺されたこんな痛みになるだろうか、という様な強い痛みにサトルは再び地面に倒れ伏す。
倒れたサトルに群がろうと羽をうならせる蜂たち。
背に聞く羽音が頭上にまで伸びてきた瞬間サトルは叫んだ。
「ぐ……レオ! 契約だ! 蜜酒を一口分けてやるから俺を守れ!」
それはサトルの契約した炎の精霊を呼び出すための文言。
サトルの言葉に反応して、その背後に熱気を持った陽炎が浮かび上がる。
「一掃しろ! 蜜酒の材料は守れよ!」
声に応え、サトルの背に群がろうとした蜂たちが、一瞬にして炎の渦に飲まれた。
「は……はは、は、現金な奴」
酒を分けてやると言っただけで、こんなにも完璧に自分の要望に応えるとはと、サトルは苦笑し、そのまま気を失った。
サトルが目を覚ますと、そこは森の中ではなく、開けた場所。サトルはあおむけに寝かされ、視界には天井のみ。
聞かずとも想像は付いたが、一応サトルは尋ねる。
「ここは?」
「キャンプ地だよ。サトル刺されたから」
だから運んできたと答えるのはヒース。わざわざ顔を覗き込み、大丈夫そうだと分かると、サトルの背を支え起した。
ルーやオリーブたちは、車座になってサトルを囲んでいた。
もうこれは何かのいじめじゃないかと、そうサトルが感じるほどに、その圧は強かった。
「あー……ごめん」
わざわざ引き返させてごめんとサトルが言うよりも先に、アンジェリカが話を切り出す。
「それよりも、さっきの事を聞きたいのだけど、いいかしら?」
膝立ちでずいと詰め寄り、サトルのシャツの襟首をつかむ。
「あれは、何?」
あれ、と言われて思い当たるのは、サトルの下行動の事か、それともその行動に使った妖精の能力か、はたまた人前では初めて使った精霊との契約で行使できる力の事か。
「無茶をしたことを怒ってるのか、目くらましを事前に話していなかったことか、それとも」
サトルの言葉を遮りアンジェリカは言う。
「貴方が出した炎よ。まるで意思を持っているかのように、蜂だけを殲滅せしめたあの力」
「何って、精霊」
それを聞いて、アンジェリカは大きくため息を吐く。
「あんなもだなんて聞いていない」
確かにそれはサトルも説明した覚えがない。
精霊と契約してみせろとローゼルに言われていたが、その契約がどういう物かも、契約によってどういうことをできるようになるのかも、サトルはまだ誰にも話していなかった。
アンジェリカはせいぜいルーができるような、火種を起こしたり、水を空気中の水分から作り出す程度だと思っていたのかもしれない。だからサトルに説明を求めていなかったのだろう。
サトルのシャツを掴むアンジェリカの手を、オリーブが掴み引き離す。
アンジェリカはまた大きくため息をついてそれに従う。
「あれはシャーマンの技だサトル殿、モリーユが行使する様な魔法ですらない。あの炎自体が自らの意思を持って、蜂を一匹残らず殲滅した、そうだね?」
オリーブの問いにサトルは頷く。
「精霊の実態化なんて、滅多にある事じゃないわ」
アンジェリカはあり得ない事よともう一度ため息。
「レオって呼んでた。名前だよな?」
アロエは何を思ったか、少し楽し気に耳を揺らして問う。
「ああ、うん、レオナルド・ダ・ヴィンチ」
「家名迄付けたんですか? どういう意味です?」
名前の意味を聞いたのはルー。瞳孔が好奇心から大きく広がっている。
「俺の世界の有名人の名前。獅子のようなっていう。気に入ったって言うから、そう名付けたんだ。ダ・ヴィンチの意味は俺のコウジマチと同じで、ヴィンチ村の出身って言う意味」
「そんな名前を……精霊と直接話してつけたわけ?」
面白いことをするねとワームウッドが意地悪く笑う。
「うーんまあ、直接と言っていいのか分からないけど、彼らと話せるのは、俺が酩酊している時だけだ。クレソンに酔い潰された日の夜に、彼らと対話した」
「ああ、あの時か。あのアホはそういうところあるから。僕嫌いなんだよね、あいつの粗暴さ。でさ、彼らってことは他にも?」
クレソンと聞いて、ワームウッドはぐしゃりと顔をゆがめる。ちょっとアレな内容を暴露されたが、ヒースが困ったように「師匠そういうこと言っちゃダメ!」と言うので、サトルはあえてそこは聞かないふりをする。
「ウワバミノオオトラっていう、巨大な蛇の姿をした精霊が」
「何の精霊?」
「水。俺とは相性がいいと言うけど、俺は彼は苦手だ。それがいいと彼は言うけど、正直何時頭から食われるか分からなくて怖い」
「そんなこと言って大丈夫なの?」
「嘘吐きの方が嫌いだから、陰口じゃないなら好きなだけ大ぴらに話せと言われている」
ワームウッドの矢継ぎ早の質問にサトルが答えると、満足したのか面白いねえとワームウッドは笑った。
しかし次はオリーブのターンだったようで、次の質問がサトルにぶつけられる。
「どうして隠していた?」
「隠してたつもりはない。聞かれなきゃあまり話せない、って言う制限がある」
「制限? それはどんな?」
「それを引き出したい、っていう他者からの介入がないと、俺の中にある情報が引き出せない。酩酊状態の俺は箱で、その中に精霊たちの言葉詰め込まれてる感じだ。起きてる俺は蓋がしてある。蓋を開けることが出来るのは、外から手を伸ばしてくる他者だ」
「黙っていたのは俺の意思じゃない」
質問さえ受ければ、答えることが出来るとサトルは言う。
それはまるでキンちゃんやギンちゃんが、特定の質問にのみ、明確な答えを返せるのに似ていた。
その後もサトルはいくつかの質問を受け返した。
精霊は酒が好きで、契約者が酒を飲み酩酊状態になると、精霊と交信できる。また酩酊状態の契約者を通して酒を味わうことが出来る。その為シャーマンになるにはある程度酒に酔うという性質も必要だと言う事。
炎の精霊レオナルドと、水の精霊ウワバミはそれなりに仲が良く、別に火と水が相反するとは限らないということ。
彼らにはそれぞれ精霊としての性質の他に、個としての性格がある事。それはサトルの付けた名前によりいっそう確立されたこと。それは精霊にとってもメリットのある事だということ。
二人の精霊はサトルを気に入っているので、常にその行動を認識していること、などを話した。
また、シャーマンとしての能力についての話で、オリーブたちはローゼルがもしかしたら酒に弱いのかもしれない、という事に気が付いたが、それはあえてつつかない方がいいことだという結論に達した。
「サトルさん……これからはもっとどんどん質問させてもらいます、いいですよね?」
質問しなくては答えられないと言うのなら、ルーはサトルや精霊や妖精について知りたいことをいくらでも質問しようじゃないかと、意欲盛んにルーは宣言するが、サトルはげっそりと答えるのがやっとだった。
「あ、いや、それは……お手柔らかに」
「今日はこれくらいにしよう。サトル殿の顔色もまだ優れない」
目に見えてフラフラしているサトルを寝かせ、オリーブがルーを諫める。
さすがに今日はもう無理だと言う事はルーにもわかった。
一通りの話を終え、サトルは最後に自分からの質問を良いかと、誰にともなく尋ねる。
「どうぞ、私たちで答えられることなら」
むしろ答えられない事の方が少ないとでも思っているような、自信満々のルー。
「あー……俺ってモンスター化する?」
ルーの瞳孔がぎゅうっとすぼまり、ぶるぶると唇が震えた。
ルーはそれについての答えを持ってはいるようだが、答えられないのだろう。
サトルはそんな露骨な態度に苦く笑いを返す。
「今の所、兆候は一切ないけどね、絶対とは言い切れないかな」
代わりに答えたのはワームウッド。まあ平気だと思うけどね、と返すものの、言葉の通り絶対大丈夫とは言い切れない様子だ。
「けど大丈夫でしょ、明日すぐにダンジョンを出て、治療をすればいいだけだからね。モンスター化って言っても、ホリーデイルをすぐに使っているから、もしモンスター化の可能性があっても、一年とか二年とかかってゆっくり進行するんだよ」
「あー……なるほど、それなら心配ないな」
ワームウッドはその通りだと頷くが、ルーたちは今一つそれに頷きを返せない様子。
胸に広がる不安を忘れようと、サトルは目を閉じる。
耳に聞こえるフォンフォンという鳴き声は、サトルを心配するキンちゃんたちの声だろう。
キンちゃんたちがいるのだ、きっと大丈夫。サトルはそう自分に言い聞かせた。




