12・治療師のお仕事……
主人公の宗教観に関する記述があります。
一神教に対する嫌悪表現があります。
人の死に対しての価値観の違いに対する記述があります。
ストレス表現多めです。
苦手な方はお気を付けください。
このお話は特定の宗教に喧嘩を売る物ではありません。
あくまでも筆者個人の価値観で書いております。
もし許容できない物であっても、俗人の戯言と流していただければ幸いです。
そう言えば、モーさんはルーに付いて行き、キンちゃんたち妖精も皆モーさんと一緒に行ってしまったんだよなと、一人待たされる待合室で、サトルはぼんやりと考える。
考えていたらフォーンという鳴き声が聞こえた。
声の主を探すも、フォーンフォーンと楽しむような声が聞こえるばかり。
「……悪戯をするってことは、ギンちゃんかな」
周囲には聞こえないように呟けば、嬉しそうなフォーン。どうやら正解だったらしい。
もしかしたら、自動翻訳のために必ず一匹は付いて来ているのかもしれない、とサトルは思った。
待合室の奥に治療室があり、そこで治療師が治療をするという。
今は治療士の力を持つ人間が、朝のお勤めの最中だとかで、わざわざ呼びに行く必要があるらしい。
しばらく待っていると、チャイブが一人の少女を連れてきた。
すらりとした体躯の、鋭い目つきだが可愛らしい少女だった。
日本人と比べると随分と大人びて見えるが、たぶん十代後半だろう。
コーカソイド然とした明るい金髪と浅い蒼の目、わずかにそばかすの浮かぶ赤味の白い肌。その顔には自らの持つ人としての優位性を確信しているかのような、自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
と、解釈してしまうのは、サトルの僻みや被害妄想ではない。
「あら、黄色い肌ですね、これを治療すればいいのでしょうか兄よ?」
冗談なのか、本気なのか、開口一番それなのだから、サトルが穿った見方をしてしまうのも無理もないというもの。
「アニス、口を慎みなさい。遠い地よりいらした方だ。この肌は元の色だ」
チャイブがやや厳しく咎めれば、アニスと呼ばれた少女は大きく肩を竦め、分かっていないなと首を振る。
「冗談ですよ。分かっています。それで、患部を見せていただけます?」
「ここで?」
刺された場所は背中で、そこを見せるにはシャツをまくり上げなくてはいけない。見られて困る物ではないが、見せて面白い物でもないので、出来ればちゃんとした治療室でお願いしたかった。
何せこの待合室には、数人他の人間が居るのだ。
この教会では薬なども売っているようで、それを買いに来たというヒュムスが七人もいる。
こんな場所で体を晒すのははばかられた。
「大丈夫ですよ。貴方の肌を見たところで」
「申し訳ありません。こちらへ」
アニスの言葉を無理やり遮り、チャイブがサトルを奥の治療室へと案内する。
アニスもそれにしぶしぶ従い、治療室へ。
治療室と呼ばれる部屋は、椅子が二脚と机と、診察をするためだろう木で作ったベンチに布が敷かれただけのものがあった。
質素なのか清貧なのか、この世界の普通の家具がまだわからないサトルとしては、なかなかに判断に困る所だ。
診察は椅子に座って行われた。
患部と言ってもそこはすでに傷が治っており、つるりとした綺麗な肌。
アニスはサトルの背中に触れながら何かしら唱える。自動翻訳でも翻訳されない謎言語だ。
「どこにも悪素はありません。きっとホリーデイルのおかげね」
これなら大丈夫よと、アニスは太鼓判を押す。やけに自信満々だ。
「ホリーデイルをどう使ったのか、俺は気を失ってて分からないんだが」
「単純ですよ。傷口に嫌というほど摺り込むんです。ダンジョンの悪素を中和してくれます。でもそれをするには、運よく生のホリーデイルを大量に持っていないといけないので、ここまで完璧な除去はできないんですよ」
「ああ、なるほど、昨日はホリーデイルが運よく採取できてたから」
そういう事かとサトルは納得する。
運良くというよりも、ホリーデイルを見つけたのも、ミードバチを見つけたのも妖精のニコちゃんなのだが。
「ありがとう。だったら俺はダンジョンのモンスターにならずに済むのかな?」
「ええ、大丈夫です!」
もうまったくもって心配はないとアニスは何度も頷く。
性格は高慢、口が悪く、人の感情を土足で踏みにじる事を言う少女だが、だからと言って悪意はないらしい。
アニスのその笑顔だけは輝かんばかりに愛らしかった。
治療費は先に渡したホリーデイルで十分。そもそも治療をする必要が無かったとチャイブが言うので、持たされていた治療費は払わずに、サトルは教会から帰ることにした。
チャイブはサトルの言葉をまだ気にしていたのか、名残惜しそうに名を訪ねてきた。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「サトル、コウジマチサトルです」
「どちらかの貴族の方でいらっしゃるんですか?」
そう驚いたのはアニスで、その顔にヤバい、と書いてあるかのような、露骨な焦りが浮かぶ。
「いいや、一般の人間だ。家の名前は人間の識別のための記号のような物だよ」
「えーでも、えー、私の家だって家名あっても私名のっちゃ駄目なのに、えー、そんなのって狡くないですか?」
何がどう狡いのかわからないが、アニスにとって家の名前を名乗るというのは、ある種の誇らしい事らしい。サトルに狡い狡いと繰り返す。
名前に権威を感じてくれるのは悪くないが、子供の癇癪には付き合っていられないなと、サトルはさっさとこの場を離れることにした。
しかしアニスがサトルのシャツの袖を掴み引き留めた。
「待ってください! サトルさんはジスタ教に帰依なさらないんですか?」
「これアニス」
チャイブが焦ったようにアニスを咎める。
他の国の人間、帰依する宗教の違う人間を勧誘することの危険さを、きっとこの助祭は知っているのだろう。
話を聞く限りガランガルダンジョン下町は、他の場所からの移住者を制限していない。その為明らかに見慣れない人種のサトルでさえ、ごく普通のヒュムスと認識されるほどだ。
そんなサトルに宗教の勧誘を仕掛けるというのは、あまり賢い行動とは思えなかった。
「申し訳ありません、この子はまだこの町には来たばかりでして、この町での暗黙のルールという物にもうとく……失礼をしましたサトル殿」
焦りながらチャイブのする言い訳から察するに、他所の、それもジスタ教の信仰が強い地域から来たという事か。
だとしたら異国の人間でも自分の信じている物を信じていない、というのがどういうことなのか理解できないだろう。
サトルは海外旅行はしても、長期滞在をしたことはない。したいと思えなかった理由の一つが、こうした宗教観の違いだった。
「俺の国には俺の国の宗教があるからね」
あくまでもサトル個人の考えだが、宗教を信じる人間の「他の宗教への寛容さ」において、日本以上におおらかな国は、滅多にありはしない。
「どのような宗教なのですか?」
「一つじゃない。いくつもの宗教観が混ざってるんだ。基本は万物には神が宿り、それをたっとび生きると言ったところかな。他者、自分以外の存在を、大事にしよう、とそう考えさせられる宗教感だよ」
サトルの答えに、アニスの顔に嘲笑の色が浮かんだ。
サトルはそれを見て、ああやっぱりだとため息を吐く。
「それって随分原始的な宗教なんですね」
海外に行くと、無宗教だと答えて、自分を持たない浮雲のような奴、浮ついて地に足のつかない愚か者、という扱いはままあった。
多神教という考え方は世界各国にあるが、アブラハムの宗教から見ると原始的宗教だという事もよく言われていた。
宗教というのが道徳や倫理観の役割を果たしていたと考えるなら、確かに日本人の宗教観は浮ついているだろう。
しかし、日本人は他罰的であり、自罰的だ。
おてんとうさまが見ている、月に代わってお仕置きされる、壁に耳あり障子に目あり、月のある夜ばかりとは限らない。とまではいわないが、仏教や神道では死後にその報いを必ず受ける物だと考えられている。
天網恢恢疎にして漏らさず。
だからこそ日本人は日本人の道徳と倫理があるとサトルは思っていた。
「……君には、そう見えるのかもしれない」
自分で思っていた以上に低い声が出た。
サトルは目を細め、視界から不愉快な存在を追い出す。
「アニス、おやめなさい。サトル殿、申し訳ない。他の宗教を貶める発言は、してはいけないよアニス」
チャイブはいい加減にしろとアニスを叱るが、アニスは今まで自分の宗教観を否定される立場に立つことが無かったのだろう、まるでサトルやチャイブの方が間違っているのだと確信しているかのように続ける。
「ですが、この方はジスタの神を信じることが出来ずに可哀想です。きっと最後の時に地獄に落ちます。きっとです! きっとこの人だけじゃなくて、この人の国の人たちはみな、神の身元へはいけません! それはあまりにも可哀想なことじゃないですか」
さすがにこの言葉だけは、サトルの許容を越えていた。
サトルは二十代の若者の割に、自分の宗教観を強く持っていた。
理由は簡単だ、宗教に縋る理由がサトルには有ったから。
「勝手なことを言う」
低く太く、サトルが出すには珍しい声で、サトルはアニスの言葉を遮った。
声に満ちる怒りに気が付いたか、アニスもさすがに背を震わせ言葉を止める。
「人はだれしも地獄に落ちるさ。肉を食う、血を流す、虫を踏む、それだけでも地獄へは行ける。俺の価値観では、人を惑わし宗教を貶した君も、十分地獄行だ」
それは仏教の概念だ。他人に宗教を押し付け惑わした者が落ちる専門の地獄がある。
サトルには地獄へ落ちてほしくない人がいて、地獄への落ち方を調べたことがあった。その人たちの地獄行を回避したいと思ったことがあった。
死ぬということ、その後の世界への興味が、ひどく強くなっていた時期があった。
「サトル殿、どうか口を慎んでいただきたい、どうか、どうか場所をわきまえていただきたい」
治療室は個室とはいえ、入り口は長いのれんのような物でふさぐ程度。声は室外に漏れているだろう。
さすがにサトルの地獄行という言葉を容認することはできないと、チャイブはサトルの肩を掴み、頼むからこれ以上は止めてくれと懇願する。
「申し訳ありません、つい……俺は、自分の信じる宗教以外は、信じたくないです」
「ええ、ええ分かっております」
サトルの言いたいことは十分に理解していると、チャイブは頷く。理解していないのはアニスだけ。
子供の宗教家の何が恐ろしいかというと、こうして善意で他者の心を踏みにじり、気が付かないことだ。
「俺は……自分の親が地獄に落ちたと言われて、黙っていられるほど、宗教に寛容な人間じゃないんです。穢れで結構、二度と、ここへ近づきません」
アニスはまだ何か言おうとしていたが、サトルはこれ以上不快な声を聴いていたくないと「黙れよ」とだけ告げ、足早に治療室を出た。
僅かに後ろを確認した時、アニスの顔は笑えるほどに蒼白になっていた。
自分の信じる善行が、人をここまで激高させる物と知らなかったのだろう。
サトルは自分のらしくない行動に、この日最大のため息を吐いた。
「おかえり、ひどい顔だ」
教会の敷地外で待っていたワームウッドが、サトルの顔を見て驚く。
治療してきたんじゃなかったのと、結構本気で心配している様子だ。
「そう見える?」
頷くワームウッド。
教会の中でサトルに何があったのか聞きはしないらしい。
「……ルーの先生は、地獄に落ちると言われた?」
サトルが尋ねるその言葉で何を理解したのか、ワームウッドは目をすがめ、忌々し気に舌打ちをする。
「言われたね」
肯定し、鼻を鳴らして、忌々し気に尾をゆらりと振る。
ここにジスタの神とやらが居たら、今にも喉笛に食らいつきそうな剣呑な雰囲気がワームウッドからにじみ出る。
死んだ人間や、その人を思う気持ちすらも冒涜される、この感覚は久しいと、サトルは少し苦々しい笑みを口元に浮かべる。
「俺はジスタ教を好きになれそうにない」
「結構、サトルと僕は馬が合いそうだ」
ワームウッドは大いに結構と繰り返し、ようやく笑みを顔に戻した。
短い時間の間に、ジスタ教がなぜルーたちにあそこまで嫌われていたのか、はっきりと理解できる出来事だった。




