9月:目標は高く高く
ことん。
小気味良い音と一緒に、女の子は降り立ちました。どこかの屋上のようです。
フェンスを握って下を見下ろしてみました。グラウンドではサッカーをしています、試合でしょうか。ショッキングピンクの『商品』を従えた男の人が、薄茶色の『商品』を持つ人を押しのけるようにしてボールを奪いました。少し乱暴にも見えます。そのままゴールに突っ込み喜んでいるところで、さっき押しのけられた薄茶色の太めの男の人が何やら注意をしているようですが、ショッキングピンクの人はへらへらと笑っていました。
「きゃあああ格好いい!!!」
突然女の人の叫び声が聞こえて、女の子はびくっとして振り返りました。大きな貯水タンクがあって、その影に足が見えます。どうやら叫び声の主はあそこのようです。
女の子がおそるおそる近づいてのぞき込むと、学生でしょうか、女の人がなにやら機械を握りしめていました。
「……あの、大丈夫?」
女の子が遠慮がちに声をかけると、女子生徒は飛び上がって機械を持った手を背中に回しました。
「だ、誰!? どどど、どこから!」
空から、と女の子は答えましたが、女子生徒は聞こえていない様子であたりをきょろきょろと見渡し、女の子の他に誰もいないことを確認すると安心したように息を吐きました。それから女の子をまじまじと見つめて、首をかしげます。
「君、明らかにここの生徒じゃないでしょ。どうしてこんなところに?」
気がついたらここにいたの、と言ってみてみましたが、またもや女子生徒はあんまり聞いておらず、ふうん、と生返事です。女の子は、女子生徒の背中をさして聞いてみました。
「何を見ていたの?」
女子生徒はちょっとためらった風でしたが、もう一度あたりをみわたしてから、ゆっくり背中から手を出しました。
「……いい、誰にも内緒よ?」
見てたのはサッカーの試合。ケータイで写真を撮ってただけよ。ほら、サッカー部の試合の写真、よく撮れてるでしょ?
この人、学校で一番格好いいって言われてる先輩なの。バレンタインなんて全校女子からチョコ貰ったって噂なんだから。……あら、なかなか信憑性のある話なんだよ。だって私が朝一で先輩の靴箱にチョコ入れようとしたら、もうぎゅうぎゅうだったんだから。
先輩は学校のアイドルね。女子はみんなこの人にくびったけ。
……でもね、いい、ここからが本当の本当に内緒なところ。絶対、絶対! 誰にも言っちゃ駄目だからね?
……私ね、先輩のこと本気で好きなの。
他の女子みたいにミーハーできゃあきゃあ言うんじゃなくって、本当に結婚したいくらい好き。他の女子はテレビに出る芸能人にきゃあきゃあ言うのと同じ感覚だと思うの。でも、全然全然違う! ほんとのほんとに好きなのよ。
だって、素敵じゃない? 顔はもちろん、成績優秀スポーツ万能、それに凄く面白くて優しいなんて理想じゃない!
それでね、明日サッカーの試合があるんだけど、それが先輩の引退試合になるんだ。そのあとに、告白しに行こうと思ってるの。
……ね、うまくいくかな?
女の子はそう聞かれて、もう一度写真を眺めました。ボールを追いかけて走る男の人の『商品』は目に痛いほどのショッキングピンク。ですが、目の前で目を輝かせている女子生徒のそれは、落ち着いた色味の薄茶色。……いままで見てきた人々を思い返せば、そううまくいきそうはありません。女の子はそういったことを教えてあげようとしましたが、女子生徒はやっぱり何も聞いていないようでした。
女の子は手にした『商品』をそっと見上げました。相変わらずくすんでいて、何色だかよくわかりません。……『理想』はどんな感じかしら。ちょっと考えてみましたが、『商品』と同じではっきりとはしませんでした。
ひゅっとだいぶ涼しくなった風が吹きました。女の子はくすんだ考えを抱えたまま、空に舞っていきます。




