5月:旋律は空を渡って
すたん。
女の子は再び固い場所に降り立ちました。どうやら建物の屋上のようで、空が近く感じます。
高らかに歌い上げる声が聞こえていました。
ぐるりと周りを見渡して、女の人の背中に気がつきました。彼女が歌っているようです。高く、力強い声で、明るい歌を歌っていました。
女の子は、邪魔をしないようにそっとそっと背後から近寄って行きました。女の人が立っているところから少しだけ離れたところから、下の方を覗いてみました。結構な高さがあって、下を行く人々はまるで蟻のようです。女の人の歌は聞こえているのでしょうか?
ちらり、と女の人を見ました。とっても綺麗な『商品』を持っています。どうやら銀色のようなのですが、光の加減で七色に輝いて見えるのでした。
より一層力を込めて高く伸ばして伸ばして伸ばしきると、女の人は満足げな笑顔でふぅっと大きく息をつきました。女の子は思わず拍手をしていました。女の人は驚いたように女の子を振り向いて、にっこりと笑顔でお辞儀をしました。
「拍手をありがとう、小さなお客様」
でも、と女の人は少し首をかしげます。
「いつの間にここに居たの?」
「さっき、お空から」
女の子は空を指さして答えました。つられて女の人も空を見上げて、羨ましい、と呟きました。
「あなた空が飛べるのね」
それを聞いて女の子は気がつきました。そういえば、みんな『商品』を持っているのは同じなのに、何故女の子のように飛べないのでしょう?
「あなたは飛べないの?」
残念ながら、と答えた女の人は、残念そうで、寂しげでした。
「どうして飛びたいの?」
空を飛ぶと言っても、女の子のそれは風に流されるだけで、そんなにいいものとは思えません。
そうねぇ、と女の人は再び空を見上げました。
「もっと高いところから見下ろせば、もっと多くの人に歌を届けられると思うから」
「歌?」
女の人は歌うように聞きました。
「わたしの話、聞いてもらえるかしら」
わたしの歌はね、愛の歌。
でもね、誰か一人に対する愛では無くて、すべての人に等しく、愛が届きますようにって、そういう歌。
わたしはね、誰か一人『特別』を作るのが苦手みたい。みんなみんな、同じくらい大切で大切でいとしいの。会ったことの無い誰かでもね。……どこそこの国で内戦が起きたとか、そういう話を聞いても、まるで自分の家族が亡くなったように感じるの。名前も顔も知らないのにね。
本当に悲しいのよ。今こうしてわたしがここに立っている間にも、どこかで誰かが永遠に会えなくなっているんですもの。悲しくて、寂しくて、……怖くって。
だってわたし、その人達のことは何も知らないの。その人が生きていたということさえ、わたしは知らずに生きていくの。そしてその人達はわたしのことを知らずに死んでいくの。歴史に名を残すような人々なら、まだ知る機会があるわ。でも、ただ普通に、平凡に生きて死んでいった人たちは? 誰がその存在を証明できるの?
……そういうこと考えてると、いてもたってもいられなくなって。怖いの。特に何かトラウマがあるとか、そういうわけでは無いと思うのだけれど、ただただ無性に怖いの。
それでわたしは考えたの。どうしたらこの恐怖が、無くならないとしても軽減されるのか。たどり着いたのが歌だった。
みんなに聞こえるように、そしてみんなを見つめられるように。歌うことにしたの。
「わたしに空は飛べないけれど、ここなら一番空に近いから。一番多くの人を見つめられるから」
女の人は両手を伸ばして、くるりと回って見せました。
「寂しくないの?」
女の子が尋ねると、女の人は不思議そうに首をかしげました。
「どうして? わたしはこんなにも沢山の人を愛してる。寂しくなんか無いわ」
そう答えるのですが、やっぱり女の子には、女の人が寂しげに見えるのです。
『商品』は対になるものと決まっているはずです。女の子の持っている『商品』が例外のはずでした。なのにどうして、この女の人はこうも多くの人を愛しているというのでしょう?
「あ、」
女の人の『商品』を見て気がつきました。輝きで七色に見える銀色。きっとこれです。どんな色にも見えるから、女の人はどんな人とも対になっているように感じてしまうのでは無いかしら、と女の子は考えました。でもきっと、どこかに同じような銀色の『商品』の片割れがあるはずなのです。
その人は、いまどうしているのかしら。
女の人が次の歌を歌い始めたとき、また風に体をさらわれました。女の人は羨ましそうに目を細めながら女の子に手を振りました。
次に行く場所のことを考えながらふと眼下を見下ろしたとき、銀色の輝きを二つ、見つけた気がしました。
すたん。
女の子は再び固い場所に降り立ちました。どうやら建物の屋上のようで、空が近く感じます。
高らかに歌い上げる声が聞こえていました。
ぐるりと周りを見渡して、女の人の背中に気がつきました。彼女が歌っているようです。高く、力強い声で、明るい歌を歌っていました。
女の子は、邪魔をしないようにそっとそっと背後から近寄って行きました。女の人が立っているところから少しだけ離れたところから、下の方を覗いてみました。結構な高さがあって、下を行く人々はまるで蟻のようです。女の人の歌は聞こえているのでしょうか?
ちらり、と女の人を見ました。とっても綺麗な『商品』を持っています。どうやら銀色のようなのですが、光の加減で七色に輝いて見えるのでした。
より一層力を込めて高く伸ばして伸ばして伸ばしきると、女の人は満足げな笑顔でふぅっと大きく息をつきました。女の子は思わず拍手をしていました。女の人は驚いたように女の子を振り向いて、にっこりと笑顔でお辞儀をしました。
「拍手をありがとう、小さなお客様」
でも、と女の人は少し首をかしげます。
「いつの間にここに居たの?」
「さっき、お空から」
女の子は空を指さして答えました。つられて女の人も空を見上げて、羨ましい、と呟きました。
「あなた空が飛べるのね」
それを聞いて女の子は気がつきました。そういえば、みんな『商品』を持っているのは同じなのに、何故女の子のように飛べないのでしょう?
「あなたは飛べないの?」
残念ながら、と答えた女の人は、残念そうで、寂しげでした。
「どうして飛びたいの?」
空を飛ぶと言っても、女の子のそれは風に流されるだけで、そんなにいいものとは思えません。
そうねぇ、と女の人は再び空を見上げました。
「もっと高いところから見下ろせば、もっと多くの人に歌を届けられると思うから」
「歌?」
女の人は歌うように聞きました。
「わたしの話、聞いてもらえるかしら」
わたしの歌はね、愛の歌。
でもね、誰か一人に対する愛では無くて、すべての人に等しく、愛が届きますようにって、そういう歌。
わたしはね、誰か一人『特別』を作るのが苦手みたい。みんなみんな、同じくらい大切で大切でいとしいの。会ったことの無い誰かでもね。……どこそこの国で内戦が起きたとか、そういう話を聞いても、まるで自分の家族が亡くなったように感じるの。名前も顔も知らないのにね。
本当に悲しいのよ。今こうしてわたしがここに立っている間にも、どこかで誰かが永遠に会えなくなっているんですもの。悲しくて、寂しくて、……怖くって。
だってわたし、その人達のことは何も知らないの。その人が生きていたということさえ、わたしは知らずに生きていくの。そしてその人達はわたしのことを知らずに死んでいくの。歴史に名を残すような人々なら、まだ知る機会があるわ。でも、ただ普通に、平凡に生きて死んでいった人たちは? 誰がその存在を証明できるの?
……そういうこと考えてると、いてもたってもいられなくなって。怖いの。特に何かトラウマがあるとか、そういうわけでは無いと思うのだけれど、ただただ無性に怖いの。
それでわたしは考えたの。どうしたらこの恐怖が、無くならないとしても軽減されるのか。たどり着いたのが歌だった。
みんなに聞こえるように、そしてみんなを見つめられるように。歌うことにしたの。
「わたしに空は飛べないけれど、ここなら一番空に近いから。一番多くの人を見つめられるから」
女の人は両手を伸ばして、くるりと回って見せました。
「寂しくないの?」
女の子が尋ねると、女の人は不思議そうに首をかしげました。
「どうして? わたしはこんなにも沢山の人を愛してる。寂しくなんか無いわ」
そう答えるのですが、やっぱり女の子には、女の人が寂しげに見えるのです。
『商品』は対になるものと決まっているはずです。女の子の持っている『商品』が例外のはずでした。なのにどうして、この女の人はこうも多くの人を愛しているというのでしょう?
「あ、」
女の人の『商品』を見て気がつきました。輝きで七色に見える銀色。きっとこれです。どんな色にも見えるから、女の人はどんな人とも対になっているように感じてしまうのでは無いかしら、と女の子は考えました。でもきっと、どこかに同じような銀色の『商品』の片割れがあるはずなのです。
その人は、いまどうしているのかしら。
女の人が次の歌を歌い始めたとき、また風に体をさらわれました。女の人は羨ましそうに目を細めながら女の子に手を振りました。
次に行く場所のことを考えながらふと眼下を見下ろしたとき、銀色の輝きを二つ、見つけた気がしました。




