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4月:いとしいひとは水面に映る

 ことり。

 女の子は石畳の上に降り立ちました。だいぶ寂れた場所です。建物は崩れたり、半ば植物の蔓に埋もれたり。人は住んでいないのでしょう。どことなく元々居た工場が思い出されました。

 少し探検してみることにしました。

 灰色や茶色の石が組まれ、その上に蔓の緑が柔らかく映えています。人が住んでいたのでしょうが、今はその気配のかけらも残っては居ません。路地は入り組んでいて、石畳も所々禿げて穴が空いてしまっていました。そんな穴やがれきをよけながら、女の子は廃墟の奥へ奥へと進んでいきました。

 ふと、足を止めました。何か音がします、水のような音。さらに奥です。女の子は、その音を追ってがれきの山を乗り越えました。

 見えました。円形に石に囲われて、水がこんこんと湧きだしているようです。近づこうとして、また足を止めました。

 人が居ます。

 誰も居ないと思っていた廃墟に、青年が一人。ほのかに上気した顔で、跪いて水面を見つめていました。

 それにおかしな事がもう一つ。青年の背後には、対になった柔らかい黄色の『商品』が浮いていたのです。

 てっきり『商品』は一人に一つずつだと思っていた女の子は、驚いてじっと青年を見つめていました。

 視線に気づいた青年が顔を上げました。女の子に負けず劣らず驚いているようです。

 美しい青年でした。

「なんでこんなところに女の子が……?」

 女の子は少し迷いましたが、ゆっくり近づいて水をのぞき込みました。なんてことはありません、女の子と青年が水面に映るだけの泉です。

「その、ちょっと、訳があって、」

 青年は焦ったように立ち上がって、少し声をおおきくしました。女の子はちょっと息を吸って、小さな声で言いました。

「……あなたのおはなし、聞きたいの」

 それを聞いて、青年は動きを止めました。

「……僕の話?」

 女の子はこくりと頷きました。青年はしばらくじっと女の子を見つめ、ゆっくり頷いて腰を下ろしました。

「君になら、話せる気がする」




 単刀直入に言おう。

 僕は『僕』を愛してる。

 ……ちょっとわかりにくいか? なんていうかな、普通って、誰か他の人を見てあぁ綺麗だな、好きだな、大切にしたいな、っていくものだろう。僕の場合はちょっと違う。その対象は『誰か他の人』じゃなくて、『僕』自身なんだ。

 昔から変な子だって言われ続けてきた。他の人に全然興味が無かったからな。暇さえあれば鏡を見てる子どもだった。

 物心ついて初めて鏡を覗いた日のことなら昨日のように覚えている。あまりのことに目が離せなかった。なんて素晴らしい人が向こう側にいるんだろうって! それが鏡に映った自分の姿だってすぐに気がついたけれど、それでも気持ちが抑えられなかった。

 あぁ、『僕』は綺麗だな、好きだな、大切にしたいな。

 ずっと鏡だけをみて生きてきたが、そうも言ってられなくなってきた。両親ともだいぶ年をとってきて、いい加減結婚して身を固めろと言った来たんだ。その噂を聞いて街の女性の半分が僕にすり寄ってきた。なんだか変な話に聞こえるかもしれないが、『僕』は僕が恋するほど美しいんだから、まぁ女性が熱を上げるのも当然だったと思ってる。それだけ魅力的だ、『僕』は。

 しかし、そのせいで落ち着いて『僕』を見つめても居られない。僕が心に決めたのは『僕』だけなのだから、両親には悪いが、街の誰とも結婚する気は無いのだが。そのことはまだ両親にも言い出していない。……何度か話してみようとはしたのだが、……、怖くて、言い出せなかった。

 ……まともじゃないって事は、自分が一番分かってる。分かっているつもりなのに、それを改めて突きつけられるのが、怖い。




「だから逃げて、ここまで来た」

 青年は探るような、どこか挑発的な目で女の子を見据えていました。

「ここは誰も来ないから、思う存分一人で『僕』を見つめ続けられるだろう」

 あぁ、と女の子は小さく呟きました。これで分かりました。今まで見てきた中では、対になった『商品』を持っている人同士が結ばれるようになっていました。それをこの青年はどうしてだか一人で持っているので、鏡に映った自分自身に惹かれてしまったのでしょう。

「君はどう思う」

 不意に青年に聞かれて、女の子は小さく首をかしげました。

「何を?」

「……僕のことを。僕が『僕』を愛することを」

 挑むような視線を見つめ返しました。

「……まだよく、わからない」

 そうか、と青年は無表情に視線をそらし、泉に移った自分自身をじっとみつめました。

 突然びゅうっと強い風が吹き、水面の青年の像が波打ちました。

 女の子は少しのもやもやを片隅に残したまま風に乗って舞い上がりました。


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