11月:花守の居る庭
からん。
女の子が降り立ったのは、赤レンガの小径でした。細く、繊細にくるりと先を丸めた花がその小径にそって咲いています。女の子はその間を縫って、小径の先へ進んでみることにしました。小さな家が見えたのです。赤、ピンク、白、オレンジ。どの色の花も明るく暖かく見えました。
「あら、お客さんなんて久しぶり」
優しそうな声が聞こえて、女の子は花から顔を上げました。小径の先には白髪のおばあさんがじょうろを持って立っていました。その『商品』は庭の花と同じおちついたピンク色。
「見かけない子ね。ちょうどお茶にしようと思っていたんです、一緒にいかが?」
女の子は頷いて、おばあさんの後について小さな家に向かいました。このおばあさんも『商品』の話をしてくれる様な気がしたのです。
小さいけれど、きちんと整頓されていて居心地の良い家でした。どうやらおばあさんはひとり暮らしのようです。そのことを尋ねると、おばあさんはほほえんで頷きました。
「もう十年になるかしら。それまでは旦那と住んでいたのよ」
「その人は今は居ないの?」
ええ、と頷いて、おばあさんは壁に掛けてある写真を示しました。今より若いおばあさんと、対になった『商品』を持った男の人がこの家の前で笑顔で写真に収まっています。
「あれが旦那。この家を買った時の写真ね。……でも、十年前に亡くなってしまって、今は私ひとり」
そういえば、持ち主が居なくなってしまった『商品』はどこへ行くのでしょう? もしかして女の子が持っているくすんだ『商品』も、対になるべきの『商品』が持ち主と一緒に居なくなってしまったのかもしれません。
あの、と女の子は少し勇気を出して尋ねました。
「お話を聞かせてもらえますか?」
あばあさんは静かに頷きました。
今から一五年前になるわね、旦那が定年退職をしたからふたりで新しい人生を送ろうとこの家を買ったの。庭が広かったから、旦那は園芸に凝り出してね。でも私はあまり土いじりが好きでは無かったから旦那がこの広い庭を全部ひとりで管理してた。……だから、十年前に旦那が倒れて入院してからは誰も手入れをする人が居なくなってしまって、すぐにほとんど全部枯らしてしまったの。旦那が大切にしていた庭だから守りたかったのだけれど、私はどうして良いかわからなくて……。
そのうち、旦那はこの家に戻ることもなく亡くなってしまった。しばらくは守れなかった庭で泣くことしか出来なかったわ。
……でもね、でも。ある日鉢植えが届いたのよ。庭に咲いてるあの花、ネリネと言うの。なんでも、旦那が亡くなる前に花屋に注文していたみたいで。この花ならあまり難しいことはないし、庭は無理でも鉢植えなら私にも出来るだろうって言ってたらしいの。なんだか悔しくってね! 本で調べながら育てていたら、三年も経つとだいぶ球根が増えて鉢が窮屈になってしまったものだから庭に移し替えたの。それだけじゃちょっと寂しかったから、自分で同じような鉢植えを買ってきて植えてみたんだけど、上手くいって良かったわ。ほら、今はあんなに綺麗に咲いているでしょう。
「……あの花を育て続けてるのは旦那の花を枯らしてしまったことへの申し訳なさも、旦那にそれを見抜かれていたことへの悔しさもあるけど、まだ理由があるのよ」
おばあさんは窓の外の庭を見つめて明るく微笑みました。頬をその『商品』と同じ色に染めながら。
「ネリネの花言葉は『幸せな思い出』……そして、『また会う日を楽しみに』」
庭のネリネが優しく揺れていました。少し外に出ましょうか、と言うおばあさんと一緒に、女の子はその暖かな色の中に分け入りました。
「あの人がその花言葉を知っていたかどうかは正直怪しいと思いますが、私はこの花言葉を信じて生きているのです。この花はあの世があるのならあの世で、来世があるのなら来世で、また会おう、また会えるという旦那の約束のような気がするから」
女の子は自分の持っている『商品』を見上げました。あいかわらずくすんでいて何色なのかよくわかりません。この『商品』にも本当の持ち主が居るはずです。その人は対になっている『商品』を持った相手と出会えるでしょうか? 届かなかった片割れの設計図はどこなのでしょう?
行かなくては。
唐突にそう思いました。何故だか胸が苦しくて、耳の奥でどきどきという音が響き出しました。
女の子は駆けだして、地面を蹴り上げて風に乗りました。




