門出
[091301] 門出
高校のとき由紀と知り合って九年、そして社会人になってもうすぐ二年が経過しようとしていた。会社の仕事にも慣れ、次序に大きな仕事の一部も担当できるようになってきていた。経済的基盤も整い、一人前に家庭を持つことが許される段階までやっと来ることができた。
もう何年も待たせている由紀を迎へ、結婚と言う人生の大きな区切りをつける為に田舎の故郷に帰っていた。
「ただいまー」
「智史君おかえりーさっ上がって」
「おー智史君、いよいよ明日だなーそちらの準備はできたのか」
「はい、オヤジもオカンものんびりしてますが、明日を待つだけです」
由紀のお父さん、お母さんが、いつものように迎えてくれる。この相原の家は、俺を自然に受け入れてくれた。まるで二つの実家を持つようであった。そしてここには、暖かい温もりがあった。
「由紀、智史君のお迎えよ」
「はぁーい。少し待って。今準備中だからー」
二階から由紀の声が聞こえてくる。
「智史君。由紀だけじゃ無く、早苗も春からよろしく頼む」
「ほんと、新婚さんなのに、ごめんなさいね」
「いえいえ、歓迎ですよ。早苗ちゃんが来ると、もっと楽しくなりますから。それに、どこか下宿なんかされたら、俺も由紀もかえって心配ですからね」
早苗ちゃんは今年志賀高を卒業し、春からは都会の短大へ入学する。丁度俺達も新居を探すにおいて、どうせなら、一緒に住もうと言うことで、俺の会社、早苗ちゃんの大学との距離も考え、少し古いが、格安の一軒家を借りることができた。
更に生活に必要な家財も整い、後はいつでも生活を始められる状態になっていた。別に新婚用の家具や生活用品を新たに購入したりしたわけではない。
自分達の今の甲斐性に合ったことをしようと、一人暮らしのときの物や、由紀が家から持ってきたものでスタートすることにした。
結婚式も豪華にするのはイヤだし、自分らだけの力で行いたかった。また経済的負担をだれにもかけたくなかった。
友人や周りの人の協力も得られ、最近できたカフェレストランを貸切、内容重視でやろうとなった。
結婚式前日の今日は、最後の確認と、志賀高へ行ってみようと言うことになった。もう何年も行ってない、始まりの懐かしい場所へ。
「おまたせ。行きましょうか」
女と言うものは、化粧や衣装で、大きく変わる。由紀の場合、それほど濃いメイクは今までしたことは無かった。今日も表面上そうであるが、何かが違う。子供っぽさが目立っていたが、完全に大人の美しさと言うか、違う雰囲気を放っていた。
「何、見とれてんのよ。まだ早いでしょ」
これは、俺だけではない。由紀のお父さんも同じだったようだ。ただ、少しだけ寂しい顔をしていたのは、やはり娘が旅立つと言う父親の気持ちが現れたに違いなかった。
由紀の運転する車で会場となるレストランへ行った。ここは、去年竣工したばかりで、この時期としては新しいスタイルの店だった。
一階は二つのホールがあり、一つはカフェやランチ等をメインとして気軽に利用できるスペース、そしてもう一つのホールはディナー用の少し豪華な食事をする場所で、この二つは普段噴水と水の流れで区切られている。大きなパーティ等の時はここに渡し板を填め一つの大きなホールとしても利用できる。
二階は個室とパーティ用の部屋や事務室等がある。明日ここは新郎新婦用の着替えや待機室となる予定である。
ここを紹介してくれたのは、食堂のおじさんで、昔の同僚が都会のホテルを引退して引き上げて来てレストランを開店したと言うことで、料理の腕前はビカイチとのことだ。
また、図書委員を引き継いだ福留君が卒業後勤務している島内のリゾートホテルとも繋がりがあり、彼が全体のプランニングと司会進行を担当してくれる。
また、終わった後の宿泊を彼の勤めるホテルにて予約もしてくれている。
「・・・以上が、明日のだいたいの進行と組立てです。詳細は一任頂いてますので、好きなようにやらせてもらいます。秘密の部分もありますので、お二人には内緒です」
「色々ありがとうね。ここまでしてもらって、何て言っていいか・・・」
由紀は心から感謝をしている。俺も、もちろん同じだった。
明日十二時から親族関係の結婚式及び披露宴が始まり、フレンチのコースをメインとして十五時まで、十六時から二次会の受付が始まり後は時間の許す限りと言うことだった。
二次会のほうがメインでイベントも沢山あるらしい。高校時代から今までの友人や関係のある面々が集まってくれる。
こちらは会費制でヴィッフェスタイルでのパーティであった。
レストランのオーナーと福留君との打ち合わせが終わりかけたとき、懐かしい人物があらわれた。
「久保君、ひさしぶりじゃないの」
「由紀さん、ついに結婚するんですか。俺はこの先、何を目標に生きていけばいいんですか」
なんとも、オーバーな久保であるが、彼とは賀状の交換をしており、高校卒業後、都会の専門学校へ進学し、今はイベント会社にて活躍しているとのことだ。
卒業前、由香が撮影したビデオがあると言うことで、どおも久保が編集して、当日会場で披露されるようである。
久保の後ろに、目立たなく控えている女性がいた。
「久保、その後ろの子は?」
「えへへへ、紹介します。俺の彼女です。今年の秋に結婚します」
「えーうっそー久保君ついに、やったじゃないの」
「そうか、すごいじゃないか。どこで見つけたんだ?」
「実は俺達、高校三年のときから付き合っているんだ」
どうも話を聞くと、夏の終わり、増えた女の子の匂いのする植物を株分けして、家へ持って帰るとき、ぶつかったそうで、鉢が割れ、それが苺だと知って、久保と苺の不思議な組み合わせが彼女の興味を引いたそうだ。
彼女は久保が絶対相手にしてもらえないと言っていた女子高の生徒だったらしい。
また今回、久保は、会社からプロジェクターや色々な機材も持ってきてくれていた。
「久保、色々すまない。心から感謝するよ」
「南条、何を言うんだ、俺たちを救ってくれたし、彼女だって縁を作ってくれた。お前たちにやっと恩返しができるんだ。このくらいしないと借りは返せないからな」
「久保君、ありがとう。あの時の出会いが、こんな友情になるなんて、感激だわ」
由紀は、しみじみ当時を思いだして言った。
少しテレた久保も同じだと言うように頷いた。
この後は進行の福留君と内密の打ち合わせがあると言うので、俺達はレントランを後にした。
志賀高は卒業以来だった。由紀も福留君と、はつみちゃんが卒業してからは来ていなかった。俺達はエントランス横の駐車場に車を止め、懐かしの校舎へ入っていった。
今日は土曜日で、午後からは部活の生徒がまだ多くいてるはずだった。
「女子の制服って変わったんだね」
「そうよ。早苗が入学した年からよ。女子はセーラー服、男子もブレザーになったからね」
「早苗ちゃんは、居てるのかな?」
「たぶん居てるよ、図書室で」
そうであった。福留君の次の代は知らないが、何の縁か、早苗ちゃんも、由紀と同じく図書委員になったらしい。六代目だ。
俺達は事務室の原田さんの所へ向かった。その途中、在校生の女子二人と会った。一礼をして去っていったが、『あれ、由紀さんじゃないの?』と、言う話声が聞こえた。どうも由紀は有名らしい。
「原田さん、こんにちは」
「あら、あなた達、よく来たわねー」
図書委員を始めたころ、色々お世話になったのだった。
「志賀高もずいぶん変わったでしょ。当時の先生もほとんど居なくなっちゃったしねー」
俺達は唯一残っていると言う由紀の担任だった体育の先生のところへ行った。体育教官室で、先生はコーヒーを飲んでいた。
「おーお前ら、ひさしぶりだなー」
「先生、もしかして、それって・・・」
「そうだよ。渕さんの残していったやつだよ。俺も違いが最近判るようになってきてな、これでないと飲めん」
そう言って昔を懐かしみながら味わっていた。俺達も勧められたが、これから食堂へ行くと言うことで辞退した。
先生も今年春には他校へ転任するらしい。苺の鉢も持って行くとのことだった。
食堂には、おばさんが、以前のようにいた。女の子の匂いのする植物や他の観葉植物も当時と同じように、手入れされ、青々としていた。
だれかが引継ぎ、ちゃんと維持していてくれるのは、嬉しかった。
「おばさん、こんにちは」
「由紀ちゃん、綺麗になったねー明日は行くからね。あなた達の晴れ舞台だからね」
「おばさん、あれって、いつからあるんですか?」
由紀はカウンター横の壁に掲げてある写真を指して言った。それは、由紀が、エプロン姿で何かを味見する姿だった。
そして、その下には『ゆきカラ開発者 五回卒 相原由紀』となっていた。
「二年くらい前からよ。ゆきカラの意味を時々聞かれるのよ。葛西さんが写真持って来てくれたの」
「なるほど、それで由紀を知ってたのか。由香は時々くるんですか?」
「学校の行事なんかは必ず来て写真撮ってるからね」
「由香、最近腕が上がって、コンクールなんかに出てるみたいなのよ」
「葛西さんの写真ならまだあるわよ。視聴覚教室に行ってみたら」
それから俺達は、ゆきカラ付きのカレーを食べた。以前と変わらない味であった。
中庭の銀杏の木は当時より大きくなっていた。ネームプレートもそのままだ。
そして、テニスコート。前世では俺達の卒業後まもなく全面中庭に変わったのだが、この世界では残っている。テニス部や先生、生徒も使っているとのことだった。
視聴覚教室に行ってみると、驚いた。三十点ほどの写真が飾られていた。ほとんどが由香の撮ったものだと言う。昔から最近までの志賀高の色々な場所やイベントの写真だった。
その中に、五点ほど由紀の写っているものがある。なるほど、早苗ちゃんが言っていた残骸の中の写真と言うのは、このことらしい。
俺達は最後に図書室に行った。まだ六人ほどの生徒が本を読んだり物色したりしていた。
そっと準備室を覗くと、早苗ちゃんと、男子生徒が仲良く並んで本のラベルを貼っていた。
「おねぇちゃん。いきなりどおしたの?」
「あたしたちと同じだ。安心したわ。今日は最後の挨拶にきたのよ」
早苗ちゃんは、少し恥ずかしそうにしていた。由紀は慣れた動作でコーヒーを入れる準備を始めた。当時と何も変わっていなかった。
「へーそう言うことなんだぁー」
と、天井の写真を見た。少し早いが、既に早苗ちゃんと、横にいる彼の写真が六代目として貼ってあった。
「あっ申し遅れました。僕、沖田って言います。よろしくお願いします」
「えっ沖田って・・・」
俺達は、その名前を聞いて、もしやと思った。
「はい、はつみは僕の姉です。色々お世話になりました」
なんと、そうなっていたとは、驚きであった。
しかも、早苗ちゃんは彼氏がいるとは、まだ由紀にも家族にも言ってなかったらしい。その彼氏は、今年都会の専門学校へ行くとのこと。早苗ちゃんも同じくである。
と、言うことは、このまま進展すれば、はつみちゃん、福留君も親戚になると言うことだ。なんと、あの時の偶然が、このように進むとは、想像もできなかった。
しかし、こんな偶然も田舎なれば、そう珍しいことではないようである。前世の同窓会では、何の繋がりも無かった同級生四人が結婚等によって親戚だと聞いたことがある。
結婚式当日、俺達は朝からレストランへ入った。由紀の着付けや俺もそれなりに準備があるからであった。
会場は準備が既に終わっており、今は届いた沢山の生花が飾られていた。これは由紀の勤めている。いや、いた、会社からのものだった。
由紀は結婚を期に先日退社した。その社長さんが昨年から由紀と試行錯誤しながら始めた温室で栽培されたカーネーションを持ってきてくれた。二次会が終わるとみんなに持って帰ってもらうことになった。
「開花が遅かったので間に合うか不安だったけど、なんとかなったよ。けど、悲しいなー由紀ちゃん行っちゃうんだねーまだまだ一緒にやりたいこといっぱいあったのになー」
「社長、しっかりしてくださいよ、あたし時々帰ってきますから」
社長さんは由紀と手を取り合い、名残りおしそうだった。
俺と由紀の両親等も到着したので、これから着替えが始まるらしい。俺もタキシードを着せられることになっていた。
着替えと言っても男は簡単に済む。しかし、花嫁は、これでもかと言うくらい念入りにするらしく、かなりの時間を要していた。
控え室となったパーティールームで待っていると、広がった裾を少し持ち上げながら、ドレスになった由紀が現れた。しかも会心の笑顔で。
前世他人の結婚式で花嫁は何度となく見てきた。しかし、これほど男として感動するのは今まで無かった。当然と言えばそれまでだが、完全に大人の由紀だった。それも汚れの無い真っ白に包まれた清楚感を漂わせなかせら。
「おじさんの智史にも衣装ね」
俺が由紀を見て唖然としていると先に先制攻撃を受けた。
涙が出てきてしまう。今まで色々あったことも考えるとなおさらだった。
「また、感動しすぎるって。あたしは泣けないからね」
そうだ、着替えのとき着付けの人に言われた。花嫁は泣くと化粧か流れるからと。また、そうなったときには、さりげなくハンカチを渡してあげてと。花嫁はハンカチを持ってないのである。
今は、それを自分で使うハメになっていた。
「おねえちゃん。すごいねー普段とは大違に綺麗だよ」
着替えの終わった早苗ちゃんが由紀の姿を見て言った。
「早苗も、もうすぐ、こうなるんだから」
「想像できないよ。あたしは、もうしばらく、こっちのほうがいいよ」
早苗ちゃんのドレスも見事だ。あの時の由紀とそっくりである。しかもキラキラのイヤリングも付けている。
そう、早苗ちゃんは、由紀が美貴のパーティーのとき買ったドレスを着ている。ハイヒールもそのままサイズが合ったらしい。
「早苗、イヤリング落としちゃダメだからね」
「はぁーい。でもお姉ちゃんこんな高いの持ってると思わなかった」
「それは、大切な、お友達からの頂きものよ」
後で、アクセサリーには詳しいと言う早苗ちゃんから、いくらくらいの品物なのか聞いたら、ブランド物で五十万は軽く超えると言うことだった。それで、俺達は更に驚いたのであった。
そして、純白のウエディングドレスに、真っ赤なカーネーションを持った由紀と並んで入れ替わり組み合わせを変えて親族で、沢山の写真を撮った。もちろんカメラマンは由香である。
「由香ちゃん、今日は大変だけと、お願いします」
「もちろんよ。でも仕事じゃないからね。写真家として、撮らせてもらうわね」
「久保が言ってたよ。ビデオの撮影が素人じゃないって、まだ出たばかりの時期にあれだけの素材撮れるなら、こっちもやれるんじゃないかって」
「さっき下で会ったわよ。スカウトされちゃった。でも今はまだスチルを極めたいしね」
由香もまた、成長を続けているようだ。試験勉強の時が思いだされる。
「村田は、今日は来ないのか?」
「ええ、今、主人は仕事で遠くへ行ってます。よろしく伝えてって言ってた」
由香は葛西から村田に変わったのだった。丁度一年前だった。
下のフロアが騒がしくなってきた。まもなく始まる時刻だ。
結婚式はシビルウエディングだ。親族や主賓が見守る中、教会手順で進められた。進行役は高校時代ソフト部の顧問だった先生がやってくれた。
何か昔に戻って由紀と二人で叱られているような感じがして、可笑しかった。
式は、厳かに進められ、簡単な主賓の挨拶が行なわれ、ケーキカット等のイベントがあった。その間アップライトピアノの演奏は、これも高校時代の音楽の先生だった。
既にご結婚され、教職は引いたが、音楽教室をやっているとのことで、偶には、大勢の前で弾かせてと、自ら申し出てくれた。感謝である。
その後は、フレンチのコースを堪能しながら、個々堅苦しくないスピーチや、中には俺達のエピソードを暴露するまで至って、終始賑やかな時間が過ぎて行った。
最後の両親への花束贈呈では、さすがに由紀は涙した。俺はすかさず、さりげなくハンカチを渡すことができた。
一次の結婚式、披露宴は、これで終わったが、少しの休憩と模様替えの後、二次会となる。
二階で化粧の直しを由紀がやっている。俺も少々疲れたので寛いでいると。またまた懐かしい来客があった。
「由紀ちゃん、智史、おめでとう」
「美貴さん。わざわざありがとう。こんなところまで来てくださって。なんて言っていいか」
「あなた達の出発の日だもの。こなくっちゃね」
「美貴、今忙しい時期じゃなかったのか?」
「区切りは、ついたわよ。今年から研修医として臨床で現場に出るわ」
「と、言うことは、お医者さんになったの?」
「まだまだこれからよ。あと何年も下済みだから」
「美貴さん、おめでとう。すごいです」
美貴の話では、家は結婚を勧め経営側を望んでいるが、美貴の志は固く、それも安田系列ではない大学病院の医局に進むとのことである。
美貴が、俺に近づいて、小さな声で言った。
「もう、やっちゃったよね?」
「いや・・・」
そうとう呆れた顔をしている。
「まっいいか、そう言う人だから、あたしも・・・」
「由紀ちゃん、大切にされたじゃないの。もし、今日何もなかったら、連絡ちょうだい。医学的欠陥がないか調べてあげる」
これはまた美貴らしい言いかたである。由紀とはタイプが異なるが、素晴らしい女性であることは、間違い無い。
いよいよ二次会が始まるらしい。俺達は二階で待機した。
「それでは、お集まりの皆様、同窓会は、少しおいておきまして、本日の主役を登場させましょう。我らが伝説のカップル南条夫妻現れよ!」
どこかで聞いたことのあるようなBGMと共にスモークが焚かれる。俺達は腕を組み階段を下りていった。
『うわー綺麗』と言う声が漏れる。
この後、乾杯や再びケーキカット等色々なイベントが行われた。極めつけは、放送部の同期がやったコントで、男女テニスルックで俺と由紀にふんした二人が出会いの時を表現したもので、もしも、こうなってなかったら。と言うものだった。
どこで漏らしたか定かではないが、由紀の第一ボタンが止めてないのを風刺した喜劇だった。たしかに、そうだ。そうでなかったら、俺と由紀は前世と同じく別々の人生を歩んだのだろう。
その他二人に纏わる数々の出来事がネタとなって、面白可笑しく紹介もされた。会場は大いにもりあがった。
「それでは、新郎新婦は、この辺で中座頂き、お色直しとなります・・・」
俺達は控え室に引き上げた。そして、お色直し、いや、実際にはそうでない衣装に変わり待機した。
「由紀、ほんとうにこれで良かったのかなー」
「うん、あたしが決めたんだから、これが最高の衣装よ」
「ボタンもちゃんと付けてくれたんだ。ありがとう」
由紀は俺に手を絡め懐かしさに浸るようだった。俺もこれが最高だと思った。
「では、二人の準備ができあがったようです。それでは、ご登場頂きましょう」
BGMはサウンドオブサイレンスだった。
一同から『うそー信じられない』と言う声が聞こえてくる。
俺も信じられない。由紀は、高校の冬の制服だ。もちろん俺も学生服。ただ、由紀は化粧も全て落とし、あの当時のままだった。老けた印象も一切無く、可愛いままの由紀だった。
俺達の座るところは、記者会見場のようになっていた。全て福留君の演出だ。
「それでは、記者の皆様、始めは代表質問をさせて頂いた後、各社質問に移らせて頂ますので、所属を述べてから、質問を行なって下さい」
次々カメラのフラッシュが焚かれる。これは演出ではないらしい。
「ではまず、本日のこの衣装にした理由をお答え下さい」
「はい。あたし達が知り合ったのは、お互いこの制服の時でした。今、新たな出発にあたり、初心を思い起こす意味と、いつまで経っても、この気持ちを忘れないようにと言う思いからです」
「なるほど、単なる節約ではなかったと言うことですね」
会場から笑いが起こる。
「では、みなさんも一番の関心事。噂では色々な憶測が飛び交ってますが、お二人はまだ現代の恋人としての儀式をされていないとのこと。真相はいかがでしょうか」
俺と由紀は、福留君のムチャ振りに驚いた。いや、そんな噂があったとは、知らなかった。顔を見合わせ答えに詰まっていると。
「それは、真実よ。けど、そんなお互いを思いやる二人だから、ここまで伝説になったんじゃないかしら。肉体的にも精神的にも、問題無いのは医師のあたしが保証します」
美貴だった。『すごーい』とか『由紀さんは、そうでなくっちゃ』とか色々聞こえた後、拍手に変わった。
「では、記者の方、質問をどうぞ」
まるで、芸能人の結婚記者会見のパロディーのようだった。
「はい、二年後輩です。墨汁事件の犯人はだれだったんですか?」
「それは知ってますが、言えません。墓場まで持っていきます」
「はい、ソフト部の後輩です。由紀さんと付き合う前、失恋したと言う噂がありますが」
「はい、大げさに言えばそうです」
「相手は、だれだったんですか?」
「今でも、俺と由紀にとって大切な方です。西本優子さんです」
『へぇーそうだったんだー』と、何人か、から聞こえる。
その後も、際どいものや、少しエロい質問が出されたが、由紀も俺も正面から答えていった。
「では、そう言うことで、当時の懐かしい映像が残っています。これを見るのは全員が始めてだと思います。撮影は由香さん、編集は、元高瀬高校の久保さんの作品です」
百インチのプロジェクターに写しだされた卒業式の日の映像であった。音楽に合わせ、色々な場面が登場する。そこには、昔懐かしいクラスメイトやクラブの後輩達も多く写っている。由紀もあの当時のままだった。
「あっブチだ」
歓声が上がる。体育教官室でブチがカメラに向かって話しかけている。そして、最後にだれも見たことの無い、極上の笑顔で笑っている。『ブチってあんな笑い顔なんだ』と漏れてくるのが聞こえる。
教室での最後のクラスメイトの様子、職員室の先生等、忘れかけていた心の映像が蘇ったみたいだった。
最後は由紀が校門で手を振っている姿で終わった。そのときは一同声もでなかった。少し間をあけて大きな拍手になった。それだけこの映像のインパクトはすごかった。
「では、続きまして、電報が届いております。ご紹介致します」
『宛 南条夫妻殿』
『我、東経百七十二度三十一分、西経二十三度三十一分、ミッドウェー沖ヲ航行ス』
『晴天ナレド波高シ』
『貴殿ノ門出ヲ祝スモノ也』
『本日ノ夜戦、天佑ヲ信ジ万難ヲ廃シ奮励一双努力セヨ』
『戦果ヲ期待ス』
『発、村田商店』
「おー村田だー」
と、言う声が上がる。
由香に聞くと村田は、自分が設計に携わった船の引渡しにハワイまで行っているそうである。前世どうだったかは判らないが、村田も大きく、いい方向へ向かっていることは間違いないようだ。
この後、まだ色々なイベントが続いたが、俺達は西本先輩と歓談していた。
「西本先輩、もしかしたら来てくれないかなって思ってたんです。ありがとうございます」
由紀は目を潤ませていた。
「何言ってんのよ。絶対来るわよ。由紀ちゃん。あたしこそ、ありがとう。色々してもらって。こんなに元気になれたのも、あなたのおかげよ」
二人は抱き合って泣いた。そして、西本先輩は、笑顔に変わって、言った。
「あたしに失恋したんだって?」
「はい、事実ですから・・・」
「やっぱり、あたしって満更でないのね。そうだ、報告しとかなくっちゃ。あたし結婚するから」
俺と由紀は『えっ』と言う声しか出なかった。この前見合いした相手が心優しい人で、そう言うことになったとのことだった。
俺達は安心したのは言うまでもない。しかし、女は強いと言うか、あの西本先輩がいつまでも悲しみを引きずるはずもない、ことではあったが。
この後、はつみちゃんに昨日のことを話したら驚いていた。彼らは今まで秘密にしていたようだ。
丁度良いと言うことで、早苗ちゃんも呼んだら、
「お姉さん、これから、よろしくお願いします」
と、かなり早めの挨拶だったので、爆笑してしまった。
「それでは、時間も押してまいりまして、そろそろ新郎新婦の追い出しとなります。その後は、同窓会の続きを心置きなく。では、みなさん送りだしましょう」
もう完全に夜になっていた。ライトアップされたレントランの玄関に大勢が集合していた。
「さぁ、バージン最後の由紀との写真だよ。並んでー」
由香が全員を収めるべく下がる。フラッシュが光る
待っていてもらったタクシーに俺達は乗り込んだ。みんなが、それぞれ声援を送ってくれる。
「ありがとう。みんな、ありがとうね」
由紀は、笑顔だが、目を潤ませながら手を振っていた。そして車は出発した。
「なー由紀、あのビデオのブチのシーン、あれ由紀が撮ったんだよな」
「そうよ。智史が外したときね」
「あの笑顔ってどうやって引き出したんだ」
「ブチね、あの時お孫さんができたのよ。それで名前を由紀って付けようかって。そんなことしたら、こんな慌てん坊になりますよって言ったら、あの顔になったのよね」
「そっかー孫かーよかったな」
車はホテルの車止めに滑りこんだ。ここは、福留君が勤めるリゾートホテルだ。由紀の住む福町の近くの岬に位置する。ほぼ全周が絶景だった。漁港の入る湾、福町や周辺の夜景、そして海峡を見渡せる。
俺達はロビーの受付のところへチェックインの為に向かった。
「あのー予約してます南条です」
フロントのマネージャーは少し不思議な顔をしている。そうだ、俺達は高校の制服のままだった。
「たしかに、南条様、ご予約頂いておりますが、未成年の方の宿泊は・・・」
「いえ、これは、結婚式の余興と言うか・・・俺達は二十四です」
マネージャーは苦笑しながら言った。
「たしかに、南条様は、そうではないと思いますが、お連れ様は、どう見ても高校生かと。よろしければ身分証明書か何かお持ちでしょうか?」
俺達は慌てた。そのまま着の身着のままで出てきたのであった。着替え等の荷物は後で福留君が届けてくれる手筈になっている。しかし由紀は、大変ご満悦である。そして制服のあこちこを探している。
「あっ、学生証ならあります」
スカートのポケットに当時のまま入れてあったのだろう。しかし、ここで生徒手帳の学生証を出しても、火に油、いや焼け石に水、みたいなものだと思っていると。
「これ、ここに発行日が千九百七十九年て、なってますよね、写真もあたしですし」
由紀はニッコリ笑っている。マネージャーも年齢を計算しているのだろう。そこへ福留君が荷物を持って現れた。
「先輩、遅くなってしまいました。駐車場の奥に止めたものだから、直ぐに出せなくって。アレ、何かあったんですか?」
「いいえ、何もないわよ。今着いたとこだから」
そして福留君はマネージャーに向かって言った。
「こちら、前から話してた先輩の南条夫妻ですよ。では、ご案内致します」
由紀と俺はマネージャーに一礼してから、福留君の後に従った。
部屋は三階であった。そして扉の前まで来た。
「福留君、ここスイートってなってるが」
「はい、今はシーズンオフですし、家族優待ってのがあるんですよ。俺にできるせめてものサーヴィスです」
「福留君、ありがとうね。ムリさせちゃったんじゃないの?」
「あはは、先輩、俺もうここに勤めて四年になるんですよ。このくらいの融通はなんとでもなります。それに、はつみに聞きました。お兄さん、お姉さんですから、家族ですしね」
それから部屋の中を色々説明してもらった。さすがにリゾートのスイートは広々と豪華だった。
「では、南条様。明日まで、ここはお二人だけの空間です。ごゆっくりお過ごし下さい」
と、言い部屋を出ていこうとする。
「福留君、マネージャーさんに、サプライズありがとうって伝えておいて。あたしは、とっても満足してたって」
福留君は、何か府に落ちない仕草をしていたが、一礼してホテルマンの動作で去っていった。
「どうしてサプライズって判ったの?」
「だって、福留君の現れるタイミング良すぎるもの。でも、そうでなくっても、これでだれも傷つかないわ」
由紀らしいなと思った。けど俺は今の由紀の姿を見れば、高校生だと見ても当然とも思った。
部屋は二方面ガラス張りだった。海峡と、その上に架かる大橋が一望できる。由紀が熱いコーヒーを入れてくれる。照明は間接照明だけにした。
二人でソファーに並んで、橋のトラスに間隔を持ってフラッシュする光を眺めていた。あの転移したときに見た夜間飛行の飛行機と似ている。
暗闇の中にも対岸の陸地がうっすらと浮かんでいる。海峡をネオンを付けたような貨物船がゆっくり通過していく。
今ここには、前世と違い、由紀がいる。もったいないほどの安らぎに満ちた幸せ。
「由紀、幸せ?」
「もちろん幸せよ」
そう言うと、俺を下から見上げている。そして、目をゆっくり、閉じた。
俺もゆっくり、抱き寄せ、由紀の柔らかい口に自分も重ね合わせた。
そして、初めて、俺の手でブラウスの第一ボタンを外したのだった。
次の日は、由紀の車をレストランに取りに行き、お礼を言いってから、由紀の家に残りの荷物を積み込みにいった。主に植物だ。あらかたの荷物は既に新居に送ってある。
由紀のお父さん、お母さんは、あれも、これも持って行けと言ったが、自動車は、更にいっぱいで限界であった。
最後に由紀が玄関で、
「お父さん、お母さん。長い間お世話になりました」
と、決まり文句の挨拶をした。それを期に三人とも涙を流しながら抱き合った。
「由紀、そんなに泣いたら運転できなくなるよ」
そう言いながら、お母さんがハンカチを渡してくれる。
由紀は運転していて振り返れないが、お父さんとお母さんはずっと手を振っていた。
車にて島外に出るのは初めてである。フェリーに車を載せる。やがてこの航路は本土と結ぶ吊橋が出来廃止となるだろう。乗客甲板から二人で広い湾を眺める。潮風が気持ちいい。遠くを巨大なLNGタンカーが横切っていく。
着岸してからは高速道路を走る。新たな出来事ばかりだった。まるで新婚旅行のようであった。
俺達は予算の関係と、俺が明後日から重要な現場での立上げがあるので、そんなに休めないこともあり、時間が出来、落ち着いてから新婚旅行を計画しようと話し合った。
しかし、これからの新たな生活の新鮮さは旅行よりワクワクするものばかりのはずだ。
新居は郊外の山の裾野にあり、まだ回りには多くの田畑がある。早苗ちゃんの学校は近くで自転車で充分通える距離だ。バスが通る幹線道路まで多少距離があるが、その分格安なのである。
元々は年老いた夫婦が住んでいたが、近所に息子さんと住む新築を立てたので、そちらへ移ったとのことだ。その夫婦が大家さんである。
部屋は何部屋もあり、貸し出すにあたってリフォームされていた。庭が広く車も駐車できる。そして一番この物件を下見に行ったときに、大家のおじいさんに勧めてもらって気に入った条件があった。
由紀も掃除のときに一度来ているので概要は知っているが、その条件はまだ言ってなかった。
「やっと着いたねー」
植物にダメージが無いか確認しながら鉢を下ろしていった。
「このお庭広いし、色々栽培できそうね」
「由紀、ちょっとこっち来て」
俺は家の横に広がる田畑へ案内した。
「由紀、大家さんが、ここの区画使っていいって」
何面かある内の近い五十坪くらいの一区画を示した。
「えっ、これって畑でしょ。ここも使っていいの?」
「そう言うことだ。大家さん歳で、もうここまで手が回らないんだって。だから自由に使ったらいいって」
俺は仕事がある。しかし、由紀はこっちに来て直ぐには何もない。俺の収入で由紀や早苗ちゃんくらいは養える。だから、主婦に専念することもできる。しかし、由紀が植物を相手にしているときは活き活きと輝いている。
当然由紀は大喜びで笑顔だった。俺は毎日、その笑顔がみたかった。
しばらく二人だけの新婚気分を味わっていたが、春に早苗ちゃんがやって来てからは、一段と賑やかになった。
由紀と早苗ちゃんは双子のように似ていた。仕草まで。少し子供っぽいのが早苗ちゃんで、少し大人っぽいのが由紀だ。少し時間のズレた由紀が二人居るようだった。
時々、沖田君も遊びに来て、そのときは更に楽しかった。二人は長尾と珠子のようにお互いを信頼し合い、かばい合っていた。まるで彼らを見ているようだ。
こんなに楽しい日々が続くと、俺の人生のやり直しは、これで成功したのか、神様に聞いてみる必要があるのではないかと思った。




