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リトライ  作者: 相原由紀
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ペア

[061501] ペア


 大学三年と四年の間の春休み、いよいよ最後の一年を迎えることとなった。前世にも増して色々な、そして多くの知識を習得できたと思う。社会に出る前の準備期間として有効にして必要な時間を残り一年とし、いよいよ目標を定める就職や、多数の試験が待ち受けている。

 ここで、効果的な選択ができれば、俺の人生のリトライは、大きく前進するに違いない。そして由紀を迎え、更に突き進むべく道も開ける気がした。


 春休みの始まりを期して、俺は田舎に帰り、バイトを始めた。短い期間ではあるが、由紀と一緒に過ごす時間を持てる。そして今後の道を、もう一度考える為の貴重な一時でもある。

 バイトは由紀のお父さんが紹介してくれた。隣の丸町漁港で、ワカメ養殖の収穫作業であった。これは、冬場種付けしたワカメが生長し、収穫時期になるこの期間だけ行なわれるものである。

 朝の四時ころから出港し、ワカメを養殖してある、はえ縄方式養殖施設にて一本づつ刈り取る作業だ。まだ海水が冷たく、決して優しい作業では無い。肉体的にも重労働であるが、その分、アルバイト代が良い。また帰りは、八時までに寄港するので、残りの時間は自由になる。

 青い空、蒼い海、そして潮風が気持ちいい。体も作業中は一心に燃焼できる。その後の爽快感も格別である。まさしく、考え事をするには申し分ないはずだった。

 朝の早い時間でまだ夜が明ける前に漁港に到着する。作業が終わってからは、一眠りでき、夕方由紀の仕事が終わるのを待って時間を過ごし、また少し仮眠をしてから朝に出かける毎日を送ることが日々のスケジュールとなった。

 丸町漁港は福町漁港から近い。その為、俺は由紀の家に度々泊まることが多くなった。もう何度もお世話になっており、今では家族の一員のように、毎日楽しい夕食を食べられることが楽しみの一つでもあった。

 その日も夕食後、由紀がお風呂に行ったときに、お母さんと一緒に食卓にいた。

「智史君、今日は、お布団、由紀の部屋に敷いたからね。別に変な意味じゃないの。あの子ね、時々悲しいときとか、あなたの学生服を抱いて寝てることがあるの。普段会えないのが、かわいそうでね。だから少しでも、一緒にいてあげてほしと思って」

「そおなんですかぁ。色々気を使ってもらって、すいません。去年は、色々あって、由紀も耐えてたんですよね。もっと判ってあげれば、よかったです」

「智史君が大学に行ってから三年経つのよね。春から将人は高校三年、早苗は一年、速かったわ。あともう少しね、サンタさん」

 お母さんは、少し嬉しそうに、食器を整理していった。

 将人君は野球部のある市原高校でがんばってる。早苗ちゃんは市原に入る学力があるのにもかかわらず、志賀高を志望したとのことだ。そして由紀と同じくテニスをすると言っている。その姿も、丁度あの出会ったときの由紀に似ている。


 俺は、その日もバイトを終え、家に帰るべくバイクで海岸線を走っていた。丸町からは、由紀の家とは逆方向の、この道を行くほうが近い。季節は春になったばかりで海からの風はまだ肌寒かった。

 俺の町まで、もう少し、ここは最後の長い直線の海岸線だ。快調に進むバイクの前方に一組の男女が歩いている後ろ姿が見える。女性のほうは、少し歩きにくく、びっこを引いている。

 俺は、その時、不吉なものを感じた。そうだ、これは前世、見た光景と全く同じだった。男女は珠子と長尾であることは間違いない。そのときは横を通過するときにクラクションを二度鳴らし、そのまま左手を上げ、挨拶して行っただけだった。

 それが、彼らを見た最後だったのだ。後、オヤジから、営業に回ってきた長尾が、珠子が亡くなったことを告げた。そして長尾の落ち込みは、言葉に表せられないくらいだったと言う。

 珠子が何の原因でそうなったかは聞いていない。また、正確な日時も今となっては知る由もない。

 今、俺は、男女の横で急停車した。

「おい、お前ら、こんなところで何してる?」

 ヘルメットを取る。

「南条じゃないか、ひさしぶりだな。お前こそ、どおした」

「南条さん。びっくりしたじゃない。帰ってきてたの?」

 珠子の笑顔に安堵した。いつもの彼女特有の明るい、人なつっこい表情だった。

「俺は丸町でのバイトの帰り。それよか、まだ町までかなり距離があるぞ」

「珠子の家へ行く途中なんだ」

 たしかに、長尾の家は、この手前の町だ。そして珠子の家は、俺の町と同じ。

「とにかく、送るから、タマから乗れよ」

 俺は珠子を乗せ、バイクを発車させた。

「南条さん、どおして、あたしをタマ、タマって呼ぶんですか。なんかネコみたいじゃないですかぁ」

「じゃぁ、どう言うふうに呼んでほしいんだ?」

「タマちゃんとか・・・」

「タマちゃんは、眼鏡かけて、三つ網でないと・・・いや、俺のイメージからズレている」

「じゃぁタマコでいいよ」

「タマコ、タマコ、タマコ、タマゴ一パック百五十円。な、変だろ」

「南条さん、しばらく会わないうちに、意地悪になったんですね」

 そんな、普通の会話が、嬉しい。珠子の変わらぬ姿に。

「なぁタマ、今から言うことを、心から受け止めてほしい」

「なんなんですかぁ。もしかして、告白とか、昔、好きだったとか」

「あータマのことは大好きだ。間違いない。真剣に聞いてくれ」

「あっ、はい」

「体に変わったことはないか?少しでもおかしいと思うようなことは、無いか?」

「ええ、別にこのとおりだけど」

「でも、何かないか、できるだけ頻繁に検査に行ってくれ。たのむ」

「南条さん、昔から、同じこと言ってる。でも、大丈夫ですよ。あたし何もないから」

「いや、そうじゃないんだ」

 あまりにも真剣すぎる。そして、くどいくらいの俺の言葉に珠子は困惑したのだろうか、少し不機嫌になった。

「あたしね、こんな足だから、できるだけ迷惑かけないようにしてきた。でも、これ以上何かあったら、自分だけじゃなくって、回りにも悲しむ人が出るってことがよくわかるの」

「そうだ、そのとおりだよ」

「だから、絶対そんなことにならない。注意もする。でも、それでもダメなら、運命かもしれないって・・・」

 俺は直ぐには言葉が出なかった。

「そしたら、神様に言うわ。あたしの分の幸せを、みんなにあげてってね」

 珠子は、わかっている。ある意味、受け入れているのかもしれない。そう思うと、涙が出てくる。

 珠子の家に着いた。田舎の旧家だ。長い生垣の寒椿がみごとだ。もし、運命なら、珠子は、あと何度この花を見ることができるのか。

 取りにくそうしているのでヘルメットを取ってやった。そうすると、珠子は俺の頬にキスしてきた。

「南条さん。今まで、いろいろありがとう。あたし、おもいっきり幸せだったし、これからもそうだから」

 俺は、珠子を正面から抱きしめた。強く。

「タマ、タマちゃん。少しここで待ってて、少し頼りないディフェンダーを連れてくる」

「うん。あたしの大好きな初恋の先輩。お願いします」

 俺は、涙を見られないようヘルメットを被り、バイクを元来た道へ発車させた。

 もしかして、これが珠子と会う最後かもしれない。そう思うと、脱力感が体を支配した。

 元の場所に近づくと、長尾がゆっくり、歩いてきていた。お前の横には珠子がいる。しかし、運命なら、今のように一人で、歩いていけるのか。どおなんだ。

「さあ、乗れよ」

 小さいヘルメットを被ろうとしている。

「バカ、それは由紀用だから、お前にはムリだ。ノーヘルでいこうぜ」

 長尾は申し訳なさそうに、俺にだきついている。

「なー長尾、もう少し、タマに気をつけてやってくれ。あの距離歩かせるのは辛いだろ」

「すまない。昨日、俺の家に泊まって、朝に帰るから出たんだが、バスが来ないんで少し歩いてたんだ。そうしたら珠子が、このまま気持ちいいから歩こうって。もっと注意するよ」

「ああ、注意だけは、しすぎて損することないからな。特にこれからは」

「お前、ほんとうに珠子には気をつかうんだな」

「あー大切な妹だから。お前もな」

「えぇーそりゃずいぶん気色悪い兄貴だな」

「長尾、ペアって、もし片方がいなくなったら、もう片方も影響受ける。タマのことだけじゃないんだ、お前らは」

「あーそうかもな。珠子に何かあったら、今の俺なら、確実に人生終わるな」

「そう言うことだ、だからタマに気をつけろ。自分の為にもな」

「しかし、そうなったら、俺の好きにさせてくれよな。あいつの居ない人生なんて意味ないし」

「あーそうするよ。お前の苦しむ姿なんて見たくもない。だから、まずタマを頼む」

「わかってるって。お前が俺達をペアにしてくれたんだ。そして、こんなに有り余るほどの幸せもな。がんばるよ、お兄ちゃん」

 長尾は、わかってるのか、どうか怪しい限りだ。ただ言うこともわかる。もし由紀が居なくなったら、俺も同じだ。

 前世、長尾が亡くなったことは、随分後になって知った。何十年も経ってからの同窓会でだった。珠子が亡くなり、苦悩していたことは知っている。それから酒に溺れ、体を悪くして直ぐに珠子を追うようにだったと。

 まだ、猶予はある。なんとかして珠子を死守できれば、長尾もたすかる。

 珠子が門の前で待っていた。

「南条に怒られたよ」

「どおして?」

「珠子を長い間歩かせるなって」

「あはは、妹思いだから、しょうがないよ」

「じゃぁ俺の大切な妹と弟よ、これからは大人として、もっと人生を満喫するように」

「ああ、そうさせてもらうよ。それが、お前に与えられた運命だからな」

「由紀さんにも、よろしくねー」

 二人は仲良く寄り合い、長尾が珠子の肩に手を回して、最高の笑顔で送ってくれた。まるで最後のように。

 俺は、長尾の言葉がひっかかっていた。『お前に与えられた運命』まさか、俺が、なのか。しかも、二人とも運命と言う言葉を同じように使った。変えることのできない出来事。つまり、それが運命と言うことか。

 しかも、俺が作用したと。たしかに二人をペアにしたきっかけは俺だ。と、すると、そうでなかったのに前世のように修正してしまった。まさか・・・

 俺は長尾や珠子の言葉が神の言葉のように思えた。俺への通達として。前世に見かけた最後の二人。これも偶然にしては、できすぎている。

 これは、明らかな警告だ。俺に対する神からの。


 俺は、混乱しながらも、昼から、いつものように由紀の部屋に来ていた。今日は日曜日なので、休みになっている。

 早春の暖かい日差しが部屋に射している。観葉植物が、その光を吸収しようと葉を向けている。少し窓を開けているので風も丁度良い冷たさを、潮の匂いとともに届けてくれている。

 由紀は、足を投げ出し、俺に最適な枕を提供してくれている。そして雑誌を読んでいた。時々ページを捲る音が心地よく聞こえてくる。落ち着く時間だったが、俺はずっと考えていた。目を閉じて。

「ホットミルク入れたから、お煎餅と一緒にここ置いとくからね」

 お母さんが、持ってきてくれたのだろう。

「シー。智史寝てるから」

 由紀が、小さな声で応えている。お母さんは、由紀も動けないだろうと、近くまで持ってきてくれた。音でわかる。

「毎日、朝早いし疲れたのかねー。でも、あなた達、幸せそうね。あたしも若いときに戻りたいわね」

 お母さんも小さな声で話してくれている。

「うん。こうしてるだけで幸せよ。もったいないくらい」

「ごちそうさま。じゃ、邪魔したら悪いから、下に下りとくわね」

「ありがと、お母さん」

 そんな幸福な会話が心に染みる。俺達だけ、いや、俺だけこんなに幸せを独り占めしていいのか。市野沢先輩や西本先輩、そしてこれから起こる珠子と長尾の悲劇。これも全て俺の転移の影響を受けていることを考えると、自分自身の存在が許せなかった。

 俺は申し訳なさで、涙が出てきた。それを見止めた由紀がティツシュで拭き取ってくれる。

「智史、起こしちゃった?ごめんね」

「うん。でもいいんだ。なんだか、俺だけ幸せすぎて、夢の中でも泣けてくる」

「悲しい夢でも見てた?」

「ああ、珠子と長尾の夢」

「二人が、どうかしたの?」

「いや、夢じゃないんだ。今日バイトの帰り彼等に会ったんだ」

「よかったじゃない。元気だった?」

「うん。元気だった。とっても幸せそうだった。けど・・・」

「どおしたの?何か気になることでもあったの?」

「あいつら、もうすぐ、居なくなるかもしれない。永遠に・・・」

「永遠って・・・それって、もしかして」

 由紀は、驚いた。当然だ。いきなり元気な二人が死ぬなんて言われたんだから。

「智史、今日は最初から元気無かったけど、疲れてない?」

「ああ、そうかもしれない。けど、これは事実なんだ」

「でも、二人ともってのは・・・」

「連鎖反応だよ、始めに珠子、それから長尾が」

 由紀は俺の額に手を当てて熱が無いか確認する。

「智史は、昔から時々先のこと言ってたよね。それと同じなの?」

「だと思う。はっきりとは、わからない。けど今日会ったことが前兆だと感じた」

 普通、こんな変なことを言っても信じてもらえるはずはない。しかし由紀は、長い間、近くで過ごしたから、俺が真剣に悩み苦しんでいることは、わかったはずだ。

「もし、そうなら、大変なことだけど、そんなに悩まないで」

「少なからず関与してる。あいつらをペアにしたのは俺だから」

 由紀は、とっても悲しそうな顔をした。

「そうだ、少し待ってて」

 そう言って部屋を出ていった。

 俺は、窓際に座って、外を眺めた。真っ赤な夕日が山の稜線に落ちて行くところだった。そうだ、初めてこの部屋に来たときの光景と、何一つかわらない。漁港の波も赤く光を反射している。懐かしい。

「智史」

 声がしたので振り返った。そこには、その時と、同じ由紀が立っていた。ブラウスの一番上のボタンをきっちり留めて、冬服の由紀が、

 そして、俺の前でひざまづき、両手で俺を包んでくれた。

「大丈夫よ。そんなことにはならない。悩まないで」

「うん、そうだね。ありがとう由紀」

 由紀は背中をさすってくれている。それだけで、どんなに落ち着いてくることか。俺は、感謝した。

 そして、そのとき、あることに気がついた。おかしい。時間がズレている。

 そうだ、絶対おかしい。前世、二人を見て、珠子と気づいたのは、制服を着ていたからだ。と、言うことは、珠子が、まだ高校生のとき。つまり二年から、三年にかけての春だと言うことになる。

 志賀高の卒業名簿には珠子の名前も載っていた。何かあったのは、卒業後になる。長尾が俺の家に来たのがいつだったかは聞いてないが、それをオヤジから聞いたのは、大学在学中に帰省したとき。四年目の夏、冬は就職活動や卒業研究で帰ってない。もちろん次の春は、就職先の研修が始まっていた。

 えっ、過ぎているのでは?

「由紀、ありがとう」

 俺は、由紀の制服のブレザーを掴み何度も確認した。丁度胸のあたりだったので、由紀は少しとまどったみたいだった。

「なぜ気がつかなかったんだ。二人を見た時間も、珠子の時期も既に過ぎてる」

 俺は由紀を抱きしめた。そして、その確認が更に必要だと思った。

「この制服は、やっぱり由紀が持っていて正解だったよ。たすかった。俺、今日は帰るよ」

 そう言って階段を急いで下りていった。由紀も心配そうに一緒に降りた。

「智史君、ご飯は?」

 お母さんが声をかけてくれる。

「すいません、今日は帰ります。また明日来ますから」

 俺は慌てるように靴を履き、玄関を飛び出た。

「お姉ちゃん。また学校行くの?」

 食卓でテレビを見ていた早苗ちゃんが聞く。

「ううん。いかないよ」

「じゃぁ、その制服は?」

「気付け薬よ」

 俺は急いでバイクを飛ばした。このときは、多少速度オーバーだったに違いない。しかし、少しでも早く新たな確証がほしかった。

 家に着き、オヤジに聞いた。

「ガスの営業の人で長尾っての来たことある?」

「いや、知らんなーそんな人は」

 そうだ、そのはずだ。まだ珠子は死んでない。そして長尾も、その話をすることもないし、必要も無いから、家に営業には来ていない。しかも、その時期は既にすぎている。

 俺の家は窯が二機ある。片方づつの交互運転だ。これは、瓦の積み込みや、窯の冷却に時間がかかる為にそうなっている。

 窯を焚くときには、大量のガスを使う。前世長尾はこの営業に来ていたのだ。それは、長尾の会社からは納入されおらず。片方の窯だけでもいいから、使ってくれないかと言うものだった。

 そのとき、偶々訪れた客が俺の家だと知り、オヤジに珠子の話をしたのだった。

「オヤジ、もし、長尾って言う営業マンが来たら、半分だけでも取ってやってほしいんだけど。たぶん俺のこと言ったら値引きもしてくれるだろうし」

「あーそれはいいが、長尾って友達の長尾か?」

「そうそう。あいつガスの営業することになるらしいから」

 そう言って、前世と異なる展開になるように更につけくわえた。

 これで百パーセント楽観したわけではないが、希望が大きく持てたし、最低でも一年以上も時差が発生していることで安堵したのだった。


 夏休みに入ると、就職活動の為、数社の会社訪問を実施した。この時期は、まだバブル前で、学生の売り手市場だった。その為、自分に合った会社を訪問して探すことができた。

 教授は、伝手で何社か紹介してくれたが、由紀のように小さくてもいいので、やりたい仕事ができる会社を探した。

 大手ももちろん行ったが、俺の大学等は有名国立の学生との扱いの差が、その時点であからさまだったり、入ることは出来るが、何の部門になるかは、まったく不明だった。

 その中で、中規模のプラント系エンジニアリング会社の電気部門が好感触だった。まだ初回の会社訪問だと言うのに、設計部門や現場の検査部門を見せてくれ、実際の業務を観察できた。

 担当者も俺の要望を理解してくれて、なんなら夏休み、バイトしてみるかと、言うくらいだった。俺も短期間だったが、電子機器の検査部門で十日ほどやらせてもらって、気に入ってしまった。最後は、卒業しなくても、すぐ就職してもいいとまで話は進んだが、さすがにそれは辞退させてもらった。

 そして、一段落ついて、帰省したのだった。

 由紀は社会人なので、夏休みは無い。お盆も、ショッピングモールの店が繁盛するので出勤の日々が続いた。平日は農園の栽培業務があり、俺も時々行って手伝わせてもらった。

「南条君、君バイトじゃないんだから、そんなに一生懸命やらなくってもいいんだぞ」

 と、社長さんが言ってくれたりした。

「それと、結婚は、遅めにたのむよ。由紀ちゃん連れていかれたら、うちは戦力ガタ落ちだから」

 と、冗談も言ってもらえる間柄になっていた。

 ある日、由紀がショッピングモールの売り場の日、由香も来ると言うので行ってみた。

「あのー友人の結婚式で、写真撮りたいんですけど、どのくらいの感度のものがいいんですか?」

「披露宴会場ですと、ガーデンウエディングでない限り暗いですから、アーサー四百程度が必要適正かと思います。シャッタースピードも速くできますから、ブレも抑えられます。こちらの商品なんか最適でございます」

「じゃぁ二本頂きます」

「それと、その結婚式には、特別に、こちらのカメラもお貸しできますので、ご利用ください」

 と、言い、カメラを差し出した。

 それが、限界だった。由香も俺も大笑いした。

「智史、帰ってたんだ。ほんとひさしぶりだね」

「由香こそ、立派に成長したじゃないか。昔からは、想像できないくらいだよ」

「あら、あたしそんなに酷かった?」

「その言葉使い。由香らしくないし。知識も落第寸前の由香とは別人だ」

「あはは、そうよね。あのときの試験勉強とブチのおかげかもね」

「・・・ブチって亡くなったんだよな?」

「うん。そうなの・・・このカメラ形見になっちゃった」

「そっかぁ、いい先生だったよなー」

「休憩タイムになったよーお昼いきましょ」

 由紀が飛び込んできた。

 それから三人フードコートでランチを色々な話をしながら食べた。まるで、志賀高の食堂のときのようだった。

 夕方、由紀の家では、いつものように賑やかな夕飯だった。

「夏の野球はどおだった?」

「三回戦止まりだよ。甲子園なんて遠すぎだから。けど三塁打撃ったんだけどな」

「そっかぁ、そりゃすごい」

「何言ってんの。ライトがフライなのに滑ってころんで、送球が暴投になっただけでしょ」

 由紀が頭をたたこうとする。将人君がお盆で防御する。変わってない光景だ。

「早苗ちゃんは、どお。志賀高変わった?」

「お姉ちゃんの残骸がところどころにあるよ」

「モニュメントとか、メモリアルって言いなさいよ」

「えっ、どんなの?」

「ゆきカラ。銀杏の木、写真とかね」

「苺はないの?」

「えっ、あれもそうなの?いっぱいある。ありすぎかも」

 そんな楽しい会話が続く相原家の食卓は、俺のあこがれでもあった。

 このときは、珠子や長尾のことも、すっかり忘れていたのだった。


 訃報が飛び込んできたのは、朝夕が寒さを感じる秋になった時期だった。

「おっ由紀ちゃんか、ひさしぶだなー元気だったか?えっ緊急?」

 由紀から直接大学の研究室に電話がかかってきた。

「南条君、由紀ちゃんからだ、なんか緊急だそうだぞ」

 俺は隙を突かれたような衝撃を受けた。受話器を取った。

「智史。大変なことになっちゃった。タマちゃんが・・・」

 由紀は泣いていた。珠子が事故にあったらしい。なんとか、持ちこたえているが、意識は無く、危険な状態だと言う。

「教授、すいません。妹が危篤です。しばらく休むことになると思います」

 俺はそれだけ言って大学を飛び出した。電車を乗り継ぎ、また、あの高速艇での帰省だった。まだ明るいので、闇夜の光景とは違うが、白波が多く、艇は上下へ激しく揺れた。まるで何かの怒りを受けているようだった。

 病気のことばかり心配していたが、事故とは、今考えれば、なぜそう言う思考しかできなかったのか。悔やまれる。また、時期が過ぎていると楽観しずきたことも。

 港から病院へは近かった。タクシーで駆けつけた。ここは、島内の基幹医療を一手に司る一番大きい公立の総合病院だ。医療設備も整っているし、実績も申し分ないと聞く。

 ロビーに入り、案内のところに行くと由紀が迎えにきていた。

「どうなってる?」

「もう何時間にもなるんだけど、まだ手術終わってないの。もうすぐだって言ってたけど」

 ICU横にある待機コーナーに行った。家族や、会社関係の人が何人か待っていた。

「長尾はどうした?」

「それが、会社の出張で東京に行ってるらしいの、連絡がまだ取れてないって」

「クソッこんなときに・・・」

 状況を聞くと、午前中、会社の近くの銀行に行って帰る途中、歩道に暴走してきたトラックに引っ掛けられたとのことだった。

 体のあっちこっちに損傷を受けているが、頭のものが大きく、それで時間がかかっているとのことだった。

 少しすると手術が終わった。珠子はICUの中でも個室に運び込まれた。通常は家族だけだが、俺と、由紀は入れてもらえた。

 珠子は、頭の全部と顔の半分を包帯に巻かれていたが、静かな顔をして、ただ寝ているだけのように見える。

 手は、色々なセンサーが繋がれていて外に出ていたので、由紀と二人で、包み込むように握ってやった。

 かすかに暖かさがつたわってくる。由紀は、涙だけ流して、声を出さないよう堪えている。

 夜になって、呼吸が乱れだしたということで、医師の判断により、人工呼吸器にするとのことだった。

 俺達は待機コーナーで待っていた。

「智史の言ってたこと・・・」

「ああ、変えれなかった」

「タマちゃんがんばってると思う」

「そうだね。まだ、決まったわけじゃない」

「うん。そうだよね」

 俺達は確認するように、短い言葉だけだった。

 家族の人に聞くと、医師から覚悟をしてほしいと言われたそうだ。また、長尾とはやっと連絡がとれたが、まだ到着するのにかなりの時間が必要だと言う。

 処置が終わると、家族と俺達は再び部屋に通された。喉から直接人工呼吸を行なっているせいか、珠子の顔がはっきり見える。そして周期的な生命維持装置の駆動音だけが聞こえる。

 どれだけ時間が経過したのだろうか、外が明るくなってきていたときだった。

 俺は心電図のモニター波形を眺めていた。すると、突然、波形が波うつのを停止した。呼吸装置の音は正常だが、これは機械が勝手に動いているだけだ。

 アラームが点滅しているが、警報音は消音してあるのだろう。それ以外は、何の変化もないので、だれも気がつかない。

 よくドラマなどで、同じようなシーンがあるが、現実に目の前で、その瞬間を見ると、あっけなく、とても静かなものだった。

「由紀」

 俺の声で由紀も気がついた。

「タマちゃん。タマちゃん・・・」

 由紀が珠子の手を掴んで叫んでいる。医師も遠隔監視していたのだろう。飛び込んできた。そして機器の指示値を確認している。やがて自ら脈を取り、死の宣告を告げた。

「タマちゃん、ダメだってばぁー。長尾君まだ来てないんだよー」

 俺は泣き続ける由紀の肩を抱き、病室の外へ出た。

 医師の説明を受けた家族が出てくる。

「南条さん、由紀さん。最後までありがとうございます」

 珠子のお母さんは深く頭を下げて、力無く言った。

 その後、一旦落ち着いてから、俺達は病院を後にした。そして、家へ送ってもらった。由紀は、また夕方迎にきてくれるとのことだった。

 夜通夜が始まった。家族に長尾のことを聞くと、やっと朝に到着してから、さっきまで珠子の側で泣きまくっていたとのことだ。今は姿が見えなかった。

 俺は、不安に駆られた。次の日の葬儀は、午前中から始まったが、長尾は、やはり来ていなかった。

「由紀、俺、長尾を捜してくる。あいつ、何するかわからない」

「うん、お願い。あたしは、ここでいるほうがいいよね?」

「もし、長尾が戻ってきたら、引き止めておいてくれ」

 俺は、心当たりのあるところをバイクで回った。しかし、見つからなかった。

 夕方、珠子の家へ戻ったが、長尾は帰ってこなかった。

「由紀、長い間待っていてくれてありがとう」

「ううん。ただ居ただけだから」

「それにしても、長尾のヤツ、どこへ行ったんだろうなー」

「長尾君、今、押し潰さそうに、なっているんだと思うの」

「そうだな。現実を受け入れることなんて、できないだろう」

「あたしだって、できないと思う」

 その後、二人で、もう一度珠子の遺影に別れを告げ、後にした。

 写真の珠子の顔は、あの笑顔だった。『あたし、おもいっきり幸せだったし、これからもそうだから』そう言っているようだった。

 やはり、流れは大きすぎて、変えることは、できなかった。この事実は次に起こる更なる悲劇も意味している。


 俺はその後も絶望感を抱きながら、日々を送っていた。由紀とは定期的に電話をして、お互い元気なことだけに、感謝すらした。

「はい、相原です」

「将人君か?大学どうだった?」

「決まりましたよ。来年からそちらです。また色々教えてください」

「それはよかった。おめでとう。何かお祝いしなきゃな」

 由紀がバタバタ階段を下りてくる音が聞こえる

『将人なにやってるのよー時間無いんだから』

 由紀が後ろで、言っているのが聞こえる。この時代、無料通話や定額通話等と言うものは無い。しかも、こちらからはアパートの公衆電話からだから市外通話は驚くほどお金がかかる。毎回時間や使う金額を決めて、わずかな時間だけ話ができる。

「おまたせ、元気だった?」

「もちろん。由紀は元気すぎるくらいだな。よかった」

「そうそう、この前、由香とこに、長尾君来たんだって」

「あいつ、どおだった?」

「それがね、タマちゃんの写真ないかって。もちろん由香何枚か撮ってたから、出してあげたんだって、その中から、初めて撮った、図書準備室での、あの写真持って行ったって。元気は、無かったって」

「そうかーまだムリだよな」

「噂では、会社で営業になって、外回りしてるんだけど、一人で車止めて、遠くをずっと眺めてるようなの。あたし、心配で」

「あいつは、あいつなりに戦ってるんだろうな」

「うん。あたし、長尾君の気持ち、わかるような気がする。もし、智史が、いなくなったら・・・」

「ああ、俺もおなじだ。長尾もな」

「あたし、今度、会いにいってみる」

 電話の通話時間が終わるブザー音が由紀の声にかぶさる。

「由紀、電話が切れる。たのむよ。それから、大好きだから」

「うん。あた・・・ツーツーツー」

『あたしも、大好きだから』

 そう言ったのは、聞こえた。

 その後、由紀は何度か、長尾の家や会社にも行ったそうだ。しかし、何日も帰ってこなかったり、会社事態も休むことが多くなって、一度も会えなかったと言うことだった。

 由紀も言っていたように、長尾の気持ちは、よくわかる。由紀がもし、突然居なくなったら、俺もまったく同じだ。苦しむほうは、残された側のほうが大きいかもしれない。

 長尾も以前会ったときに、そう言っていたことを思うと、もう、だれがどう慰めても、効果は無い。無意味なのだ。本来愛し合ったペアと言うものは、そのくらいお互いの支えで成り立っているのだと思った。市野沢先輩、西本先輩のペアも然り。

 今まで、二組の悲しみを見てきた。もし、二人のうち、どちらかが死ななければならない場合、できれば、一緒に死にたい。それが許されれない場合、一般的には自分を殺してほしいと思う。だが、相手に死を与え、苦しむのは自分でいいと言う考え方もあるのではないかとも思うのであった。

 由紀に、西本先輩や長尾のような悲しみや苦しみは、絶対与えたくない。それには、俺自身が健在であることが最も大切なことだと思った。


 長尾の訃報が届いたのは、それからまもなくのことだった。年末の押し迫る冬の寒い日だった。いつものように帰省して、由紀と二人で葬儀に出た。

 死因は急性アルコール中毒と言うことだった。いつも二人でよく行っていた海岸の岸壁で、発見されたときは、既に死亡しており、珠子との写真を抱いていたと言う。

 葬儀の祭壇には、その二人の写真も飾られていた。彼らを送って行って、最後の笑顔を見たときと同じ笑顔で、俺達を見下ろしていた。

 葬儀には珠子のお母さんも来ていた。

「南条さん、由紀さん。珠子からいつも大切にしてもらってると、聞かされてました。あの子は、幸せだったと思います。これからも彼と一緒に、永遠にいられるんですから」

「はい。あいつら少しだけ、遠くに行っただけだと思います。長尾も珠子も幸せでした」

「そうですね。これからは、二人で海外にでも移住したと思います。色々ありがとうね」

 親族の話によれば、両家族の了承の上、珠子の遺骨と一緒にして長尾の墓に入れられるとのことだった。

 

 俺は葬儀の後、早めに冬休みに入ることになり、そのまま田舎に留まった。そして西本先輩をひさしぶりに訪ねた。

 先輩は、あの後、都会の会社を辞め、ずっと自宅にいると言うことだった。

「先輩、おひさしぶりです」

「南条君、来てくれてありがとう。もう一年すぎちゃったね」

 西本先輩は、日の当る暖かい部屋で窓際に座っていた。そこには数鉢の植物が置かれ、日の光を受け葉を広げていた。そして市野沢先輩と西本先輩が並んで写った写真立てもあった。

「これね、由紀ちゃんが持ってきてくれたの。時間がゆっくり経つのがわかるって」

「そおなんですか。でも、もう一年なんですね。なんだか先輩達の卒業を見送ったのが、ついこの前のような気がしますね」

「あたしは、長かったーこの一年はね。でもこれ見てると判るの。止まったままじゃないってことがね。由紀ちゃんには助けられたわ」

「そうだ、由紀に言っときます。もっと先輩が元気出るようなの持ってくるようにって」

「そんなのあるの?」

「あります。この季節なら丁度いいのが」

「楽しみね。それよか、もう休みなの?」

「はい。早めですけど、色々あって。この前、先輩のユニフォーム頂いた珠子が亡くなりました。そして、その彼氏も先日・・・」

「そうだったの。残念ね、悲しいね」

 先輩はしみじみそう言った。他人事ではなく、自分のことのように。

「先輩、もし過去に戻れるとしたら、高校時代にもどりますか?」

「そうね、あたしなら、戻らないと思う」

「どおしてですか?」

「また、あのころに戻るとしたら、こうなるって、わかるでしょ、そしたら学と付き合わないと思うし、あんな楽しこともないと思うから」

「二度悲しむのはイヤですよね」

「そうじゃないの。あたしは何度悲しんでもいいの。でも学の未来を変えてやりだいじゃない。だから付き合わないだけ」

「そうですかーなるほど、そんな考え方もアリですね。でも、先輩、決して先輩が何かしたわけじゃないですからね」

「うん。だいじょうぶよ。もう、あたしのせいなんて思ってないから」

「よかった。ずっと先輩悩んでいたから」

「あはは、そんなに凹んでいたら、学におこられるわね。あたしね、直ぐじゃないけど、お見合いしようと思っているの」

「えっ、先輩がですか?ウソでしょ」

「何よそれ、これでも声かかるのよ。家族も心配してね。新しい道も大切だって。でも学のことは一生思い続けることは間違いないわ。それをわかってくれる人がいてるなら、それもいいかなって」

「だいじょうぶですよ。絶対先輩なら、いい人ができますよ」

「ダメなときは、由紀ちゃんの次でいいから」

「あはは、俺としては、何の異存もないですが・・・」

 そんな楽しい会話ができたのが嬉しかった。先輩がまた、昔のような明るい状態に戻りつつあると言うことが。

 

 年が明け俺も大学での最後の時期になった。既に気の早い企業にて研修が始まった者もおり卒業式まで現れないとのことだった。

「教授、これ由紀からです。窓辺の一番日にあたるところに置いてくれって言ってました」

「おー愛しの由紀ちゃんからか、ありがたい。ありがたい」

 教授は孫から何かプレゼントしてもらったように、その鉢を丁重に設置した。

「瀬戸内の花となっているが、どんな花なんだろうな」

「それ、由紀が交配や品種改良して作ったらしいんです。夏に沢山の花が長く咲くそうですよ。しかも教授みたいな人向きで、手入れがほとんどいらず、しかもどんどん大きくなるそうです」

「そんなすごいのを作ったのか。さすが農学部だな」

 教授はまだ、由紀が大学生だったと思っている。

 女の子の匂いのする植物も去年の間に十鉢にまで増えて、もうすぐ一斉に開花するだろう。そういうふうに。ここにも由紀の残骸。いや、モニュメントが残っていくと思うと、俺が自ら変えられることは、このような心や気持ちに作用する部分なのかもしれないと思った。

 前世の記憶を思うと、これから先、俺の周辺で親しい人や関係のあった人が亡くなっている。これらも同じように繰り返されるはずだ。しかも、俺が作用しても対象者が変わるだけで、結局は同じようになってしまう。これはいったい、どうしたらいいのか。

 これから、俺は由紀を守り続けていかなければならない。お終いにはできない。

 神様、なんとかなりませんか。お願いします。



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