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リトライ  作者: 相原由紀
20/23

転換

 いよいよこの章からラストのクライマックスです。

 時を支配するものからの強い圧力を受け、現実は淡々と進んでいきます。そんな重圧に耐え、未来を切り開いていけるのか?

 影響は、周りから顕著になり、やがて自分自身にも及びます。運命は容赦無い試練を差別無く与えるものですから。


[061201] 転換


 冬の到来が今年は早く、ついこの前までの過ごしやすい秋日和は既に過去のものとなっていた。アパートから風呂屋への行き帰りが長く感じる。

 昨日などは、部屋に着くなり、頭に異変を感じ、触ってみると、髪の毛が凍っていた。次の日からは、風呂屋の有料ドライヤーで乾かすことが必修となったくらいだ。

 大学では、研究室にて卒業に向けたプロジェクトが始動し、新たな開発テーマに従い、日々予備実験や設計作業に没頭していた。

 特にこの年からパーソナルコンピュータの初期型のものが各社から発売され、我々の研究室でも、それらの利用による制御がいち早く取り入れられ、外部機器を動かすことへの応用が実施された。しかし、インターフェイスのほとんどが手作りで対応しなければならなかった。

 

 慌しい日々が続く中、深夜に一本の電話がかかってきた。

「南条君、電話だ。何度も鳴るので緊急かもしれないと思って取ったけど。女性からだ」

 アパートには電話が一台だけ、しかも普段はだれも取らない。俺の部屋も二階なので電話の音は聞こえない。近くの部屋の学生が取ってくれたのだ。深夜で、それが女からと言うことで少々お冠なのだろう。

 俺は、礼を言って電話口に出た。

「はい、南条です」

「・・・南条君・・・学が・・・」

 まなぶと言うのは、最初ピンとこなかったが、その声から、市野沢先輩の名前であり、電話してきている女性が西本先輩であることが判った。

「先輩、どおしたんですか?」

「学が・・・危篤なの」

 俺は、驚いたのは、もちろん。ただ事ではない西本先輩の声も緊急事態そのものだった。入院している病院の名前と、だいたいの住所を聞き、電話の横にいつも置いてあるメモノートに書きなぐった。

 それを引きむしり、さきほど電話を取ってくれた学生に頼んだ。

「度々すまない。お前バイク持っていたよな。貸してくれないか?」

 その学生は、同じ大学では無かったが、何度も物の貸し借りをしているようなヤツだった。事情を話すと、乗っていけと即了解してくれた。

 急いで上着を着、貴重品だけ持って飛び出た。ここから指定のあった病院まではかなりの距離がある。ただ深夜と言うことで交通量は少ない。

 そうなると市内を抜けるより、少し迂回することになるが、郊外のルートのほうが信号が少なく速いと思い、田園地帯をひた走った。

 しかし、その途中、突然バイクは動かなくなってしまった。俺としたことが、ガス欠だった。しかし、この辺にはガソリンスタンドは無かった。あっても深夜で営業していない箇所ばかりだった。

 重いバイクを引きずり、ただ前進するだけだった。無意味に時間だけが過ぎて行く。郊外と言うこともあってタクシーも通りかからない。

 やがて、夜が明けてきてしまった。俺は諦め、近場の駅に向かった。その駐輪場にバイクを止め、始発を待った。

 電車を乗り継ぎ、病院に到着したのは既に七時を回っていた。ナースステーションで部屋番号を聞き、やっと病室に着いた。ノックをする。

 すぐスライドする扉が開き、西本先輩が出てきた。

「ごめんね。こんな時間に呼び出して」

「いや、いいんです。そんなことより、どうなんですか?」

「二時間ほど前に意識は戻ったの。今は、落ち着いてる。入る?」

「面会謝絶ってなってますけど、いいんですか?」

「うん、少しならいいって」

 病室は個室だった。ベットに横たわる先輩には色々な機器から延びるコードやチューブが接続されている。先輩は酸素マスクをして、少し息苦しい様子だったが、眠ってはいなかった。

 俺の顔を見ると、何度かまぶたを閉じ、頷いた。

「こんな状態だから、喋れないけど、こっちの話は聞こえてるから」

「先輩、おどかさないでくださいよ。俺、飛び出したのはいいけど、借りたバイクがガス欠だったんですよ。帰ったら、そんなバイク貸したヤツ、締め上げてやりますからね」

 できるだけ、明るく、何もなかったような話に徹したつもりだった。

 しばらくして、長くなると負担になると思い、西本先輩と病室から出て、休息コーナーへ移動した。自動販売機から、ホットコーヒーを二つ買い、先輩の手に握らせた。

「一人にしても大丈夫ですか?」

「ええ、ナースステーションでモニターしてるから、安心だって」

「で、何があったんですか?」

「あたしも、夜中に呼び出されて、まだよくわからないんだけど、来たときは、意識不明で、救急車で搬送されてきたらしいの。そのとき、付き添ってきてくれた会社の人に聞いたんだけど、突然倒れたって。数日前から徹夜続きだったみたいで。先生は、肺炎って言ってた」

「肺炎ですか、なるほど。風引いてムリしたんですね。俺もなりましたけど、一週間もすれば元気になりましたから、先輩も今が、しんどいだけですよ」

「えっ肺炎になったの?」

 おれは、しくじったと思った。たしかになったのは、前世で、しかも、もっと歳が行ってからであった。

「あっはい、中学の時、風邪をこじらせて、ほら、若いときって、自分の限界って判らないですよね。だから酷くなっても我慢しちゃって」

 そう、ごまかした。

「そうなの。でも亡くなる人もいるって言うし・・・」

「たしかにそうですけど、俺も始めは四十度以上の高熱が出て三日間は意識朦朧だったんです。けど、その後はすぐ回復して、病院に居るのがいやなくらいだったんですよ。だから先輩も若いんだから、すぐ治りますよ」

「そうよね、意識も、戻ったし。後は待つだけだよね」

 西本先輩は、少し安心したようだった。後、バイクのガス欠の話や、最近の笑い話をして、少しだが、笑ってくれた。その西本先輩は、高校で始めて会って、声をかけてくれたときのような新鮮な感じがしたのだった。

 市野沢先輩の両親も田舎から到着し、病状も安定していると言うことで、俺は昼から帰ることにした。

 帰る前にもう一度、病室を訪れた。

「先輩、がんばってくださいよ。いや、がんばらなくていいのか、ゆっくり休養と思って西本先輩に甘えてやってください」

 そう言って、病室を出るとき、先輩の方を見ると、腕を少し上げ、親指を立てている。おれも同じ動作で返した。それは、『すまないな』と言うより『がんばれよ』と俺に言っているように感じた。

 夜、由紀に事情を説明した。驚いていたが、病状が安定していると言うことで、安心したようだった。

 それから五日間は、また忙しい毎日の繰り返しだった。市野沢先輩が入院していることさえ忘れてしまうくらいの日々が続いていた。


 その日は午後一番から研究室で機器の調整を行なっているときだった。

「南条君、工学部の総務から、君宛に電報が届いてるそうだ。行ってきたまえ」

 教授が教えてくれた。何かいやな予感がしたが、走って総務カウンターへ行き、電報を受け取った。

『シキュウコラレタシ。イソグニオヨバズ』

 発信は西本先輩だった。昼間は大学に居ると言うことを伝えておいたので、こちらに電報を打ってきたのだろう。しかし、至急と言うものの、急がなくていいとは、この相反する言葉は何を意味しているのか、わからなかった。

 たぶん、前回、急ぎすぎて、またバイクのガス欠になるようなことにならないように気を利かしたのではないかとも思うが、何かとてつもない不安も感じた。

 俺は電車を乗り継ぎ、病院へ急行した。病室の前に来たが、何かが違うのを感じた。扉が開け放たれ、看護士が医療機器の移動をしている。

 西本先輩が、ただ座っているのが見える。俺はゆっくり近づいた。

「南条君・・・学、行っちゃった・・・」

「あたし、あたし。どうすることもできなかった・・・」

 西本先輩を受け止めて、抱きしめた。けど、力がまったく入らなかった。前来たときのコードやチューブも取り払われ、あらかたの機器も移動されていた。横で、市野沢先輩が綺麗な寝顔で、ただ寝ているだけのようだった。

「どうして、こんなことになるの?あたし達、何か間違ってたの?」

「いや、先輩達は、一生懸命やったよ。俺達より何倍も。間違いなんて何もなかった」

「じゃぁこれは、嘘よね。こんなのって・・・」

 俺も嘘だと言ってほしかった。不運とか、偶然とか、そんなもののせいに、したくなかった。まして、神様とか、もっての外だ、そんな存在があり、事象を左右しているのなら、悪意しかない。

 マジメに、未来へ希望を持って、ただ進んできた先輩達へ、この試練は、あまりにも過酷すぎる。やりすぎだ。俺は心の中で、そう叫んでいた。

「先輩、おもいっきり、泣きましょう。今は、それくらいしか俺達にはできません。けど、できたら、市野沢先輩を笑顔で送ってあげたいです」

「うん。そうかもね。あたしが、こんなのじゃ安心して行けないよね」

 それから、俺達はひとしきり泣いた。だれに見られようとも、どんな醜態を曝そうとも、関係なかった。今は、それでいいと思った。

 病状が安定したので一旦帰っていた市野沢先輩の両親も駆けつけた。あまりにも速すぎる死を受け入れられないのは、あたりまえである。ただ悲しみに暮れるだけだった。

 西本先輩は、あの日から、一度も帰らず、つきっきりで、みまもっていたとのことだった。容態が急変したのは、今日の朝で、苦しみに耐える先輩を励ましつづけたとのこと。けど、最後は意識が無くなり、眠るように安らかだったと。

 それから、搬送の準備や手続き等が行なわれた。西本先輩は、疲労と精神的にも限界だったはずだが、両親に変わり気丈にそれらをこなしていった。ただ、目の焦点が定まってはいなかった。

 搬送車にも同乗していくとのことだった。

「先輩、だいじょうぶですか?少し、ゆっくりしたほうが・・・」

「ううん、あたしが付いていないと、さみしがるでしょ」

「そうですね、じゃぁお願いします。俺も後から、おいかけますから」

 病院を西本先輩と市野沢先輩は出発していった。まるで全てが嘘だったような感じがした。

 その後、由紀の会社に電話した。

「えっ、どういうこと?」

「だって、安定してるって言ってたじゃない。嘘よね・・・」

「嘘って言ってよ・・・」

 由紀は耐え切れずその場で泣いていた。俺は、ただ淡々と事実だけ告げた。

「由紀、西本先輩は、一緒にそっちへ向かってる。明日が通夜で、明後日が告別式だそうだ。俺達も市野沢先輩を送ろう。そうしてやってほしい」

 俺は、アパートに一旦帰り、荷物を纏めてから出発した。高速艇から見える夜の闇は、あいかわらず綺麗だった。都会の海岸線の光の列が、ゆっくり流れて行く。いつもなら、由紀に会えると、心も弾んだが、今回だけは大きく異なっていた。

 港に着くと、由紀が車で迎えにきてくれていた。岸壁に降り立つと、泣きながら飛び込んできた。他の乗客から見ると単なる恋人同士のオーバーな再会に見えるだろう。けど、そうなら、どんなにいいことか。

 次の日、朝から俺達は、市野沢先輩の家へ向かった。由紀は二日ほど会社に休みをもらったそうだ。

 通夜と告別式は近くの葬儀会館で行なうことになっていたが、わずかな時間でも実家に寝かせてやりたいと言うことで、市野沢先輩は実家の自分の部屋に寝かされていた。

 そして、横には、ずっと西本先輩が座っていた。由紀は、そっと、その横に座り、西本先輩を抱きしめた。

「由紀ちゃん、ひさしぶりなのに、こんな会い方になって、ごめんね」

「ううん、あたしより何倍も先輩のほうが悲しいのに・・・」

「大丈夫よ、いつまでも悲しんでたら、怒られちゃうからね」

 夕方から始まった通夜でも西本先輩は涙もみせず、ただ淡々と対応していた。何日も満足に食事も取ってないだろう。ただそうしていることで気が紛れるかのように。


 告別式は午前中から始まった。大勢の人が焼香に訪れた。志賀高の同期や先生も。そこでブチが去年亡くなっていたことを俺達は始めて知った。

 卒業後直ぐに体調が悪いと訴え、入院して検査した結果、末期の癌だったらしい。しかし、その事実は家族以外だれにも言うなと、本人が希望したとのことだった。

 出棺のときになっていた。切った花をそれぞれ棺の中に入れていった。多くの人が心から涙した。俺と由紀も涙がとまらなかった。

 徒然泣き叫ぶ声が聞こえた。

「バカーどおして、あたしを措いて行くのよー」

「あたしも連れていってよー」

「どうしたらいいの。これから一人なのよ。学、戻ってきてよー」

 今まで気丈に対応していたが、さすがに耐えられなかったのだろう。泣き叫ぶ声が、いっそう悲しみを感じさせる。

 俺と由紀は、西本先輩を両脇から支え、一緒に泣いた。

 次の日も西本先輩は、市野沢先輩の遺影の横で座っていた。俺は心配で、ずっと一緒にいた。由紀は夕方迎にきてくれていた。

 家の人が、少しでも落ち着くようにと、お酒を出してくれた。あまり飲めなかったが、少しだけ頂くことにした。

 葬儀が終わっても、何人か焼香にやってきていた。その中での話し声が聞こえてきた。

「学君、誤嚥性肺炎だったんだってねー」

「仕事で何日も徹夜して、お酒飲んだとき、戻したのが気管に入っちゃったんだそうよ」

(えっ、それって・・・嘘だろ)

(誤嚥性って、それは先輩じゃないだろ)

 俺は、頭の中が真っ白になった。横にあったお酒を何杯か一気に飲んだ。おかしい、間違っている。肺炎とだけ聞いていたので、何も思いつかなかったが、誤嚥性肺炎は違う。

 前世では、放送部の友人が同じ原因で亡くなっていた。そいつもソフトウエア関連の会社で、今聞いた全く同じ死因だった。葬儀にも出ていた。

 そう言えば、この現世では、その友人が亡くなったとは、まだ聞いてない。いや何かあれば連絡が入るはずだ。

 そうなのか?、そう言うことなのか、俺は、とんでもないことをやってしまった。

「ごめん、ごめんなさい。西本先輩、俺が、俺が悪かったんです。ゆるしてください」

 俺は西本先輩の前で土下座して、額を擦り付けて、あやまった。由紀がびっくりして飛んでくる。

「智史どうしたの?悲しいのは、わかるけど・・・」

「市野沢先輩が死んだのは俺のせいなんだ。こんな簡単なこと、考えずに、先輩に仕事のこと勧めてしまったんだ」

 由紀が、支えてくれる。お酒が入っているにもかかわらず、真っ青になった俺に、更に驚いたようだった。

「ごめんなさい西本先輩、智史、お酒飲んじゃったから」

「南条君。いいのよ、学が死んだのは、あたしのせいでもあるの。結婚を急がせたの。速く一緒に暮らしたいってね。だから学は一生懸命仕事して、こうなっちゃったの。南条君のせいじゃないの」

「俺が市野沢先輩と親しくならなかったら、こんなことにならなかった・・・」

「それも、あたしのせいよ、あなたをスカウトしたんだから」

 そこから、一気に飲んだ酒が回ったのか、俺の記憶はない。由紀によると、西本先輩と抱き合い、ふたりで思いっきり泣いてたそうだ。

 そして酔いつぶれて、由紀の車で家まで送ってもらったらしい。


 俺が都会へ帰る日、由紀は港まで送ってくれた。

「今日も仕事だったのに、ごめんな」

「いいのよ、このくらい。少しだけ速めに上がっただけだから」

「この車買ったんだね。今更だけど」

「そうね、あのときは、そんなこと言えるような雰囲気じゃなかったしね」

「なんか由紀が大人にみえる」

「そう?もう随分上手くなったからね」

「ねぇ、もしかして、この助手席に乗せる男って俺が始めて?」

「残念でした。三番目」

「えぇー普通、そうするもんじゃないのか?」

「一番目は、歳の行ったオジサン、二番目は、ハンサムな青年」

「うっそーそりゃひどいなー」

「バーカ、お父さんと、将人よ」

「なら、しょうがないか・・・」

 そんな、他愛もない会話がひさしぶりにできることが、うれしかった。


 高速艇は、またもや夜の闇夜をひた走っていた。

 今回の出来事で、新たな法則がわかったような気がした。現世での出来事は転移した俺を中心に作用するらしい。前世では、親しかった友人の死が、現世では、市野沢先輩にとって代わってしまった。

 前世のように友人のほうが死ねばいいと言うのではない。同じ事象のレベルを俺に当てはめると、大きな出来事は、繰り返されると言うことだ。

 神様の作用とかは、考えたくないが、これ以上俺が存在することで、だれにも悲しい思いをさせたくはなかった。しかし、既に俺自身に何かあれば、由紀が悲しむことも事実、西本先輩を見て、由紀を同じようにしたくない。大きな矛盾だが、心から神に訴えた。なんとかしてくださいと。

 また都会の海岸線の光が流れていく。泉北地区のコンビナートの幻想的な光は海面に反射してこの世のものとも思えない光景を放っていた。



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