卒業
[031401] 卒業
二月の中旬に入ると三年は卒業式まで休みが続く。由紀は年明けから断続的に自動車教習所に通っており、こちらも、あと少しで卒業とのことだった。
我々の地方はバスもあるが、主な交通手段が車である。よって高校を卒業する前に教習所に通い免許を取得するのが通例となっていた。例外的に取得しないのは俺のような進学するものでも一部だけだった。
俺と由紀は、休みに入っても学校の図書室に通っていた。図書委員も加わる卒業アルバムの素材作成や打ち合わせは完了していたが、村田商店の年度版の作成や新書の入荷が重なり、あわただしかった。
村田は、やはり前世と同じ造船会社に就職が決定しており、もうすぐ研修が始まるとのことだった。由香は写真が趣味から仕事に変わろうとしていた。志賀高も担当する写真館へ就職する。
長尾も就職で、これも前世と同じくプロパンガスの供給販売会社に勤務することになっている。やがて俺の家も窯でガスを利用しているので営業担当として回ってくることになるだろう。
「長いようで、今から思えば、短かかったわね」
しみじみ由紀が作業の合間でコーヒーを入れながら言う
「二年前だって、ここで先輩達を送り出したのが昨日みたいだよな」
「先輩どおしてるのかなー」
と、天井に張られた市野沢先輩と西本先輩が二人で写っている写真を見て言った。これは記念にと写真を撮って、どこへ飾るのかを色々思案した結果、額に入れて順番に並べるのは校長室や音楽教室のようで物々しいし、写真立ては邪魔になる。
そこで代々残り、順番に増やすことが出来、絶対邪魔にならない場所と言うことで準備室の天井に張ったのであった。しばらくすると俺達の写真もその横に並ぶことになっている。
「あっこの前、市野沢先輩の手紙で、西本先輩は、むこうのアパレル会社に就職が決まったって書いてあったよ」
「そっかぁ、じゃぁ二人とも、これからも一緒なんだね。いいなー」
それは由紀の感覚的な思考で出た言葉だろうが、今から数年間、俺と離れ離れになる自分と比べてと言うことが判ると、申し訳なく思う。
ついに卒業式の日がやってきた。三年生は式が始まる十時までに登校となっており、バス以外のものは、遅めの登校が多かった。
休みもあり、久々に会う者も大半で、春夏冬の休み明けのように、それぞれの出来事を会話していた。但し、今日で永遠に会う機会の無い者も多数いるはずだ。そんなことは、まだだれも思いもしていないようだった。いや、また同じクラスや学年が永遠に続くと思えるくらいに。
バスで来るはずの由紀は、まだ姿を見せていなかった。俺は図書準備室で窓から校門を眺め一人でコーヒーを飲んでいた。
そうすると、登校する卒業生を追い抜くように、一台の教習車がロータリーに滑りこんできた。そして、そこから由紀が降りてきたので俺は慌てて迎えにいった。
「あー間に合った。今日が最期の路上教習で、朝一の時間しか空いてなかったのよー」
卒業式に教官の運転する教習車で乗り付けたのは由紀が始めてだろう。事情を話すと、送ってくれたそうだ。
まもなく卒業式が始まった。今日はさすがに放送部の裏方は後輩がやっている。最後の退場のときの曲はサウンド・オブ・サイレンスだった。映画『卒業』の抽入歌であるが、これを選曲したのには別な意味があった。
三年の英語の時間、最初に必ずこの歌をみんなで歌ったのであった。何度も。これは由紀と放送部員以外には知らせていない。
そして、卒業する学年として、恒例の、ちょっとしたサプライズが計画されていた。打ち合わせも行い、これは卒業生以外は知らない。
厳かに式は進められていった。毎年だが、既に泣く女子もちらほらみうけられる。そして、最期の時がやってきた。
「以上を持ちまして、第五回卒業証書授与式を終了致します」
通常なら、ここで卒業生退場と言う号令が出るはずである。しかし、違った。
「続きまして、異例ではありますが、学生栄誉賞の授与を行います。呼ばれた者は、前へ」
これは、完全に異例だ。そんな賞も聞いたことがない。
「第一号、南条智史」
(えっ俺かよ)
「第二号、相原由紀」
俺は、やられたーと心の中で思った。
「・・・右の者は、本校就学中、多大なる功績を修め、本校にとどまらず他学生に、大きな影響を与え、貢献したことを認め、学生としての栄誉を称え、ここに表彰するものである・・・」
「なお、副賞として、銀杏の苗木四本を贈呈する」
俺達は賞状と目録を持って、席へ帰っていった。そのとき、ブチと目があった。してやったり。と言う笑いを浮かべていた。
銀杏の苗木は、最近、何か貰えるとしたら欲しいものはあるかと、聞いてきたことがあった。そのとき、由紀が銀杏の苗木が欲しいと言ったのであった。
「卒業生退場、起立!」
今度は、こっちの番である。生徒会長が号令をかけなおす。
「卒業生集合」
一斉に体育館後方に集合する。
「対象者確保」
女子が四クラスの担任とブチを連れてくる。そして各々、胴上げが始まった。
「ワッショイ。ワッショイ」
男子も女子も加わり先生達を上げていく。そして最期に整列して、女子が花束を五人の先生に渡し、全員で叫ぶ。
「三年間、ありがとうございました」
「卒業生退場」
サウンド・オブ・サイレンスが流れてくる。女子のほとんどが連鎖反応で泣いていた。中には男子もいる。もちろんブチも大泣きしていた。
その後、最期のホームルームである。みんなこのときはカメラを持ってきており、各々写真の取り合いになる。色紙やサイン帳にメッセージを書き込む者もいる。
由紀はテニス部、俺はソフト部と放送部への挨拶があるので、適当に図書準備室で集合となっていた。
図書準備室には、福留君、はつみちゃんが待っていた。そして暫くして、珠子と由香がやって来た。コーヒーを入れはじめる。その時、由紀が戻ってきた。
少し様子が変である。それを由香がみつけた。
「由紀それどおしたの?」
制服のボタン、つまりブレザーと、それだけに留まらず、ベストのボタンが全て無いのである。
「あの、ちょっとまずいことになっちゃった」
話を聞くとテニス部でブレザーのボタンが無くなり、ここへくる途中、ベストのボタンが無くなったとのことだ。全部女子だったらしい。
(宝塚かよ・・・)
「でも南条さんも、一緒だからいいんじゃないですか。あたしと、タマちゃんは、無くなったら困るから朝もらったんだけど」
たしかに、俺の学生服もボタンは完売だった。
「残りはソフト部で、取られてしまって・・・」
そうすると珠子が奥からハサミと安全ピンを多数持ってやってきた。
「由紀さん、それでおしまいって言わせないからね、あたしたちの分頂ます」
由紀は、奥へ連れ込まれて、しばらくして開放されてきた。ブラウスのボタンが二つ無くなっている。 そして安全ピンで他の部分も含め留め直されていた。
「あーそれなら、僕も欲しいです。村田商店のオークションに出したら高値間違いなしですから」
福留君が更に追い打ちをかける。
「そう言う不純な用途は認められません。由紀さんだって、これが限界だからね」
はつみちゃんが制止する。珠子も俺達を見て言った。
「二人は、ボタンとか交換しないんですかぁ」
「うん、いいのよ。貰うものは、頂いてあるから」
由紀が、そう言うと由香が、何かを見つけたように。
「あっ由紀、それ、もしかして」
由紀の左手を取り、薬指を見つめる。
「なんか変だって思ってたんだよね。いっつもここ、絆創膏巻いてたでしょ」
由紀はこの前の謹慎のとき買った指輪をいつもしていた。但し見つからないように、絆創膏で隠していたのであった。今日は、指輪だけだ。
「えぇー婚約ってことなの?」
しばらく、ブーイングや、冷やかしの応酬だった。
村田や長尾も来たので全員で記念写真をセルフタイマーで撮った。それから最後のランチを食べた。もちろんゆきカラの乗ったカレーであった。
それからは解散となったが、俺達には、もう一仕事残っていた。副賞で貰った銀杏の苗を、はつみちゃんも手伝ってもらって中庭に植えた。
そしてブチが貸してくれた最近出たばかりのビデオカメラで由香が、校内の色々な場所を撮影して回った。もちろん由紀がさりげないモデルを勤めた。
最後にビデオを返すのと挨拶に体育教官室のブチのところへ行く。
「白渕先生、ありがとうございます。最後に一本取られましたね」
「いや、あれくらい。せめて一矢放報いなければな。お前達はほんと良くやったよ。石伊の件も、高瀬の件も、まだまだあるが」
「えっ、それは内密だったはずですが」
「そのくらい知らないと生活指導は勤まらんよ」
「先生、目まだ赤いですね」
「お前らが出て行って清々するわ。毎年変わったことやられたら、たまらんからな」
ブチは、また目に涙が溜まってきたみたいで、校門まで送ると言ってくれた。はつみちゃんと福留君も来てくれた。
「じゃぁこれでお別れです。みんな、先生、ありがとう」
由紀は、さすがに言葉がでない。
「あたしたちも先輩達のようになります」
「がんばってやれよ」
と、声をかけてくれるブチの笑顔が不思議なくらい校舎のバックとマッチしていた。しかし、この姿が最後の見納めになるのは、この時はわからなかった。
俺は由紀を乗せて坂を下りだした。
ソフト部が坂の横に整列している。それぞれ励ましの声をかけてくれた。
坂の中ほどまで来たときに、珠子の声が聞こえた。
「先輩、大好きでしたー」
俺と由紀は手を上げて答えた。
坂の下の親戚でバイクに乗り換え、由紀を送っていった。今日からは堂々と乗れることは間違い無い。しかし、何か規制から開放された安堵した感じよりも、寂しい感じのほうが大きかった。
由紀の家の前で。
「智史、ボタンの代わりが欲しいんだけど。いいかなぁ」
「えっ何も残ってないけど」
「うん、今日でなくってもいいんだけど、全部ちょうだい」
「全部って?」
「学生服、ズボン、できたらカッターシャツも」
(追い剥ぎかよ)
「わかった。クリーニングしてからまた持ってくるよ」
「ううん、そのまま。今日着てたままで下さい」
「じゃぁ由紀のと、交換しよう」
「ダメ、これは記念にとっておくんだから・・・じゃぁ夏服ならいいよ」
「なんならトランクスも付けよおか?」
「バカね、それはいりませんから」
後日俺が都会へ旅立つ前に、お互いの制服を交換した。それからは、由紀は教習所の卒検や免許試験、会社の準備があり、あまり合う時間がなかった。
最後の前日の深夜、俺は長尾の家に行っていた。何度か来ており、ここも今日が最後だった。
「長尾、俺が言うのもなんだが、タマのこと頼むよ」
「わかってるって、お前の妹みたいなもんだからな」
「いや、そうじゃなくって、タマの体、気をつけてほしい。お前だけが頼りなんだ」
「心配しすぎだぞ、あいつ足は、あーだけど、他は至って健康そのものだ」
「そうならいいんだが、俺はここを離れる。もう何もしてやれないかもしれない。この通りだ」
俺は頭を下げ、長尾に懇願した。
「オーバーすぎるって。ああ、わかったよ。付き合う前にも言ったけど、俺の命にかけても守るよ。心配するな」
長尾は楽観すぎる。いや、何も知らないのだから、俺のほうがたしかに異常に見えるだろう。けど、前世と変えなければならないと思いつつも、俺は何一つこれから関与できないことを悟った。後は長尾が、なんとかしてくれることを、願うことしかできない。
これも、大きすぎる時間の流れ、俺などの力の及ぶことが不可能なことなのかと思った。
「こんな遅くにだれが来てるんだ?」
長尾の親父さんだった。
「はい、南条です。明日一番でこっちを離れます。最後に男の挨拶に来ました」
「おー南条君か、そうか・・・気をつけて行ってこいよ。また遊びに来いよ」
「はい、ありがとうございます」
親父さんとは何度か会っていたが、これも今日が最後だと前世の記憶から判っていた。こんなふうに、多くの人々が去っていく。この数日だけでも、もう一生会うことのない人が何人いてるんだと思うと、人生は出会いと別れが必ず半分づつの比率であることを感じさせられる。
「長尾、親父さんも、大切にしろよ」
「お前なー最後みたいなこと言うなよなー」
俺はバイクのエンジンを掛け、別れ際に言った。
「最後なんだよ」
長尾は、わからなかっただろう。何のことか・・・前世の記憶では、長尾の親父さんは二年後亡くなる。
珠子も、そんなことには、なってほしくない。お前だけが頼りだ。まだ早春の肌寒い風がバイクの加速で強くなる。俺の目は霞んでいた。涙で。




