二人の跡継ぎ
[031101] 二人の跡継ぎ
秋も深まり、そろそろ肌寒い風が吹き出したころ。夏に植えてあった高瀬園の女の子の匂いがする植物はまた分身し、去年と同じくらいの株が出来ていた。まもなく室内への退避の為、鉢に移植しなければならない時期が迫っていた。
そんな最中、時期遅れの台風の接近が告げられ朝から大荒れの天気となった。俺もその日はバイクを諦めバスで登校したくらいだった。
一時限目は、気象情報での台風進路の確認や警報が発令された場合の対処で職員会議が開かれており自習となった。
俺と由紀は当然の如く図書準備室でコーヒーを飲みながら突然の暇を潰していた。
「苺だいじょうぶかな」
「このくらいの風じゃなんともないはずよ。背が高いわけでもないし、中庭は元々風もあたりにくいからね」
そんな会話をしながら由紀は準備室の窓から見える校門の方を見ながらカップを両手で包み込むようにコーヒーを飲んでいた。
「大変、あの子、相当ヤバイんじゃない?」
由紀の見る視線の方向を追ってみると坂から校門の方へ傘も挿さず自転車を押しながら入ってくる女子生徒が見える。
「あっ、たぶんずぶ濡れだよな」
俺達は階段を走って下り、エントランス前の庇のところへ出た。女子生徒は校門から自転車置き場の方へ歩いて行くところだった。
「そこのあなたーこっちこっち」
由紀は手招きしながら呼び寄せた。近づいて来た女子は完全に雨で濡れており、自転車はチェーンが外れて傘の枝は何本も折れ、使い物にならない状態だった。
「これはひどいな、自転車はそのままにして、とりあえず中に入って」
「ちょっとだいじょうぶ?池に落ちたみたいじゃないの」
由紀はそのまま彼女の手を引っ張って図書準備室に連れていった。そして椅子に座らせ、タオルで顔と頭を勢い良く拭きはじめた。
「髪の毛は後で櫛で梳けばいいからね」
と、言いながら妹に普段やっているのだろう、手際良くやってのけていた。
「ねぇ、着替えとか持ってる?」
女子生徒は、首を左右に振るだけだった。
「そうよね、家には、だれかいてる?着替え持ってきてくれる人とか」
「たぶんムリです。両親は仕事に行ってるし、弟は小学校。家には、おばあちゃんだけです。でも歳いっているので・・・」
「そっかぁー困ったわね、あたし今日はこんな天気だから絶対何もできないって思って体操服も何も持ってきてないし」
クラブは引退したが、後輩の練習に付き合ったり、気分転換に時々テニスはやるので普段なら持ってきていた。
「あのー俺のならあるけど、どーする?」
と、言い部屋の隅に置いてあるスポーツバッグを持ってきた。
「ちゃんと、洗ってあるわよねー」
「もちろん、まだ着てないよ」
「じゃぁ借りるわ、出して」
俺は体操服の上とジャージの上下を差し出した。
「トランクスもあるけど、いらないよね」
「バカ言ってないで、ちょっと出て行ってよね」
図書室側へ追い出されて暫くすると、
「いいよ、入って来て。ジャジャーン出来上がり」
そこには、子供に大人の服を着せたみたいな状態の女の子がハニカミながらいた。
「これは、さすがに大きすぎよね」
と、由紀に言われながら俺も手伝って、足首と袖を捲くり上げ、なんとか格好をつけた。
「うん、これなら動けるし、見た目もだいじょうぶだ」
由紀は彼女のブラウスや制服をハンガーに掛けていた。
「はいこれ、カーテンレールに掛けて」
俺は窓枠の台の上に乗って由紀から順番に渡されるスカート、ベスト、ブラウス、ブレザーを掛けていった。なんだか華やかになったような感じがした。
「たぶん帰る時には乾いているから、放課後取りにきてね」
彼女はうなづいた。様子を聞くと、大丈夫だと思って傘さしながら自転車を漕でいたら、チェーンが突然外れ、風も強くなって傘もダメになって、そのまま自転車を押しながら歩いて来たと言うことだった。
熱いコーヒーを入れてやって、体を温めた後、彼女は深々と礼を言ってクラスに行った。
放課後、自転車を診てみると、チェーンが延びていることがわかった。学校の事務室に行って工具を借りて自転車の後輪の位置調整を行って、元に戻した。
図書準備室で一息入れていると今朝の彼女がやってきた。
「自転車直しといたから、でもチェーン延びてるし、ギヤもけっこう磨耗して山が無くなってる。当分は持つと思うけど、一度自転車屋さんでオーバーホールしたほうがいいよ」
と、言って窓にかかっているハンガーを取っていった。
「どお、乾いてる?」
「うん、これならだいじょうぶね」
再び、追い出されて、戻ると彼女は丁寧に貸した服を畳んでいた。そのままでいいと言ったのに、洗ってから返すと聞かなかった。
「デリカシーが無いのね、女の子の気持ちわかってあげなさいよ」
と、由紀に言われた。
翌日の放課後、図書準備室でいつものようにしていると昨日の少女が服を返しにやってきた。大きな紙袋に入れて、中にはクッキーと、メッセージカードが入っていた。
「何々、すごいじゃない。美味しそうね。で、何て書いてあるの?」
俺は由紀と、そのクッキーを食べながら、カードを読んだ。
『南条さん、由紀さん。暖かいまごころありがとうございました。おかげて風邪もひかず過ごすことができました。体操服もあったかかったです。あたしの心も温まりました』
それから彼女は度々図書室に顔を見せるようになった。“沖田はつみ”と言う一年だそうだ。ただ少し無口だが、かえってかわいい。
「はつみちゃん、中へ入りなよ。由紀もいてるし」
他人の家に上がるように、他所おしく入ってくる。由紀がコーヒーの準備を始める。はつみちゃんは、ちょこんと座り、またお礼を言った。そして作業机の上に載ってる鉢を見ながら言った。
「これって苺ですよね。なぜ女の子の匂いがする植物って書いてあるんですか?」
「あはは、それはね、色々あって、そのほうが男子には受けるのよ」
「特に久保みたいなヤツにはな」
俺達がクスクス笑っているのを見て不思議そうにしている。たしかに食堂や色々な場所に置いてある苺の鉢に挿してある名札には、苺とは書かず、そうなっている。
「春に実が生ったんだけど、食べた?」
「はい、食堂にあったのを一つ頂きました」
「あんまり美味しくなかっでしょ。実も小さいしね」
「実は沢山生ってましたけど間引かないんですか?」
「なんだかね、小さい花を摘み取ってしまうのが、かわいそうなのよ。一応観賞目的も兼ねてるから、いいかなーって」
「そうだったんですかぁー赤い小さな実がいっぱいで、かわいかったです」
「もしかして、はつみちゃん、植物とか園芸詳しいの?」
「少しだけです。家が兼業ですけど農家だし、家庭菜園程度は、あたしも、やってるんです」
由紀は、何か閃くと言うか、思いついたみたいな仕草をした。
「ねぇ、はつみちゃん。あたしの子供たち、育ててくれないかしら」
何?と、俺とはつみちゃんはビックリした。
「あっ、そうじゃなくってー花壇や食堂、他にもいろいろあるんだけど、沢山やりすぎちゃって、もうすぐ卒業でしょ、どうしようか困ってるの。もちろん卒業しても時々手伝いに来るし」
「えっあたしなんかで、いいんですかぁ?」
「やってくれるの?うれしぃーよかったぁー」
由紀は、はつみちゃんを抱きしめ、二人で笑顔で笑った。
その後、天気の良い日に早速苺の鉢への植え替えを、みんなで行った。数は、多く既に食堂や他の場所も去年の株があるので、無料で配付することになった。
月刊村田商店に掲載してもらって、配付日になると、アッという間に全部引き取り先が決まった。以後、高瀬園からは毎年四十鉢ほどの女の子の匂いのする植物は名前もそのままで旅立っていったのだった。
ある日の放課後、図書準備室に行くと、由紀が少し、暗い顔をして一枚の手紙を差し出した。
「一応、約束とおり、見せるね」
そこには、一年の時にあった事件に似た内容の文書が書かれていた。
『由紀さんへ、このような突然な行為をお許し下さい。以前よりあなたを見て、僕の心は限界に達してしまいました。このままでは、学業にも支障を来たすところまで至り、結果はどうなってもかまいませんので、区切りを自分自身につける為、一度お話を、お聞き頂けませんでしょうか。本日の午後四時に玄関の前で待ってます』
差出人の名前は書かれてない。しかし、当時の石伊さんは既に卒業しているし、文面が明らかに知性を持って、控えめに丁寧に書かれている。
「これは、どーみたってもラブレターじゃないのか?」
「だよねー朝、下駄箱に入ってたの。どおしようか・・・」
「四時ってもうすぐだよね、しかも玄関前ってここから見えるじゃん」
そうである。玄関の上が図書室になっているから、この準備室の窓からは下が玄関前である。そう言うわけで、カーテンの隙間から観察してみることにした。
バスが出てそれまで居た多くの生徒の姿は消え、しばらく経ってからのことである。一人の男子生徒が玄関前に姿を現した。
「ねぇ、あの子じゃない?」
「かもしれない、もうすぐ四時だしな」
由紀は、何も言わず玄関へと駆けだした。そして俺もそのまま見ていると、少しその男子と話をしてから、無理やりみたいに手を引っ張って、エントランスへ消えた。
足音が聞こえ準備室に、由紀は、その子を連れてきたのだった。
「連れてきちゃった」
「俺、外しとこうか?」
「いえ、そのまま居て」
「えーっと、福留・・・たしか、福留啓君だったわね」
「えっ、僕のこと知ってるんですか?」
「もちろんよ、あなた良くここに来てるじゃない。しかも沢山本借りてるでしょ」
「感激です。印象無いと思ってました」
「図書カードの整理もするから、借りた人の名前も覚えちゃうよ、あなたくらいに借りたらね」
「そうなんですかーいつも、ありがとうございます」
「で、その勉強も手に付かないほどの悩みって聞きましょうか」
「あっそれは・・・もういいんです。僕のこと覚えてもらってたって言うだけで」
「そんなのでいいの?もっとスッキリさせないと後引いちゃわない?」
俺は、そんな二人のやり取りを見て現代で言うKYを感じてコーヒーを三つ入れはじめた。
「じゃぁ恥ずかしながら、申しあげます。由紀さんのこと好きです。テニスしてるとこや、ここでの応対、花を育てるところ拝見させてもらって、こんな輝いてる女の人始めてでした。別に何かを求めるって、ものでもないんです。ただ、自分の素の気持ちだけ伝えたくって・・・」
俺は、二人の前にコーヒーカップを差し出した。
「まぁ、お二人さん、立ちっぱなしじゃなんだし、座ってコーヒーでも飲みましょう」
と、言うのがやっとだった。それに従うように二人は椅子に座り、一息コーヒーを飲んだ。
「ありかどう。そこまで評価してくれるなんて、とっても感激。そしてあたしは、フリーよ、今まで面と向かって好きなんて言ってくれたの、あなただけだから。でも、残念ながらあたし、好きな人がいてるの。その人は、変な性格なんだろうけど、すっごく大切に思ってくれてるのは判るんだけど、だからこそ、付き合うとか、そんなの言えない人なの。だから、事実上ずっと片思いのまま・・・」
俺はますますKYの局地になる気分で、いてる場所が無いと言うか、穴があれば逃げこみたい心境だった。
「そうなんですかーその人のことも知ってますよ。わかるような気がします。だから僕も納得できるって言うか、諦めるって言うのと違うんですけど、安心できるような気がします」
「あなたも、けっこうその人と似てるのかな。ただ違うのは、その勇気、あなだけの長所だと思う。あたしなんかより、もっともっとステキな子がすぐみつかると思うよ。それは、あたしが保証するから」
「そうだといいんだけど。でも、これでスッキリしました」
「別にこれで、お終いなんて訳じゃないんだから、これからは、ここに遊びにきなさいよ。いつでもあたしと、その人も大歓迎だから」
「ありがとうございました。また来ますから」
そう言って福留君は俺にも一礼して出ていった。
「片思いってのは、ないんだけどな・・・」
「あら、そうなの?てっきりそうとばっかり思ってたわ」
「そう虐めるなよ。由紀ちゃん・・・」
それからまもなく、頻繁に福留君は図書準備室に来た。そして由紀の図書委員としての仕事を手伝うようになった。
その後、福留君はどうなつたかと言うと、二年前の俺達と同じだった。西本先輩もそうだったか不明だが、図書購入枠で好きな本を勧め、後、図書委員の話をもちかけ、福留君の本好きもあり、四代目にして男子の図書委員が誕生することになるのであった。
まだこれで終わりではない。園芸担当になった、はつみちゃんも時々由紀と話をしに来ていた。この二人が接触することとなり、お互いの仕事を助け合うようになった。
そのうちに自然と普通の関係ではなくなったことも単なる偶然ではないように思う。
卒業間際にして、二人の有力な跡継ぎが立て続けに決まり、これも神様のみちびきか、意識的な行為なのかもしれないと思うと、やはり只ならぬ力の作用を感じるのであった。




