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リトライ  作者: 相原由紀
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墨汁事件

[030901] 墨汁事件


 夏休みも終わり、各運動部も三年は引退し、一旦は教室の中も落ち着きを取り戻したが、卒業を前にした就職や進学に向け、それぞれの夢や目標が膨らみ再び活気に満ちていた。

 俺は前世と同じように進学を選んだ。由紀は、まだ迷っている。当初進学を希望していたが、そうなると田舎を離れ都会での生活となる。軽く見積もっても生活費や学費で年間二百万程度が必要となる。短大や専門学校でも二年で四百万にもなってしまう。

 これは、一般的な家庭で負担するには大きな金額である。由紀は、自分だけのことを考えるような性格でないことは、今まで付き合ってわかっている。家族や兄弟のこれからのことを第一にすれば、簡単に甘えるなんてことはできず、結論が先に延びるのであった。

 また、進学とした場合でも、その先に問題があった。由紀は園芸や栽培、つまり農業系の技術を習得したいと考えるのであるが、それらを満足する農学系学部はこの時代全て四年制しかない。

 短大等でも良いではないかと、することもできるが、それでは何の為に大金を持って学業するのか本末転倒となってしまう。

 このことによって由紀は進学は断念せざるを得ない方向へ益々傾くのであった。

 皮肉にも前世の記憶で知っているが、今の志賀高は二千八年統合閉校になる。そしてしばらくして、ここは、ある大学の農学部専門のキャンパスとなるのである。

 その時期ならば間違いなく自宅からも通えるし、負担も大幅に低減されるものとなっているはずである。ただ、これは今から遥か未来の話しである。


 その日は一時限目の定刻になっても授業が始まらなかった。噂では、何か問題があって職員会議が開かれているとのことだった。

 十時を過ぎたころだった。放送で、全生徒は体育館に集合とアナウンスが流れた。いつものように、学年別、クラス別に整列し、何が始まるのかと、時を待った。この日は、放送機器は、一切使用しないと言うことで俺も裏方では無くクラスの中に一緒に並んだ。

 ブチ(白渕先生)のハリのある声が体育館全体に響き渡る。内容は昨日、書道教室にて、何者かが、墨汁を撒き散らして教室が惨憺たる状態になっているらしい。やった者はすぐ出てこいと、言うものだった。

 始めは楽観していたが、だれも名乗り出ようとは、しなかった。再三の呼びかけや、説教があったが、状態に変化は無かった。

「やった者が出てくるまで、この状態を続ける」

 と、教頭先生から通達があった。この時期まだ体育館は蒸し暑い。教室なら窓を開け、風を入れ、更に授業中でも下敷きや団扇で扇げるが、ここでは、もちろんそんなことはできない。

 三十分ほど経過した時だった。ドサッと言う音が聞こえた。一年の女子が、そのまま倒れたのだった。保険室担当の先生らが、抱えて連れていく。

 まあ、このくらいは全校集会等では毎回一人くらい発生することであるから、まだ深刻な事態とは思わなかった。

 しかし、一時間を過ぎても立ったままの状態は続けられた。何の変化も無い。ただ先生も生徒もただ立っているだけだ。しかし先生は歩き回ったり、大きく姿勢を変えることが出来る。中には壁にもたれている先生もいる。

 体育館の中は昼に向け、更に温度が上がっていっているようだ。俺もシャツの中を汗が流れるのが判る。

 一時間三十分を過ぎると頻繁に倒れる音が聞こえるようになった。ほとんどが女子だった。

 たぶん貧血によるものだろう。俺も一度貧血で倒れた経験が前世ある。会社がメーカーと行った強化研修の後だった。参加した仲間とビールで御疲れさんを行って電車で帰る時、気分が悪くなり、吐きそうになった。そしてだんだん目が黒のクロスフェードを掛けたみたいに見えなくなっていった。そして回りの音も徐々に聞こえなくなっていく。最後には手足の感覚もなくなる。

 その時は仲間に支えてもらい、少しすると回復したのだった。これは立ち眩みとは異なる。あのようなフラッと気持ちの良いものではない。

 既に六人も運ばれていたが、一向に止める気配はなかった。ブチが、教頭に何かを言っいてるが、いつもの仕草で頭を掻いて戻っていった。

 これは、明らかにやりすぎだと思った。そしてやり場の無い怒りがこみ上げてくる。体育会系はこのくらいでは心配ないが、普段過酷な運動をやってない生徒には辛いものがあるだろう。中には体調の悪い者もいてるだろう。特に女子は。

 俺は珠子のことが気になっていた。あいつは、片足首が悪いから体重移動ができない。短い時間なら問題無いが、これほど長い時間片足だけで立っているのは想像を絶する。

 俺は列の後ろに位置する由紀を見た。そうすると、俺に指を挿し、続いて自分を指差し、それから上へ向けた。簡単な合図だった。『あなたと、わたし、名乗り出る』と言うものだ。

 俺は、由紀を指差し、両手でバツを作った。『由紀はダメ』と言う意味だった。

「おいそこ、何をしている。」

 ブチから警告が入る。

 二時間ほど経過したときだった。更に二人続けて倒れた。また女子だった。各学年満遍なくランダムに欠けていくようだ。我慢の限界だった。

「すいません。俺がやりました」

 と、叫んでいた。それに反応したように長尾も名乗り出た。そして、少しの間に七人が、名乗り出た。

 そのことによって、やっと解散となった。当然俺らは体育教官室に連行された。そしてブチ、教頭を始め指導の先生のいる中、尋問が始まった。

「お前らがやったのか?」

「はい、間違いありません。このメンバーでやりました」

 しかし、少々可笑しな組み合わせでもあった。長尾は別としても、他の者は普段面識はほとんど無い。しかも、一年、二年もいる。なぜか、俺は、それが嬉しかった。

「あの黒い墨汁はどこにあった?」

 墨汁は生徒が持参するが、書道教室の中には、いつも何本か後ろの棚に忘れたり無くなったりした生徒の為に置いてあるのを知っていた。

「後ろの棚にあるやつを使いました」

「なるほどなーそれも無断で使ってやったのだな。一面真っ黒だぞ、よくあんなにぶち撒けたもんだ」

 と、ブチは、なぜか笑いながら不気味に言った。呆れかえってるのだと思った。

「では、さっそく掃除と後片付けをやってもらう」

 当然である。我々七人は清掃道具を持って書道教室へ向かった。

 扉を開けて一同は唖然とした。教室は黒では無く真っ赤だったのだ。墨汁と言っても先生が使う赤い方を撒き散らしたのだった。

 ブチは後から入って来て言った。

「まー虚偽の犯人隠避罪で清掃作業始め!」

 俺はあんな単純な誘導にひっかかったのが悔しくもあったが、ブチの考慮に感心したのだった。

 幸いカーテンに墨は飛んでなかったので、床や机等に水と洗剤でふき取るだけで元通りになった。

 昼休み、俺達は解放されて教室に戻った。

「ねえ、怒られた?」

 由紀が心配そうに聞いてきた。

「いや、バレた。あっけなく・・・」

「そうだよね、みんなマジメな子ばっかだったもんね。あたしも行きたかったなー」

「そりゃ益々茶番だろ」

「でも、よかったじゃない。目的は達成できたんだし」

 たしかに、そうだ。犯人どうのこうのじゃ無く、あの状態を中止できたのだから、文句は無い。


 放課後、俺と長尾はブチに呼び出された。

「まーすわれ、コーヒーでも飲むか?学校でこんなの出来るのここだけだからな」

(図書室のことは知らないんだ。しかし、この態度はなんだ?不吉だな)

 体育教官室の談話セットに座る俺達にコーヒーを自ら入れてくれた。しかもインスタントでない。これは流石に贅沢だ。後で聞くとブチはコーヒーの違いが判る男なのだと言う。

「まず、礼を言わせてくれ。ありがとう。たすかった。ワシも、どお止めに持っていこうか、困ってたんだ」

「先生、珠子みたいなヤツのことを考えてやって下さい。あれは拷問ですよ。あいつ何度も振らついてたんですから」

 と、長尾は噛み付く。

「すまなかった」

「長尾、先生がやらせたんじゃないんだ。反対してたですよね」

「いや、ワシにも責任がある。申し訳ない」

 更に誤るブチに長尾も納得する。

「で、だな。犯人は知らんだろうな?」

「ええ、今のところ学年でもその噂は全く出てませんね」

「まーお前らのことだから、知ってても売るよーなことは、せんわなー」

 たしかにそうである。前世の記憶から、俺は犯人を知っている。三年の不良グループ十人ほどである。しかし、動機にはそれなりの理由もあった。

「ただ、犯人の動機には心当たりがあります。たぶん怨恨の線が考えられます」

「と、言うと書道の先生か?」

「はい、率直に申しまして、生徒の評判は良くないですね」

「俺もそう思う。なんせ、提出物は全部出しているし、内容も悪くはないと思うけど、授業態度だけで赤点だからな」

 と、長尾は振り帰った。書道は芸術の中の選択科目である。三年になった今は就職、進学別に別れた簿記や数学、英語に変わって無いが、一、二年時の教科コマ枠であった。

 この芸術の選択にも、問題があった。美術、音楽、書道で比率は一対一対二で半数が書道となる。

 入学初期、第一希望、第二希望を選択し、選考抽選である。人気は圧倒的に美術と音楽に集中していた。よって、第二希望までを優先し、決めたと通達があったのだが、俺も長尾も美術が得意だった。

俺は時々水彩画を書くくらいだし、長尾は趣味で漫画を描く。音楽は人前で歌うのが精神的にムリなので当然第一希望美術で、第二希望書道であった。

 こうなると、選考基準の通り、俺らは書道となってしまった。たぶん第二希望を音楽にしておけば通っただろう。

 二人ともそのあたり、全く同じだったので、書道の時間は二人で同じ席になり、不満を言いながらも授業を受けた。

 長尾の場合、授業中偶々、漫画を描いていたのを書道の先生に見つかった為に赤点となったのだった。

 俺も実は赤点だった。これには少々複雑な経緯があった。

 二年の夏休みの宿題で書を提出する課題があった。俺は、それまで書の心と言うものが一切判らなかった。しかし、前世の晩年、ネットカフェで宿泊していた時に見た動画サイトで一つの作品を見たことがあった。

 ハンディを持った書家の翔子と言う人の作品だ。国宝の風神雷神図屏風を書で表したもので、勢いや迫力を感じた。風神雷神図は絵心があったので知っているが、その絵と横に並べられた書は、正しく魂を感じられるものでカルチャーショックだった。

 課題はこれのアイデアをデフォルメして何の躊躇も無く、ちょっとしたパロディ気分で記憶を頼りに模写した。但し、何度も書き、迫力の感じられる作品が出来るまで作った。また、半紙を構図の為、横にして使った。これも必要不可欠だったが、作品としては異例である。

 にもかかわらず、この作品は金賞の評価を得てしまった。書道の先生も気に入り、校外の大会に出品するとまで言いだした。

 これには慌てた。展示してある優秀作品の中から俺は偽装風神雷神を取り去り、その場で破り捨てた。

「なぜ、そんなことをするの?」

「すいません、これは盗作なんです」

「だれの盗作なの、こんな書、見たのは、始めてよ」

 そりゃそうだろう。一応書道の先生だ、過去の有名な書は知っているのだろう。

「盗作でもいいのよ、あなたが書いたのだから」

 俺は、これには違和感を覚えた。書道は元々手本を元に練習する。つまり真似である。絵画の世界では模写は贋作や盗作として許されない行為である。

 このあたり考え方に大きな相違があるのも事実。風神雷神の書で、書の魅力と言うものを僅かながら感じたのだが、思想の違いから、先生の思考は受け入れられなかった。

 元々俺は美術希望であったことや、盗作や写し、模写やコピーに対する議論で長い時間論争になった。俺は後日代わりの何の変哲も無い書を提出したのだったが、心証を悪くしたのだろう。二学期の書道は赤点だった。

「芸術は、それぞれ思想が有り異なります。俺は書道の思想が受け入れられません。それで赤点になりました」

「あーあの風神、なんとかと言った夏の書初めの書道作品のことだな。ワシも見たが、よかったけどな」

 まー専門外の教科の先生となるとこんなものだ。

「ええ、そうです。あれは、完全なパクリだったんです。社会通念の思想なら、共通化の必要性も判ります。しかし芸術の思想は個人の間性の違いです。書道の先生とは、それで言い争いになりました」

 単に、このような少し難解な揉め事だけではない。書道と音楽の先生は両方とも二十歳台の若い美人の女性だった。音楽の先生は授業を受けてない生徒までも人気があった。

 気さくで、明るく、それでいて清楚だった。しかし通勤にナナハン、七百五十CCのバイクで来ることから、新しい感覚が魅力的だった。女子や不良グループからも一目おかれていた。

 俺も放送部で裏方でいるとき、よくピアノを弾く為に待機している先生と、一緒になった。冬の寒い始業式のとき等は指が冷たくて引きにくいだろうと、電熱器を準備しておくと、感激してくれ、ハグしてくれたくらいだ。

 それから、音楽は不得意だが、俺はクラッシックが好きだったので、ドビッシー、ホルスト、モーリスラヴェルや、当時流行った、富田勲の話しで盛り上がった。

「芸術には感動が大切よ、好きなものから得られるのなら、ジャンルは何でもいいの。音楽の世界でも盗作はダメだけど、編曲やアレンジってのは、あるのよ。あくまでも原曲を尊重してね」

 俺は、この寛容さに共感したし、わかり易い思考も気に入った。高校時代好きな先生の一人だった。

 それに比べ書道の先生は、極度の不人気だった。別に授業が悪いわけでもない。ただ、高圧的なもの言い、冷たい印象。そして極めつけが、ちょっと悪さをすれば赤点。これは多くの者がそうだったみたいだ。今考えてみると保守的で厳格だっただけかもしれない。

 そのような漠然とした生徒が抱いている印象等をブチに伝えた。それで書道の先生が何らかの不利益を被ることは無かったが、事件も改めて犯人を特定することも無く収束したのだった。

 後日墨汁事件は『七人の侍』と言ういささかオーバーな見出しで月刊村田商店でも取り上げられた。墨汁を撒いたことより、生徒を人質として、犯人のあぶり出しを図ったことが焦点として、集団責任や密告等も加味され、反響を呼んだことは言うまでもない。

 これも、村田商店が独立採算によるマスコミとしての運営が大きく影響している証でもあった。

 志賀高からの情報発信として、中立を維持しつつ生徒だけに留まらず、その父兄や卒業生、そして僅かだが、一般への購読層が広がって行き、発行部数も増加するに至っていた。

 もちろんバックナンバーの追加発行や年度毎に一括編集された年度版も以後発行されるようになった。時代が進むにつれ、編集にワープロやパソコンによる情報機器が投入され、閉校間際にはインターネットによるネットワーク媒体にまで成長して行くことになるのであった。


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