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リトライ  作者: 相原由紀
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想い出

[030601] 想い出


 テニスもソフトも三年が出場する試合は全て終わり、まだ夏休みも若干あることから、何もすることが無い時間が多くあることに気がつく。

 由紀は、毎日の水やりがある為、登校する必要があり、俺もただ熱いだけで、何もしないと余計に退屈してしまう。その為、午前中に由紀を迎に行き、後輩の相手等、練習に参加したりしていた。

 その日は、せっかくの時間を自由に使おうと言うことで、海へ泳ぎに行くことにした。たまには、そんな恋人らしい時間もいいのではと、言うことからであった。

 俺達はボート部の艇庫のある海岸に来ていた。更衣室を借り、由紀は水着に着替えさせてもらった。

 出てきた由紀はジャージの上だけ着ている。そこから伸びている長い足が目を引き付ける。恥ずかしがる素振りはない。

 海岸はお盆を過ぎると極端に人が減少し、貸しきり状態であった。ボート部が艇を出し入れする所より四百メートほど離れた所に陣取った。

 海岸の端は市原川と言う一級河川で、その先端は更に海へ突き出す格好で灯台がある。そこから延長線上に霞む岬が見えている。去年の夏合宿で行った秘密の場所があるところである。

 砂浜の上にバスタオルを敷き、一応場所を決めた。俺はトランクスだけになった。由紀は後ろを向いて上着を取ると、振り向く。

「ジャジャーン。凄いでしょ」

 と、嫌らしさや、セクシー感の全くない態度で、ビキニの水着を見せる。これはもう、小学生が、大人の仲間入りをしたみたいにハシャグようで、誘惑感や罪悪感が、なぜか感じられない。

「うわー似合ってるねーよくできました」

「なにそれ。もっと感激してもいいじゃない」

 そりゃ高校三年にもなると、それなりな体付きになっている。しかし、由紀の明るさと、態度は、小学生の様なのである。不思議だ。

「いや、スチル的にはモデルの様だ。けど、何かが足りない」

「えーせっかく初めて買ったビキニだよ。悩殺物だと思ってたのにー」

「俺も驚いてる。たしかに、綺麗だよ。感動的でもある。けど、我が子を見ているようで、嫌らしさがないんだ」

「智史ついに、おじさん通り越して、おじいさんじゃないの。もぉー」

 そう言うと、俺の手を引っ張って、海へ走っていく。そしてそのまま海へ倒された。自らも覆いかぶさるように、押さえこんできた。

 俺もそうはさせまいと、すり抜け、逆に押さえつける。そんな応酬を何度かくりかえしていた。

 突然由紀が抵抗しなくなった。波打ち際で、体の半分を波に洗われながら、仰向けで、両手を押さえられながら、俺の顔を見つめている。

 そして、目をゆっくり閉じた。

 俺は、この時初めて由紀の濡れた髪の毛が額にかかって、塩水が玉のように付く頬に大人の女を感じた。

 そして、ゆっくり口付けをしようと体を沈みこませていった。

「智史のバーカ」

 いきなりだった。由紀は体を捻り、俺を押さえつけ逃げていった。いやはや、ムードも何もあったものではなかった。顔が砂だらけだ。

 その後、泳いだり、潜ったりを楽しんだ。由紀がクロールで、俺が平泳ぎ、競争をしたが、由紀のほうが早かった。

 大きめの浮き輪にお尻を入れ浮いている由紀を、潜って近づき、ひっくり返したのは、さっきの仕返しであった。

 二人で並んで座って、海に漬けて冷やしてあったコーラとスプライトを交換しながら飲んだ。遠くを眺め、陽炎の中を進む漁船、近くでは小魚が、時折海面から飛び出す姿を見ていた。


 そんなときであった。岬のあたり一帯にカーテンのように筋を引く帯が現れた。いや、近づくまで気が付かなかった。その上は、真っ黒な雲が上空まで続いている。

 こちらは、まだ日が射しており、何ら変わりはない。しかし、そのカーテンは急速に接近していた。海鳥が逃げて行く。カーテンの裾野では白波が見える。かなりの風も出ているのだろう。

 これは夏場の終わりに多くある急速に発達した積乱雲によるもので、これだけ激変するのは珍しい。これを田舎では『そうばい』と呼んでいる。

 俺達の場所も風が強まりだした。海は既に波立っている。そのとき、灯台を回り込もうとしているボート部の艇が見え始めた。

「由紀、マズイことになりそうだ、艇が沈む。すぐ艇庫に行ってロープとバケツを持ってくるよう、ボート部に知らせてくれ、急いで」

「どうして判るの?」

「俺があの艇に乗ってたから」

 由紀は理解したのだろう。走って艇庫へ向かった。

 俺は海に入り、壷網のロープに沿って泳いで沖へと向かった。

 前世、同じようなことがあった。ボート部は波の影響が少ない市原川の河口を練習場にすることが良くある。ここで上下運動を繰り返していると、沖に黒雲が現れ、急激に天候が悪化してきた。

 急いで艇庫に帰るべく灯台を回りこみ進んだが、壷網のロープにラダーが引っかかり、停止し、浸水によって沈してしまったのであった。

 通常帰到コースは壷網を沖へ迂回する。しかし、嵐の接近が早く時間が無いと判断し、距離の短い海岸のコースを選んだのであった。

 しかし、干潮時は壷網を固定しているロープが水面近くに隆起しており、艇のラダーがこれに絡まり停止してしまった。

 波の強い海面で停止してしまった艇ほど脆いものは無い。舷側を波が乗り越え、みるみる内に喫水が更に下がり、ついに艇は沈没したのであった。

「沖へ回れ!」

 俺は叫んだ。しかし風が更に強まり、聞こえていないのだろう。艇はそのまま接近してきた。

 女子ボート部は練習が終わり、クルーは既に艇を艇庫の近くまで移動しており、危険はないようだ。

 由紀は砂浜を走って艇庫へ向かった。そのまま艇庫の扉から飛び込んで行く。

「オー」

 赤いビキニ姿の女の子が突然飛び込んできたのだ。残って艇の整備をしていた男子らは驚きの声を上げる。

「先生、たいへん。智史が艇が沈むって。ロープとバケツが入るって言ってるの」

 顧問の先生も何が起こっているのか判らなかったが、外が急激に荒れだしたことで、ボート部員と共に駆けだした。

 俺は波に揉まれながらも停止した艇に接近していた。前世の通り浸水している。コックスが玩具のバケツで水を掻い出しているが、効果はほとんど無い。

 ついに全没した。俺は叫んだ。

「慌てるな。オール外せー」

 元々ボート部、男子は水泳部くらいサボって泳いでいる。よって単に溺れることは無い。しかし、慌てたり、艇がひっくり返ることもあるので危険だ。当時他県では死亡事故も起こっている。

 外したオールに掴り波を凌ぐ。そのうち駆けつけた先生や他の男女部員が到着する。由紀がロープの端を持ち、飛び込んで、泳いでくる。さすがに上手い。

 ちなみに顧問の先生は金槌である。一度、部員の悪巧みにひっかかり、艇もろとも冬の海に串刺しになってからは、絶対男子の艇には乗らなかった。よって今回も海岸で心配そうにしている。

 ロープを由紀から貰い、艇の先に結び海岸へ合図を送る。そうすると、全員で引っ張ってくれる。艇は沈んだまま岸へ引き寄せられていった。

 浪打際まで付くとバケツで海水をくみ出す。そして持ち上げられそうになると全員で一旦ひっくり返し、完全に水を排水する。後は何人もいるので艇を持ち艇庫まで簡単に運べた。

 艇や機材には損傷は無かったが、クルーの一人が艇から離れるときに足を切っており、少し出血していた。すぐ手当てをして、大事にはならずに済み、全員安堵したのだった。

「それにしても由紀さん、その水着すごくセクシーですね」

 下級生の男子がそう言った。全員が由紀を見る。

「あぁーそんなに見つめないで、恥ずかしいよー」

 両手で胸を隠し、蹲ってしまった。

 ちょっとした夏の想い出となったのであった。その後、ボート部は数年で廃部になるが、それまで新人はまず初めに服を着たまま泳げるまで練習することになるのであった。


 夏休みの最後、ソフト部は、新チームによって市原と練習試合を行うこととなった。このときに合わせ、三年のソフト部卒業写真の撮影も行う。

 部員は、この時期、新チームになったことに合わせ、一年にもユニフォームが購入され、三年も含めチーム全体が試合用ユニフォーム姿になる。

 但し、例外がある。マネージャーであった。前世の卒業アルバムでも珠子だけ、体操服姿だったのを覚えている。

「なー由紀、西本先輩と珠子の体型って似てないかなー」

「そうねー二人が一緒に交わることはなかったけど、ほぼ同じかもね。ただ、少しだけ西本先輩の方が胸は大きいね」

「そうか、そのほうが問題ないなー。まー珠子は一年だしな」

「何かあるの?」

「ちょっとした秘密」

 でも由紀は、それ以上追及してこなかった。たぶん薄々感ずいているのだろう。

「西本先輩、急に電話してすいません」

「全然いいよ、ひさしぶりだね。南条君の声、変わってないね」

「西本先輩こそ、昔のままですよ。けど外見は、大人になってるんでしょうねー」

「さぁどうかな。次会ったときのお楽しみね。来年は、こっちでしょ?」

「はい、一応その予定なんですけど、卒業までに、やらないといけないことが沢山あって」

「今日の電話は、その為の何かね」

「はい、さすが先輩。実は・・・」

 俺は、珠子のことを話し、ユニフォームを貸してほしいと言うと、そんなに貢献しているマネージャーが居るのなら、ずっと使ってと、快諾してくれた。

 後日西本先輩の実家に行き、用意してもらったユニフォーム一式を頂いた。

 当日試合前、写真撮影の為、由香が準備を始める。由紀も来ている。

「タマ、これ着てみて」

 そう言って紙袋を渡した。

「何ですか。・・・えっ、うっそーユニフォームじゃない。どおしたのこれ」

「西本先輩がタマに使ってほしいって。たぶんピッタリなはずだ。けど胸はタマの成長分を予め見込んである。らしー」

「いいですよ、どうせあたしはナイン以下ですから。けど、嬉しいー超感激!」

 チームの『ナイン』と『無い』のを掛けたのだろうが・・・珠子は大喜びで着替えに行った。

「さあ皆さん並んで。三年が後ろで、二年一年は前、中腰でお願い。先生やマネージャーは後列で左右に別れてね」

 由香が記念写真の配列を調整している。俺は中腰になった珠子の後ろになった。全員鮮やかなユニフォーム姿だった。

「はい、いきますよー三、二」

 由香は二でシャツターを押した。なるほど、そのほうが自然な表情が撮れるテクニックだった。

「由香さん、もう一枚撮ってもらえないでしょうか?」

「いいよ。彼氏用だろ?」

「いえ、このユニフォーム頂いた西本先輩に送るんです」

 そう言うと、俺と由紀を左右にし、珠子得意の笑顔のポーズを決めた。

「タマちゃん。よかったねーピッタリだよ。この後もがんばってね」

「うん。ありがとう由紀さん」

 珠子は由紀が言った『この後も』は、わからなかったろう。

 監督である顧問の先生は用事があると言うことで、代理監督を前主将である三年の松田さんが勤める。俺はもう一つのサプライズを提案した。

 日ごろ自分が試合に出ることも無いのに、一生懸命チームの為に努力する珠子の為に。


 試合はまもなく始まった。練習試合と言うことで、登録選手しか出れないことはない。両チームも新人と言うことで、力量を試す為、選手を入れ替えてくる。

 初回はエースピッチャーの好投もあって両方得点が取れずに推移する。中盤から志賀高が三点リードしたが、次の回に同じく三点入れられ同点となっていた。そして、そのまま最終回まで達したのだった。

 市原高がビジターと言うことで先攻だ。なんとかこの回もゼロ点に押さえた。後はこの裏の回、得点が入らなければ、延長では無く、引き分けとなる。

 志賀高の先頭打者が三遊間を抜き、待望のランナーが無死で出た。俺は松田監督に目配せした。

「三浦さん、アップして」

「えっ、あたし出るんですか?」

「まだ、わからない。けど、その時がきたらお願い」

 珠子は驚いた。まさか自分が試合に出れるなんて思ってもみなかっただろう。足が悪いだけで素人では無い。中学三年の初めころまでは普通にソフトをやっていたのだから。

 次の打者は内野への併殺だったが、捕球にもたつきランナーがサードまで進んだ。ワンアウトランナーサード。このランナーがホームインできればサヨナラである。

「代打、三浦」

 松田監督から珠子の代打が告げられる。志賀チーム全員歓喜した。珠子は松田さんから一言簡単に作戦を告げられる。

「一回目は大振りして、次が勝負だからね」

 全員から『がんばって』と次々声がかけられる。珠子も緊張しているのだろう。いつもより歩きにくそうである。

 それを見た市原の守備は、前進守備を敷く。

 一球目、ボール。二球目は高めに入ってきた。珠子は思いっきりスイングした。金属バット特有のキーンと言う音と共に打球はサード横後方へライナーでファウルになった。タイミングは、ほぼ合っているし、ピッチャーの球威に押されていることもない。

 これによって、市原は守備位置を元の位置に戻した。

 珠子が監督のサインを確認する。今回サインは簡単なものにした。監督が立っているとスクイズだった。

 そのとき、松田監督は、声援を自らかけ、立って前へ出たのだった。

 ピッチャーの投球モーションが始まり、ボールが離れるとサードランナーがダッシュを開始した。珠子はすかさず強打からバント体制に変え、一塁方向へ打球を殺したバントを放った。

 珠子も一塁へダッシュする。しかし、足が縺れ大きく転んでしまった。打球はピッチャーの横を転がり、前進したファーストが捕球する。そしてホームへ送球。三塁ランナーは頭からスライディングを決める。

 タイミングはセーフだった。この瞬間得点となり、志賀の勝利が確定した。全員ベンチから飛び出しホームを囲み歓声を上げた。

「タマちゃん!」

 由紀が心配そうに声をかける。珠子は、立ち上がり、ゆっくり足を引きずりながら一塁へ達しようと、懸命に歩いている。

 もう得点が入ったのだから、その時点でサヨナラ勝ちであり、必要は無いのであるが、自分のプレーが、これで最後になるのを理解しているのだろう。一塁ベースを踏むべく尚も進む。

 そして、ベース直前で再び倒れこみ、それでやっと、一塁ベースに触れた。

 全員ファーストへ駆け出した。倒れた珠子を抱きかかえ、立ち上げる。そして、掛け声とともに珠子の胴上げがはじまった。

「三浦さん、すごいよ。サヨナラだよ。決勝点だよ」

 松田さんが、声をかけるが、涙を流している。

 珠子も泣いている。それを見た全員も更に泣き出した。

「みんな、こんなあたしの為に、想い出をありがとう」

 最高の笑顔だ。ただ、涙もいっぱいに。由香がこの場面を逃すはずはなかった。自分も涙しながら、シャッーターを次々切っていた。

「チームプレーっていいね」

 由紀も涙を拭きながら、言った。

「テニスも俺とのチームプレーだったよ」

 由紀は頷いた。そして俺の手をさりげなく握ったのだった。



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