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リトライ  作者: 相原由紀
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運命

[030401] 運命


 桜が満開だった。まだ植樹されてまもない若木であるが、それでも精一杯全ての枝に桜の花を付け新入生を歓迎しているようであった。新しい制服に、新しい自転車。それだけで新入生と判るくらい彼らは初々しい。

 この学区にある中学の男子はほとんどが丸刈りである。よってまだ髪の毛が生えそろっていないこの時期は特に見分けやすい。

 我々もそのような姿だった頃が、つい昨日の出来事のような気がした。ついに、この春で最後の学年になってしまった。俺たちが見た西本先輩や市野沢先輩のように立派になれているのかは、いささか自信が無い。

 冬の前に鉢へ非難させた女の子の匂いのする植物は、窓際と言うことで、だんだんと大きくなり新芽も成長していた。最近は少しずつ小さな白い花を付けるようになっていた。それを由紀が毛筆を持って受粉させ回っていた。まだ正体は不明だ。

 ソフト部には、しばらくして新入部員が入ってきた。その中で三浦珠子と言う前世でも記憶にある生徒がやはり入部してきた。彼女は残念ながらプレーヤーでは無い。始めからマネージャー志願での入部であった。

「良く来てくれた。歓迎するよ」

「南条さん、おひさしぶりです。あたしなんか覚えてないですよね」

「ごめん、嘘を言っても、はじまらないから本当のところ中学のころの記憶はない」

 この珠子は、同じ中学出身で、しかも野球部の真横でやっていたソフト部だったらしい。さすがに中学時代と言うと、タイムスリップ前の前世の記憶だから三十五年以上前と言うことになる。

「そりゃぁそーですよね。みゆきちゃんばっかり見てたんだから、下っ端の一年なんて畑のキャベツですよね」

(また、なんて例えかたなんだ。蒼くてみんないっしょ。なるほど)

「おいおい、なぜそれを知ってる。まて、大きな声で言うなよ」

 俺は慌てた。そんな超極秘情報が漏洩しているとは。重大な国家存亡の危機。俺は珠子をソフト部員からちょっと離れたところへ引っ張っていった。

「いったいだれに聞いたんだ、そんな個人情報」

「えっソフト部みんな知ってたよ。だって有名な話でしょ」

「有名って、トホホホ。話のネタになってたとは・・・」

「野球部で四番打ってたでしょ、ソフト部の練習にも時々来てたし、その時の打撃ってすごかったですよ。ソフト部の中にもちょっぴりファンがいてたりして。けっこう話題は豊富だったんですよ」

「そっか、でもそんなに広がってるなんて思ってなかったよ」

 中学当時、ソフト部のみゆきちゃんと言う子を好きになって、ラブレターまで送ったのだった。それが、ソフト部では公然と公開されていたとは・・・

「何か問題でもあった?」

 と、主将の松田さんが声をかけてきた。

「わかった。その件は、別途ゆっくり検討しよう。くれぐれもだれにも言うなよ」

「はい。先輩、了解しました」

 と、屈託の無い笑顔で返してくる。あの前世のままだった。

「それは、それとして、もっと重要な話。その足は、だいじょうぶなのか?」

 珠子のことを知っているのは、もちろん高校時代からである。前世においても、親友だった長尾の彼女が珠子である。そして、それだけではない。珠子は歩くとき、びっこをひいていた。それでいて、ソフト部のマネージャーをやっていたのだった。

 二人が何のきっかけで付き合いはじめたかは聞いていないが、仲良く、特に長尾が、珠子を庇いながら歩く姿は何回も見たものだった。

「ええ、痛みはもうとっくに無いんです。ただ、こうなっちゃったから、普通には歩けないだけです」

「ムリするなよ。違和感や何かあったら必ず言うこと。わかった?」

「だいじょうぶですよ、プレーしないし、マネージャーなんだから」

 それからは、今までやってきたマネージャーとしての仕事や練習ノートのことを徐々に教えていった。

 ある日テニスの練習が終わって、由紀はバスで帰り、俺は自転車で坂を下ろうとした時、ソフトグランド横のベンチに珠子が一人いるのが見えた。俺は自転車を押しながら近寄っていった。

「まだ、やってるんだ」

「あっはい、今日気づいたこと纏めておこうと思って」

 俺は、思わず笑ってしまった。二年前と同じだった。もちろんその時は俺が珠子で西本先輩とだったが。

「どうしたんですかー」

「いや、ごめん。昔の俺と同じだったんで、思い出し笑い」

「南条さんも、こうしてたんですか?」

「そう。その時、西本ってすごい先輩が主将やってたんだけど、こういうふうに声かけてくれたんだ。それが逆になってるのも、笑えたんだけど」

「へーおんなじなんだ。もしかしてラブな間系だったりして」

「ははは、ラブじゃないけど、大好きだったよ」

「じゃぁ今度は、あたしが南条さんのこと好きになるのかなぁ」

「ぎゃはっは、それはない。珠子はもうすぐ彼氏ができる。カッコいいやつな」

「そうなるとハッピーなんだけど、でも、あたし南条さんのファンなんだけどね」

「それは光栄です。ありがとう。でも、そんなのも吹っ飛ぶくらいの恋愛が待ってる」

「じゃぁダメなときは、責任とってくださいね」

「オーケーオーケー。じゃぁあまり遅くならないうちに帰るんだぞ、狼が狙ってるから」

 そう言いながら俺は向きを変えてグランドを後にした。

「先輩こそ気をつけてくださいよ、魔女がねらってますから」

 俺は親指を上に向けてから下に二回突き刺した。そして、その動作から不吉な予感が脳裏を過ぎった。

 これは、警告なのだろうか?明らかに、お前を見てるからなと言う意思表示。また、こんなことくらい簡単にどうでも、出来るんだと言う威嚇ともとれる。

 珠子の言葉は、あまりにも似すぎている。ありえないくらい・・・

 そして、そんな相手に勝てるんだろうかとも思った。珠子に関しては、絶対に変えなければならない出来事がある。


 益々暖かい日が多くなっていったとき、ついに女の子の匂いのする植物が、それらしい実をつけだした。小さな花の中央がどんどん大きくなってゆく。既になんとなく、どうなるか判る。

 鉢の数が多いので全てを確認していなかったが、三日後には既に実の形を形成したものができあがっていた。色も真っ赤ではないが、緑から赤にかわりつつある。

 二週間くらい経つと鉢のあっちやこっちと沢山の赤い実をつけてカラフルになっていった。もちろん顔をちかずけると甘酸っぱい匂いがしてくる。女の子の匂いとは、よく言ったものだ。俺はフッと笑った。

「どおしたの?いきなり笑って」

「だってな、久保が今の俺みたいに顔を近づけて、女の子の匂いを嗅いでるの想像したら噴出したんだ」

「あはははは、それ、絶対やってるよね。笑えるよ、たしかに」

 由紀もケラケラ笑いだした。女の子の匂いのする植物は、苺だったのである。

 その後、由紀が鉢用のネームプレートに『真っ赤に実ったら、あたしを食べて』と、書いて各鉢に刺していった。


 苺はどんどん赤い実を付けて花が咲いたような華やかさがあった。その日も食堂のテーブルに置かれた鉢を見ながらランチを食べていた。昼時で、けっこう混んでいた。

「この苺、味はいまひとつって感じよね」

「うん、甘みが少なく、酸っぱい。そりゃ売ってるプロの商品と比較したらそうだけど」

「だから、あまり食べてくれないのかなー何か、美味しい食べ方ってないのかしら」

「あるある。けど引くぞ」

「どんなの?教えてよー」

「たとえば、あんこと、一緒に食べる」

 これは苺大福である。当然この時代には、まだ無い。

「うっそーそんなの合うかなー」

「まだあるぞ。バニラアイスと一緒に食べる」

「それは、なんとなく想像できる」

「なんなら、全部一緒にもできる。冷やした白玉ぜんざい、これにバニラアイスを入れて苺を盛る。どーだ」

「なんか、すごいことになるけど、ボリューム満点って感じね。でも食べるのに勇気が必要かも」

 これは、前世で炉端居酒屋でよくやった組み合わせだった。苺バニラと白玉ぜんざいを注文し、一緒にしてしまうのである。

 そこへ長尾がやって来た。食事を終えて、アイスを持っている。まだこの季節であるが別に寒くはない。

「ねぇ長尾君、それバニラよね」

「そうだけど。当り付きー」

「だったらさー挑戦してよ。この苺と一緒に食べてみて」

 長尾は何もためらわず、一番大きく赤い苺をもぎ取り、アイスと一緒に口へ放り込んだ。

「どおどお?いける?」

 長尾はゆっくり咀嚼して、のみこんでから答えた。

「これは、ナイスマッチだと思う。こんなの始めてだ」

「だろ。次はあんこを試そう」

 そんなことを言ってると、珠子がランチのトレイを持って空いている席を探しているのが目にとまった。

「おーい。タマ、こっちこっち」

 俺は最近、珠子のことをタマと呼ぶようになっていた。タマコは、何かと発音しにくいからであった。

 珠子はゆっくりこっちへ向かってきた。しかし、直前になって、他の男子と接触して、トレーもろともひっくり返ってしまった。食器が床に落ちる音とともに、皿に盛られていたランチ定食が飛んで長尾を直撃した。

「何するんだよー」

 長尾は、突然発生した災難に驚いてさけんだ。由紀が珠子を抱きかかえ、助けようとする。

「タマちゃんだいじょうぶ?ケガはない?」

「ごめんなさい。あたしの不注意です。すいません」

「長尾、不可抗力だ。それとお前に運がちょっと無かっただけだ」

 珠子は、ハンカチを出して長尾の学生服に着いた汚れを拭き取ろうとする

「えー俺の運のせいかよ」

 長尾はちょっとふてくされている。由紀と俺は食堂のおばさんからモップや雑巾を借りて後片付けを手伝った。

「あのー制服洗って返します。全部落ちてないし」

「別にいいよ、けど、もっと注意して歩けよな」

 長尾は、まだ少し怒っているみたいだった。全部片付いた後、由紀が台無しになったランチの代わりを取りに行くべく珠子とカウンターへ行った。

 そして、カレーのトレーを由紀が持ち、珠子は後を付いてくる。

「さっ、気をとりなおして、食べて」

「由紀さん、ありがとうございます。長尾さん。本当にごめんなさい」

 珠子は食べる前にもう一度謝ってからスプーンを持った。

「すまん。俺、そう言う意味で言ったんじゃないから、言いすぎた」

 長尾は、珠子の足が悪いのを知らなかったのだ。珠子がびっこをひきながら歩く姿を見て、今度はあわてて何度も頭を下げてあやまった。

「そんなーミスったのは、あたしですから。この足のことは関係ないですから気にしないでください」

 気分を切り替えて、回りに心配させないよう明るく言う珠子の笑顔は長尾には、どう写ったのだろうか。


 数日後、雨の日、運動系クラブは軒並み屋内練習や中止となっていた。俺と由紀は、そんな日は、いつものように図書準備室で書籍整理の作業を行っていた。珠子もソフト部の軽い練習が終わって暇になったので手伝いに来ていた。

 由紀と珠子は準備室の整理用ラックへ入荷した本や修繕の必要な本を棚に積み上げる為、

奥に入っていた。俺は作業机の上で修理本の背表紙を剥ぐ作業を行っていた。

 すると長尾が突然やって来た。サッカー部も雨で練習が中止なのだろう。作業机の前の椅子に座ると、いきなり聞いた。

「お前、この前の珠子って子と仲いいんだよな」

「そりゃ、同じソフト部のマネージャーだからな。どうかしたか?」

(薄々何かは判っていたが・・・)

「どおなんだ?」

「どおって、タマは・・・そうだな、けっこうなガンバリ屋さんだぞ。自分が試合には出られないのに、一生懸命やってる」

 俺は、奥の珠子に聞こえるように少し大きな声で言った。

「いや、そうじゃなくって、彼氏がいるとか、いないとか」

「あーそう言うことか、たぶんいないはずだが、はっきりとは判らないな」

「じゃぁ、お前聞いてくれないか」

「自分で聞きゃいいじゃないか、もう知らない仲でもないんだから」

 今まで、多少は本を整理する音が聞こえていたが、奥はしんと静まりかえっていた。

「それが、できないから頼んでるんじゃないか。で、ついでに、俺みたいなのどうかって何気なく、自然に聞いてくれたら助かるんだが」

「つまり、そう言うことか。・・・タダじゃーダメだな」

「何したらいいんだ、なんなら現金でもいいぞ」

「そうだな、カレー四回分でどおだ」

「あーそのくらいなら、全然いいぞ。頼めるか」

「あーわかった、やってやるよ。お前がタマのこと好きだから。付き合ってもらえないかって、言やいいんだろ」

「おいおい、もう少し小さい声で言えよ。それから、そんなに露骨でなくって、オブラートに包むように頼むよ」

 奥は、あいかわらず静かだ、たぶん珠子と由紀が耳を立てているのだろう。

「なー、タマって、足悪いだろ、カッコ悪いとかは思わないか?どうだ」

「全然そんなことはない、車椅子だっていいくらいだ。あの子の笑顔が気に入ったんだ」

「そおか、でも自然なサポートも必要だぞ、できるか?」

「もちろんだ、何でもやるよ」

「じゃぁ、もう一つ重要な条件だ。先のことは判らないが、もし、タマに何かあって、過酷な未来になったとしても、彼女を大切に、心から愛しつづけることができるか?お前自信も苦悩に耐えれる自信があるか?」

「ああ、そのくらいの覚悟がないと彼女を守れないのも判ってる。お前らを見てて、俺もそんなふうにやりたいと思うんだ」

 やはり、前世の通り、二人は付き合うことになるのかと思いつつも、これ事態は自然な流れであって、変える必然性はないものだと思った。

「よし、わかった。一肌脱ごう」

「おーそおか、頼むよサンキュー」

 俺は更に大きな声で奥に向かって言った。

「おーいタマ、お前彼氏いないよなー」

 二人が出てきた。由紀は、笑っていた。

「うん。いないよ」

「そー言うことだ。で、どうだ?」

「なぜ、そこに居る・・・」

 長尾は驚いて椅子から落ちて、叫んだ。

「どおって・・・足のことで、特別なことをしない、普通に接してくれるならオーケーだけど」

 珠子は真剣に長尾へ訴えた。

「あ、ああ。そのようにする。自然にだな」

 長尾は、まだ驚きから抜け出せないようで、引きつった仕草で答えた。そうすると由紀が二人の手を取って、握らせた。

「タマちゃん。よかったね。長尾君もおめでとう」

 二人は見つめ合うようにしてから、一緒ににっこり笑った。珠子の笑顔は長尾の言うとおり、最高の表情だった。長尾はテレて、恥ずかしさが混ざっていたが。

「では、そう言うことで、祝いにカレーでも食べにいこうか、俺の奢りだから。金は長尾が払うけどな」

 その時、由香がいつものように、カメラを首に掛けてやってきた。

「おっ丁度いい、由香、記念写真を一つ撮ってくれよ」

「何の記念なんだ。だれか地獄にでも落ちたのか?」

「いや、天国並に舞い上がってるのが二人ほどいる。ペア誕生記念だ」

 由香も祝福し、二人だけの写真と、俺と由紀も合わせた四人の写真も撮った。全員でグーで腕を前へ伸ばしているポーズだった。

「おい長尾、カレーもう一人追加な。それと、ゆきカラも」

「えーーーまっいいか」

 この分だと十人くらいになっても長尾は不満を言わないだろう。早速食堂でカレーをみんなで食べた。長尾は珠子の分もトレーを持ってテーブルまで持っていったのは言うまでもない。

 この二人の始まりが天国なのか地獄なのかは判らない。過程はどうであっても、変わらない運命もあるのだろう。これからこの二人には過酷な未来が待っているかもしれない。

 それを変えることができる可能性はあるのか?いや、もし不可能でも今は、それまでの最高の時間を満喫してほしいと思うのであった。

 それから、珠子のカバンも持って、手を引きながら歩く二人の姿を何度となく前世と同じように見かけたのであった。



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