第十六章
その夜、伸子はふと目を覚ました。
文机の上に読みかけの小説が開いたままのっている。昼間の新聞記事が気になって、なかなか寝付けないからと小説を読み始めたが、いつの間にかうたた寝をしてしまったらしい。伸子はそれをぱたんと閉じると、自分の部屋を出て階下へと降りてゆく。あの被害者のこと、賢芳のことを健太郎に相談しようか、どうしようか。迷っていると事務所のドアから細い明かりが洩れているのが見えた。そういえば帰宅してからの健太郎の様子はおかしかった。夕食も摂らず、銭湯にも行かず、ずっと事務所に籠ったままなのだ。室内からは物音一つしない。あまりの静けさに、健太郎がそのまま事務所で寝ているのではないかと心配になって、伸子がドアの外から声をかけた時だった。
「翔宇、見つかったぞ」
ぼそりと呟く声に伸子は驚いて事務所のドアを開けた。
「うそッ……何処にいるの?」
時計の振子が、今にも止まりそうにゆっくりと左右に揺れながら午前三時を告げた。
健太郎はオンボロ椅子に深々と巨体を預けて、ぼんやりと宙を見据えている。
「ちょっと、ボケっとしてないでしっかりしてよ!」
駆け寄っていきなり伸子はその坊主頭に軽くビンタをくれる。
「中国」
「へ?」
「七年前に帰国してる」
「……どういうこと?」
伸子は眉間に深い皺をよせてじっと健太郎を見つめている。
「まあ、座れ。話してやっから」
机に片肘をつくと、健太郎はひとつため息をついた。そして「漢耀楼」で希慧から聞いた話をなるべく手短に伸子に話して聞かせた。




