↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/28

第15話 ストーリーテリング

「カズキ、ちょっと来て」


 夕方。

 客足が落ち着いた頃、ルーシアが俺を呼ぶ。

 いつもの彼女とは違う、硬い声だった。


「どうした?」

「これ……」


 カウンターの上に、一枚の新聞が置かれている。

 俺は手に取って、目を走らせた。

 端ではあるが決して小さくはない見出しが目に飛び込んでくる。


 ――『黒猫亭のコーヒーは本当に一流か?』


 さらに、その下にはこう続いていた。


 ――『庶民向けの安価なコーヒーと、貴族御用達の洗練された一杯。その違いとは』


「……なるほど」


 記事の内容を読み進める。

 黒猫亭の人気が急上昇していることには触れている。

 しかし、その一方でコーヒー豆の質や提供方法について疑問を投げかけ、貴族御用達として知られるシュヴァン・テラスと比較しながら、まるで黒猫亭のコーヒーが格下であるかのように書かれていた。


「露骨だな」

「……シュヴァン・テラスのしわざ?」

「断定はできない。でも、黒猫亭が急に注目され始めたタイミングで、こんな記事が出るのは偶然とは思いにくい」


 ルーシアは唇を噛んだ。


「私のコーヒーが……偽物みたいに言われてる」


 その声を聞いて、胸が痛んだ。

 俺は彼女のコーヒーを知っている。

 まだ客が一日に一人しか来なかった頃から、ルーシアは一杯ずつ丁寧に豆を挽き、客の様子を見ながらコーヒーを淹れていた。

 人気がないからと手を抜くこともなかった。

 むしろ、誰も見ていない時間ほど真剣だった。


「ルーシアさん」

「……うん」

「ルーシアさんのコーヒーが一流かどうかを決めるのは、新聞じゃない」


 ルーシアが顔を上げる。


「実際に飲んだお客さんだ」

「……」

「だから、俺たちがやることは一つだと思う」

「何をするの?」


 俺は新聞を閉じた。

 こちらもマーケティング戦略で対抗する。


「黒猫亭のコーヒーが、どういうものなのかを知ってもらう」

「……うん」

「ここで使えそうなのは……」


 俺の頭に一つの考えが浮かんでいた。


「ストーリーテリング戦略だ」

「ストーリー、テリング……?」

「商品の価値だけを説明するんじゃなくて、その商品が生まれた背景や、作っている人の想いまでを伝えることで、相手の感情に訴えかけ、認知してもらう戦略だよ」


 俺はカウンターの奥を見る。

 そこには、いつものようにコーヒー豆と器具が並んでいる。


「ルーシアさんのコーヒーには、ちゃんと物語がある」

「物語……?」

「そう! シュヴァン・テラスは確かに高級感や格式を売りにしてる。でも、俺たちは『コーヒーを楽しむこと』を提供してる」

「……」


 ルーシアは黙って俺の話を聞いている。

 

「ルーシアさんのコーヒーは、ただのコーヒーじゃないでしょ? 自身で厳選した豆を、一杯ずつ丁寧に淹れて、お客さんに一番いい形で出してる。その背景やこだわりを、もっとお客さんに伝えないと!」


 ルーシアはしばらく考え込んだあと、小さく頷いた。


「……背景を知れば、よりおいしく感じるということね。コーヒーへのこだわり、それは黒猫亭の強みだと思う」

「だろ? だから、黒猫亭のコーヒーには“物語”がある」

「それで、具体的にはどうするの?」


 俺は得意げに笑う。


「例えば、こんな感じ!」


 俺は店内用の黒板メニューを書き換えた。


『ルーシアのこだわりの一杯

 黒猫亭のコーヒーは、ただの飲み物ではありません。

 一杯ごとに、物語があります。

 豆の生産地や焙煎方法、そのコーヒーの背景を、あなたにお伝えします。』


「これで、お客さんがコーヒーに興味を持つきっかけを作る!」


 ルーシアはしばらく黒板を見つめたあと、小さく笑った。


「……あなた、次から次へとよく思いつくね」

「ルーシアさんが頑張ってるから……俺も店の役に立ちたい」


 俺の素直な気持ちをルーシアに伝える。

 真剣さが伝わったのか、ルーシアはしばらく無言になり――


「……ありがとう」


 小声ではあったけど、ちゃんと聞こえる声で伝えてくれた。

 その一言で胸がとても温かくなるのを感じる。


(こんな俺だけど、ちゃんと役に立ててるならうれしい)


 そしてルーシアは淡々と二人分のコーヒーを淹れ始めた。

 店内にコーヒーの香りが広がっていく。

 その香りに包まれながら、俺は思った。

 黒猫亭の戦いは、まだ始まったばかりだ。

読んでいただきありがとうございます!


今回の話、面白いと感じたら、下の☆☆☆☆☆の評価、ブックマークにて応援していただけると励みになります。


今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。