第9話 酒場の情報戦
トラバスタ辺境領。
人口三万人。
魔獣素材の集積地として栄え、多くの冒険者が集まる街だった。
その治安を守るのが、辺境伯騎士団二百名。
さらに従士や兵站部隊を含めれば六百名。
その騎士団長アビゲイルは今、領主に呼び出されていた。
「お呼びでしょうか、領主様」
「うむ……少し貴様と話したい事があってな……まあ、座れ」
そう言ってトラバスタは自分の前の椅子を指し示す。
アビゲイルは椅子に浅く腰掛けると、背筋を伸ばしたまま領主と対峙する。
「……一つは我が子、アンソニーの話だ」
「……」
「奴め、またギルドで揉め事を起こしよった……まあ、ゴライアスに一任しているので、こちらは何とかなるだろう……」
アビゲイルの顔に若干の侮蔑が浮かぶ。
「相手も、我が辺境伯領に喧嘩を売る程、馬鹿とは思えないのでな」
「差し出がましい事を申し上げますが……アンソニー殿にはもう少し、物事をわきまえる様にお話した方が良いのではありませんか?」
「うーん……それはそうなのだが……」
アビゲイルは、その態度こそがアンソニーをつけ上がらせていると思っているが、そこまでは声に出したりはしない。
「で、お話とは? アンソニー殿の話ではないようですが」
「いや、アンソニーの一件とも関係するのだが……アンソニーと揉めた連中というのが一風変わった連中でな……全員が女なのだ」
「ほう……確かに女性だけの冒険者というのは珍しいですな」
「そいつらは三週間ほど前に不意にこの地に現れよってな……定期的にギルドに納品に来るという以外は、まったく謎に包まれておる」
「……他国からの間者をお疑いになっておりますか?」
「可能性は低いがな……調べる必要があるだろう」
「なるほど」
「ゴライアスにも探りを入れるように指示はしてある……が、お前も調査を行え」
「御意」
アビゲイルはそう言って静かに頭を下げる。
この時の二人は、ゴライアスから良くない報告がある事をまだ知らなかった。
◆
トラバスタ辺境伯領の一角にある宿屋。
宿屋の部屋にユーリとヴァスケスの姿があった。
今は二人とも装備を解いて、デザート迷彩の戦闘服だけを身に纏っていた。
「ツインの部屋かよ……せめてシングル二つに出来なかったのかよ? 待機の時間までユーリの顔を見たくねえぜ」
「それはあたしも同じです。良いじゃないですか、どうせ寝るだけなんですから」
「だから寝るときくらいはお前の顔を見たくないって言ってんだ」
「ひどっ、じゃあ良いですよ。あたしは別の宿屋に行きます。こっちの言葉が分かんないヴァスケス先輩っ!!」
ユーリが頬を膨らませて、部屋から出て行こうとする。
「ちょ、ちょっと待てよ。冗談じゃねえか……本気にすんなよ。それに、任務だってあんだろ?」
「……」
ユーリがジト目でヴァスケスを睨む。
ヴァスケスは両手を上げて、ユーリに懇願する。
「悪かったよ。言い過ぎた。許してくれよ、ユーリちゃん」
「絶対に反省してないですよね?」
ヴァスケスは苦笑しながらユーリの肩を叩く。
「とりあえず、飯を食おうぜ。そこで情報収集だ」
「……そうやってうやむやにする……先輩の悪い癖ですよ?」
「はいはい。ユーリ、行くぞ」
そう言ってヴァスケスが部屋から出て行く。
ユーリも、一度肩を竦めてから、その背中を追いかけるのだった。
◆
宿屋の一階は食堂兼飲み屋になっていて、夕方を過ぎたこの時間は、たくさんの冒険者や街人達で賑わっていた。
ヴァスケスはざっと店内を見回すと、男女二人の冒険者に目をつける。
「あれなんてどうだ?」
「カップルに割り込むと、向こうの女性が気を悪くしないですか?」
「そうか? じゃあ、お前はどれにするんだよ」
「そうですね……」
ユーリは冒険者ではなく、如何にも地元の住人といった雰囲気の男二人に目をつける。
「あれなんてどうですか? 如何にも地元の人っぽいし」
「確かに……じゃあ、あとは任せた。オレはこっちの言葉が分からねえからな」
「むう……」
ユーリは頬を膨らませながら、目をつけた二人組のテーブルに近づいていく。
「すいません。相席よろしいですか?」
突然話しかけられた二人組だったが、ユーリの優しげな笑顔に一瞬で頬が緩む。
「か、構わないよ。っていうか、こんな美人さん達と相席なら大歓迎さ」
「まあ、お上手なんですね」
ユーリはそう言いながら椅子に座る。
ヴァスケスはそれを半目で見つめながら、隣に腰を下ろす。
「あたし達、最近この街に来たんで、この街のこと何も知らないんですよ。それで地元の人達に色々教えて頂こうと思って」
ユーリが話をしていると、給仕の女性が近づいてきた。
「注文は?」
ユーリがすかさず答える。
「エールを四つ。あとお肉がゴロゴロ入ってる煮込みとかあります?」
「ウチは皆、肉がゴロゴロ入ってるよ。シチューでいいかい?」
「はい。それも四つ、お願いします。あ、支払いは全部あたし達に付けてください」
「あいよ」
給仕はそう言って厨房に戻っていく。
「お話のお礼です。エールくらいしか奢れなくてすいません」
「いや、いや。悪いね。此処のシチューは絶品なんだよ」
「そうなんですね。楽しみです」
「旅人さんかい?」
「はい。気が付いたらここまで来ちゃいました」
「まあ、この街はこの辺りじゃ一番大きな街だからな」
「そうなんですね。だからこんなに賑やかなんですね」
二人組はすっかりユーリのペースにはまり始めていた。
そんな三人を横目で見ながら、ヴァスケスは室内の客層を観察する。
「(冒険者が多いな……逆に兵士っぽい奴はいないな……此処が宿屋だからか?)」
そんな事を考えていると、給仕の女性がエールを四つ抱えてきた。
「エールだよ。シチューはもう少し待っておくれ」
「はい。楽しみにしてます」
そう言ってユーリが木製のジョッキを受け取る。
そしてジョッキを二人組とヴァスケスに手渡すと、ジョッキを持った手を突き上げる。
「では、見ず知らず同士ですが、乾杯っ!」
「「おおっ、乾杯」」
四人はジョッキをぶつけ合うのだった。
◆
「いやあ……こんな美人さんたちに囲まれて食事ができるなんて、俺達は幸せだー」
男の前には空になったジョッキがいくつも並んでいた。
酒が入り上機嫌になった男達の口は軽かった。
街の規模や、大きさ、住人の数などを聞いてもいないのにペラペラと教えてくれる。
「こんなに大きな街なら、街を守る兵隊さん? 大変そうですね」
「ああ、この街は兵隊じゃなくて騎士団がいるんだよ。辺境伯騎士団っていうんだ」
「そうそう、アビゲイル騎士団長が立派なお方でな。ここだけの話、領主様より騎士団長の方が頼りになるってもっぱらの噂だ」
「へえ、そうなんですね。騎士団か……何人くらいいるんだろ?」
「確か、二百人はいるんじゃないかな……前回の収穫祭に姿を見せた時、その位はいた気がするな」
「ああ。あの時は壮観だったな……」
二人は何かを思い出しながら、勝手に話を進めていく。
「そんな立派な騎士団を持っていらっしゃる、領主様はさぞかし立派な方なんですね」
ユーリがそう言うと、二人の表情が曇る。
「まあな……街は問題ないし、税金もそれほど高くない……そういう意味では良い方なんだが……」
「息子がな……まあ、息子といっても庶子の方なんだが、あんまり評判が良くないんだよ」
そこまで言って、男がジョッキのエールを飲み干す。
すかさず、ユーリが給仕の女性にお替りを知らせる。
「それって、確かアンソニーとかいう人でしたっけ?」
「なんだ。他所の人達にも伝わってんのか……アイツも大概だな」
「ああ、素行が悪すぎるんだよ」
給仕がエールのジョッキを運んできた。
「ちょいと、あんた達。ただ酒だからって飲み過ぎじゃないのかい?」
「何だよ。気持ちよく飲んでんのに……水を差すなよ、エレン」
「アンタたち、明日も仕事なんだろう? いい加減お開きにしなっ」
そう言ってエレンはユーリ達にも睨みを利かせる。
そしてユーリの耳元で囁く。
「何を聞き出そうとしているのかは知らないけど、あんた達もいい加減にしな」
ユーリは肩を竦める。
「ごめんなさい。お二人のお話がすごく面白かったもので……これで勘弁してください」
ユーリはきんちゃく袋から銀貨を数枚取り出す。
「お釣は迷惑料です。じゃあ、そろそろ行きましょうか」
ユーリとヴァスケスが席を立つ。
「色々お話を聞かせて下さって、ありがとうございました」
ユーリは出来上がっている二人組に頭を下げると、ヴァスケスと共に部屋に戻るのだった。
◆
二人が部屋に戻り、互いのベッドに腰を掛けて向かい合う。
「まあ、聞きたい情報は大体得られたかな……後は実際に騎士団の連中を見てみたいが……」
「そうですね。場所は教えてもらったんで、明日行ってみましょうか」
「しかし……おまえ、外面だけはめっちゃ良いんだな」
「ひどっ、そんな言い方ないじゃないですか。頑張って色々聞き出したのに」
「ありゃ、勝手に喋ってたんだろ」
ヴァスケスが苦笑いしながらブーツを脱ぎ始める。
「しかし、騎士団長のアビゲイルって奴が厄介そうだな……」
「そうですね。しかも平民たちからの信頼も厚いみたいだし……そういう人もいるんですね」
ユーリもヴァスケスに倣ってブーツを脱ぎ始める。
「まあ、明日もう少し情報収集してから合流だな」
「はい」
ヴァスケスがベッドの上に大の字になって寝転がる。
「こんなもんでも、ベッドで寝るのは久しぶりだな」
「ずっと簡易ベッドでしたもんね。アグネスなんか、身長があるから窮屈そうで可哀そうですよ」
「……せめて、本隊と合流したいもんだな」
「はい」
ユーリもベッドの上に仰向けになる。
「さーて、寝るか、ユーリ」
ヴァスケスがそう声を掛けると、ユーリは既に夢の中へと旅立っていた。
幸せそうなユーリの寝顔を見つめてから、ヴァスケスも目を瞑るのだった。




