第10話 偵察任務
次の日の朝。
宿屋で目を覚ましたヴァスケスとユーリは身支度を整え部屋を出る。
階段を下りていくと、エレンが店の掃除をしていた。
ユーリはトコトコとエレンに近づくと、大きく頭を下げた。
「昨日はお店に迷惑をかけてすいませんでした」
するとエレンは一瞬大きく目を見開いたあと、穏やかな笑みを浮かべる。
「あんた達にも事情があるんだろ。いいさね。それに店はずいぶんと稼がせてもらったからね、問題があるとすりゃあ、あいつらが酷い二日酔いになっている事だけさね」
エレンはそう言ってユーリの肩を叩く。
「今度はお姉さんのお話を聞かせてくださいね」
ユーリはそう言うともう一度、大きく頭を下げた。
「じゃあ、また。お世話になりました」
「ああ、またおいで」
エレンの言葉を背中に、二人は宿を後にするのだった。
◆
「お前、無自覚に人誑しだな……」
ヴァスケスがジト目でユーリを見つめる。
「えー、そんな事無いですよー。『陽キャ』の子ならこの位普通ですよ」
「何だよその『ようきゃ』って……お前、時々訳わかんねえ言葉を使うよな」
「先輩たちは使わないんですか?」
「使わねえよ。っていうか、お前見た目も詐欺だよな。何で金髪碧眼で日本人なんだよ?」
「……それは色々訳があるんですよ……ちなみに母国語は日本語で、第二言語は英語です」
「超下手糞だけどな……お前の英語はイングリッシュじゃなくて『ジャングリッシュ』って言うんだよ」
「ひどっ。これでも練習しているんですよ」
その言葉にヴァスケスが更にジト目でユーリを見つめる。
「……お前、ウチの会社の本社が何処にあるか知ってるか?」
「その位知ってますよ。フランスですよ。だって、あたしそこで面接受けたし」
「お前のフランス語……壊滅的だぞ……知ってたか?」
「う、うぐ……確かにめっちゃ、無視されたけど……そういう事だったんですか?」
ユーリががっくりと肩を落とす。
「今度アグネスに教えてもらえ。アイツは母国がフランスの統治下にあった国だからフランス語が話せるぞ」
「ヴァスケス先輩は?」
「……オレの国は母国語がスペイン語だからな」
「答えになってませんよ」
「煩いな。良いんだよ」
「ひどっ、先輩が先に言い出したのに……」
二人がそんな軽口を叩きあっている間に、二人は領主の館までやって来ていた。
「なるほど……でかい屋敷だな」
「たしかこの裏手に騎士団の練兵場があるって言ってましたね」
「まずは様子見だな」
二人は、そう言って領主の館の裏手に向かうのだった。
◆
領主邸の裏に回ると、一際高い石壁が見えてきた。
石壁の向こう側から、男達の大きな掛け声や金属同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。
「朝早くから、元気な事だな」
ヴァスケスが呆れたように呟く。
「うちの会社も朝早いじゃないですか……似たようなもんですよ」
「お前、何張り合ってんだよ?」
「えっ、そんなつもりは……少しはありますけど」
「訓練所のメニューは厳しいからな。あれは海兵隊のトレーニングメニューとほぼ同じだぞ?」
「うへっ……そうだったんだ……」
二人は騎士団の練兵場の入り口までやってきた。
入り口には大きな鉄製の門がしつらえられていて、今は固く閉じて侵入者を拒んでいる。
「うーん、中は見えないな」
「ドローンを持ってくればよかったですね?」
「まあ、今は下手に動いて怪しまれないようにしよう。とにかくぐるっと回ってみようぜ」
「はい。先輩」
ユーリたちは再び歩き始める。
その間も、中から聞こえる男達の掛け声や剣戟の音は途絶える事が無い。
「騎士団はまともそうだな……敵に回したくないタイプだ」
「金属鎧を着て動き回れるんでしょ? 筋肉系なのかな」
やがて男達の声に代わって、馬の嘶きが聞こえ始める。
「結構な数の馬がいるみたいだな……」
石壁の途中から木製の柵が伸びていて、はるか向こうまで柵が続いている。
どうやら此処が馬場のようで、相当に広い敷地が広がっている。
敷地の中に障害物や、隘路や狭路を模した建造物もあるのが見えた。
「結構、本格的な訓練もやっているみたいだぞ……厄介だな」
ユーリはデジカメを取り出して、馬場の風景を撮影する。
ついでとばかりに、石壁の様子や、その上にある監視塔の様子も撮影する。
と、その時、見張りの騎士と目が合ってしまった。
「やばっ」
ユーリが呟いた瞬間、石壁の上の半鐘が鳴らされる。
「何やってんだよっ!!」
「知らないですよ!!目が合っただけですって」
「奴らが出てくるぞ……ただの偵察が、威力偵察になっちまったじゃねえかっ!!」
「そ、そんなっ……」
「しかたねえ。この場から脱出するのを優先する。交戦は許可するが、出来るだけ殺すな。いいな」
「イエス、マム」
二人は背中に背負っていたアサルトライフルに手を掛けるのだった。
◆
ユーリ達が監視に見つかる一時間ほど前。
ギルドマスターであるゴライアスが領主邸を訪れていた。
領主の執務室に通されたゴライアスは、領主に昨日の出来事を報告する。
「……悪い知らせだ」
ゴライアスはソファに座らずに、立ったまま領主に話しかける。
机に向かい書類を書いていた領主の手が止まる。
「どういうことだ?」
「奴らはアンソニーに対する謝罪を拒否してきた」
「……ほう……それで」
「奴らに敵対行為を行った場合、防御と反撃を行うと宣言された……こちらが仕掛ければ反撃するそうだ」
「おまえ、ちゃんと説明したのか? 貴族相手に喧嘩を売る気か?」
領主の声が一段低くなる。
「伝える事は伝えた。アンソニーがお前の息子だという事も伝えた……しかし、謝罪はしないそうだ」
バンッ
領主が拳で机を叩く。
「お前、相手は女四人と聞いた……そんな奴らも丸め込めないのか」
「言いたかないが、今回の騒ぎの原因はアンソニーだ。奴が因縁を吹っかけた……いつものように冒険者相手だったら良かったんだが……今回は違う」
「何が違うって言うんだ」
「奴らは、すでにどこかの組織に所属している。『民間軍事会社ブラッドフィールド』とか言っていたな」
「民間軍事会社? それはどんな組織なんだ?」
「知らん。傭兵集団みたいな物だろう。ただ、この組織の結束力は甘く見ない方が良い……結構な強者だった」
ゴライアスはあの場で会話しただけだったが、コリンの態度や物言いから、相当に戦闘に慣れている事を感じ取っていた。
「くっ……貴族は舐められたら終わりなんだ……たとえこちらに非があろうともな」
「グリモア……」
ゴライアスがつい領主の名前を呼ぶ。
「その名前で呼ぶなっ……」
「……」
ゴライアスは黙って領主を見下ろしている。
「折角、謝罪だけで許してやろうとしたのに……」
「一つだけ言っておく。ギルドはこの件に関して中立だ。奴らにもお前にも肩入れしない」
「なにっ?」
「今回の一件はどうも嫌な予感しかしねえ……それに何度も言うが、そもそもの原因はアンソニーだ……奴らに謝罪を要求する前に、アンソニーを何とかしろっ!!」
「貴様っ!!」
「要件は伝えたぞ……じゃあな」
ゴライアスは頭も下げずに領主に背中を向け、そのまま部屋を出て行ってしまう。
一人残された領主はワナワナと体を震わせる。
「アビゲイルを呼べっ!! 今すぐにだっ!!」
領主の怒声が執務室に響くのだった。




