第8話 決裂
食事を摂っていると、マリアが駆け寄ってきた。
「ギルドマスターが話を伺いたいと言ってます」
ユーリがコリンに視線を向けると、コリンがすっと立ち上がる。
「ユーリ、案内しろ」
「イエス、マム」
普段見たこともないユーリの所作に驚きながら、マリアは二人を先導する。
ギルドの中が再び静寂に満たされていく。
◆
「ギルドマスター、お二人をお連れしました」
マリアがギルドマスターの部屋の扉をノックして声を掛ける。
「通せ」
マリアが扉を開け、コリンとユーリが室内に入る。
其処にアンソニー達の姿は無かった。
『あの脛齧り野郎がいませんが?』
ユーリがそう言うと、ギルドマスターが苦い顔をして説明する。
『奴らへの事情聴取は行った……まあ、奴らの発言に耳を傾ける必要性は感じられなかったが』
ギルドマスターは椅子に座ったままそう答えた。
コリンはギルドマスターと机を挟んだ位置に立つ。
「今回の聴取に関して先に尋ねる。これは貴殿の個人的な聴取なのか、それともギルドという組織の責任者として……」
『我が民間軍事会社ブラッドフィールドの現場責任者の私との話し合いなのか……それを先に答えてもらおう』
ユーリは、コリンの言葉を間違える事無く、ギルドマスターに伝える。
『……それはギルドの責任者として、お前たちの組織の責任者と話をする……だな』
その答えをユーリがコリンに伝えると、コリンはニヤッと笑い、後ろにあったソファに深く背中を預けて座ると、ギルドマスターに見せつけるように足を組む。
「なら、我々も忌憚なく、意見が言えるというものだな」
ユーリがギルドマスターにそう伝えると、室内の温度が急に下がったような気がした。
「そもそも、獲物の傷跡を確認すれば、全て我々の手によるものだと分かるはずだ……刃物は一切使っていないからな……彼らが言うような刃物による傷があったのか?」
『……いや、確認されていない……あの小さな丸い痕跡だけだ』
「では、貴殿はこの事態をどう収めるつもりだ?」
『獲物に関しての要求は取り下げる……』
「それだけか? 我々は公衆の面前で窃盗犯の汚名を着せられたのだぞ……それに関する謝罪は無いのか?」
『……謝罪は無い……』
ユーリがギルドマスターの答えをコリンに伝えると、コリンはソファから立ち上がる。
「これ以上、話す事は無いようだ……残念だ」
そう言ってコリンが部屋を出て行こうとする。
するとギルドマスターも椅子から立ち上がり、コリンに声を掛ける。
『ま、待て……話はまだ終わっていない』
ユーリとコリンがギルドマスターの方へ振り返る。
そしてギルドマスターが信じられない言葉を告げてきた。
『お前たちには、アンソニーに謝罪して欲しい』
「はあっ!?」
通訳する前にユーリが声を上げる。
「どういうことだ? なぜ我々が彼らに謝罪せねばならない?」
コリンが冷静にギルドマスターに尋ねる。
『それは……アンソニーが、この街の領主の子供だからだ……領主は、アンソニーを殊の外可愛がっている。そのアンソニーが暴行を受けたのだ……謝罪するのが当然だろう?』
「はあっ!? 暴行って、あいつらが先に手を出してきたんでしょっ!!」
『しかし、相手は貴族だ……貴族は面子を大切にする……奴らが暴行を受けたと言えば、それが正しいとされるのだ……』
ギルドマスターもそう言いながら自分の言葉に納得していないようだった。
『すぐには答えが出せないだろう……考える時間をやる……』
ユーリがコリンにそう伝えると、コリンはギルドマスターの正面に立ち、じっとその目を見つめる。
「時間などいらない。この場で返事をしてやる」
「我々民間軍事会社ブラッドフィールドに所属するものは、正当な理由がない謝罪は行わない。これは我が社の社員全員の総意でもある」
「もし、この回答に対して、我々が不利益を被るような事態になった場合は、防衛と反撃を行う」
ユーリがコリンの言葉を伝えると、ギルドマスターが目を見開く。
『貴様ら、相手は貴族なんだぞっ、しかもこの街の領主だっ!! それを相手に戦うというのかっ!?』
「我が社には社是がある……『舐められたら、二度と舐められないように相手の舌を抜け』だ……以上」
コリンはそう言うと、ユーリに声を掛ける。
「今の言葉を一言一句間違えずにそいつに伝えろ……貴殿らがその方針を採るのであれば、我々はギルドを信用できない。」
「今後は組織として距離を置く。」
「イエス、マム」
そしてコリンが部屋を出て行く。
唖然とするギルドマスターに、ユーリが正確に通訳してコリンの言葉を伝えた。
「……以上です。あと、個人的な事を一つ。狼の尻尾はいらないです。貴方達で懐を温めてください。では」
そう言ってユーリも部屋を退出する。
部屋には、事態が上手く理解できないギルドマスターだけが残されたのだった。
◆
ヴァスケス達の元に戻ったユーリ達。
コリンはいつもの通りに椅子に腰かけ、手帳を開き始める。
ヴァスケスはその様子を見て、何かを察する。
「おい、結構面白い事になったんだろ? 教えろよ」
ヴァスケスが小声でユーリに囁きかける。
「上官の許可が無ければ話せません」
その答えにヴァスケスがニヤニヤ笑いを浮かべている。
「おい、コリン。情報の共有は大切だろ? 何があったんだよ」
するとコリンは興味なさそうに答える。
「ユーリと揉めた相手がこの街の有力者の倅だった。だから、今回の揉め事に向こう側の非は無く、逆に我々に謝罪しろ……と言ってきた」
その言葉に、ヴァスケスとアグネスの表情が強張る。
「まあ、いずこも同じだな……有力者、権力者の身びいきに振り回されるのは」
「で、どうすんだ?」
「ギルドには我々の方針は伝えてきた……後は相手側の出方次第だ……我々はどのケースになっても対応をとれるように準備するだけだ」
「こいつ等が全員敵に回るとしたら……結構厄介だぜ?」
そう言ってヴァスケスが背後の冒険者たちを親指で指さす。
「そうだな。ユーリ、領主の保有する戦力を調べろ」
「イエス、マム」
「予定より早いが、もう一度補給に戻る必要があるな……」
コリンはそう言うと、再び口を閉じて手帳を見つめている。
「ユーリ。お前は飯を食ったら、情報収集して来い。帰りは徒歩になるけど、悪く思うなよ?」
ヴァスケスが、からかうようにユーリに話しかける。
「ああ、でもそれならあたしが街に残るっていうのはどうですか?」
「……単独行動か……どうする?」
ヴァスケスがコリンに尋ねる。
「そうだな……なら二手に分けよう。ヴァスケス、お前はユーリと組んでこの街に残れ。アグネスとわたしはバギーで宿営地に戻る」
「……それで?」
「明日の夕方……一七○○に迎えに来る。それまで情報収集を行え」
「イエス、マム」
「ヴァスケス。トランシーバーを渡しておく。これなら短距離だが連絡がつく」
「あいよ」
「しかし、厄介ごとには必ずユーリが絡むな」
「ひどっ、そんな事無いですよ。今回だって、とばっちりじゃないですか?」
ユーリが文句を言うと、ヴァスケスとアグネスが声を上げて笑い始める。
つられて、ユーリまで笑い出してしまう。
そんな三人をコリンが優しい目で見ている事に三人は気づかなかった。




