第7話 上官、来る
ドスドスという重厚感のある足音が、カウンターの奥から響いてきた。
どうやらマリアがギルドマスターを呼んできたようだ。
ユーリは視線だけを動かして、こちらに向かってくる人物を観察する。
「(身長は二メートルくらい……筋肉質……もし敵対したら九ミリじゃ止めづらいかも……)」
ユーリは素早く脳内で対処法をシミュレーションする。
「おいおい、何をしてやがるっ。またケンカか……何があった?」
ギルドマスターはそう言ってから、急に顔を顰める。
其処には、先日領主と話をしたばかりのアンソニーを、どこから来たのかも分からない女どもの一人が、腕を捻り上げて押さえつけている姿があったからだ。
「……おい、お嬢さん、そいつを離してやってくれないか?」
ギルドマスターは出来るだけ穏やかに話しかける。
「駄目です。この男は不当にあたし達の獲物を私物化しようとしました。それどころか、あたし達を窃盗犯呼ばわりしました……これは既に個人間の問題ではありません」
ユーリは表情を崩すことなく、ギルドマスターに宣言する。
「それとも貴方は、無条件にこの男の言い分を認めるんですか? 領主の子供だから……」
その言葉を聞いてギルドマスターの表情が、ますます苦いものになる。
「そんな事はしない……話を聞かせろ……この状況だけでは判断できない」
ユーリとギルドマスターが睨みあう。
やがて、最初に視線を逸らしたのはユーリだった。
「分かりました。まずはこいつらの言い分を先に聞いてくださって構いません。我々の方も上官を交えて話したいので」
ユーリはそう言うと、捻り上げていたアンソニーの腕を解放する。
アンソニーは肩を抑えながら立ち上がり、唾を飛ばしながら喚き始める。
「この女がいきなり暴力を振るったんだっ!! しかもこいつらは俺達が追っていた銀尾狼を横から掠め取ったんだっ!! ギルドマスター、こいつらを何とかしろっ!!」
「ええい、此処で喚くなっ、奥の部屋に来い」
ギルドマスターはそう言うと、再びカウンターの奥へと移動していく。
アンソニー達はその後を追いながら、ユーリに悪態を吐く。
「てめえ、逃げるなよっ!! 絶対に親父に言いつけるからなっ!!」
ユーリはアンソニーの言葉を、カウンターに凭れながら聞いている。
アンソニー達がギルドマスターの部屋に消えていくと、ギルドの中が再び賑やかさを取り戻す。
「ねえ、ユーリ」
カウンターの向こう側からマリアが話しかけてくる。
「大丈夫なの? あんなこと言って」
「えっ、ああ。大丈夫。もうすぐ、上官が此処に来るはずだから」
マリアが上目遣いでユーリに尋ねる。
「ねえ、ユーリの上官ってそんなに怖い人なの?」
「そうだね……一人は物理的に怖い人で、もう一人は精神的に怖い人かな?」
「……何よそれ……」
マリアが困惑したように眉を顰める。
「まあ、なんとかなるでしょ……しかし、酷い奴に絡まれちゃったな……」
「あいつ、アンソニーって言うんだけど、領主様の庶子みたいなの」
「庶子?」
「うーんとね、簡単に言うと、正式な奥さん以外の女性との子供ってこと」
「ああ、そういう事……封建社会だもんね……それも有りなんだね」
そしてマリアとユーリがおしゃべりに興じていると、ギルドの入り口が急に静かになる。
その様子を見ていたユーリが、ニコッと笑う。
「ほーら、怖い人たちが来たよー」
その言葉にマリアは困ったような表情を浮かべるしか出来なかった。
◆
ユーリはいつもの席に陣取っている三人に声を掛ける。
「コリン班長、問題発生です」
ユーリが敬礼してからコリンに報告する。
コリンが手帳から視線を外してユーリを見る。
「何があった?」
「一部冒険者による妨害行為が発生しました。具体的には我々の納品物が盗品であるとの言い掛かりを付けてきました」
「それで?」
「納品物に関しては、我々が正当に討伐したものであることを説明したのですが、納得せずに武力行使を行ってきたので、警告ののちこれを排除しました」
「うむ。それの何が問題なのだ?」
「一部冒険者が、この街の領主の子供であり、手を出すなら親の手も借りると恐喝されました」
「……そんな脅迫には屈しなかったんだろうな?」
「はい。その場で制圧しました」
それを聞いていたヴァスケスがゲラゲラと笑い出した。
「そこに此処の現場責任者、通称ギルドマスターが現れ、一部冒険者に対して現在事情聴取を行っています」
「それで、その次には我々から事情聴取を行いたいという事か?」
「イエス、マム」
コリンは音を立てて手帳を閉じる。
「ユーリ。貴様は、当社の社是に従ったのだな」
「イエス、マム」
「よろしい。事情聴取に応じよう」
「ありがとうございますっ」
ユーリが再び敬礼すると、ヴァスケスが指を動かして近寄るようにハンドサインを出してきた。
「……何ですか、先輩」
「コリンの奴、相当怒ってるからな……気を付けろよ」
「えっ?」
ユーリはそっとコリンを見つめる。
「いつもと変わりないように見えますよ?」
「ふふ、まあ、いずれわかるさ。ご愁傷様」
ヴァスケスはそう言うと、給仕の女性を呼ぶ。
給仕が近づいてくると、ユーリの背中を叩く。
「いつもので良いから、注文しろ」
「もう……少しはこっちの言葉を覚えてくださいよ」
ユーリは文句を言いながら、給仕の女性に話しかける。
『すいません。いつもの四つ、お願いします』
そう言ってユーリは小さなきんちゃく袋から銀貨を二枚取り出す。
『はいよ。いつものやつね』
給仕の女性はそう言って厨房に戻っていく。
そしてユーリがカウンターの方に視線を向けると、心配そうにこっちを見つめるマリアと目が合うのだった。




