第6話 銀尾狼と火種
補給を行った次の日。
ユーリたちは再び草原へとやって来ていた。
バギーを止め、通信機に拡張のアンテナを接続していく。
ユーリとアグネスがアンテナの設置を行っている間に、ヴァスケスが周囲の偵察に赴く。
コリンは通信機の前に座り、電源をオンにする。
「(……バッテリーの心配もあるな……今はバギーから電源を供給しているが、いずれは発電機か、ソーラー発電だろうな……)」
コリンは内心でそんな事を考えながら、周波数のつまみを回す。
ヘッドフォンのプラグを端子に差し込み、ヘッドフォンを耳にあてる。
ザザッ、ザザザザザザァ……。
聞こえてくるのは相変わらずノイズのみ。
時折手帳を取り出して、電波の帯域を確認する。
マイクを掴み、話しかける。
『こちらコリン偵察班、この通信を受信している者、返信願う』
ザザッ、ザザザザザザァ……。
「(ノーマル通信の周波数はあらかた試したが……返信なしか……)」
それでも時間の経過するのも忘れて、通信を試す。
気づけば、あっという間に一時間が経過していた。
そして、コリンはいきなり肩を叩かれる。
「ヴァスケス……驚かすな」
「コリン、もう一時間もやってるぞ……少し休め」
「えっ……そんなに時間が経過していたのか……」
コリンはヘッドフォンを外し、通信機のスイッチを切る。
「駄目だったのか……」
「ああ、少なくとも半径十キロにはいないらしい」
「森の南側の線は消えたってことか?」
「もう少し続けても良いが、可能性は低いように思えるな……ただ、此処まで来たんだ。此処を起点に扇形に西に向かおうと考えている」
「イエス、マム」
ヴァスケスは穏やかに笑いながらコリンに向かって敬礼する。
その時だった。
草原の奥から、複数の動物の大きな唸り声と、ユーリの大きな声が響く。
「今度は狼ですっ!! そんなに大きくはないけど、数が多いですっ!!」
「イノシシの次は狼かよっ!! 退屈させてくれねえなっ!!」
ヴァスケスは素早くM4を掴むと、ユーリの声がした方向に走って行く。
コリンも自分のM4を掴み、セレクタをバーストモードに切り替える。
「ユーリ、何時の方向だっ!?」
「北を零時で三時方向っ!!」
「アグネス、お前はバギーを守れっ」
「イエス、マム」
そしてコリン偵察班と、狼の群れとの戦いが始まったのだった。
◆
コリン班の銃声は草原に何度も響き渡った。
やがて静寂が戻る頃には、草原には数頭の狼の死骸が横たわっていた。
「弾薬消費、M4が約百発、XM-7が約三十発」
コリンが狼を見下ろしながら、次の命令を出す。
「了解。回収して街へ戻るぞ」
「「イエス、マム」」
そしてユーリが狼の骸に近づいた時だった。
ヴァスケスが感心したように狼を見つめていた。
「どうしたんですか、ヴァスケス先輩」
「いや、随分と見事な尻尾だなと思ってな」
そう言われてユーリも狼の尻尾を見る。
「確かに、銀糸で出来てるんじゃないかって感じですね」
「しかも、随分とフカフカだ……高く売れるんじゃねえか?」
「知りませんよ。狼なんて今日が初めてだし……でも、この尻尾は価値がありそうですね」
「よし。全部回収するぞ。アグネス、お前も手伝え」
「イエス、マム」
そしてヴァスケスの号令の下、狼をすべて回収することになったのだった。
◆
「おいおいっ、この銀尾狼を持ってきた奴は誰だっ!?」
ギルド内に怒声が響く。
ギルドの中にいる冒険者たちが一斉に入口の方へ振り返る。
其処には最近、素行のせいで評判の悪いアンソニーが、銀尾狼の尻尾を高々と掲げている姿があった。
「もう一度聞くっ、この銀尾狼を持ってきた奴は誰だっ!?」
アンソニーは今にも襲い掛からんばかりの勢いで声を上げている。
ギルド内の冒険者たちの視線が、再び移動する。
其処にはカウンターで受付嬢のマリアと雑談している、一人の女性の姿があった。
彼女は全身に薄い茶色の服を身に纏っている。
しかもその服には至る所に白と黒の斑点が散っていて、更に身体中に小さな小物入れを装着している。
アンソニーは冒険者たちの視線に気づくと、その視線の先を見る。
視線を向けられた当人は、何も気づいていないようで、マリアと楽しそうに談笑していた。
「ちっ、おいっ!!」
アンソニーはドスドスと足音を立てながらその人物に近づく。
気配を察したマリアが、その人物の肩を軽く突く。
「どうかした?」
「……面倒なのが近づいて来てるわ、ユーリ」
「えっ?」
ユーリが振り返ると、眼前に物凄い形相をしているアンソニーがいた。
「何だてめえは……へんてこな格好しやがって……」
「失礼な。これはれっきとした制服で、デザート迷彩って言うんです」
ユーリは毅然とした態度で言い返す。
「ふん、そんな事はどうでもいい。それより、これだっ!!」
アンソニーはそう言って、ユーリの目の前に銀尾狼の尻尾を突き出す。
「お前がこれを持ってきたのかって聞いてんだよっ!?」
「解体場から持ってきたんですか……何の権利で、あたし達の獲物を持っているんです?」
「うるせえ、お前らは盗っ人だっ!!」
「はあ?」
ユーリの眉間に皺が寄る。
「あんまりふざけた事を言うと、ギルドに報告しますよ」
「やってみろよ。こっちには正当な証人がいるんだ」
アンソニーはそう言って背後にいる二人の男を指さす。
「この銀尾狼はな、俺達が追っていたものだっ!! てめえが横から掠め取ったんだろうがっ!?」
「そんな事してませんよ。襲い掛かってきたから普通に排除しただけです。それに、この狼を討伐した時、あなた達の姿は無かったじゃないですかっ!!」
「うるせえ、おい、お前たちも言ってやれ。俺達が追っていた獲物を横から掠め取ったってな」
「はい。お坊ちゃんの言う通りでさあ。こいつらが、俺達が追い詰めた銀尾狼を横からかっさらったんですぜ」
「そうです。俺達が証人です」
ユーリはがなり立てるアンソニー達をスルーして、青くなっているマリアに尋ねる。
「ねえ、この銀尾狼って貴重なの?」
「はい。これだけの尻尾を持つ個体なら、金貨十五枚くらいにはなるかと」
「ああ、なるほど……そんな貴重な狼が七体もギルドに持ち込まれたから、いちゃもんを吹っかけてきた訳だ」
「……でも、こいつらは……」
マリアが何か言いかけた時だった。
いきなりユーリの肩がアンソニーに掴まれた。
「てめえ、無視すんじゃねえっ!! オレを誰だと思ってんだっ!?」
「知る訳ないでしょ……それよりこの手を離しなさい……障害とみなして排除するわよ」
「オレ様の父親はなっ、この街の領主様だぞっ!! 俺に逆らう事は領主に逆らう事になるんだっ!! てめえのギルド証なんて簡単に無効にしてやるっ!!」
その言葉を聞いたユーリの顔に、嫌悪の表情が浮かぶ。
「ただの下衆野郎かと思ったら、親の脛かじりのおまけ付きってこと? サイテー」
「おいおい、そんな態度とっても良いのか? ギルド長を呼ぶ事になるぞ?」
「構わないわ。あたしはギルドのメンバーじゃないし。それより、うざいからこの手を離しなさい……最終警告よ」
「何だと、この女っ」
アンソニーがユーリの肩を引っ張ろうとした瞬間だった。
ユーリはアンソニーの手首を掴むと、曲がってはいけない方向に捩じり上げる。
「ぎゃあああっ!!」
アンソニーの身体が床に崩れ落ちる。
ユーリは素早くアンソニーの背中に膝を押し付けると、さらに強く手首を捻る。
「お坊ちゃんっ!!」
「て、てめえっ、お坊ちゃんに何をするっ!?」
「動かないでっ、動いたらコイツの手首を壊すわよ」
二人の男がたたらを踏む。
「マリア、ギルドマスターとかを呼んで頂戴。急いだ方が良いわよ、あたしより怖い人たちが来る前にね」
マリアは黙って大きく何度も頷くと、そのまま奥の階段に向かって走って行った。
「まったく……この間のナンパ野郎といい、今日のコイツといい、この世界にはまともな男はいないのかしら……」
アンソニーの腕を捻り上げながら、ユーリはそんな事を考えていた。




