第64話 草原のへそ
草原に夜の帳が落ちる頃。
月明かりだけを頼りに辺境伯騎士団の一行が進軍していた。
時折、戦闘から逃げ出してきた冒険者たちと遭遇する。
その者たちから情報を収集し、ただひたすら『彼女達』の姿を追いかける。
アビゲイルが馬上で振り返ると、五十騎いた筈の騎士団が、半数くらいになっていた。
「……飛ばし過ぎたか……」
アビゲイルが独り言ちると、傍にいた騎士が肩で息をしながら頷いて見せる。
「これ以上の進軍はいささか危険かと……馬達も疲れております」
そう言われてアビゲイルは自分の馬を見る。
馬体から熱気となった蒸気が上がり、身体は汗でびっしょりと濡れている。
「……少し無理をさせたか……」
アビゲイルは馬首を返すと、後方の騎士達に声を掛ける。
「兵站部隊が追いつき次第、野営を行う。各自、野営の準備を開始せよ」
「「「はっ!!」」」
アビゲイルは騎士達が動き出すのを見てから馬を降りる。
そして優しく馬の首を撫でてやる。
「すまなかった……少し熱くなり過ぎた様だ……」
ブルルルルッ
馬は身体を震わせる。
アビゲイルは革製の水袋を取り出すと、掌に水をためて馬の顔の前に差し出す。
馬は掌の水をうまそうに飲み込んでいく。
「従者が追いつき次第、身体を拭いてやる……暫く、これで我慢してくれ」
そう言って掌の水を補充するのだった。
◆
暫くその場で待っていると、遅れていた騎士達が追いついてくる。
そして従士たちも追いついて来て、騎士達の馬の世話を始める。
最後に兵站の馬車が到着し、草原に大きな宿営地が出現する。
アビゲイルは追いついてきた従者に馬の世話を任せると、自分は作戦本部用に設置されたテントの中へと移動する。
テントの中には数人の騎士達がいて、折り畳みの机の上に広げられた草原の地図を見つめていた。
その中の一人が、アビゲイルの到着に気付き、騎士の礼をとる。
それは他の騎士達にもすぐに伝搬する。
「楽にしてくれ……何を話していたのかな?」
アビゲイルは穏やかな口調で騎士達に問いかける。
「いえ、我々の移動の軌跡を確認しておりました。冒険者たちの証言から推測するに、明日には『彼女達』に追いつくでしょう」
騎士は地図を指し示しながら、アビゲイルに答える。
アビゲイルは地図を見つめる。
ほぼ草原と森しか書かれていない地図。
そこに騎士団が通ってきた経路が書きこまれていた。
アビゲイルが地図を見ながら、ある一点に気付く。
「これは何だ?」
アビゲイルが指さす先には、小さな黒点が書きこまれていた。
「これですか……これは冒険者たちが『草原のへそ』と呼んでいる巨石がある場所です」
「『草原のへそ』……巨石……どんなものなのだ?」
「文字通り草原の中にポツンと存在する巨石で、冒険者たちが移動の際に目標に使用しているようです」
もう一人の騎士が説明を補足する。
「高さは五、六メートル……直径約三十メートルの大きさがあります」
「なるほど……それで『草原のへそ』か……」
アビゲイルはそう言って腕を組む。
「移動の際の目標……と言ったな。奴らもそこを目指すと思うか?」
騎士達は顔を見合わせてからアビゲイルに返事をする。
「最後に確認した冒険者の証言に気になる物がありました」
「ほう? どんなものだ」
騎士はアビゲイルの顔を見ながら答える。
「『彼女達』の中に負傷者がいるらしい……というものです」
「何?」
「その者も、見たわけではないそうなのですが、アンソニー殿の遺体の近くに、血だまりがあったそうです」
そう言って騎士は頷く。
「負傷者を抱えての移動は困難です……そうなれば、籠城できる場所を探すのでは? という話をしておりました」
「うーむ……確かに一理あるな……」
「ただ、不確定要素があり過ぎます……しかし、明日の朝には『彼女達』を追っている冒険者たちに追いつけると考えております」
「そうすれば、詳しい情報を仕入れる事が可能かと」
アビゲイルは目を瞑って思案する。
そしてゆっくり目を開ける。
「わかった。今夜は明日に向けて休憩を取るように配下の騎士達に伝えろ」
「まずは追っ手の冒険者たちと合流。そして、籠城された場合を考慮して、『草原のへそ』の調査を行う」
「「「はい」」」
騎士達は深々とアビゲイルに頭を下げるのだった。
◆
同時刻のユーリ達。
草むらの密集している部分を遮蔽物にして、周囲を警戒しながら野営の準備を始める。
「火は……使わない方が良いか」
アグネスが枯れ枝を集めてきたが、少し考えてから隅に積み上げる。
「そうだね。でも、水場が近くにあって良かったよ」
ユーリはそう言って水筒を掲げて見せる。
ユーリとアグネスはヘルメットに装着した小さなライトを頼りに食事の用意を始める。
その様子を、目を丸くしながらロゼとシャムが見つめている。
視線に気づいたユーリが二人に話しかける。
「あ、これが珍しいのかな?」
そう言ってユーリはライトを指先で突いて見せる。
『皆さんは……魔法使いなのですか? それとも魔道具なのですか?』
『うーん。両方とも違うよ。まあ、便利な道具であることは変わらないけど』
そう言ってユーリは背嚢の中から携行食を引っ張り出す。
「これも残り少なくなってきちゃった……」
恨めしそうに携行食を見つめるユーリを、アグネスがからかう。
「じゃあ、今度はちゃんとしたジャーキー作りに挑戦してくれよ。楽しみにしている」
「アレはジャーキーじゃなくて干し肉。それに作ったんじゃなくて買ったの」
「似たようなもんだろ」
ユーリは携行食の袋を破くと、中に水筒の水を注ぐ。
発熱剤が一緒に入っているので、暫くすると、水がプクプクと沸騰する音が聞こえてくる。
ロゼとシャムが再び驚いた表情をする。
そんな二人にユーリが再び話しかける。
『ちょっと待っててね。今取り分けるから』
ユーリはパウチに入った料理を取り出す。
パウチは熱湯で温められて、封を切るとかぐわしい匂いが広がった。
そしてロゼとシャムの分を小皿に料理を取り分けていく。
携行用のスプーンを付けて二人に渡す。
『苦手な物とかないよね? あってもどうしようもないけど……まあ、食べてみてよ』
ロゼとシャムは湯気が立ち上る料理を見て固まっている。
『大丈夫。毒なんて入れてないから。温かいうちに食べなよ』
ユーリはそう言って小皿とスプーンを無理やり持たせる。
『じゃあ、いただきます』
ユーリはパックに残った料理を、スプーンで掻き出しながら口に運ぶ。
「うん。今日は当たりだ。おいしい」
「……あたしの方は、そこそこかな……」
アグネスはそう言いながらも大きな口を開けて料理を放り込む。
ロゼとシャムは二人を見てから、小さく頷きあって料理を口にする。
「……っ!?」
「……っ!!」
一瞬、動きが止まるが、今度はすぐに手を動かしてガツガツと食べていく。
そんな二人を見て、ユーリは微笑むのだった。




