第62話 行動で示せ
草原を照らす陽光が傾いてきた。
コリンが移動を停止させる。
「停止。此処で一時休憩をとる」
ユーリとアグネスは運んでいた担架を地上に下ろす。
「……ヴァスケス先輩……」
ユーリが声を掛けるが、ヴァスケスは眠っているのか返事をしない。
ただヴァスケスの胸が小さく上下しているのを見て、少しだけ安堵する。
コリンがユーリを呼ぶ。
「おい、ユーリ。あいつ等を何とかしろ」
コリンが親指で指し示す方向に、二人の獣人の姿があった。
「まだ、ついて来ていたんですね……行ってきます」
コリンは小さく頷くと、そのままヴァスケスの元へ移動する。
ユーリはため息をついてから、二人の獣人たちの元に向かうのだった。
◆
『あなた達……何でついてくるの? 好きな所に行って良いって言ったでしょ』
ユーリが獣人たちに話し掛けると、二人の獣人は視線を逸らせて俯いてしまう。
『またそうやって……言いたい事があるなら言ってくれないかな……』
ユーリがそう言うと、獣人の一人が決心したように顔を上げる。
『お願です……わたし達を同行させてください……お願いします』
『だから……貴方達を従属させていた男だったら……もう生きていないんでしょ? 好きにすれば良いじゃない』
『そういう訳にはいかないんです……』
獣人の必死な表情に、ユーリは何かを感じる。
ユーリは腰に下げていた水筒を外すと、獣人に差し出す。
『あなた達、水も飲んでないでしょ……飲んでいいよ』
『水……ですか』
獣人は一瞬躊躇するが、我慢できずに手を伸ばしてくる。
そして水筒を受け取る。
『その上の部分を捻ると開くから、飲んで』
獣人は恐る恐る水筒のキャップを捻る。
手が震えているのか、水筒が小刻みに震えて、中の水が揺れる音が聞こえる。
キャップが外れ、獣人は中身の匂いを確認する。
そして目を見開き、次の瞬間には水筒に口を付けて水を飲み込んでいた。
それを見ていたもう一人の獣人も、水筒に手を伸ばしてくる。
二人の獣人は代わる代わる水筒の水を飲み干すのだった。
◆
『なるほど……『奴隷』の持ち主が死んだとしても、奴隷の身分は変わらない……次にあなた達を見つけた人間が、『主』になるだけなんだね?』
二人の獣人はユーリに頷いて見せる。
『お願いです……わたし達を……見捨てないで下さい』
『お願です……何でもします……一緒に連れて行ってください』
ユーリは二人に懇願されて、困った表情を浮かべる。
『あなた達の置かれた状況は理解したよ……ただ、あたしには決められない……上官に相談しないと』
二人の獣人は縋るような目でユーリを見つめる。
『とりあえず、一緒にきてよ。悪いようにはしない……と思うからさ』
ユーリはほぼ空になった水筒を受け取ると、二人の獣人を連れてコリンの元に向かうのだった。
◆
「それで、連れてきたのか?」
コリンはユーリから獣人たちの身の上を聞かされた後、ユーリに尋ねた。
「はい。此処に残しておけば、彼女たちの運命は『奴隷』に逆戻りです……それは少し気の毒かと……」
コリンはユーリをギロリと睨む。
ユーリは背筋を伸ばしながら言葉を続ける。
「彼女たちは種族的に体力があります……ヴァスケス先輩の移動を手伝ってもらうのはどうでしょうか?」
「担架を運ばせるのか?」
「はい……そうすれば、我々も敵からの襲撃に備えられると愚考しました」
「……なるほどな……」
コリンは視線を二人の獣人に移動させる。
二人は粗末な環頭衣を身に纏っているだけで、足も裸足だった。
「信用できるのか?」
コリンのその質問は、どちらかといえば自分自身に向けている言葉にも聞こえた。
「分かりません……ただ、この状況で彼女たちがわたし達を裏切る可能性は低いと思います」
ユーリは獣人たちと会話した時に、彼女たちに裏心は無いように感じていた。
「……確かにな……どうせ追い払っても追いかけてくるなら、監視下に置いた方がマシという事か」
コリンは少しだけ表情を歪ませる。
そしてコリンは決断する。
「分かった。二人にヴァスケスを運ばせろ。ユーリ、お前が二人の監視をするんだぞ」
「は、はいっ」
ユーリの表情が緩む。
そんなユーリを見ていた獣人たちも、言葉は分からなかったが、交渉がまとまったことを理解した。
「で、そいつらの名前は? 名前が分からんと指示も出せん」
コリンがそう言うと、ユーリが獣人たちに振り向いて手で指し示す。
「こちらの犬獣人の女性が『ロゼ』。その隣の猫獣人の女性が『シャム』だそうです」
「ロゼとシャムか……二人に伝えておけ。行動で示せ……とな」
「イエス、マム」
ユーリは素早く敬礼すると、獣人の二人に近づいて行った。
そんなユーリの背中を見つめてコリンが呟く。
「……これも吉と出るか、凶と出るか……」
コリンはそう呟くと、休憩の終了を指示するのだった。




