第60話 戦争は既に始まっていた
コリン達が立ち去ってから暫くしてのこと。
冒険者たちはある男の躯を囲んでいた。
『アンソニー……だな』
『ああ、顔が潰されていて判別できないが、着ているものには見覚えがある』
彼らは、多くの冒険者が撤退する中、コリン達を追撃することを選択した猛者たちだった。
そして男の周囲を観察する。
アンソニーから少し離れたところに血溜りがあり、見たことない透明なフィルムや薬品の瓶が散乱している。
ヴァスケスの治療の際に使用したものの廃棄物だった。
『何だ、これは?』
冒険者の一人がそれを摘まみ上げるが、それに答えられる者はいない。
何故なら、この世界には存在しないものだからだ。
『それが何だかは分からねえが、奴らの中にも負傷者が出ているのは確かなようだ……』
しゃがみ込んで、血溜りを観察していた冒険者が言う。
『手負いか……なら、追いつくのに時間はかからねえな』
若い冒険者が余裕の表情を見せる。
しかし、ベテランの冒険者は違った。
いつになく不機嫌そうな顔で地面を睨んでいる。
『どうしたよ、おっさん。あと少しじゃねえか』
『……違う。手負いになった奴らは死に物狂いだ……今まで以上の何かがある』
『へっ、こんなに血ぃ流してんだろ? 何を怖れることがある』
するとベテランの冒険者が顔を上げて、若い冒険者を睨む。
『獣だって手負いが一番怖い……ましてや奴らは魔獣よりも強いのだ……』
その一言に、冒険者たちは静まり返る。
気まずい沈黙を破るように、一人の冒険者が声を上げる。
『とりあえず、アンソニーが死んだことをギルドに知らせねえと……こんな奴でも領主の子供だ……』
『確かにな……このまま放っておいて、魔獣に食われてもまずいな……おい、『鳥』は持ってきているか?』
『ああ、一羽だけだが』
『飛ばす用意をしておけ……文章は……仕方ねえ、俺が書くか』
冒険者はそう言って、背負っていた袋から小さな羊皮紙と、ペンを取り出すのだった。
◆
「全員停止、ここで一時休憩をとる。水の補給をしろ」
コリンがアグネスとユーリに指示を出す。
アグネスとユーリがヴァスケスを載せた担架を降ろす。
コリンは指示を出した後も、後方の警戒を怠らない。
ユーリとアグネスは、ヴァスケスから少し離れた場所に腰を下ろすと、水筒の水を口に含む。
「距離が稼げたようだ……今のうちに残弾確認と装弾をしておけ。あとで聞く」
「「イエス、マム」」
コリンがヴァスケスの横に座る。
ヴァスケスがゆっくりと目を開け、小さな声でコリンに話しかける。
「……おいて行けよ……足手まとい……だろうが……」
コリンはヴァスケスを睨む。
「そんな事は無い……絶対に連れて帰る」
その瞬間、ヴァスケスが皮肉気に笑う。
「……どこに……帰るんだよ……班長さん……」
「……」
コリンは答えない。
ヴァスケスもそう言うと、再び目を閉じる。
コリンはその顔を見つめながら、奥歯を噛みしめる。
「(……それでも、最後まで希望は捨てない……)」
コリンは心の中で強く誓う。
ユーリとアグネスは空になったマガジンに銃弾を詰めている。
カチャ、カチャ、カチャ……
鈍く金色に光る銃弾がマガジンの中に吸い込まれていく。
「ユーリ……随分使ったね?」
「うん。フルオートで撃ちまくったからね……百発以上撃ったかな……」
ユーリは顔を上げずに答える。
「あたしも結構使ったな……魔法使いの攻撃が凄くてさ……」
アグネスも弾込めを行いながらユーリに返事を返す。
「魔法って怖いよな……」
そう言ってアグネスが顔を上げる。
「ユーリ。大丈夫か?」
「え、何が?」
ユーリも顔を上げる。
「いや、大丈夫ならいいんだ……色々あったからさ……気になって」
ユーリは少しだけ微笑んでアグネスを見る。
「ありがとう。心配してくれて。アグネスの方こそ大丈夫?」
「何が?」
「魔法……トラウマになってない?」
するとアグネスが顔を顰める。
「思い出させないでよ……やっぱり、最初の魔法体験がアレだっただろ……死ぬかと思ったよ」
「あたし思ったんだ……此処にソフィアさんみたいな治癒魔法が使える人がいたら良かったのにって……そしたら、ヴァスケス先輩の怪我だって……」
「ユーリ……」
二人は再び無言になり、黙々と弾込めを行う。
そして全てのマガジンに銃弾を装填し終えた頃、コリンから声が掛かる。
「休憩終了、先に進むぞ」
「「イエス、マム」」
コリンの呼びかけに二人が立ち上がった。
◆
冒険者ギルド。
ギルドマスターであるゴライアスのもとに凶報がもたらされた。
「アンソニーが……死んだだと……」
『鳥』によってもたらされた急報。
その足に括り付けられた小さな羊皮紙には、短くアンソニーの死が記載されていた。
「……何をやらかしたんだ、アンソニーはっ!?」
ゴライアスは羊皮紙をギュッと握り潰す。
顔には苦悶の表情が浮かぶ。
「誰かいるかっ!?」
ゴライアスは執務室の中で大声を上げる。
階下からマリアが駆け上ってきて、執務室の扉を開ける。
「如何されました?」
マリアが、いつもと様子が異なるゴライアスに尋ねる。
「不味い事になった……俺は領主邸に向かう。馬車を用意しろっ」
「は、はい」
マリアはそう返事をすると、すぐに部屋から出て行く。
その後姿を見送りながら、ゴライアスは領主にこの事態をどう報告するか考えていた。
「……奴らは何を考えている……戦争でも始めるつもりか……」
ゴライアスはそう呟いてから、ギリっと奥歯を噛みしめる。
「いや、違う……戦争は既に始まっていたんだ……」




