59話 負傷者を連れて
ユーリは駆けだした。
草が足に絡み、地面が滑る。
思うように進まない。
それでも、止まらない。
ユーリは懸命にヴァスケスのもとに向かう。
ヴァスケスは拳銃を握りしめたまま、大の字になって倒れている。
腰のあたりから出血しているようで、地面には血溜まりができている。
「ヴァスケス先輩!!」
ユーリが駆け寄ると、瞑られていたヴァスケスの目が少しだけ開く。
「……オレとしたことが……ドジった」
「先輩……しっかりしてください。装備を外します」
微かに笑うヴァスケスの体から、装備や着衣をはがしていく。
「先輩、動かします。痛いでしょうけど我慢してください」
どうやらボディアーマーとズボンのベルトの隙間を狙われたようだ。
「出血がひどい……止血します」
ユーリは背負っていたリュックの中身を地面にぶちまける。
そこから緊急用の治療セットを掴む。
袋に入っているコンバットガーゼをありったけ取り出すと、こぶしでぎゅっと強く体重をかけて傷口に押しこむ。
「(止まれ……止まれ)」
血が指の隙間から滲み出る。
その上から圧迫包帯を巻きつけ、金具で強引に固定した。
「……このままじゃ」
「ユーリ!!」
アグネスがユーリの名前を呼びながら駆け寄る。
「アグネス!! ヴァスケス先輩が!!」
アグネスはユーリの手元を見る。
すぐに状況を理解する。
「止血はあたしがやる。ユーリは追加のガーゼを」
「うん!!」
ユーリはヴァスケスのリュックから医療セットの袋を取り出し、コンバットガーゼを取り出す。
「アグネス、これ!!」
「適当な大きさに畳んで、一瞬手を離すからそこに押し込んで!!」
「う、うん」
二人の懸命な救急処置が行われる。
「アグネス……ヴァスケス先輩、助かるよね」
「当たり前だ!!この人は殺しても死なないような人だ……ユーリが一番よく知っているだろ」
「……うん」
そこへ、コリンが駆けつける。
「これは……」
コリンの顔から血の気が引く。
「今、止血をしています!!」
アグネスの声にコリンは頷く。
「担架を作る。ユーリ、長い棒状の物を探せっ、大至急だっ!!」
「イエス、マムッ!!」
ユーリが駆けだして行く。
その間に、コリンがアグネスの作業を手伝う。
「とにかく止血が最優先だ……頼むぞっ」
◆
暫くしてから、ユーリが駆け込んできた。
「コリン班長、これでどうでしょうかっ!?」
手には2メートルほどの長さの灌木と、冒険者が置いて行った槍が握られていた。
「十分だ。次は……」
コリンはそう言って周囲を見回す。
「アグネス、上着を脱げ!! ユーリはヴァスケスの上着を持ってこい」
「「イエス、マム」」
コリンは二人の上着を受け取ると、ユーリに命令する。
「これで簡易担架を作る。両方の袖を貫通するように棒を通せ」
「イエス、マム」
コリンの作業を見ながら、自分も同じ作業をする。
上着の裾を引き絞り、縛り、固定する。
やがて、簡易担架が形になった。
コリンが貼りの具合を確認する。
「……これならいけるな……ヴァスケスを乗せるぞっ」
慎重に……だが、素早く三人で持ち上げる。
ヴァスケスの身体が、わずかに揺れる。
「アグネス、止血の方はどうだ」
「大丈夫です……今は止まっています」
「よし、アグネスが前を持て。ユーリは後ろだ。私が殿を受け持つ……アグネス、私にクレイモアを渡せ」
「イエス、マム!!」
その瞬間。
風が、煙を押し流した。
視界が、開ける。
そしてその視界の先に、遠くで影が動く。
敵だ。
撤退していったはずの冒険者たちが戻ってきたのだ。
「くそっ……こんな時に……」
コリンが歯噛みする。
「とにかく、この場から撤退する……行くぞっ!!」
4人の撤退戦が始まった。
◆
「……おい、オレを置いていけ……足手まといに……なりたくねえ」
ヴァスケスのかすれた声が聞こえる。
「駄目です。絶対に一緒に行きます。あきらめないでください!」
アグネスが後ろも向かずに答える。
「こんな事してたら……いずれ追いつかれる……オレを置いていけ!!」
「嫌です!!」
即答だった。
一方、殿のコリンは自分たちが通ってきたところを見る。
踏み分けられた草、消せない痕跡。
「……辿るなと言う方が無理か」
小さく呟く。
踏み分けられた草むらから少し離れた場所にクレイモアを設置していく。
角度を調整し、殺傷範囲を計算する。
「(この草の踏み分け方を見れば、すぐに我々だと分かるだろう……奴らは必ずここを通る)」
これでクレイモアの残りは2つ。
「(あと、出来る事といえば……)」
コリンは肩から下げた無線機を見る。
今まで何度も交信を試みたが、まったく反応が無かった。
バッテリーの残量も残り少なくなっていたので、最近はスイッチを入れることも無かった。
「(らしくないな……わたしも信心深くなったか……)」
それでもコリンは無線機のスイッチを入れる。
交信を求めるのではなく、交信の求めがあったときに答えられるように。




