第58話 銃声の先に
先頭を進んでいたアグネスが急停止する。
「どうした、アグネス」
「いえ、左の方から発砲音が聞こえました」
「ヴァスケスか?」
「多分……結構離れている感じでした」
アグネスの言葉にコリンが小さく頷く。
「音のした方向は分かるか?」
「はい。おおよそですが」
コリンはアグネスに指示を出す。
「ヴァスケスとの合流を最優先……引き続き先頭を任せる」
「イエス、マム」
「ユーリ。今度はお前が左側を警戒しろ……何かあったらすぐに知らせろ」
「イエス、マム」
再びアグネスを先頭にして、草原を進んで行く。
「(せめてGPSがあればなぁ……集合地点とか迷わなくて良いのに)」
少しずつ、いつもの調子が戻ってきたユーリはそんな事を呟くのだった。
◆
「おい、其処を動くなっ!!」
ヴァスケスの鋭い声を浴びた獣人の女性がその場で立ち竦む。
「……お前は何モンだ? 武器も持たないで、何で此処にいる?」
しかし、ヴァスケスの言葉を理解できない獣人の女性は、ただ体を震わせているだけだった。
「ちっ、言葉が通じねえのは不便だな。まったく、肝心な時に居ねえからな、ユーリの奴は」
そう言ってヴァスケスは獣人の女性のすぐ傍まで移動する。
勿論銃を構えたままだったが、どう見ても丸腰の女性に銃を突きつけるまではしなかった。
「ん?」
そしてヴァスケスは気づく。
獣人の首に巻かれている首輪。
その後ろに長い鎖が付いている事を。
「(この首輪は……人を拘束する為の首輪なのかっ!?)」
ヴァスケスの中に怒りがこみ上げる。
「なんてこ……」
ドスッ
思わず獣人の首輪に手を伸ばした時だった。
脇腹に鈍い衝撃を受けた。
「あ……」
ヴァスケスがゆっくりと首を動かすと、脇腹に一人の男が張り付いている事に気付く。
男は醜悪な笑みを浮かべてヴァスケスを見上げる。
『隙だらけだったぜ……獣人なんかに気を取られてるからだぜ』
次の瞬間、ヴァスケスを激痛が襲う。
「ぐああああっ!!」
思わず声が漏れる。
男はアンソニーだった。
そしてアンソニーの手にはナイフが握られていて、その切っ先が深々とヴァスケスの脇腹を貫いていた。
『てめえらには仕返しをしねえとな……まずは、てめえからだっ!!』
アンソニーはナイフを抉る。
「ぐううううっ!!」
ヴァスケスの額に汗の粒が浮かび上がる。
『はははははは、ざまあねえな……俺はAクラスじゃねえが……てめえくらい殺す事が出来るんだぜ……はははははは』
アンソニーは勝ち誇ったように笑い声をあげる。
「(くそったれっ!!)」
ヴァスケスは激痛に耐えながら、右の腰に下げているホルスターに手を伸ばす。
ホルスターの留め具を外し、中に収めてあったM1911を取り出す。
アンソニーはヴァスケスの動作に気付いていない。
ヴァスケスは取り出したM1911のスライドを口に咥える。
右手を素早く動かし、スライドを引いて初弾を薬室に送り込む。
勝利を確信したアンソニーは、相変わらず高笑いをしている。
ヴァスケスは左腕を上げ、身体を捻って銃口をアンソニーの眉間に押し付ける。
高笑いしているアンソニーと、ヴァスケスの視線が交差する。
バンッ
『ははは……えっ』
アンソニーの眉間に小さな孔が開く。
同時にアンソニーの身体から力が抜け、後ろへとゆっくり倒れていく。
ドサッ
アンソニーの身体が仰向けのまま、草むらに倒れ込む。
ヴァスケスは倒れたアンソニーに向かって引き金を引く。
バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ!!
ガチンッ
弾倉の弾丸を全て撃ち尽くしたM1911がホールドオープンの状態になる。
ヴァスケスはボロボロになったアンソニーを見下ろしながら、嗤って見せる。
そして自分も、そのまま前のめりに草むらへと倒れ込むのだった。
◆
その銃声に最初に気付いたのはユーリだった。
「銃声ですっ!! M4じゃない銃声ですっ!!」
ユーリは思わず大きな声を上げる。
そして次の瞬間には、銃声の方向へ駆け出していた。
「ユーリ、先走るなっ!!」
アグネスがユーリの後を追いかける。
そしてその後ろをコリンが追いかける。
ユーリは草むらを掻き分けている間も、銃声が鳴り響いていた。
そして急に視界が開ける。
「ヴァスケス先輩っ!?」
ユーリの視界の先にはヴァスケスが地面に向けて拳銃を構えている姿が見えた。
そしてユーリが見ている前で、ヴァスケスの身体がゆっくりと傾いていく。
「えっ?」
次の瞬間、ヴァスケスの身体が倒れていくのが見えた。
「ヴァスケス先輩っ!!」
ユーリはヴァスケスのもとへ向かって走り出すのだった。




