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第56話 煙の向こうへ


 アンソニー達が匂いを手繰りながら草原を進んでいると、前方から数台の馬車が走ってくるのが見えた。


「……あれは、冒険者どもの馬車だ……随分と慌てているな」



 アンソニーは目を細めて馬車の動きを観察する。


 馬車はアンソニー達に近づいてくる。



 アンソニーは剣を鞘ごと引き抜くと、馬車に向かって大きく振ってみせた。


 先頭の馬車がアンソニーの動きに気付き、速度を落とし始める。



 それに倣って後続の馬車も速度を落とし、やがて馬車がアンソニーの近くまでやって来て停車した。



「おいおい、随分慌てて……何があった?」



 すると馬車に乗っていた御者がアンソニーに答える。



「野火だっ!! 奴等草原に火をつけやがったんだっ!!」


「……草原に? 火を放ったのか?」



 御者は黙って頷く。



「しかし、野火だけなら、なぜそんなに慌てている? なぜ消火しない?」


「奴らが野火の煙に紛れてやってきたんだっ!!」



「……奴らが?……そんな手段を?」



 アンソニーは御者の言葉に独り言ちる。



「で、お前達だけ逃げ出してきたのかよ?」


「ビクターが言ったんだっ……陣形を立て直すって……だから俺達は……」



 御者はバツが悪そうに言葉を濁す。



「ふん。てめえの態度で大方の事は想像つくぜ……」



 アンソニーは軽蔑したような表情で御者を見る。


 風に乗って、草が燃える匂いと、微かな煙が漂ってくる。



「今の時間帯は風が強い……大火事になる可能性が高いんだっ」



 御者はすぐにでも逃げ出そうとする。


 アンソニーは煙の上がる方向を見つめる。



「(……あいつ等は確実にあそこにいる……)」



 アンソニーの顔が醜く歪む。


 其処にもう一台の馬車が近づいてきた。



「おい、そろそろ行こうぜ……此処もヤバい」


「……ああ、そうだな……アンソニー、悪いが俺達は行くぜ?」



 御者はそう言うと、馬に手綱を使って指示を出す。


 馬はゆっくりと歩き始め、引かれていた馬車がギシギシと音を立て始める。



 アンソニーと獣人たちは馬車から少し離れた場所に移動する。


 馬車たちは次第に速度を上げて、アンソニー達から離れていく。



 アンソニーは馬車を見送った後、獣人たちに命令する。



「俺の目的も近い……行くぞっ」



 獣人たちが嫌そうな表情を浮かべても、アンソニーは全く気にする素振りがない。


 アンソニーは今までとは逆に、獣人たちを引き摺るように草原を進み始めるのだった。


 ◆


「コリン班長、ユーリッ」



 そう言いながら駆け込んできたのはアグネスだった。



「アグネス。よく合流した……ヴァスケスは?」


「ヴァスケス曹長は左側へ大きく迂回するルートを選択していました……合流するにはもう少し時間がかかると推測します」



「了解した……お前も今のうちに弾を込めておけ……準備が出来たら移動を再開する」


「イエス、マム」



 そう答えたものの、アグネスはコリンに抱きしめられているユーリを見つめる。


 その視線に気づいたコリンが答える。



「大丈夫だ……もう暫く時間を」


「……はい」



 アグネスはそう言って、少し離れた場所で装備の点検を開始する。


 コリンはユーリから身体を離すと、じっとユーリの目を見る。



「深呼吸しろ。少しは落ち着いたか?」



 ユーリは大きく息を吸う。



「……は、はい……すいません」


「謝らなくて良い……さっきも言ったが、お前はよくやった……」


「コリン班長」



 いつの間にかユーリの身体の震えが収まっていた。



「あの状況だ……お前が生き残っている事が、わたしにとって最大の成果だ」



 コリンはしっかりとユーリの目を見つめながら語り掛ける。



「よし。落ち着いたら装備を確認しろ。移動を再開する」


「……イエス、マム」



 ユーリは空になったマガジンを銃から外す。


 胸のポシェットから装填済みのマガジンを取り出して銃に装着する。



 ボルトを操作して、初弾を薬室に装填する。


 ユーリはもう一度大きく深呼吸して、セレクタを切り替える。



 空になったマガジンをポシェットに仕舞う頃には、心も落ち着きを取り戻していた。


 ふと気づくと、アグネスが心配そうに自分を見ている事に気付いた。



 ユーリはゆっくり立ち上がると、そんなアグネスのもとに近づく。



「……ユーリ」


「……ごめん……心配かけたね……」



 アグネスが立ち上がり、ユーリをぎゅっと抱きしめる。



「アグネス……」


「……この作戦が終わったら……女子会をやろう……サマンサとかフロムとかも呼んで……」



「うん……楽しみだね」



 そして二人の会話が終わるのを待って、コリンが声を上げる。



「ヴァスケスと合流するぞ」


「「イエス、マム」」



 アグネスとユーリの声が重なるのだった。



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