第55話 戦場の洗礼
その日の朝早くから移動を開始していたアンソニー達。
アンソニーと同行していた獣人の二人が急に足を止める。
「おい、急に止まるなっ」
アンソニーが文句を言うと、獣人の二人がボソボソと会話を始める。
自分を無視されたように感じたアンソニーが苛立ったように声を荒げる。
「おい、止まるなって言ってんだ」
すると獣人の一人がアンソニーの方へ振り返って口を開く。
「……この先から、焦げ臭い臭いが漂ってきています」
「ああん、焦げ臭い?」
「はい……何か枯草が燃えているような……後は嗅いだことの無いような嫌な臭いも」
その言葉を聞いたアンソニーが、無精ひげの生えた顎を撫でる。
「……何か厄介ごとが起きているって事か……」
「ただの野火かも知れませんが……」
獣人は少し怯えた様に答える。
「よい、その匂いがする方向へ向かえっ」
「えっ?」
「その『今まで嗅いだことの無い匂い』ってえのに引っかかる……奴らが絡んでいる可能性もな」
「……」
獣人たちが押し黙る。
対照的にアンソニーが饒舌に語り始める。
「冒険者たちとぶつかり合っている真っ最中かも知れねえってことだろ……ふふ、運が向いてきたぜ」
アンソニーは獣人たちの首輪を引っ張る。
「おい、急ぐぞっ、さっさと其処へ案内しろっ!!」
アンソニーの口元が醜悪に歪むのだった。
◆
ヴァスケスは煙を避けるように大きく左に迂回していた。
「(弓矢の攻撃が止まった……手榴弾が効いたか?)」
もう一度耳を澄ませて、周囲の様子を窺う。
すると今度は少し遠くから、銃を連射する音が聞こえ始めた。
「(M4の連射音……コリンかユーリか……いや、ユーリだな)」
ヴァスケスはそう結論付けると、残弾を確認する。
「(いずれにしろ、連射になったって事は、大人数と遭遇してんだろ……援護しねえとな)」
そう呟くと、移動を再開する。
草むらの中を移動していくと、遥か前方に数台の馬車が駆け抜けていくのが見えた。
その後ろを、多数の冒険者が追いかけるように走っている。
「(……逃げ出している?)」
ヴァスケスは思考を巡らす。
そしてもう一度白煙が立ち上る方向を見る。
「(火の勢いが強くなっている……風の所為か?)」
連射の音が散発的になってきた。
「まあ、いいや。考えても分からねえ……出たとこ勝負だぜ」
ヴァスケスは再び移動を開始するのだった。
◆
パパパンッ
カチンッ
弾倉内の弾を撃ち尽くした音が響く。
ユーリの指が引き金から離れない。
前方からは冒険者たちの呻き声と、悲鳴が聞こえてくる。
ユーリは銃を構えたまま、じっとその光景を見つめていた。
そして、奇跡的に銃弾を浴びることの無かったビクターもまた、立ち竦んだままユーリを見つめていた。
「(何が起こった……あっという間に……)」
今頃になってビクターを恐怖が襲う。
手足が震え、歯がガチガチと鳴る音が煩い。
ビクターは改めて認識する。
この惨状が、たった一人の人間によって引き起こされたことを。
「……バケモノ……だったのかよ……俺達が相手にしていたのは……」
そこで脳裏に浮かぶのは、Aクラスパーティのグノーシアス達からの救援要請の狼煙だった。
「……あいつ等……こんなバケモノを相手にしていたのかっ!?」
今度ははっきりと口に出して言う。
「てめえらっ、いったい何者なんだっ!!」
ビクターがユーリに向かって叫ぶ。
パンッ
その瞬間、ユーリとは別の方向から銃弾が飛んできた。
「ぐうっ!!」
銃弾はビクターの胸に吸い込まれる。
ビクターの身体がその場に崩れ落ちる。
そしてビクターの薄れゆく視界の中に、もう一人の女性が現れる。
前方で俺達を壊滅させた女と、まったく同じ格好をした女性。
ビクターは、暗くなっていく視界のなかで、二人の女達が自分の方を指さしているのを見た。
それが、ビクターの見た最後の光景だった。
◆
「ユーリッ、しっかりしろっ!!」
銃を構えたまま動かないユーリの元にコリンが駆けつける。
コリンは静かにユーリの構える銃に手を添える。
「落ち着けユーリ。銃を降ろせ……」
「……コリン……班長」
ユーリの視線がゆっくりとコリンに向けられる。
「良くやった……今のうちに弾倉を交換しておけ」
「あ、はい」
ユーリはその時になって、自分が引き金を引きっぱなしなことに気付く。
すぐに引き金から指を離そうとするが、指先が固まってうまく動かせない。
「大丈夫だ……ゆっくりやれ……そしてユーリ。もう一度言う。よくやった」
「コリン班長……」
コリンはユーリの身体を抱きしめる。
「大丈夫だ……わたしでも同じことをした……」
「班長……」
コリンはアグネスが合流してくるまで、じっとユーリの身体を抱きしめるのだった。




