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第53話 風下

「アグネスッ!! 落ち着けっ!!」



 斜め前方からヴァスケスの声が聞こえた。



「アグネスの位置から右斜め前方40メートル……そこに手榴弾を投げろっ!!」



 ヴァスケスが叫び終わると同時に、ヴァスケスのいるあたりに弓矢の曲射が集中して落ちてくる。


 ヴァスケスは素早く移動して草むらの中に身を隠す。



「右斜め……40メートルか……」



 アグネスは太腿のポケットの中から手榴弾を取り出す。


 素早くピンを引き抜き、数を数え始める。



「ワン、ツー、スリー、フォー……エイッ!!」



 アグネスは身を起こして手榴弾を投げる。


 そしてすぐに伏せる。



 再び、魔法攻撃がアグネスの頭上を飛んでいく。



 ドバアンッ



 微かに地面が揺れ、黒と茶色の混ざった煙が上がる。


 同時に激しかった魔法攻撃が止まる。



「(……念のため……)」



 アグネスは再び手榴弾を取り出してピンを引き抜く。



「ワン、ツー、スリー、フォー……エイッ!!」



 さっき投げた場所から少しズレた場所に手榴弾を投げる。



 ドバアンッ



 ヘルメットを押さえながらアグネスは前方を見つめる。


 魔法攻撃は飛んでこない。



「(……突っ込む……)」



 アグネスは中腰で銃を構えると、魔法攻撃でボロボロになった草むらに突入していくのだった。


 ◆


 ヴァスケスは草むらの中を匍匐前進していた。



「やっぱり、滅茶苦茶耳の良い奴がいやがる……そいつを倒さねえと面倒だ」



 散発的に弓矢が上空から降ってくる。



「(……くそっ、探りを入れてきやがるな……)」



 その時、ヴァスケスの背後から風が吹いてきた。



「(風が出てきた? こっちが風上……)」



 ヴァスケスは即座に行動を開始する。



「(匂いでバレる位なら……やる価値はあるだろうよ)」



 そう言って腰のポーチからスプレー缶のような形状の何かを取り出す。



「(……まずは鼻を潰させてもらうぜ……)」



 ヴァスケスは手に持った焼夷手榴弾のピンを抜いて前方に放り投げる。



「燃えろっ!!」



 ドバンッ



 白い閃光と共に、白煙が上がる。


 下草や枯草に炎が燃え移り、それが次第に大きな炎になっていく。



 湿った枯草が燃える度に、白い煙と焦げ臭い匂いが広がっていく。


 ヴァスケスは残弾のあるマガジンを外すと、フル充填されたマガジンと交換する。



「(今度はこっちの番だぜ……)」



 ヴァスケスはそう呟いて、唇を舐めるのだった。


 ◆


 冒険者連合。


 狩人と弓使いの混成部隊。


 狩人の一人が耳を澄ませる。



 地面に耳を押し付けて音を聞く。


 そして曲射する方向と距離を指示する。



「これで奴らを追い詰めたぞっ……」



 狩人は気配を察知しながら、勝利の確信に近づいて行く。



 その時だった。



 前方から複数の破裂音が響く。


 最初の破裂音は魔法使いたちが居る方向から聞こえてきた。


 微かに魔法使いたちの悲鳴や怒号が風に乗って聞こえてきた。



「(くっ、魔法使いたちがやられた?)」



 狩人は再び弓使い達に指示を出す。



「さっきよりももう少し右前方に集中して弓を射掛けろっ!!」



 バシュッ、バシュッ、バシュッ、バシュッ、バシュッ、



 弓使い達が一斉に弓を放つ。


 弓は放物線を描いて、狩人が指示した場所に襲い掛かる。



「(くそ……反応が薄い……逃げたかっ?)」



 狩人は耳以外にも、鼻を使って空気を嗅ぐ。


 その時だった。



 近くで破裂音が響き、盛大に白煙が上がる。


 下草が燃える、パチパチという音が風に乗って聞こえてくる。



「下草が燃えている……」



 狩人は目を見開いて、前方を凝視する。


 其処には巨大な白煙が立ち上り、草むらの一部がオレンジ色に輝いていた。



「やつら……火を放ったのかっ!?」



 狩人が驚愕に体を震わせていると、焦げ臭い匂いが風に乗って漂ってきた。



「まずい……こっちが風下だっ!!」



 狩人は慌てて弓使い達の方へ振り返る。



「此処は不味いっ!! 移動するぞっ!!」



 そう声を上げた時だった。


 煙の向こう側から、礫の攻撃が始まった。



 パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、


 パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、



「ぎゃあああっ!!」



 その数発が弓使いの一人に命中する。



「みんなっ!! 伏せるんだっ!!」



 狩人が叫ぶ。



 その声をあざ笑うように、濃い緑色の拳大の球体が狩人の目の前に放り込まれるのだった。


 ◆


 草原に白煙が上がる光景は、コリン達からも確認できた。



「ヴァスケスの奴め……火を放ったな。短気な奴め」



 コリンは一瞬、此処にはいないヴァスケスを叱る。



「しかし……確かに、敵中突破するなら煙幕は有効だな……」



 そう言ってコリンは腰のポーチの中を探る。


 通常の手榴弾に交じって、一つだけ焼夷手榴弾がある事に気付く。



 コリンはユーリに向かって声を掛ける。



「ユーリ、合流しろっ!!」


「イエス、マムッ」



 ユーリが周りを警戒しながら近づいてくる。



「ユーリ、ゴツイ連中は何処から現れる?」


「良く分かりませんけど……後方以外から姿を現します」



 コリンはユーリの答えに少し呆れながらも、納得する。



「ヴァスケスが火を放ったようだ……我々も火を放つ……暫く私から離れるな」


「イエス、マム」



 ユーリが頷くのを確認すると、コリンは焼夷手榴弾のピンを引き抜く。



「(燃えろっ!! そして敵を燻り出せっ!!)」



 コリンの呟きに乗せて、焼夷手榴弾が投擲される。



 ドバンッ


 バシュウ!!



 前方に煙が立ち上がる。



「ユーリ……行くぞっ!!」


「は、はいっ!!」



 コリンとユーリが立ち上がる白煙の中へと突っ込んでいくのだった。


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