第4話 社則は社則
冒険者ギルドのギルド長の部屋。
部屋の中には厳つい顔をした筋肉質の男が窓に背中を向けて座っていた。
その男の向かい側には、如何にも貴族といった男が、足を組んでソファに背中を預けている。
「おいおい、領主様を呼びつけるとは……お前も偉くなったもんだな、ゴライアス」
ゴライアスと呼ばれた男は、この街の冒険者ギルドのギルドマスターだ。
ギルド長は慇懃無礼さを隠さずに領主に答える。
「今日は御領主様に来てもらった訳じゃねえ。冒険者アンソニーの保護者として来てもらったんだ」
その言葉を聞き、領主の表情が歪む。
「倅……いや、アイツが何かしでかしたのか?」
ゴライアスは黙って頷いて見せる。
領主は大きくため息を吐くと、ゴライアスの顔を見つめる。
「そんなに……まずいのか?」
「ああ、これ以上はいくら俺でも庇いきれん……特に若い女性冒険者への態度が最悪だ」
その言葉を聞き、領主が頭を抱える。
ゴライアスは更に言葉を続ける。
「最近は、お前の権力を笠に、やりたい放題で、他のギルド員たちからも白い目で見られている」
「……そうか……」
領主はソファの背もたれに体を預ける。
「アイツは庶子なんだ……我が屋敷で働いていたメイドの子供だ……若くして亡くなってしまったが」
「甘やかしたツケが回ってきたんだ……早いとこ、なんとかしろ。このままだと、冒険者ギルドから追放だぞ?」
「……わかった……直接は関われないが、なんとかする」
「そうして欲しいものだな」
領主はゴライアスの顔をマジマジと見つめる。
「しかし、相変わらず不敬な物言いをする奴よ。儂で無かったら、即刻首を撥ねられておろう……ふふふ」
「お前とはガキの頃からの付き合いなんだ……今更、畏まれるかって」
「儂もお前に畏まれたら、気持ちが悪くてかなわんわ……」
そう言って、机に置かれたカップの茶を飲む。
「……相変わらず、茶葉だけは目利きが利くな……これはウェリントン物だろう……金貨一〇枚といった所か」
「惜しいな、十五枚だ。最近は茶葉も高いからな」
「ふん。酒も飲めないくせに」
「だから茶を飲んでんじゃねえか……この飲んだくれ領主が」
ゴライアスも机の上のカップを口に運び、ゴクリと茶を飲む。
そこで話題を変える領主。
「……最近、面白い連中がギルドに来ているそうじゃないか?」
「ぶふぁっ」
ゴライアスが口に含んだお茶を吹きだす。
「……てめえ……」
ゴライアスが口を拭いながら領主を睨む。
「ふん。で、何者なんだ?」
「知らん。二週間ほど前にフラっとやって来て、素材の売却だけしていく……ギルドには加盟してない連中だ」
「ギルドに加盟していない……なぜ?」
「知らんが……『副業は禁止されている』とかほざいてたな」
「何だそれは……冒険者なら副業くらい当たり前だろう?」
「何でも、『会社』に属しているんだそうだ……『会社』が何か知らんが」
「ふーむ」
領主は腕を組んで考え込む。
「何でそんな事を気にする?」
「……他国の間者かも知れんからな……」
「探られて困る事でもあるのかよ、こんな田舎領主領の」
「我が領はこれでも王家の信頼が厚いんだ……」
そう言ってから領主は立ち上がる。
「まあ、もう少し様子を見よう。何かあったら教えろ。いいな」
「……わかったよ。どうせ奴らはギルド員じゃないからな」
領主はその答えを聞くとニヤッと笑ってゴライアスに背中を向ける。
「気が向いたら、我が屋敷に来い。酒ぐらい奢ってやるぞ?」
「だから、俺は下戸だって知ってんだろ」
「ぶははははは」
領主は豪快に笑いながら、ギルド長の部屋を出て行った。
残されたゴライアスはもう一度思い出してみる。
「(たしかにアイツら……どこから来たんだ……)」
ゴライアスがいくら考えても、もっともらしい答えにはたどり着けなかった。
◆
ユーリたちは街の中ではなく、草原と森の近くの水場にテントを張って、宿営地としていた。
「今日は美味しそうな野菜をいっぱい買えたんで、シチューかポトフにしましょう」
ユーリが竈の前で気合を入れていると、ヴァスケスがつまらなそうに口を挟む。
「肉にしろよ、肉。あのイノシシの肉、分けてもらったんだろ?」
「駄目ですよ。肉ばっかりじゃ栄養が偏るじゃないですか?」
「うるせえな。お前はオレのおかんか?」
「おかんじゃないですけど、ヴァスケス先輩みたいな子供は嫌です」
「てめえ……」
ユーリとヴァスケスがじゃれていると、コリンがヴァスケスを呼ぶ声が聞こえた。
「ヴァスケス、ちょっと話がある」
「はいよ。……ユーリ、この決着は飯の後だ」
「むう……」
ヴァスケスは中指を立ててユーリを挑発してから、コリンのもとへ向かう。
「もう、いつもご飯の係をあたしに押し付けてくるくせに、メニューの文句ばっかりなんだから」
ユーリが怒っていると、アグネスが味見と称して、つまみ食いをしている。
「アグネス、駄目だよ。まだ煮えてないでしょ」
「いやあ、良い匂いだなって思ったら……ついね」
そう言いながら、大きなニンジンを口に放り込む。
「もぐもぐ……この世界の人参も結構旨いね……」
「アグネスは警戒任務中でしょ。ちゃんととっておいてあげるから、仕事に戻りなさい」
「イエス、マム」
アグネスはおどけた敬礼をしてから、再び警戒任務に戻っていった。
「……もう、この班でまともなのはあたしとコリン班長だけだね……」
ユーリはそう独り言を呟くと、大きなスープ鍋の中身を掻きまわすのだった。
◆
「何だよ、話って」
ヴァスケスはコリンのテントに入ると、遠慮もせずに折り畳み椅子に座り込む。
コリンは立ったまま、黒い手帳を見つめている。
「そろそろ補給に行かないと拙い……特に、弾薬が思いの外早く消費されている」
「……ユーリがぶっ放すからな」
「お前もだ、ヴァスケス」
コリンがジロッとヴァスケスを睨む。
「大口径弾の消費が激しい……まあ、これは状況的に致し方ないんだが……」
「じゃあ、どうする。明日あたり、あそこに行くのか?」
「そうだな。予定より二日早いが仕方ないだろう……」
「わかった。奴らには飯の時に伝えればいいだろう?」
「そうだな……」
コリンはそう言って黒い手帳を胸のポケットに仕舞う。
その様子を見ながら、ヴァスケスがコリンに尋ねる。
「隊長たちもこの世界にいると思うか?」
「……」
「こんだけ通信しても、応答が返ってこない……そろそろ覚悟を決めろよ」
「……覚悟は決まっている……しかし、社則は社則だ」
「社則か……意味ねえと思うがね」
ヴァスケスは呆れたように両手を広げる。
「まあ、そっちは置いておいて、明日は補給で問題ねえよ」
コリンは無言で頷く。
「話はそれだけか?」
「ああ」
「じゃあ、俺は行くぜ。ユーリと決着をつけてくる」
「あんまりやり過ぎるなよ」
「アイツ次第だぜ……じゃあな」
そう言ってヴァスケスがテントを出て行く。
コリンは今までヴァスケスが座っていた折り畳み椅子に腰を下ろす。
そして、明日の計画を思案するのだった。




