第33話 アンソニーという男
領主の婚外子であるアンソニーは、ギルドに隣接する飯屋で昼間からエールを煽っていた。
「ちっ……面白くねえ……」
アンソニーはこの街でそれなりに上手くやっていた冒険者だった。
真面目ではないが、そこそこの実力と、領主の子供という立場を利用して、他の冒険者から一目置かれていたのは事実だった。
そんな立場が危うくなったのは、あの銀尾狼を狩ってきた怪しい女達に絡んでからだった。
解体場に持ち込まれた七匹の銀尾狼。
その尻尾は銀糸で出来ているかのように輝き、そして柔らかい。
一匹だけでも金貨十五枚の値が付く。
それが七匹も同時に持ち込まれたのだ。
しかもその七匹全てを、同じパーティが狩ってきたという。
「そんな出鱈目な話があるかっ?」
アンソニーは思わず解体場の受付の男に食って掛かった。
「出鱈目じゃねえよ……これを見ろ」
男はそう言って一匹の銀尾狼を持ち上げる。
「何処にも剣の跡がねえだろ? 唯一の痕跡がこれだ」
男は銀尾狼の首筋を指さす。
其処には小さい焦げたような穴が一つだけ開いている。
「あいつらの魔道杖の礫の跡だ……此処に持ち込まれた七匹全部にこの跡がある……これがどう意味か分かるだろ?」
男は呆れた様に両手を広げる。
アンソニーはその男の態度に、眉を顰める。
「違うぜっ!! この銀尾狼の群れは、おれ達が追いかけていたんだっ!! 奴らが横からかっさらったんだっ!!」
「……またそんな事を言い出して……いい加減、人の獲物に難癖をつけるのは止めた方が良いぞ?」
「うるせえっ!! これは元々俺達の獲物だったんだっ!! 奴らが汚い真似をして盗んだんだっ!!」
「そんなに言うなら、本人に言えよ。まだギルドにいると思うぞ?」
「くそっ……おい、その解体済みの尻尾を寄越せっ!!」
「おいおい、持ち逃げするなよ……ギルド長に報告するからなっ」
「やりたきゃやれよっ!!」
アンソニーはそう言うと、尻尾を握ってギルドの中へと飛び込んでいったのだ。
◆
アンソニーはエールのジョッキをテーブルに叩きつける。
「くそっ……あの女どもめ……人の事をボコボコにしやがって……」
そう呟くと、あの日の出来事を思い出す。
◆
アンソニーはギルド内で女達を見つけると、さっそく恫喝を行う。
大抵の冒険者なら、此処で引き下がるのだが……一番弱そうな女はアンソニーの恫喝にも全く動じない。
それどころか、正論をかましてきた挙句、アンソニーを無視して受付の女と話を始める。
怒りを抑えきれず、思わず女の肩を掴むと、女は生意気にも警告してくる。
痛めつけようとしたら、逆に肩を捩じり上げられて動く事も出来ない。
騒ぎを聞きつけたギルドマスターがその場に現れて、アンソニーは事態の逆転を確信する。
「(ギルドマスターは親父の幼馴染だ……今までだって、散々俺の尻拭いをしてきた)」
アンソニーはギルドマスターに連れられ、ギルドマスターの部屋に連れ込まれる。
そこでアンソニーは、銀尾狼の件について、ある事無い事を捲し立てた。
「あの女、俺の獲物を横取りした挙句、俺に暴力を振るってきたんだぞっ、領主の息子である俺にっ!!」
ギルドマスターは困った表情を隠さず、アンソニーの話を聞いている。
「あいつ等が俺に直接謝罪しなきゃ、どうなるか分かってんだろうなっ!?」
アンソニーの言葉に、ギルドマスターはアンソニーを憐れむような目で見る。
「(くそっ……あの目だ……人を憐憫の目で見やがって……)」
「いいなっ、謝罪が無ければ、辺境伯に対する不敬罪だと伝えておけっ!!」
アンソニーはそう言って、ギルドマスター室を飛び出す。
「(ふん……これでアイツら謝罪してきたら……どうしてやろうかっ?)」
しかし、アンソニーの思惑は外れ、女達は辺境伯との対立を選択するのだった。
◆
「くそっ、あいつら馬鹿だろっ!! 辺境伯相手に……貴族相手に喧嘩して勝てると思ってるのかよっ!?」
アンソニーはエールを口に含んで、一気に飲み干す。
「あれ以来、冒険者たちの、俺を見る目が完全に変わった……」
最近は、アンソニー達を見ても挨拶どころか、蔑む様な目で見てくる連中も増えた。
「……くそっ……この状況を何とかするには……あいつ等を何とかしなきゃならねえ……」
しかし、噂では辺境伯騎士団に打ち勝った……などという信じがたいものまである。
そして、あの女達の手配書が貼られた。
「これで、あいつ等もお終いだ……この街の冒険者全体が敵に回る……ざまあ見ろだ」
アンソニーはこの時、裏付けの無い優越感に浸る。
それは『草原の風』と『魔道の頂』が負けたという話を聞くまでの……短い時間だった。




