第31話 捕虜の解放
翌朝。
草原の向こうに朝日が昇る。
ユーリは目を擦りながらヴァスケスとコリンの元に向かう。
「おはようございます……〇五〇〇です」
「うん。御苦労。変わりはないか?」
既に起床して、着替えまで済ませたコリンが尋ねる。
「はい。異常なしです」
「『魔道の頂』の連中は起きているのか?」
「はい。怪我人たちは寝ていますが……魔法使いの皆さんは起きてます」
「よし。ユーリついてこい」
「はい」
コリンはユーリを伴って『魔道の頂』の馬車に向かう。
『あ、ユーリさん。おはようございます』
僧侶のソフィアが近づく二人に気付いて、朝の挨拶をしてくる。
『おはようございます』
ユーリは丁寧に頭を下げ、コリンは手で挨拶を返すと、ユーリにクリスを呼んでこさせる。
「ユーリ、クリス達を此処に」
「イエス、マム」
ユーリは馬車の陰で休んでいるクリスとアデレードを呼びに行く。
その間に、コリンは横になっている三人に近づく。
一瞬、ソフィアが警戒するが、コリンが手を振って敵意の無い事を示す。
コリンはダロスの首筋にそっと手を当てる。
「……脈拍も落ち着いているようだな……こっちはどうだ?」
今度はエレナの首筋に手を触れる。
「多少弱い気がするが、脈拍は落ち着いているな……これなら馬車で運べるか」
コリンが独り言を呟くが、ソフィアには理解できない。
其処にクリスとアデレードが連れて来られる。
「ユーリ、捕虜を解放する……拘束を解いて構わん」
「え……あ、はい。今すぐに」
ユーリはソフィアとアデレードの猿轡を外してやる。
『ああ……顎がおかしくなっちゃったわよ』
開口一番、クリスが文句を言う。
『クリス……』
アデレードがクリスの名前を呼んで窘める。
「手首の拘束も外してやれ」
「は、はい……」
ユーリは腰に投げていたナイフを取り出すと、手首を拘束している結束バンドを切り落とす。
『はああああ……もう、痕がついちゃったじゃない……』
クリスが手首を摩りながら文句を言う。
「約束通り、お前たちを解放する……怪我人たちも、移動に耐えられそうだしな」
ユーリがコリンの言葉を伝えると、クリスが目を丸くする。
「どうした? 昨日約束したろ……明日の朝、解放すると」
コリンがそう言うと、クリスは苦笑する。
『馬鹿正直に約束を守るなんて……貴女、少しおかしいんじゃない?』
『クリスッ』
ソフィアがクリスの腕を掴むが、クリスは口を閉じない。
『何なら、今此処で魔法を発動させてみましょうか?』
クリスが不敵に微笑むと、コリンは涼しい顔で受け流す。
「構わないぞ……対策はしてあると言ったはずだ」
『なに…‥』
コリンはポケットからペッパースプレーを取り出すと、クリスの口に目がけて噴射させる。
ブシュッ
『ゲホゲホッ、グエエエッ』
クリスが口を押えてえずく。
「これで暫く声が出せないぞ? 声が出てなきゃ詠唱は出来ないんだろ?」
そう言って今度はアデレードの方にスプレーを向ける。
その瞬間、アデレードは地面に蹲ってしまう。
『魔法は使いませんっ!! 使いませんから、ご勘弁をっ!!』
地面でのたうつクリスと、ひれ伏しているアデレードを見下ろしながら、コリンは満足そうに頷く。
そんなコリンを、ユーリとソフィアは、恐ろしい物でも見るような目で見ていたのだった。
◆
クリスは仲間から貰った水で、何度もうがいをしている。
『あぢつ、ばばあがんばんもっ!!(あいつ、馬鹿じゃないのっ!!)』
すっかり喉を腫らせたクリスは、まともに喋る事も出来ない。
そんなクリスをアデレードが慰めている。
「下手な挑発をするからだ……大人しくしていればいいものを」
コリンは狡猾な笑みを浮かべてクリスに話し掛ける。
「(実はこの二人。相性が良いんじゃないかな……)」
ユーリがそんな事を考えていると、ソフィアが話しかけてきた。
『ユーリさん。お仲間に火傷を負われている方がいらっしゃいますよね?』
「え、うん。あの凄い奴を食らった時にね……避けきれなかったって言ってた」
『今朝、皆で相談したんですけど……よろしければ、わたしをその方の元に連れて行ってくれませんか?』
「へ?」
『決して、ユーリさんの仲間の方を傷つける事はしませんから』
そう言われて、ユーリは思わずコリンの方を見る。
どうやらソフィアとの会話は聞かれていたようで、コリンはハンドサインで『行け』と指示してきた。
ユーリはハンドサインを見ると、ソフィアに向かって頷いた。
『こっち……案内する』
◆
ユーリとソフィアが馬車から少し離れた場所にやってくる。
其処には草むらを刈り取った小さな場所に、尻から下を露にした大柄の女性が俯せで横たわっていた。
「あ、ユーリ……って、そっちの人は誰?」
アグネスが思わず警戒する。
「あー、色々あってね……ちょっと待って」
そう言ってソフィアに話し掛ける。
『この子が火傷した子……だよ』
『すいません……近づきますね』
そう言ってソフィアがアグネスに近づく。
「うわ、何だよ……ユーリ説明しろっ!?」
「ごめん……あたしも良く分からないんだ」
「何だとっ!?」
混乱するアグネスをしり目に、ソフィアはお尻に掛けられていた布をはぐ。
『酷い火傷ですね……でも、これくらいなら……』
そう言ってソフィアは、アグネスの火傷痕に手を翳して詠唱を始める。
『……この者の傷痕を癒したまえ……ハイ・ヒール』
ソフィアの手から金色の光が溢れ、アグネスの火傷痕が緑色に淡く光りだす。
小さな光の弾が弾けるように踊りだすと、ゆっくりとアグネスの火傷の跡が綺麗になっていく。
「すごっ……魔法って凄いね……」
「あたしからは何も見えないんだけど……」
暫くソフィアが念じていると、アグネスの火傷の痕はほとんど消えてしまった。
『ふう……何とかなりましたね……』
その言葉を聞いて、ユーリがアグネスに尋ねる。
「アグネス……お尻の具合はどう? 痛くない?」
「尻、尻って言うなっ!! あれ、でも痛くない……あれ?」
アグネスは身体を捻って、自分の尻と太腿の裏を触る。
「痛くない……っていうか、つるつるになってるっ!?」
「うん……火傷の痕が……治ってるよっ」
「マジ?」
「まじだよ……アグネス」
アグネスはいきなり立ち上がると、ソフィアに抱き着く。
「キャッ!!」
大柄なアグネスに抱きしめられて、胸の中で苦しんでいるソフィア。
「アグネス。ダメだよ、そんなに抱きしめちゃ。苦しがってるって」
「ああ、ごめん……嬉しくって……つい」
アグネスは慌ててソフィアの身体を離す。
ソフィアは呼吸を整えてから、アグネスに向かって微笑む。
『火傷の記憶が魂に紐づく前に治療できてよかったです……記憶と紐づくと、火傷の傷は治っても傷痕が残ってしまうので』
「……へえ……そうなんだ」
ユーリはソフィアの言葉が良く理解できていなかった。
ただ、友人の傷を治してもらったことが、すごく嬉しかった。
◆
『今朝、皆で相談したんですよ。もし、解放されたら、一つだけ借りを返しておこうって……で、それなら火傷をした方の治療が良いんじゃないかって』
『そうなんだ……ありがとう』
『いえ、ユーリさんはエレナを助けてくれたじゃないですか?』
『いやいや、エレナの怪我はあたしの所為だし、エレナを助けたのも自己満足とか偽善とかだし……』
『それでもです……貴女がエレナを運んできてくれなかったら、エレナは助かりませんでした』
ソフィアの真っすぐな視線に、ユーリは恥ずかしくなって顔を背ける。
『……あたしの事はともかく……アグネスを助けてくれて……ありがとう』
『はい。これで借りを一つ返しました』
ソフィアはそう言って、優しく微笑むのだった。




