第29話 それぞれの正義
コリンがクリスから情報を聞き出していると、ヴァスケスがアグネスを背負って現れた。
「アグネスッ、大丈夫っ!?」
思わずユーリが声を掛ける。
アグネスは答える代わりに小さく手を上げて見せる。
「ユーリ、アグネスが心配なのは分かる。だが、今は尋問が先だ」
「……イエス、マム」
「話をまとめると、お前たちと同格のパーティが三、四組。前回の連中クラスが十パーティ……後は実力もないのに金目当ての連中か……一パーティ五人として、冒険者たちだけで百人くらいになる計算か」
「中隊レベルですね」
「これに騎士団が加わるとみて良いだろう……」
「騎士だけで三百人くらいって言ってましたよ?」
「単純計算で四百人近い人数を相手にするのか……」
「何、面白そうな話をしてんだ?」
空気を読まないヴァスケスが話に乱入してくる。
「そいつらから情報を聞き出しているんだが、冒険者と呼ばれる連中が約百人。騎士団が三百人だとさ」
「そうか……一人頭百人か……結構大変だな」
ヴァスケスはそう言ってケラケラ笑う。
「笑い事か……たった五人のパーティ相手でこれだぞ?」
「アレ使えばすぐじゃねえか?」
そう言ってヴァスケスが狡猾な笑みを浮かべる。
「アレは最後の手段だ……燃料の問題もある」
「コリンは考えすぎなんだよ。それに最後の手段っていうが、オレ達にそんな余裕あんのかよ?」
「……」
コリンは黙ってヴァスケスを見つめる。
ヴァスケスも引く気が無いのか、コリンの目をじっと見つめる。
視線を先に逸らせたのはコリンだった。
「確かにな……選択肢の一つに入れておく」
「……」
ヴァスケスは何も言わずにクリス達に視線を移す。
「さて……どうしたものか……そろそろ決めないとな」
コリンは再びクリスに近づいて行くのだった。
◆
「結局、あの後は大した情報を得られませんでしたね」
「ああ。魔法の説明は何度聞いても良く分からなかったな……」
ユーリとコリンが『魔道の頂』から少し離れた場所で会話していた。
「しかし、時間を取られた……今日の所は、我々も此処に宿営地を構えるか……」
「あの人たちも怪我人を抱えている所為か、すぐには移動したくないみたいでしたしね」
「連中にもそう伝えてこい。余計な事を考えるなとも言っておけ」
「イエス、マム」
ユーリはそう言って、馬車の近くで固まっている『魔道の頂』に駆け寄っていく。
その背中を見ながら、コリンがヴァスケスを呼ぶ。
「ヴァスケス、ちょっと来い」
「何だよ……少しくらい休ませろよ」
ヴァスケスは文句を言いながらコリンの元にやってくる。
「ヴァスケス……今日は此処で野営する……あまりやりたくないが、奴らの怪我人を人質にとる……頼めるか?」
「憎まれごとはヴァスケスに任せろってか?」
ヴァスケスが自虐的な笑みを浮かべる。
「すまんな……あのクリスという女ともう少し話がしたいんだ……」
その言葉にヴァスケスは両手を広げる。
「分かったよ……一晩位は何とかなるだろ」
「助かる」
ヴァスケスはコリンの言葉に軽く手を上げて、馬車の方に向かって歩いていく。
コリンは馬車の方を見つめて呟く。
「潰し合いはお互いに避けたいはずだ……いや、甘いのか……」
コリンの呟きが夕闇に溶けていく。
◆
馬車の近くには二人の男と、一人の女が横たわっている。
男はダロス、そして先程回収されてきたグレンだ。
そして女は斥候のエレナ。
皆、ソフィアの治療魔法のおかげで、何とか一命を取り留めていた。
魔力切れの所為か、真っ青な顔をして座り込んでいるソフィアに、ユーリが近づいてくる。
『……ユーリさん』
ソフィアがユーリの名前を呼ぶ。
『どう? みんなの具合は』
『今は落ち着いています……でも、できれば早く街に戻ってもっと高位の治癒魔法を掛けて上げたいですね』
『……クリスさんはどんな感じ?』
『相当怒ってます……まあ、魔法使いですから、あの処遇は仕方ないと分かっていますが……』
ユーリがクリスの方へ視線を向けると、其処には猿轡をされ、手を後ろ手に縛られたクリスの姿があった。
『攻撃魔法を打ち込まれると怖いからね……』
ユーリが呟くと、その言葉が聞こえたのか、クリスがユーリを睨みつけてくる。
ユーリはクリスを見つめながら、ソフィアに話し掛ける。
『今日はこのまま、一緒に野営してもらう……下手な行動はしないで欲しい……お互いの為にね。とはいっても、まともに動けるのはソフィアさんと御者さんくらいだけど』
『わかりました。御者にも言っておきます』
ユーリとソフィアが話をしていると、ヴァスケスが姿を現す。
「話は済んだか?」
「はい……って、先輩、それは?」
「見りゃ分かるだろ……クレイモアだ」
「何をするんです?」
「ん? こうするんだよ」
そう言ってヴァスケスは、クレイモアを横たわっている三人と、馬車に向けて設置し始める。
「そ、そんなっ!!」
ユーリが慌ててヴァスケスの腕を掴む。
「そこまでしなくたって良いじゃないですかっ!? この人達は動けないんですよっ!?」
「ちっ、手を離せよ……」
「嫌ですっ、そんな酷い事良くできますねっ!?」
「ウルセエなっ、手を放せって言ってる!!」
ヴァスケスはユーリの手を乱暴に払いのける。
「あうっ」
ユーリがバランスを崩し、地面に倒れ込む。
「おい、ユーリ。てめえ、何か考え違いをしているようだなっ!!」
ヴァスケスはそう言って、ユーリの胸ぐらを掴み上げる。
「てめえ、調子に乗ってるようだから、この際きっちりさせようぜ」
「せ、先輩……」
「ヴァスケス軍曹だ。クソルーキー。言葉遣いも忘れたかっ!?」
「……」
「返事はどうしたっ!? ああん、上官様に返事も出来ねえのかっ!?」
「……ノー、マム」
「いいか……思い出せ。今、てめえが身に着けている装備や軍服、そして下着に至るまで、誰が用意しているっ!?」
「カ、カンパニーです。マム」
「だろうっ? てめえがこうやって生きていられるのは全て会社のおかげだろうがっ!!」
「イエス、マム」
「てめえに訓練を受けさせて、給料まで払っているのは誰だっ!?」
「カンパニーです。マム」
「お前が同情しているこいつらは敵なんだぞ……分かってんのかっ!?」
「イエス、マム」
「オレは上官の命令でこれを行っている。それは会社の命令と同義だ……てめえのつまらねえ感情で邪魔するなっ!! 分かったかっ!!」
「……イエス、マム」
ユーリの胸ぐらを掴んでいたヴァスケスの手が離される。
「ユーリ。あの魔法使いを連れてコリンの所へ行け」
「……はい」
「復唱しろっ!!」
「はいっ、ユーリは魔法使いを連れてコリン班長の元へ向かいます」
「行けっ!!」
「イエス、マム」
ユーリは顔を歪ませながらクリスの元へ移動していく。
その背中を、ヴァスケスは静かに見つめていた。




