第2話 異世界でも副業禁止
ユーリたちは異世界転移者である。
民間軍事会社ブラッドフィールドの社員である彼女たちは、アフガニスタンでの難民支援プログラムの食糧支援の護衛任務中に、この世界に飛ばされた。
そして今、先程討伐した巨大イノシシの運搬準備に格闘していた。
「内臓と血を抜いても、まだ三百キロくらいありそうですね……」
ユーリはイノシシにラチェットベルトを巻いていく。
「後部座席と荷台を使えば載るんじゃないか?」
アグネスが荷物を移動させながら答える。
「だね。でもその代わり、あたし達が歩きだよ……勘弁してほしい」
「別に捨てて行っても良いんだぜ?」
ヴァスケスがユーリの頭を叩く。
「痛っ」
「痛くねえよ。ヘルメット被ってんだろ」
「うー」
「ほらそこ、じゃれてないで、ベルトにウィンチを接続して」
「はーい」
ユーリがベルトにウィンチから伸びるワイヤーを巻き付ける。
「おっけー」
ウィイイイイイイイ
強力なモーターによって、ウィンチがワイヤーを巻き上げていく。
少しずつイノシシが引っ張られてズルズルと動き始める。
コリンは三人がワイワイやっている姿を横目で見ながら思案する。
「(……確かにヴァスケスが言うように既に二週間……まったく通信が繋がらないとは思わなかったな……)」
コリン達は砂嵐に襲われる直前、本隊とは別に行動していた。
というのも、八輪のタイヤを持つ巨大な装甲車、「ストライカー」を輸送する任務に就いていたからだ。
そのストライカーは今、後方に見える森の中に偽装して隠してある。
「アイツは大飯ぐらいだし……この世界じゃ化石燃料なんて手に入らないからな」
そして再びバギーを見る。
「アイツの燃料もすでに半分を切っている……ジェリ缶があと一つ……」
コリンの表情が歪む。
「燃料もだが……補給が利かない今、弾薬だって有限だ」
自分たちの優位を保つものが、日に日に目減りしていくのを見るのは、結構なストレスだった。
そんな事を考えていると、ユーリが自分を呼ぶ声が聞こえた。
「コリン班長、助けてくださーい。重くて持ち上がりませーん」
見ればイノシシが半分だけバギーに乗って、残りは地面から離れていない。
「三人じゃ無理ですー」
コリンは苦笑しながらバギーに近づく。
「三百キロとして、一人七十キロ強か……おい、腰を痛めるなよ」
「「はい」」
「それ、押せっ!!」
「「「エイヤッ」」」
そして格闘すること数十分。
イノシシは下半身をはみ出させながらもなんとかバギーに乗せる事が出来た。
「ユーリ、お前は先行してこいつを何とかして来い。我々は歩いて追いかける」
「えー」
「ユーリ、復唱しろ」
「は、はい。ユーリは先行してイノシシの売却を行ってきます」
「よし、行け」
「イエス、マム」
そう言ってユーリはバギーを発進させる。
後には三人が残される。
「おい、班長さんよ……結構な距離があんだぞ?」
「仕方ないだろう。こっちの言葉を話せるのはユーリしかいないんだから」
そう言われたヴァスケスが顔を顰める。
「でも不思議ですよね。ユーリだけが会話できるのって」
アグネスがユーリが走り去った方を見ながらそう言うと、ヴァスケスがすぐに文句を言ってきた。
「アイツはおかしいんだよ。大体、金髪で碧眼のくせに日本人って……ふざけてんのかっ?」
「まあ、色々あるみたいですよ」
アグネスとユーリは同期入社なので、その辺の事情は少し聞いていた。
「それにアイツのフランス語……超下手糞だぞ……英語も下手だけど……うちの会社の本社はフランスだぞっ!?」
「はははは」
アグネスが乾いた笑いで返す。
「まあ、イノシシに関してはユーリに任せておくしかないんだ」
コリンが二人に話しかける。
「とにかく街へ急ごう。暗くなると厄介な奴らが出てくるからな」
「「イエス、マム」」
そして三人は、前方に見える城壁都市を目指すのだった。
◆
一方のユーリ。
バギーを走らせ、今は城壁都市に入る為の行列にバギーを並べていた。
馬もいないのに動くバギーを見て、周囲の人たちが驚愕と畏怖の混ざった視線でユーリを見つめる。
「……さすがに二週間近くこの視線に晒されると、慣れてくるもんだね」
ユーリは涼しい顔で運転席に座っている。
列が少しずつ動き、やがてユーリの順番になる。
『やあ、ユーリ。凄いの獲ってきたな……』
顔なじみになった門番がバギーに乗せられた大きなイノシシを見てびっくりしている。
『草原に居たらこいつが襲い掛かってきたんで、返り討ちにしてやったんですよ……あたしじゃないけど』
『ああ、あのおっかない姉ちゃんだろ……こんなでかいのもやっつけるんだ……絶対に近寄らない様にしよう』
『ははははは』
ユーリが乾いた笑いで返す。
『あ、そうだ。後から三人が来るから、先に三人の入街税も払っておくね』
ユーリはダッシュボードの中から革製のきんちゃく袋を取り出すと、中から銀貨を五枚取り出す。
『四人分と、一台分で銀貨五枚ね』
そう言って門番の掌に銀貨を乗せる。
『確かに受け取った。しかし、毎回入街税を払うくらいなら、ギルドに登録したらどうなんだ?』
『あたしたち、もうすでに別の会社の社員だからね……ギルドの依頼なんて受けたら会社に怒られちゃうんだよ……副業禁止だから』
『ふくぎょう? まあ、いいや。気を付けて行けよ。揉め事を起こすなよ』
『分かってるって。じゃあね』
ユーリはそう言ってバギーを発進させる。
門番はその後姿を見送ると、すぐに次の来訪者の対応を始めるのだった。




