第16話 賞金首
トラバスタ辺境伯領。
領都の街にある冒険者ギルド。
その受付に、明らかに冒険者ではない者がいた。
「この手紙をギルドマスターに渡して欲しい。御領主様からの手紙だ」
明らかに貴族の家令といった身なりの男性が、カウンターの向こう側にいるマリアに手紙を差し出す。
「か、畏まりました……今すぐの方が良いですか?」
「御領主様は気の長いお方ではないのでな」
「わ、わかりました。少々お待ちください」
マリアはそう言うと、すぐさま背後の階段を駆け上っていく。
「マスター、ギルドマスター、大変ですぅ!!」
冒険者たちは、マリアの慌てぶりを見て、何事かと怪訝そうな表情を浮かべる。
その中でトラバスタ家の家令だけが涼しい顔で冒険者たちを眺めていた。
◆
「まったく……もう、問題発生かよ……ギルドは中立だって言っておいたのにっ!!」
ギルドマスターはマリアから手渡された手紙を読むなり、大声を上げる。
「し、下で御領主様の使いの方がお待ちです……どうしましょう?」
マリアが青い顔をしてギルドマスターに尋ねる。
「ちっ、今行く……いや、領主邸に行った方が良いか……いずれにしろ下に行く。待たせておけ」
「ひゃ、ひゃい」
マリアは噛みながら返事をすると、ギルドマスターの部屋から飛び出していく。
残されたギルドマスターは、もう一度手紙の文面を読み直すと、大きなため息を吐くのだった。
◆
ギルドマスターが手紙を読む二時間ほど前。
トラバスタ辺境伯の屋敷では、領主を前にアビゲイル騎士団長が冷静に、今回の一件を報告していた。
しかし、アビゲイルの報告を聞くに従い、トラバスタの機嫌が悪くなっていく。
「軍用犬二頭に軍馬五頭が犠牲になったというのかっ!?」
「はい。想定以上に厄介な敵です」
「ふざけるなっ!! 何故追撃しないっ!?」
「敵の実力が見えないうちに戦力を投入するのは危険です」
「ぐぐっ、敵は四人と聞いておるっ!! たった四人に臆するのか、貴様はっ!?」
「そのたった四人に、これほどの被害を被ったのです……策の見直しが必要です」
その言葉を聞いたトラバスタが、机の上にあったものを全て薙ぎ払う。
高価な食器が床に落ちて割れる音が響く。
「たった四人に面子を潰されて、おめおめ戻ってきたのか貴様はっ!!」
「……ご理解ください、御領主様。騎士達は駒ではないのです……命を粗末にするような真似は出来ませんっ」
「貴様っ、儂に意見する気かっ!?」
「御領主様……お気を鎮めください……策を練り直す必要があると申し上げているのです」
「やかましいっ!! 貴様には失望したわっ!! 出て行けっ!! 貴様の顔など見たくもないわっ!!」
「……御意……」
アビゲイルは静かに頭を下げる。
そしてゆっくり立ち上がり、領主に背中を向ける。
その顔は苦渋に歪んでいるのだった。
◆
冒険者ギルドの紋章が描かれた馬車が、領主邸の中へと入っていく。
玄関の前には数人のメイドと家令が整列して待機している。
馬車が正面玄関の前に停車し、中から大柄な男が姿を現す。
家令が一歩だけ前に出ると、慇懃に頭を下げる。
「お待ちしておりました……御領主様がお待ちでございます」
「……」
ギルドマスターは面白くなさそうに顔を顰める。
しかし家令はそんな事を気にする素振りもなく、玄関の扉を開ける。
そしてギルドマスターを先導するように応接室へと案内するのだった。
◆
応接室。
ギルドマスターはソファには座らず、窓際に立って領主を待つ。
暫くののち、扉がノックも無しに開かれた。
「待たせたか?」
「いや、別に……」
ギルドマスターは立ったまま答える。
トラバスタはソファに座り、大きく脚を組む。
「今日はお前に頼みたい事があってな、わざわざ来てもらった」
「……俺を呼びつけるくらいだから、相当な要件なんだろうな?」
「ああ、まあ座れ」
ギルドマスターは渋々といった態度で領主の前に座る。
「結論から言う……あの女どもに懸賞金を掛ける」
「なに?」
ギルドマスターが領主を睨みつける。
本来ならばそんな不遜な態度は許されないが、領主は気にした風もなく言葉を続ける。
「我が騎士団に損害が出た……勿論やったのはあの女どもだ」
「騎士団との揉め事なら、御領主様と騎士団で解決すべきでは?」
「ふん。それが上手くいかん。アビゲイルの奴が及び腰でな……アイツの策を待っている余裕などないのだ」
「それで冒険者ギルドかよ……俺は前にも言ったろ、ギルドは中立だと」
「ふん。知った事か。お前たち冒険者は金の為に命を張るのだろう? その金を用意してやると言っているのだ」
「状況が分からんが……話し合いで解決できんのか?」
その言葉に領主の表情が一転する。
「貴族の面子を潰されたのだっ!! 貴様らが暮らす、この辺境領の貴族の顔をっ!!」
ギルドマスターは表情を変えず、領主の顔を見つめる。
「どいつもこいつもっ!! 誰の領地に暮らしていると思っているのだっ!! この儂の領地だぞっ、その領地の領主の儂の顔に泥を塗ったのだぞっ!!」
「……」
「あいつらは何か罪を犯したのか?」
「辺境領騎士団の軍用犬や軍馬を殺害したのだ……これが犯罪で無くてなんとするっ!!」
「それは結果だろう? そうではなく、騎士団が出張る程の犯罪があったのか、と聞いている」
「……奴らは我が領に対して利敵行為を行ったのだ」
「だから何を」
「……騎士団への諜報活動だ……」
「ふむ……それは証明が難しいな……俺からしたら、御領主様が冤罪を吹っかけているようにしか見えんがな」
「言葉を慎め……平民風情が」
「ふん、幼馴染じゃなかったのかよ」
するとトラバスタは狡猾な笑みを浮かべる。
「何だったら、非常事態宣言をしても良いのだぞ、ゴライアス。 非常時における強制徴収付きでな」
「貴様……」
二人の男が机を挟んで睨みあう。
「ゴライアス……貴様の立場を分からせてやろうか?」
「……」
ギルドマスターは黙ったままだった。
「……一人に付き金貨二十枚、四人で八十枚……悪くない報酬だろう?」
「……」
「ゴライアス……俺が大人しく金を出しているうちに決めろ」
その言葉にゴライアスが折れた。
ゴライアスは両手を大きく広げて、目を瞑る。
「分かった。正式な依頼にしろ……そしたら受けてやる」
「……後で家令をやる……」
「話はこれだけか?」
「ああ……依頼を出すからには、ちゃんと結果を出せよ、ゴライアス」
ゴライアスは無言でソファから立ち上がる。
そしてトラバスタを見下ろす。
「……じゃあな……」
ゴライアスはそう言うと、さっさと応接室から退出していくのだった。




