第15話 敵を知る
トラバスタ辺境伯領にある、辺境領騎士団の本部。
その会議室には暗い空気が立ち込めていた。
部屋の中央には大きな机が置かれていて、その天板にはトラバスタ辺境伯領の地図が広げられている。
その机を六人の騎士達が取り囲んでいた。
騎士団副団長のアダムスが今回の報告書の束を机の上に投げる。
「これを御領主様に報告するのか……?」
参謀格の騎士がアダムス副団長の方に視線を送りながら口を開く。
「事実は事実として報告された方が良いでしょう……下手に繕うと碌なことになりません」
「くっ……確かに……」
団長のアビゲイルが机の上の報告書を手に取って、めぼしい所を読み上げる。
「最終的に、軍用犬二頭、軍馬五頭が死亡。騎士は十三人が負傷、死者無し。但し重傷者が九名……しかも、被疑者には逃げられた……と」
その言葉が重く彼らの心に伸し掛かる。
「で、被疑者は何人だったのだ?」
「……四人との報告がありました」
「たった四人でこの戦果……恐ろしいものだ」
「「「「「……はい」」」」」
「魔導士たちは何と?」
「はっ、魔導士たちはこのような魔導は見たことも、聞いたこともないと言っておりました」
「確かにあの爆風と金属の礫は一系統の魔導では説明できんからな……」
「ただ、連中が魔導杖のような物を使用しているのは確認できております」
「ほう……どのような物なのだ?」
「礫が射出される前に、杖の先端から火が噴き出すのが見えたと申す者がおります」
「魔道具か……それはそれで厄介だな……」
「……それでこれはまだ調査中なのですが……例の金属の礫……『鉛』で出来ているようです」
「……『鉛』だと? あのように柔らかい物が使い物になるのか?」
「はい。死亡した軍用犬の体内からこのような物が摘出されました」
そう言って参謀格の騎士が、折りたたまれた布を机の上に置く。
「……勿体をつけるな。さっさと開け」
副団長がイライラしたように参謀に命令する。
参謀が布を開くと、そこには潰れたキノコの様な形状の金属が現れた。
「……これが『鉛』だというのか……」
「はい。どのような形で射出されたのかは分かりませんが、命中すればその体内でこのようにひしゃげてしまうようです」
「何という……残酷な兵器だ」
アビゲイルが呟くと、参謀も大きく頷く。
「何故これが残酷なのです?」
副団長は理解できていなかったようで、アビゲイルと参謀の顔を見つめる。
「推測だが……この礫は硬い金属で作られた矢じりとは違う。人体に入り込めば、容易に形を変えるのではないか……」
その言葉を聞き、副団長の顔色が青くなる。
「な、なんと卑怯なっ……騎士道に背く様な事をっ!!」
副団長が憤懣やるかたないといった表情をするが、アビゲイルと参謀は冷静だった。
「奴らは騎士ではない……騎士道など関係ないのだ」
「団長っ!!」
アビゲイルは報告書を持ったまま、全員に語り掛ける。
「御領主様には私が報告する……また、ここで見た事、聞いた事はまだ他言無用だ……よいな?」
「「「「「はい」」」」」
全員の声が重なる。
「よろしい……一度解散する。御領主様から新たな命があるやもしれん。各人、それまで待機だ」
アビゲイルはそう言うと、他の者たちに背中を向ける。
「御領主様……」
アビゲイルは小さく呟くのだった。
◆
トラバスタ辺境伯領。
その周囲には草原地帯が広がり、その更に奥には鬱蒼たる森林地帯が控えている。
ユーリ達はトラバスタ辺境領騎士団からの追撃を逃れ、秘かに宿営地としている場所まで戻る事が出来た。
今はコリンのテント内で、今回の一件の報告が行われていた。
テントの中には小さな折り畳みの机が置いてあり、その上にはトラバスタ辺境伯領を上空から撮影した写真がノートパッドに表示されていて、大きな航空写真のようになっていた。
「へへ、ドローンを使ったのさ。ユーリ以外にも使える奴がいないと困るだろ?」
アグネスが少し自慢そうに胸を張る。
「うん。良く撮影できてるよ……短時間でよくぞここまでだよ」
ユーリが手放しでアグネスを褒める。
その様子をコリンとヴァスケスが生暖かい目で見ている。
「お前ら……もういいか? 真面目な話をするぞ」
ヴァスケスが先にしびれを切らし二人を注意する。
「えー、今のだって真面目な話なのに」
「ユーリ……黙れ」
「……イエス、マム」
ユーリが黙ったところで、コリンがレーザーポインタでトラバスタ辺境伯の屋敷を指し示す。
「此処が領主の館だ……そして此処がお前たちが言っていた騎士団の練兵場、そして馬の訓練場だ」
「なるほど……上空から見ると位置関係がはっきりするな」
「で、どの辺で最初の遭遇戦になった?」
ヴァスケスはノートパッドの上に指を置き説明する。
「この辺りでユーリが城壁の撮影をしていて、監視兵に見つかった……そこから退却したんだが……この辺りで追いつかれることを認識、クレイモアでの足止めを図った」
「クレイモアを出す必然性はあったのか?」
「騎馬は徒歩より速い。遮蔽物も少なかった。あのまま走っていたら追いつかれていた……やり過ぎかとは思ったけど、今となっては正しかったと考えている」
「うむ。わたしもヴァスケスの判断を支持する」
コリンは大きく頷いた。
「此処で結構時間を稼げたんで、この辺りか?」
ヴァスケスは地図をスライドさせて草原地帯を表示する。
「あー、それ以上はデータが無いっす」
アグネスがヴァスケスに話しかける。
「仕方ねえな……まあいい。この辺りで休憩を取得……その時軍用犬に襲われた」
「軍用犬か……厄介だな」
「悔しいが有能で勇敢な奴らだったよ……その騒ぎを嗅ぎつけられて、二度目の遭遇戦になった」
コリンが視線だけでヴァスケスに話を進めるように促す。
「此処では武器を選ぶ余裕が無かった……M4で撃退……死人は出てないと思う」
ユーリがそこで追加の報告をする。
「そう言えば、此処で笛が鳴りました」
「笛? ホイッスルみたいなものか?」
「はい。結構特徴的なリズムで吹いてました」
「彼ら独自の連絡手段なのかもしれんな」
「で、其処から更に後方に退却……此処で『釣り針』を仕掛けてみた」
「成果は?」
「上手くいった……いや、いき過ぎだな……奴らに余計な情報を与えたかもしれん」
「ただ、敵も相当数索敵を行っていたようで、情報収集中に三度目の遭遇戦になった」
その言葉にアグネスが苦笑する。
「やっぱりユーリが厄介の種を蒔いてんじゃん」
「ひどっ、そんな事無いよ」
「黙れ、ガキども……此処ではユーリが信号弾を使って煙幕を作ったのが功を奏した」
「なるほど……」
「後は、アグネスが救助に来てくれたんで、撤収できた……以上だな」
報告を聞いてコリンが考え込む。
しばらくの沈黙の後、コリンがヴァスケスに尋ねる。
「ヴァスケス……お前の所感を聞かせろ」
鋭い視線でヴァスケスを見つめるコリン。
ヴァスケスがゆっくりと口を開く。
「奴らは強い……集団行動に慣れている……今はまだオレ達の武器の優位性で何とかなっているが……全面的な殴り合いになったら……負けるとは言わないが……キツイ」
ヴァスケスの言葉が意味することはとても重く、全員の心の中に深く浸透するのだった。




