第13話 狩る者、狩られる者
「ヴァスケス先輩……」
「何だよ?」
「何をしているんですか、あたしたち」
「いいから、オレの後に続け……出来るだけ草を踏み倒せ」
「え? 草を踏むなじゃなくてですか?」
「そうだよ……なるべく痕跡を残すんだ……」
そう言ってヴァスケスは草を踏み分けながら草むらを進む。
ユーリもその後に続いて草を踏み倒していく。
暫くそんな事を続けていると、不意にヴァスケスが歩みを止める。
ユーリが気付かずにヴァスケスの背中のリュックに顔をぶつける。
「痛っ!! 先輩、急に止まんないで下さいよ……」
ユーリは鼻をさすりながらヴァスケスに文句を言う。
ヴァスケスはそんなユーリを無視して、今まで掻き分けてきた草むらを戻り始める。
「先輩……何をしているんですか……」
「……」
ヴァスケスは黙ったまま、草を踏み荒らした跡の端まで戻ると、一歩踏み切って鬱蒼とした草むらへ飛び込んだ。
「はあ?」
ユーリが呆気にとられていると、草むらの奥からヴァスケスがユーリを呼ぶ。
「お前もオレみたいに飛んでこっちに来いっ!! 間違っても草を踏み潰すなよ」
「え、はい。わかりました……せーの」
ユーリも少し戻って助走をつけてから、深い草むらに飛び込む。
バサアアッ
草むらの草の背は高く、二人がしゃがむとその姿を視認するのは困難な状態になる。
「先輩……これは何なんですか?」
ユーリが尋ねると、ヴァスケスが口角を上げる。
「釣り針って知ってるか?」
「釣り針くらい知ってますよ」
「あれとおんなじで、オレ達は緩い円を描くように痕跡を残してきた……ここまではいいか?」
「はい」
ユーリが小さく頷く。
「追跡してくる奴らは草むらの痕跡を見つけ追いかけてくる……その痕跡が途中で途切れていたらどうする?」
「……混乱する……ですか?」
「そういう事だ……混乱した敵には隙が出来る……そこをアンブッシュしているオレ達が叩くっていう寸法だ」
「……へえ、そんなやり方があるんですね」
ユーリが感心したような返事をする。
「まあ、古典的な戦法だが、どこまで通じるか試したい……奴らの実力を知りたいからな」
「分かりました……で、あたしは何をすれば」
「とりあえずアグネスに連絡しろ……敵の騎士達が大勢で索敵してるって教えてやれ」
「イエス、マム」
ユーリはヴァスケスに返事をすると、ポケットからトランシーバーを取り出す。
そしてこちらに向かっているであろうアグネスに向けて交信を開始するのだった。
◆
辺境領騎士団の一団が草原を索敵している。
馬上から草むらの様子を探っていく。
「おっ、前方に草が押し倒されている場所を発見しましたっ!!」
騎士の一人が仲間に向かって報告する。
「よし、その場所に移動する。お前が先陣を行けっ!!」
「はいっ」
若い騎士が返事と同時に馬の腹を踵で押す。
馬がゆっくりと歩き始める。
仲間の騎士達がその後ろに続いていく。
「気を抜くなよ……奴らは怪しげな術を使うからなっ」
騎士達は自然と四方に気を配りながら、その痕跡の場所に向かうのだった。
◆
草原の中を一台のバギーが、軽快なエンジン音を響かせながら走行している。
「何だよ。結構ヤバい状況じゃん」
アグネスは、片手でハンドルを操作しながら、もう片方の手でトランシーバーを操作している。
「まあ、状況は分かったけど、草原の草の背が高くって、前が満足に見えないんだよ」
『まあ、そのおかげですぐに見つからずに済んでいるんだけどね』
ユーリの返事にアグネスが首を振る。
「信号弾は打ち上げられないのか?」
そう尋ねた時、通信にヴァスケスが割り込んできた。
『暫くしたら爆発を二回起こす。それを目印にしろ。その爆発の近くにオレ達がいる筈だ』
「イエス、マム」
『それでも分からなきゃ、もう一度交信して来い。そん時は信号弾を撃ち上げる。オーバー』
「承知しましたっ!!」
アグネスはそう言って交信を終える。
「ユーリ、無茶するなよ」
アグネスは同じ台詞を口にしながら、アクセルペダルを踏み込むのだった。
◆
ヴァスケスが通信を終えるのと同時位に、騎馬騎士と思われる足音が聞こえてきた。
ヴァスケスがユーリの頭を押さえつける。
「(声を出すな……奴らが行き過ぎるのを待つ)」
「(イエス、マム)」
ユーリは胸の前でM4を抱きしめ、低く地面に伏せる。
対照的にヴァスケスは中腰のまま銃口を騎馬騎士の方向に向けている。
ザクザク、ザザザザッ
馬達が草を掻き分けながら進んでくる音が近づいてくる。
ヴァスケスが舌先で唇を舐める。
ザザザ、ザザザ、ザザザザザザッ
ユーリ達がアンブッシュしているそのすぐ脇を、騎馬騎士達が通り過ぎてゆく。
「(狙い通り、草を掻き分けた痕跡を追っているな……)」
ヴァスケスは騎馬騎士の背中が見えるようになったところで、リュックのポケットから円筒形の何かを取り出す。
「(スタングレネードですか? 屋外で?)」
「(馬を驚かせて落馬を誘う……音のデカさは保証付きだ)」
「なる……」
騎馬騎士達は痕跡を追って半円形に進んで行く。
「(ユーリも信号弾を用意しておけ……アグネスの接近を見逃すなよ)」
「(イエス、マム)」
ヴァスケスが獰猛な笑みを浮かべる。
「ロックンロールッ!!」
ヴァスケスは立ち上がり、騎士団の背中目がけてスタングレネードを投げつけるのだった。
◆
騎馬騎士達は草の折れた痕跡を追いかけていた。
「(……なんだこの胸騒ぎは……確実に追い詰めている筈なのに、逆に追い詰められている気がする……)」
ベテランの騎士は、先程から強烈な違和感に襲われていた。
突然先頭の騎馬騎士が停止する。
「そんなバカなっ……」
「どうしたっ?」
「痕跡が……踏み分けられた草の痕跡が此処で消えていますっ!!」
「何っ!?」
その瞬間、最後尾にいたベテランの騎馬騎士が違和感の正体に気付く。
「罠かっ!? ぬかったっ!!」
ベテランの騎士が馬首を返そうとする。
其処に女の声が聞こえてきた。
同時に足元に何かが落下する。
次の瞬間、騎士達は視力と聴力を失い、地面に叩きつけられるのだった。
◆
「耳を塞げ、目を瞑れっ!!」
ヴァスケスが叫ぶ。
ユーリは地面に伏せたまま、目を瞑り耳を押さえる。
ドカーンッ
辺りが真っ白に輝き、強烈な燃焼音が響く。
馬達が光と音に驚き、その場で棹立ちになる。
騎士達が馬上から振り落とされ、地面に叩きつけられていく。
「もう一丁だっ!!」
ヴァスケスが再びスタングレネードを投げ込む。
ややあってから強烈な音が響く。
「アグネス、頼むぜっ!!」
そう言ってヴァスケスはM4のグリップを握り直すのだった。




