第12話 猟犬の追撃
辺境領騎士団の追撃から逃げてきたヴァスケスとユーリ。
今二人は、草原の中に点在する灌木の根元に身を隠していた。
「何とか、逃げ切れたみたいですね」
「いや、奴らが追跡を止めているだけだ……思っていた以上に厄介な敵だぞ、あいつらは」
「そうなんですか?」
「ああ、仲間をやられて、頭に血が上らねえだけでも上等だ……多分今頃は負傷者の救護と追撃部隊の立て直しをしてるんじゃねえかな」
「……あれだけで、そんな事まで分かるんですか?」
「戦う人間はさ、一当てすれば大体相手の力量が分かるんだよ、ルーキー」
「むう」
ユーリが頬を膨らませているのを、面白そうに見ているヴァスケス。
が、すぐに真顔に戻る。
「ユーリ、トランシーバーでバギーを呼べ。徒歩での逃走はキツイ」
「イエス、マム」
ユーリはポケットからトランシーバーを取り出すと、宿営地にいる筈のコリン班長に連絡を取るのだった。
◆
「分かった。アグネスを向かわせる。信号弾の使用も許可する」
コリンはそう言ってトランシーバーでの通信を終えた。
「アグネス、バギーであいつらを迎えに行ってくれ」
「はい……何かあったんですか?」
アグネスが尋ねると、コリンが少しだけ困ったような表情を浮かべる。
「突発的な戦闘になった……が、向こうが本格的に追撃部隊を用意しているらしい。追いつかれる前に回収したい」
「イエス、マム」
「アグネス。危険な任務だ。個人の判断での発砲を許可する」
その言葉を聞いて、アグネスの背筋が伸びる。
「イエス、マム」
アグネスは素早く敬礼をすると、足元にあったXM-7を手に取り、バギーに向かって走り出すのだった。
◆
「迎えに来てくれるそうです。信号弾の使用も許可が出ました」
「まあ、こんなにだだっ広い草原だからな……信号弾でも使わなきゃ位置が把握できねえからな」
「GPSが使えないって、こんなに不便なんですね」
「昔の兵隊はもっと不便だったんだぞ。それでも手旗信号だの伝令だの、使えるものは何でも使って情報を繋いでた」
そこまで言って、ヴァスケスの動きが止まる。
「……奴らも何か通信手段を持っている可能性があるな……」
「それって、そんなに悩むことなんですか?」
するとヴァスケスが呆れたような表情でユーリを見る。
「当たり前だろう? 通信できるって事がどれだけ戦場で有利なのか分かってんだろ? 戦場じゃ、情報を早く伝えた方が勝つんだ」
「それはそうですけど」
「今のオレ達はトランシーバーがあっても、位置を教える手段は信号弾くらいだ。しかし、奴らが独自の通信手段を持っていたら……オレ達の居場所くらい、すぐに共有されかねない」
ユーリはヴァスケスの言葉の意味を理解する。
「見つかったら、ヤバいって事ですね」
「ああ、猟犬みたいな奴らだと覚悟した方が良いぞ」
「イエス、マム」
ユーリはいつになく真剣な表情でヴァスケスに返事をするのだった。
◆
「小隊長、負傷者の搬送が完了しました」
「小隊長、補充の騎士達も到着しております」
「わかった。追撃を再開する」
「「「「はい」」」」
「ふふ、逸るな。その前に、例の奴を」
「はっ」
騎士が返事をすると、その後ろから二頭の大型犬が姿を現した。
「匂いは覚えさせたか?」
「はい。犬たちには特徴的な匂いらしく、気が昂っております」
「よい、犬を放て。我々はその後を追うぞ」
「「「「はい」」」」
その言葉を合図に、大型犬が放たれる。
二頭の犬たちはあっという間に草原の中へと駆け込んでいく。
「見失うなよ!! 追撃開始」
騎士達が馬の腹を踵で叩く。
一斉に騎馬兵が草原の中へと走り込んでいく。
「奴らに、怪しげな魔道具を使う時間を与えるなっ!!」
「おおおっ!!」
◆
急にヴァスケスが立ち上がる。
「先輩、どうしたんですか?」
ユーリが怪訝そうにヴァスケスに尋ねる。
「……なんだか、嫌な感じがした……オレの勘は当たるんだ」
そう言いながら、不機嫌そうに顔を歪める。
「ユーリ、お前の判断で発砲して良いぞ……なんならグレネードも使っていい」
「え?」
ユーリがよく分からないといった表情を浮かべる。
「……バギーが来るまで……死なないようにするんだ……いいな」
「は、はい。承知しました」
ユーリは背負っていたM4を体の前に移動させる。
草原には穏やかな風が流れ、上空には抜けるような青空が広がっている。
「嵐の前の静けさ……って奴か……気に入らねえな」
ヴァスケスの呟きはユーリには聞こえなかった。
◆
それは突然に襲い掛かってきた。
草むらが不自然に動いたかと思うと、大型の猛獣が飛び出してきたのだ。
ガウウウッ
「きゃああっ!!」
ユーリは飛び込んできた猛獣の攻撃をかわしながら草むらに倒れ込む。
其処へすぐに二頭目の猛獣が飛び込んでくる。
ユーリが滅茶苦茶に銃を振り回す。
「落ち着け、ユーリっ!!」
ヴァスケスが叫ぶが、二頭の猛獣はユーリに目標を定めたようで、唸りながらユーリの周囲を回っている。
「オオカミかっ!?」
ヴァスケスがとっさに銃を構える。
その瞬間、狼と思った猛獣の首に、革と金属で出来た首輪が巻かれている事に気付く。
「奴ら、犬も使うのかっ!?」
ヴァスケスは犬たちに向けて威嚇射撃を行う。
バババッ、バババッ
犬の周囲に土煙と引きちぎられた草が飛び散る。
驚いた犬たちがユーリの周囲から飛びのく。
「ユーリ、今のうちに体勢を立て直せ!!」
「は、はいっ!!」
ユーリがつんのめる様に犬たちの包囲から逃れて走り出す。
すかさず、ヴァスケスが犬たちの視線を塞ぐようにユーリと犬たちの間に割り込む。
「犬はこっちでやるっ!! お前は騎士に気をつけろっ!!」
「は、はいっ!!」
するとすぐに騎馬兵の足音が聞こえてきた。
「くそっ、もう位置を嗅ぎつけられたかっ!?」
ヴァスケスは腰のホルスターから四十五口径の拳銃を取り出す。
「お前たちに恨みは無いが……」
ヴァスケスは犬に向かって引き金を引く。
バンッ
ギャインッ
一頭目の犬が銃弾を受けて地に伏す。
二頭目の犬がヴァスケスに向かって飛び掛かってくる。
「間に合わんっ!!」
犬の顎がヴァスケスの左手のエルボーガードに食らいついてきた。
ガアウウウウウッ
犬は身体を揺さぶりながら牙を突き立ててくる。
ヴァスケスが拳銃のグリップ部分で、犬の頭を殴りつける。
ギャワンッ
犬が悲鳴を上げてエルボーガードから口を放す。
犬が怯んだ一瞬の隙に、ヴァスケスが後ろへ飛び退く。
すかさずヴァスケスが拳銃を向ける。
バンッ、バンッ
ギャインッ
犬の身体が弾かれたように地面を転がる。
ヴァスケスが左手を振りながらユーリに声を掛ける。
「ユーリッ、次が来るぞっ!!」
その言葉が終わらないうちに、最初の騎馬が駆け込んでくるのだった。
◆
ユーリの真横を騎馬騎士が駆け抜ける。
「ひやあああっ!!」
ユーリが悲鳴を上げる。
それを合図に、次々と騎馬騎士が雪崩のように駆け込んでくる。
騎士達は最初にヴァスケスの姿を発見する。
同時にヴァスケスの周囲に転がっている二頭の躯も見つけてしまう。
『犬たちがっ!!』
『貴様っ!! 貴様がやったのかっ!?』
騎士達が憤怒の表情でヴァスケスに詰問する。
「何言ってるか分かんねえけど……多分、犬を殺したのはお前かって言ってんだろうなっ」
ヴァスケスは騎士達から視線をそらさずに、拳銃をホルスターに仕舞う。
そして背中に回していたM4を体の正面に移動させる。
右手の親指の感触でセレクタを確認する。
「ユーリッ、囲まれないように牽制射撃しろっ!!」
「イエスマムッ!!」
ヴァスケスは自分の目の前にいる騎士に銃口を向け、引き金を引いた。
バババッ
◆
ヴァスケスを詰問していた騎士は、何が起きたか理解できなかった。
目の前の女が、奇怪な形をした杖のようなものを自分に向ける。
その先端が光ったように見えた瞬間、身体に激しい衝撃が襲い掛かり、騎士はそのまま落馬する。
地面に叩きつけられた衝撃で、肺の中の空気が一気に抜ける。
同時に、肩口に今まで経験したことのない激痛が襲い掛かる。
「ぐああああっ!!」
騎士は兜の中で絶叫する。
叫びながら視界に飛び込んでくる光景を理解しようとする。
「(何が起きた……俺は落馬したのかっ……)」
視界の中で女が、自分の隣の騎士に杖を向ける。
杖の先端から光が溢れ、白煙が噴き出す。
狙われた騎士が殴りつけられたように、後ろに体を落としていく。
「(俺も、あんな風にやられたのか……)」
今度は別の方向で、何かが弾ける音が聞こえる。
音のする方向に首を回すと、もう一人の女が同じように奇怪な杖を構えている。
女は叫びながら杖を構え直す。
二人の騎士が、先程と同じように馬の上から崩れ落ちていく。
「(理解できん……あれは……何なのだ)」
◆
「ユーリ、そこまでだっ!! 一旦引くぞっ!!」
「イエス、マム!!」
ヴァスケスが中腰のまま草むらに飛び込んでいく。
ユーリも一度周囲を見回してから、ヴァスケスの後に続く。
ヴァスケス達が立ち去った後には、四人の負傷した騎士達と、四頭の馬、そして躯となった二頭の犬が残された。
最初に銃撃を受けた騎士が、上半身だけを起こし、首から下げていた笛を口に咥える。
ピィーーーーー!! ピピッ、ピィーーーーー!!
特定のリズムで吹かれた笛の音が草原に響く。
◆
別の区画を探索していた騎士達が、一斉に顔を見合わせる。
「緊急事態か……負傷者もいるようだ……」
別の方向から、別なリズムで笛の音が聞こえてくる。
「向こうの連中が救助に向かったらしい。我々は追撃を続行しよう」
「「「おう」」」
四人の騎士達が大きく頷きあう。
「しかし、一班が緊急事態になるとは……やはり侮れぬな」
「笛の音の前に、何か弾けるような音が聞こえなかったか?」
「確かに……例の礫の件といい、今回の緊急事態の件といい、我々が知らぬ何かが使われているのだろうな……」
「だから小隊長が捕縛を明言されておるのか……」
四人の騎士達が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「既に十名近くの負傷者が出ているのだ……気を抜くでないぞ」
「「「おおっ」」」
騎士達は馬上で剣を抜くと、それを高々と掲げるのだった。




