前編 ただ一人の友人として
前後編で完結予定です。
婚約破棄された公爵令嬢と、その後ろに立っていた子爵令嬢のお話です。
序文
この物語は、華やかな帝都の学園で紡がれた、
二人の令嬢のお話。
完璧な微笑みを崩さない公爵令嬢と、
家のために彼女の「取り巻き」となった
子爵令嬢がおりました。
しかし、ある日、きらびやかな夜会の場で、
公爵令嬢は謂れのない罪を着せられ、
孤立無援の淵に立たされてしまいます。
誰もが潮が引くように遠ざかる中、
取り巻きの少女だけは、
ただ一人の「友人」として、
絶対の権力の前へ進み出ました。
――その震える足で踏み出した一歩が、
やがて二人の運命を大きく変えることに
なります。
理不尽な力に屈しなかった少女たちが、
真の誇りと対等な絆を見つけ出すまでの物語。
記すのは、わたくし、ラトゥナ・ケートでございます。
◇◇◇
「リグレッタ・ヴェントブーケ、お前との婚約を破棄する!」
夜会の弦の音が、ふいに途切れた。
楽団は、壇上に立つヴィットリオ皇太子が
片手を上げていることに、ようやく気づいたのだ。
シャンデリアの光が、磨かれた床に金色の池をつくっている。
その光の中で、金髪碧眼の皇太子は、
当然のように会場を見下ろしていた。
ざわめきが、波のように広がった。
皇太子の隣には、ピンクブロンドの令嬢がいた。
ベリーナ・ロゼッティ男爵令嬢。
彼女は両手を口元に当て、今にも泣き出しそうに睫毛を震わせている。
「お前がベリーナにしてきたことはすべて聞いている! 茶会の前日にドレスを裂き、招待状を隠し、身分を笠に着て、この心優しい娘を虐げてきたそうだな!」
そして、会場の中央に立つリグレッタを見下ろす。
「未来の皇太子妃にあるまじき振る舞いだ!」
会場の中央で、リグレッタ・ヴェントブーケ公爵令嬢は呆然と立ち尽くしていた。
青い髪。
紫水晶の瞳。
いつもなら背筋の伸びた、誰よりも美しい立ち姿。
それが今、わずかに揺れている。
スカートのひだを掴んだ指先が、白くなるほど強く握られていた。
それでも、唇は閉じたまま。
声を上げようとしているのに、言葉にならない。
フォルティーナには、わかった。
この方は、反論できないのではない。
反論しては「ならない」と、自分に言い聞かせているのだ。
周囲の令嬢たちが、ひそひそと囁き交わしながら、少しずつリグレッタから離れていく。
衣擦れの音と、扇を打ち合わせる乾いた響き。
昨日まで「リグレッタ様」と群がっていた者たちが、潮が引くように後ずさる。
ただ一人、フォルティーナ・アンバー子爵令嬢だけが、動かなかった。
「何か言うことはないのか、リグレッタ」
ヴィットリオの声が、会場の中央へ落ちた。
リグレッタの唇が震える。
だが、言葉は出ない。
「やはり、認めるのだな?」
その瞬間、フォルティーナの胸の奥で、何かが軋んだ。
一歩、前へ出ようとする。
けれど、その足が止まる。
なぜ、自分はここまで怒っているのか。
答えは、学園で過ごした日々の中にあった。
◇
ヴェントブーケ公爵家は、北方諸侯を束ねる大貴族である。
フォルティーナの生家、アンバー子爵家は、その公爵家に従う寄り子の貴族家だった。
学園入学の前夜、フォルティーナは父母から言い聞かされた。
「リグレッタ様のお側に付きなさい」
「公爵家との縁を、何より大切にするのですよ」
「お前が公爵令嬢の信頼を得れば、アンバー家のためにもなる」
フォルティーナも、それを当然のことと思っていた。
リグレッタは未来の皇太子妃。
その側にいることは、子爵家にとって大きな意味がある。
だから、フォルティーナがリグレッタへ近づいた理由は、最初から友情ではなかった。
彼女は、家のために「取り巻き令嬢」になったのだ。
入学直後の茶会で、フォルティーナは初めてリグレッタを間近に見た。
乱れのない礼法。
相手を立てる、淀みのない会話。
誰が見ても、完璧な公爵令嬢だった。
令嬢たちは未来の皇太子妃に群がり、フォルティーナもまた、寄り子の娘としてその輪に加わった。
けれどその日の終わり、人気のない廊下で、フォルティーナは偶然それを見た。
茜色の西日が、窓から長い影を落としている。
先ほどまで完璧に微笑んでいたリグレッタが、壁に手をつき、誰にも聞かせまいとするように、小さく息を吐いていた。
その指先が、震えていた。
フォルティーナは、足を止めた。
——この方は、強いのではない。
強く見えるように、たった一人で耐えているだけなのだ。
リグレッタが気配に気づいて顔を上げる。
紫水晶の瞳が、一瞬だけ無防備に揺れた。
「……アンバー子爵令嬢」
慌てて背筋を伸ばし、いつもの微笑みを取り戻そうとするその様子を、フォルティーナは見ていた。
このとき、フォルティーナはまだ知らなかった。
自分が、この方を放っておけなくなるということを。
◇
取り巻きとして、フォルティーナはリグレッタの側にいるようになった。
最初は、家のため。
けれど日々を重ねるうちに、二人の距離は少しずつ変わっていった。
「フォルティーナ様、とお呼びした方がよろしいかしら?」
ある日、リグレッタが遠慮がちにそう尋ねた。
「家ではフォルテと呼ばれております。よろしければ、リグレッタ様もそうお呼びください」
「フォルテ……」
リグレッタは、その響きを確かめるように、小さく繰り返した。
「強い音がする名前ですのね」
「名前負けしておりますわ」
フォルティーナが笑うと、リグレッタは首を横に振った。
「いいえ。きっと、あなたに似合っています」
図書室では、午後の光が古い紙の匂いを温めていた。
リグレッタは政務学や外交史の問いを、すらすらと解いていく。
その横顔は、本当に聡明だった。
ところが、詩の解釈や流行小説の感想になると、急に戸惑い始める。
「……この詩人は、なぜ恋人を月にたとえるのでしょう? 月は、満ちては欠けるものですのに」
眉を下げて困り果てているリグレッタに、フォルティーナは小声で囁いた。
「リグレッタ様。それはきっと、欠けても、また満ちると信じているからですわ」
「まあ。フォルテは詩人ですのね」
「いいえ。流行小説の読みすぎですの」
リグレッタが、ふっと笑った。
公爵令嬢の微笑みではなく、年相応の、少女の笑みだった。
また別の日、フォルティーナは温室に焼き菓子を二つ持ち込んだ。
ガラス越しの陽が、緑の葉を透かして床に揺れている。
皇太子妃教育で食事まで管理されているリグレッタは、最初、遠慮した。
「フォルテ。本来は、あまり褒められたことではありません」
フォルティーナは、いたずらっぽく目を細めた。
「では本日は、褒められないことをいたしましょう」
リグレッタは驚いたように目を見開き、それから、こらえきれずに笑った。
焼き菓子をひとつ手に取り、小さく齧る。
「……おいしい」
ぽつりと零れたその一言に、フォルティーナの胸の奥が、温かくなった。
——この方は、未来の皇太子妃になるためだけに生まれてきたのではない。
焼き菓子を前に迷い、試験前には眠そうに目をこすり、下手な冗談に笑う、普通の少女でもあるのだ。
フォルティーナにとって、リグレッタは『仕えるべき公爵令嬢』から、いつしか『放っておけない友人』になっていた。
◇
けれど、学園生活の中で、ヴィットリオがリグレッタを蔑ろにする姿を、フォルティーナは何度も見ることになる。
ある日、リグレッタは皇后主催の茶会の段取りを確認するため、ヴィットリオを待っていた。
席順。
招待客への配慮。
贈り物の選定。
ヴィットリオが不用意な発言をせぬための、注意点の数々。
そのすべてを、リグレッタは整えていた。
だが、ヴィットリオは来なかった。
届いたのは、側近からの短い伝言だけ。
「殿下は、ベリーナ嬢が心細いと申されましたので、そちらへ向かわれました。本日はお越しになれないとのことです」
リグレッタは、ゆっくりと微笑んだ。
「そうですか。では、わたくしが進めておきます」
声は、穏やかだった。
表情も、完璧だった。
ただ、資料の端だけが、彼女の指の力で、わずかに歪んでいた。
別の日には、中庭でヴィットリオがベリーナに花を贈っていた。
「リグレッタといると、いつも試されているような気分になる」
ヴィットリオは、ベリーナにだけ聞かせるつもりだったのだろう。
けれど、少し離れた場所でリグレッタの資料を抱えていたフォルティーナの耳にも、その声はかすかに届いた。
「席順、言葉遣い、諸侯への配慮。何もかも、あれは正しい。正しいからこそ、息が詰まる」
ベリーナは、潤んだ瞳で彼を見上げた。
「殿下は十分にご立派ですわ。リグレッタ様が厳しすぎるだけです」
その言葉に、ヴィットリオの表情がわずかに緩む。
そのとき、リグレッタが中庭へ戻ってきた。
皇后陛下へ提出する茶会の資料を抱えたまま、彼女は二人の前で静かに足を止める。
ベリーナは花束を抱きしめ、何事もなかったかのように甘い声で言った。
「申し訳ありません、リグレッタ様。殿下をお借りしてしまって」
小首をかしげ、儚げに微笑む。
「でも、リグレッタ様はお忙しいから……こういう息抜きは、なさらないでしょう?」
ヴィットリオが笑った。
「リグレッタは真面目だからな。ベリーナのような気安さはない」
リグレッタは、静かに一礼した。
「殿下がお楽しみなら、何よりでございます」
未来の皇太子妃として、完璧な返答だった。
完璧すぎて、痛々しいほどに。
その痛みを見ているのは、フォルティーナだけだった。
ベリーナが、いつも嘘だけを口にしていたわけではないのだろう。
男爵令嬢である彼女が、高位貴族の令嬢たちに軽く扱われてきたことは、フォルティーナにも想像できた。
扇の陰で笑われたことも、茶会で席を遠ざけられたことも、きっと一度や二度ではない。
けれど、軽んじられた悔しさを、リグレッタを陥れるための道具にした時点で、ベリーナはただの被害者ではなくなっていた。
その日の帰り道、フォルティーナは堪えきれずに言った。
「リグレッタ様も、少しは怒ってよろしいのではありませんか?」
リグレッタは、困ったように笑った。
「わたくしが怒れば、殿下のお立場を悪くしてしまいます」
「ですが、殿下はリグレッタ様のお立場を、少しも考えてくださいません」
「それでも……わたくしが我慢すれば、済むことだから……」
フォルティーナは、言葉を失った。
皇帝も、皇后も、リグレッタ本人ではなく、ヴェントブーケ公爵家の力を当てにしている。
皇室にとって、敵に回すには大きすぎる家であり、だからこそリグレッタは皇太子の婚約者に選ばれた。
ヴェントブーケ公爵家も、リグレッタを大切にしていないわけではなかった。
ただ、公爵家の娘として背負う役目の重さを、彼女から取り除いてやることはできなかった。
取り巻きの令嬢たちは、彼女の権力に近づきたいだけ。
誰も、リグレッタ本人を見ていなかった。
彼女が笑っているか。
傷ついているか。
泣きたいのを、堪えているか。
それを見ているのは、フォルティーナ、ただ一人だった。
◇
——リグレッタ様。
胸の奥でその名を呼んだ瞬間、遠い日の図書室も、温室の甘い香りも、すべてが夜会の光の中へ溶けていった。
ヴィットリオは、リグレッタがベリーナを虐げたと決めつけている。
ベリーナは涙を浮かべ、周囲の同情を集めている。
リグレッタは、反論できずにいる。
フォルティーナは、思った。
リグレッタは、皇太子妃になるためだけに生きていたわけではない。
図書室で笑い、温室で焼き菓子を分け合い、試験前には眠そうな目をしていた、フォルティーナの友人だった。
その友人が今、身に覚えのない罪で、踏みにじられている。
ならば、自分が前へ出る理由など、それだけで十分だった。
フォルティーナは、一歩前へ出た。
心臓が、激しく鳴っていた。
指先が冷たい。
スカートの布地を掴む手が、震えを抑えきれずに小さく痙攣する。
それでも、彼女は背筋を伸ばした。
「——恐れながら、殿下に申し上げます」
ヴィットリオが、不快げに眉をひそめた。
「取り巻き風情が、何のつもりだ」
その言葉が、胸の奥を鋭く抉った。
取り巻き風情。
ええ、確かにその通りですわ。
わたくしは最初から、そのためにリグレッタ様の側にいた。
けれど——フォルティーナは深く礼を取り、ゆっくりと顔を上げた。
栗色の瞳に、迷いはなかった。
「はい。わたくしは、リグレッタ様の取り巻きでございます」
声は、思ったよりよく通った。
「だからこそ、誰よりも近くで、リグレッタ様を見てまいりました」
会場が、静まり返る。
空気が張りつめ、シャンデリアの光さえも重く感じられた。
「ひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか。ベリーナ様のドレスが裂かれ、招待状が隠されたという、その証拠はございますか?」
ベリーナの肩が、びくりと跳ねた。
フォルティーナは淡々と、しかしはっきりとした声で続ける。
言葉が出るたびに、自分の胸の内で何かが熱を帯びていくのを感じていた。
止められない。
止めてはいけない。
「茶会の前日、と仰るのでしたらおかしな話です。その夜、リグレッタ様は皇后陛下へ提出する資料を、夜半過ぎまでお作りになっていました。わたくしが、ずっとお側におりましたから」
彼女は一瞬だけ息を吸い、ヴィットリオの顔をまっすぐに見据えた。
「殿下。失礼ながらお尋ねいたします。殿下が席を外され、不用意なお言葉で諸侯を怒らせかけた折、それを裏で宥め、事態を収めていたのは、どなたでいらっしゃいましたか?」
ヴィットリオの顔色が、さっと変わった。
フォルティーナの声は、熱を帯びていく。
「殿下のお名前に傷がつかぬよう、幾度も、幾度も場を整えてこられたのは、リグレッタ様です。殿下がこうして笑っていられたのは——」
そこで、彼女は一瞬だけ言葉を切った。
——いけない。
胸の内で、警告の鐘が鳴った。
だが、既に遅かった。
「リグレッタ様が、泣かなかったからです」
その言葉が、会場の空気を切り裂いた。
そして、言わなくてもよいことまで、口をついて出た。
「殿下は、そのことに気づいてさえおられなかった」
瞬間、フォルティーナは自分の失言を悟った。
皇太子の無知を。
彼の未熟さすらも。
大勢の前で、容赦なく暴いてしまった。
正しかった。
だが、正しすぎた。
周囲の令嬢たち、貴族たちの視線が、一斉に自分に向けられるのを感じた。
驚き、困惑、そして——わずかな畏怖と敵意。
フォルティーナの背中に、冷たい汗が伝う。
それでも、彼女は唇をきつく結び、微かに震える指先をスカートの裏に隠した。
リグレッタが、信じられないという顔でこちらを見ていた。
紫水晶の瞳に、みるみる涙が盛り上がっていく。
◇
論理で押し返せなくなったヴィットリオは、顔を真っ赤にした。
「——不敬だ!」
彼は、声を荒らげた。
「子爵令嬢ごときが、皇太子である私に楯突くか!」
ベリーナが、涙ながらにヴィットリオの腕へすがりついた。
「殿下……わたくし、怖いです……」
「安心しろ、ベリーナ」
ヴィットリオの声には、怯える娘を慰める優しさよりも、悪を裁く英雄にでもなったかのような陶酔が滲んでいた。
ベリーナを傷つけた者へ鉄槌を下すのは自分なのだと、彼は疑っていない。
その鉄槌が、ただ己の怒りと面子を守るために振り下ろされるものだということにも、気づいていない。
ヴィットリオは彼女を守るように抱き寄せ、フォルティーナを指さした。
「フォルティーナ・アンバー子爵令嬢! 皇室への不敬、学園の秩序を乱した罪、そして虚偽をもって皇太子の名誉を傷つけた罪により——帝都より遠く離れた離島への流刑を命じる!」
リグレッタが、ようやく声を出した。
「お、お待ちください、殿下……フォルテは、わたくしのために……」
「黙れ」
ヴィットリオは、冷たく遮った。
「お前にはもう、私の婚約者としての資格はない」
リグレッタは、再び言葉を失った。
唇を噛み、拳を握りしめ、それでも声を上げられずにいる。
フォルティーナは、そんな友人に向かって、微笑んだ。
「リグレッタ様」
穏やかな声だった。
「どうか、ご自分を責めないでください」
リグレッタの瞳から、ついに涙が零れ落ちた。
◇
翌朝、その処分は皇帝の名で追認された。
皇太子の独断であったはずの怒りは、皇室の面目を守るための裁きへと、形を変えられた。
皇帝も皇后も、まずは息子の失態を公に認めることを避けたのだ。
島流しの報せは、アンバー子爵家にも届けられた。
出立の前、フォルティーナは実家へ戻ることを許された。
父は、険しい顔をしていた。
母は、泣き腫らした目で、旅支度を整えていた。
弟は、怒りを抑えきれずに、拳を握っている。
フォルティーナは、深く頭を下げた。
「申し訳ございません。アンバー家に、ご迷惑をおかけしました」
父は、しばらく黙っていた。
そして、低い声で言った。
「愚かなことをしたな、フォルテ」
フォルティーナは、目を伏せる。
だが父は、続けた。
「——だが、卑しいことをしたとは、思わん」
その言葉に、フォルティーナの喉が詰まった。
母は、荷物の中に、薬や手袋、裁縫道具、小さな帳簿、筆記具を詰めていく。
何度も手を止めては、目元を拭いながら。
「あなたを誇りに思うと言えば……嘘になります」
母の声は、震えていた。
「怖くて、悔しくて、たまりませんもの。母は、あなたを行かせたくない」
涙が、頬を伝う。
「……でも。あなたを恥じてはいません。一度も、思ったことはありません」
弟が、たまらず叫んだ。
「姉上が悪いなら——正しい人なんて、この国にいないじゃないか!」
フォルティーナは、弟の頭を、そっと撫でた。
家族は、誰一人、フォルティーナを責めなかった。
けれど、皇太子の命令を覆す力は、誰にもなかった。
アンバー子爵家は、そこまで強い家ではない。
ヴェントブーケ公爵家もまた、即座には動けなかった。
リグレッタは婚約破棄の当事者として邸に戻された。
いくらヴェントブーケ公爵家と言えども、表立って抗議すれば、それは娘を守る抗議ではなく、皇室に刃向かう政治的示威と受け取られかねなかった。
その力の大きさは常に警戒の対象でもあった。
証拠を集め、皇帝の裁可を覆すには、時間が必要だった。
だから家族は、せめてフォルティーナを責めずに、送り出すことしかできなかった。
愛されている。
けれど、救われはしない。
その現実が、フォルティーナの胸に、冷たい錘のように、そっと沈んでいった。
◇
罪人として、フォルティーナは帝都を離れた。
馬車の窓から見上げる空は、いつもより、ずっと遠かった。
彼女には、帰る家がある。
責めずに送り出してくれた、家族がいる。
あの夜、泣いてくれた友人がいる。
それでも、彼女は島へ送られる。
港に着くと、灰色の海が広がっていた。
小さな船が、波に揺れている。
潮の匂いを乗せた風が、フォルティーナの栗色の髪を揺らした。
彼女は、リグレッタ・ヴェントブーケ公爵令嬢の取り巻きだった。
家のために、その後ろへ立った令嬢だった。
けれど、あの夜だけは違った。
家のためでも、寄り子の務めのためでもなく。
ただ一人の友人として、彼女の前に立ちたかったのだ。
後悔は、なかった。
こうしてフォルティーナ・アンバー子爵令嬢は、皇太子に逆らった罪人として、海の向こうの島へ送られることになった。
お読みいただきありがとうございます。
後編で完結します。
フォルティーナが島で何を見つけるのか、見届けていただけましたら幸いです。




