侯爵令嬢ヒルデ・エッシェンバッハの日記
9月3日
今日この学園に、一人の転校生が来た。
リリー・ハイトラー男爵令嬢という人で、リリー嬢は素朴ながらも庇護欲をそそる容姿をしており、たちまち複数の男子生徒たちから囲まれていた。
生粋の貴族令嬢ばかりのこの学園においては、リリー嬢のような純朴な女性は、男子生徒には却って新鮮だったのだろう。
ドミニク様も鼻の下を伸ばしながら、「何か困ったことがあったら、いつでも頼ってね」と声を掛けていて、思わず呆れてしまった。
私はリリー嬢に対して、底知れぬ恐怖を抱いた。
もしかしたら彼女は近い将来、この学園にとんでもない厄災を招くことになるかもしれないという予感が、私の中で渦巻いていた。
9月7日
どうやら私の予感は当たっていたらしい。
僅か数日で、リリー嬢はこの学園の男子生徒たちの心をすっかり掌握していた。
休み時間は常に大勢の男子生徒に囲まれており、その中にはドミニク様をはじめ、婚約者のいる生徒も多く交じっていた。
これは流石にマズいと感じた私は、放課後リリー嬢を校舎裏に呼び出し、婚約者がいる男性と親しくするのは如何なものかといった忠告をした。
だが、リリー嬢は聞く耳を持たず、「男女が同じ校舎で寝食を共にしてるんですから、一切接触しないというのは無理な話じゃないですか」と、開き直っていた。
それとこれとは話が違うと私が説明しても、終始彼女は上の空だった。
結局この日の話し合いは、平行線のまま終わった。
10月13日
最近のリリー嬢の言動は、いよいよ目に余るものになってきた。
人前でもドミニク様と恋人同然の振る舞いをするようになっており、ドミニク様もそれを容認している。
挙句、校舎裏で二人がキスをしていたという噂まで出回る始末。
何度ドミニク様に苦言を呈しても、「女の嫉妬はみっともないぞ」と軽くあしらわれている。
私は決めた。
来週の学園祭初日にリリー嬢を呼び出し、多くの生徒がいる前でしっかりと釘を刺すのだ。
もしもそれでもリリー嬢が考えを改めなかった場合は、いい加減私も容赦はしない。
どうか無事に解決すればいいけど。
10月20日
どうやらリリー嬢は、私が思っていた以上に、悪魔のような女性だったらしい。
遂に彼女は、最後の一線を越えてしまったのだ。
備忘録のため、順を追って今日の出来事を記しておく。
まず私は、今日も今日とて多くの男子生徒に囲まれている彼女に声を掛け、今から私と二人だけでお茶を飲みましょうと誘った。
多くの生徒が憩いの場にしているオープンテラスで紅茶を注文すると、私はリリー嬢に「そろそろあなたも、淑女としての自覚を持ったらいかがかしら?」と最後の忠告をした。
だが、リリー嬢は「何のことでしょうか?」と白を切っている。
この瞬間、もう私はこの人には何を言っても無駄だと確信した。
せめて最後の情けに私の手で紅茶を注ぎ、それを彼女に差し出した。
この紅茶が飲み終わったら、私はリリー嬢とドミニク様の関係を二人のご両親に訴え、然るべき処罰を与えたうえで、ドミニク様との婚約を解消してもらうつもりだ。
そんなことになれば、二人はこの学園に居場所はなくなってしまうかもしれないけれど、私の知ったことではないわ。
ところが、リリー嬢が紅茶を飲む直前、彼女は紅茶にそっと何かを入れたのだ。
嫌な予感がした私は、咄嗟に「待って!」と止めたのだが、彼女はそのまま紅茶を飲んでしまった。
その直後、彼女は苦しみ出し、その場に胃の中身を全部嘔吐し、気を失ってしまったのだった。
後から聞いた話だと、リリー嬢の紅茶からは、エクーフラという毒が検出されたらしい。
しかもリリー嬢の部屋にお見舞いに訪れたドミニク様が、彼女の書いた日記を偶然読んだらしく、そこに書かれていた、私から受けた数々の凄惨なイジメに憤慨したドミニク様は、その日記をコピーして学園中にばら撒いてしまったのだ。
私は一瞬で、学園中から犯罪者呼ばわりされるようになってしまった。
もしかしたら明日、ドミニク様からそのことに言及されるかもしれない。
でも、ユルゲンさんのお陰で、もしそうなっても、私はこの日記で自分の無実を証明することができる。
本当にユルゲンさんには、いくら感謝してもし足りないわ。




