侯爵令嬢ヒルデ・エッシェンバッハの独白
「オイ、見ろよ、あれが犯罪者の顔だぜ」
「まあ、あれだけのことをしておいて、よく人前に出れたものよね」
学園祭二日目。
廊下を歩く私に、無数の生徒たちからの冷ややかな視線が浴びせられる。
やれやれ、困ったことになったわね。
――昨日、私の婚約者のドミニク様が、リリー・ハイトラー男爵令嬢の自室にお見舞いに訪れた際、机の上に置かれていたリリー嬢の日記を偶然読んでしまったことで、事態は急変した。
そこには私がリリー嬢に凄惨なイジメをしていたという内容が、赤裸々に綴られていたのだ。
正義感が強いドミニク様はそれが許せなかったらしく、『文書複製魔導具』でリリー嬢の日記を何百枚もコピーし、それを学園中にばら撒いた。
その結果一夜にして、私は全生徒から犯罪者呼ばわりされることになったのだ。
「――ヒルデ」
「……ドミニク様」
そんな私の前に、待ち構えていたかのようにドミニク様が現れた。
「私に何か御用でしょうか?」
「っ! しらばっくれるつもりかッ! 僕は君のほうから自首するのを、今まで待っていてやったんだぞ!」
「自首? 何のことでしょう? 私は何も、自首するような罪を犯した覚えはございませんが?」
「クッ! ――ああそうか、君がそのつもりなら、僕にも考えがある。後夜祭を楽しみにしているんだな」
軽蔑するような目を私に向けたドミニク様は、そのまま肩で風を切りながら去って行った。
やれやれ、これは厄介なことになりそうね。
「――ヒルデ、今この時をもって、君との婚約を破棄するッ!」
「「「――!!」」」
そして訪れた、後夜祭の最中。
リリー嬢の肩を抱いたドミニク様は、唐突にそう宣言された。
「理由は言わなくともわかるよな?」
「さあ? まったく身に覚えがございませんが?」
「クッ! まだ言うかッ! これだよこれ! このリリーの日記に、君の悪事がしっかりと記されていたんだぞッ! 僕はこの学園を背負う生徒会長として、君のような犯罪者を婚約者にしておくわけにはいかない!」
ドミニク様はリリー嬢の日記を、天高く掲げる。
リリー嬢は今にも泣き出しそうな顔で、事の成り行きを無言で見守っている。
「その日記でしたら、私もコピーされたものを拝見しました。ですが――そこに書かれていることは事実無根です。私はリリー嬢に、嫌がらせなど一切していないのです」
「まだそうやって白を切るというのかッ!? 僕はこの目で、リリーの身体を確かめた! リリーの身体にはここに書かれている通り、無数の鞭で打たれたそれはそれは痛々しい跡があったぞ!」
私という婚約者がいる身でありながら、他の女性の素肌を見るというのはどうなのかしら?
ここでそれを言ったら話が横道に逸れそうだから、敢えてスルーするけど。
「だとしても、それをやったのは私ではございません。大方リリー嬢が、ご自分で鞭を打たれたのではないでしょうか?」
「ハァ!? どうしてリリーがそんなことをする必要があるというんだ!?」
「それは――」
「そ、そうです! そうです! ご自分の罪を認めたくないからって、私が自分でやったことにするなんて、酷いです!」
「――! リリー……!」
ここまでずっと無言だったリリー嬢が、遂に口を開いた。
リリー嬢はこれでもかと敵意が籠った瞳を、私に向けている。
「リリーの言う通りだ! それに、昨日のエクーフラ服毒事件はどう説明するんだ!? あれもリリーの、自作自演だったと言うのか!? 一歩間違えば、リリーは死んでいたかもしれないんだぞ!?」
「そ、そうです! そうです!」
「ですが、紅茶から検出されたエクーフラは、ごく少量だったと聞いていますわ。あの量では通常死に至ることはほとんどないそうなので、それを見越したうえで、リリー嬢は自分でエクーフラを盛ったのでしょう」
「だからなんでリリーが、そんなことをする必要があるんだよッ!!」
「そ、そうです! そうです!」
さっきからリリー嬢、「そ、そうです! そうです!」しか言ってないわね。
まあそれは今はいいわ。
「それはもちろん、私からドミニク様を奪うためですわ」
「「――!!」」
ドミニク様とリリー嬢が、揃って目を見開いた。
「リリー嬢がこの学園に転校してきて以来、ドミニク様はリリー嬢と大変親しくされていましたよね?」
「そ、それは……。リリーはまだこの学園に来て日も浅いし、生徒会長である僕がリリーを気に掛けるのは、当然の義務じゃないか」
「あら? その気に掛けるという内容には、放課後に校舎裏でキスをするというのも含んでいるのでしょうか?」
「「――!?」」
今度はドミニク様とリリー嬢は、揃って真っ青になった。
あらあら、大変仲がよろしいですね。
「ど、どこにそんな証拠があるというんだ!?」
「そ、そうです! そうです!」
「いえ、これはあくまで、噂で聞き及んだことに過ぎません」
「だったら――」
「でしたら、リリー嬢の日記に書かれていることも同様、どこにも真実であるという証拠はないのではありませんか?」
「……!?」
「そもそもあの日記には、『今から書くことを万が一誰かに見られたら、私の人生は終わってしまうかもしれない』と書かれていたにもかかわらず、日記はこれ見よがしに机の上に置かれていたそうじゃありませんか? 本気で見られたらマズいと思っていたなら、もっと厳重に隠していたはずです。リリー嬢は私を犯罪者に仕立て上げるため、あの噓にまみれた日記を捏造し、それを満を持して昨日、ドミニク様が見るように誘導したのです」
「あ…………」
遂にドミニク様は、ぐうの音も出なくなってしまった。
さっきまで私に冷ややかな視線を向けていた生徒たちも、一転してその視線をドミニク様とリリー嬢に向け出した。
「――いや、あの日記に書いてあることは、絶対に真実ですッ!!」
「「「――!!」」」
が、リリー嬢はそんな不利な空気にも負けず、大声で反論してきた。
ふふ、ドミニク様よりリリー嬢のほうが、余程肝が据わっているわね。
――でも、あなたがとことんやるつもりなら、私もこれを出すしかないようね。
「そういうことでしたら、リリー嬢の日記がデタラメであるという証拠を、今からお見せいたしますわ」
「「「――!!」」」
「なっ……!?」
私はおもむろに、一冊のノートを取り出した。
「そ、それは……?」
「これは私の日記帳です」
「ヒルデ様……の?」
「ええ、これにリリー嬢が転校してきてから昨日までの私との遣り取りも、偶然書き記しておりました。これを読んでいただければ、リリー嬢の日記の内容が噓であることがおわかりいただけるかと」
「ちょ、ちょっと待ってください! それこそヒルデ様が噓を書いている可能性だってあるじゃないですか!」
「いえ、私はこの日記には、真実しか書けないのです」
「…………は?」
「――この日記は、ユルゲンさんの発明品なのです」
「「「――!!」」」
私は会場の隅のほうで不敵な笑みを浮かべている、背の高い男性に視線を向ける。
ユルゲンさんこそが、リリー嬢の日記にも書かれていた、この学園で特に有名な二人のうちのもう一人。
ドミニク様が人望の厚さで有名なのに対して、ユルゲンさんはその桁外れの頭脳で頭角を現した人物だ。
――通称『天才魔導具技師』。
まだ学生だというのに、既に複数の特許を取得しており、リリー嬢の日記をコピーした『文書複製魔導具』も、ユルゲンさんが発明したものなのだ。
「このノートには記載者の記憶を自動で読み取る魔力が施されており、真実と異なる内容を書こうとすると、手が動かなくなってしまうのです」
「「「――!」」」
「つまりこの日記に書かれている内容は、全て真実だということです。私はこれをたまたまユルゲンさんから、実験のためお預かりしていました。それがまさかこんな形で役に立つとは思いませんでしたが」
「そ、そんな……!!」
リリー嬢が顔面蒼白になる。
「さあドミニク様、この日記を、ここにいるみなさんにも聞こえるよう、大きな声で音読してくださいませ」
私は日記を、ドミニク様に差し出す。
「あ、あぁ……」
ドミニク様は虚ろな目で日記を受け取ると、震える手でそれを開いた――。




