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男爵令嬢リリー・ハイトラーの日記  作者: 間咲正樹


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男爵令嬢リリー・ハイトラーの日記

 9月3日


 今日から私も、この聖ニャッポリート貴族学園の生徒の一人になった。

 でも、お母さんがたまたま貴族と再婚しただけで、私自身は元々ただの平民の小娘に過ぎない。

 しかもこんな中途半端な時期に転校してきたこともあり、ハッキリ言って私はこの学園では浮いた存在だ。

 ここは全寮制だし、お母さんに助けを求められないのは不安でしょうがなかったけど、そんな私にドミニク様が「何か困ったことがあったら、いつでも頼ってね」と声を掛けてくださった時は、天使様が降臨されたのかと思ったわ。

 ドミニク様の噂は、転校する前から私の耳にも入っていた。

 聖ニャッポリート貴族学園の生徒で、特に有名な二人のうちの一人だったからだ。

 宰相閣下のご子息で、学園の生徒会長も務められており、その圧倒的なカリスマ性で、多くの生徒たちから慕われているとか。

 実際私もお会いして、しみじみ実感した。

 人の上に立つお人というのは、こういう方を言うのだろう。

 ドミニク様がいてくださったことで、あれだけ不安だった学園生活に、一筋の光が射した。

 ただ、その分新たな懸念が増えることになったけれど。

 ドミニク様の婚約者である、エッシェンバッハ侯爵家のご令嬢のヒルデ様が、氷のように冷たい目で、私のことを睨んでいたのだ。

 特に何をされたというわけではないけど、このまま平和が続くことを願うばかりだわ。




 9月7日


 今日は最悪なことがあった。

 放課後にヒルデ様から急に声を掛けられ、校舎裏に連れて行かれたんだけど、そこで「元平民の分際で、もっと身の程を弁えなさい」と恫喝されたのだ。

 どうやらヒルデ様は、最近私がドミニク様から優しくされているのが、気に食わないらしい。

 私とドミニク様はただのお友達で、何もやましい関係ではないと説明しても聞く耳を持ってくれず、「そうやってあなたの母親も、貴族に取り入ったのでしょう? この売女の娘が!」と言われた時には、思わず頭に血が上った。

 でも、ここで私がヒルデ様に逆らったら、私だけじゃなく、私の家族にも迷惑をかけてしまう。

 ヒルデ様の家のエッシェンバッハ侯爵家に圧力をかけられたら、今の私の家のハイトラー男爵家は、簡単に吹き飛んでしまうでしょうから。

 だからどんなに辛くても、私は我慢しなくちゃいけない。

 大丈夫、絶対耐えてみせる。

 私の家族を守るためにも。




 10月13日


 もう私はダメかもしれない。

 最近ヒルデ様のイジメが、どんどんエスカレートしているのだ。

 最初のほうこそ、二人きりの時に、「このウジ虫が」とか「早くこの学園から出て行って、養豚場に帰りなさい」といった暴言を吐かれるだけにとどまっていたけど、それでも屈しない私にイライラしたのか、徐々に私のノートや筆記用具を隠すといった行動に出るようになってきた。

 そこまでなら、ギリギリ私も耐えられた。

 でも、業を煮やしたヒルデ様は、遂に放課後私を誰もいない旧校舎に連れ込み、そこで無理矢理私を裸にして、鞭で容赦なく叩くようになったのだ。

 そんなことが、もう10日以上続いている。

 今では私の身体は、全身痣だらけだ。

 助けて、お母さん。

 会いたいよ、お母さん。




 10月20日


 これを本当に書いていいのか、私はまだ迷っている。

 今から書くことを万が一誰かに見られたら、私の人生は終わってしまうかもしれないからだ。

 でも、私にもしものことがあった時に、真実を闇に葬られてしまうのはもっと我慢できない。

 だから勇気を出して、ここに真実を記しておこうと思う。


 今日は聖ニャッポリート貴族学園の、学園祭初日だった。

 特に親しい友達もいない私は、自由時間に一人で学園祭を回っていたのだけれど、その時不意にヒルデ様から、今から二人でお茶をしましょうと声を掛けられた。

 嫌な予感がプンプンしたけど、ここで下手に断って逆上されたら何をされるかわかったものじゃない。

 だから私は、大人しくヒルデ様について行った。

 多くの生徒が憩いの場にしているオープンテラスに腰掛けた私とヒルデ様は、そこで紅茶を注文した。

 紅茶がくるのを待っている間、ヒルデ様はおもむろに口を開いて、「そろそろあなたも、淑女としての自覚を持ったらいかがかしら?」と言ってきた。

 周りの生徒たちの視線が、一斉に私たちに集まるのを感じた。

 要はヒルデ様は、私にさっさとこの学園から出て行けと言いたいのだ。

 でも、私は屈しない。

 私が「何のことでしょうか?」ととぼけると、ヒルデ様は「なるほど、あなたはそういうつもりなのね」と、ゴミを見るような目を向けてきた。

 私は思わず逃げ出したくなったけど、必死に耐えた。

 ここで逃げたら、負けを認めたことになる。

 それだけは、絶対に嫌だったから。

 その時、ポットに入った紅茶が運ばれてきた。

 私が紅茶を注ごうとすると、ヒルデ様は「私にやらせてちょうだい」と、ポットを私から無理矢理奪った。

 そして紅茶を注ぐと、懐から何かを取り出し、それを紅茶の中にサッと入れたように見えた。

 ヒルデ様はその何かを入れた紅茶を私に差し出し、「どうぞお飲みになって」と促してきたのだ。

 この人は今、何を入れたんだろう。

 冷や汗が止まらなかったが、逆らうわけにもいかない。

 勇気を出して飲もうとしたその直前、ヒルデ様は急に青くなった顔で「待って!」と言ってきたのだ。

 自分で飲めと言っておいて、今度は飲むなとはどういうことなんだろうと不思議でならなかったが、時すでに遅く、私は紅茶を一口飲んでしまった。

 すると次の瞬間、私を激しい吐き気が襲った。

 まるで胃の中で、猛獣が暴れてるみたいな感覚だった。

 堪らず胃の中にあるものをその場に全部嘔吐した私は、そのまま気を失った。

 そして目が覚めると、私は保健室のベッドで寝かされていたのだ。

 保健室の先生に聞いた話だと、何でも私が飲んだ紅茶には、エクーフラという毒が混じっていたらしい。

 エクーフラは少量飲んだだけで激しい吐き気に襲われ、最悪の場合死に至ることもある、とても恐ろしい毒物だそうだ。

 今回私は運良く一命を取り留めたものの、あのまま死んでいたかもしれないと思うと、怖くて涙が止まらなくなった。

 間違いなく、私の紅茶にエクーフラを入れたのはヒルデ様だろう。

 あの時ヒルデ様が紅茶に入れた謎の物体こそが、エクーフラだったのだ。

 つまりヒルデ様は、私を殺そうとしたということ。

 でも、直前で殺人犯になるという事実に怖くなってしまい、私が紅茶を飲むのを止めようとしたんだろう。

 今日はもう自室で休んでいたほうがいいと保健室の先生に言われたので、こうして自分の部屋で日記を書いているのだけど、明日から私は、ヒルデ様とどんな顔をして会えばいいのか。

 流石にこれに懲りて、イジメをやめてくれたらいいんだけど。



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