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前進


「あんたが変なこと言うから失敗しちゃったじゃない……」


 九条今宵が水沢の顔面にボールを当てた事を責任転嫁してきた。


「人のせいにすんなよ。怪我があったら洒落にならんかったからな。次からは絶対に気をつけろ」

「ふんっ。あんたに言われなくてもわかってるっての」


 九条今宵はうんざりしたように答えた。

今はパス練習も終わり、休憩時間だ。活発なクラスの連中はボールを持って遊んでいるが、俺みたいな奴は体育館の端でその様子を眺めているわけだ。

 九条今宵も例に漏れず、体育座りで遊んでいる連中を眺めていた。


「ちょっと、あんま近づかないでよね。あんたみたいなぼっちと仲が良いと思われると、私の計画に支障が出るでしょ」

「それはこっちの台詞だ。授業中までお前と一緒に居るのは頭が痛くなる」


 九条今宵との間に人が五人入れるくらいの距離を空けて座る。

クラス連中はボール遊びに夢中で、端っこで座っている奴に微塵も興味はないだろうが、一応仲が良いと思われないためにな。


「いいなぁ……」


 九条今宵は羨ましそうに呟いた。

視線を追ってみると、水沢が華麗にジャンプシュートを決めていた。


「憧れる気持ちはわかるが、お前が水沢みたいになるのは一生無理だぞ。水沢は見た目も性格も完璧だからな」


 月とスッポン。ダイヤモンドと錆び鉄。それぐらいの差はある。


「あんたってやけに水沢さんを褒めるわね。好きなの?」

「ばっ! んなわけねえだろ!」


 即座に否定する。

俺にとって水沢はそういう存在ではない、憧れだ。付き合いたいとかの感情は無いし、そう思う事すらおこがましく思っている。

 だからその質問は的が外れてるにも程がある。


「ふぅん。そうよね、あんたと水沢さんじゃあまりにも釣り合わないしね」

「ほっとけ」


 釣り合わないのは自分でもわかっているが、お前に言われる筋合いはない。

俺もぼっちでコミュだから何も言い返せないが、お前もコミュ障、中二病、性格が悪いで最悪だからな?


「……水沢さんからは魔力を感じるのよね」

「魔力だぁ?」


 九条今宵はまた意味不明な事を言い出した。

魔力と魅力を言い間違えたんだろう。水沢は魅力的だからな、わかる。


「水沢さんの身体は圧倒的な魔力に包まれているわ」


 聞き間違えない様にきちんと確認したが、魔力と言っていた。


「馬鹿かお前は。お前の脳内では水沢に魔力があるのかもしれないが、妄想は頭の中だけにしとけ」

「そうね、凡人にはわからないでしょうね」


 九条今宵は見下した様に鼻で笑う。

中二病特有の自分が特別な人間だと思いたいアレか。


「じゃあ試しに聞いてやるけど、水沢の魔法はどういう技なんだ?」


 自分の設定は細かく考えていても、人の設定までは考えていないだろう。

水沢のイメージ的に白魔術とか言いそうだな、それか名前に水が入ってるから水とか。


「闇属性魔法よ」

「はぁ!?」


 闇!? よりにもよって、真っ白な心の持ち主の水沢に対して、闇属性だと!?

お前みたいな奴ならいざ知らず、水沢を闇属性扱いはありえない! 水沢は純真無垢な光属性であるべきだ!

 ……おっと、ついつい熱が入ってしまったが、たかが九条今宵の妄想の戯れ言だ。真面目に捉えるのも馬鹿らしい。


「光には闇が付き物よ。表では聖人の様に振る舞っているけど、裏では闇の力を悪用しているのはよくある話じゃない。水沢さんは怪しいわ」

「お前なぁ……水沢がそんな奴に見えるか? いい加減に中二病設定は捨てろよ」

「……」


 九条今宵は何も答えない。

都合の悪い時だけ無視はもう慣れた。いつもの事だしいいや。


「まずは女子から試合始めるぞー」


 休憩時間も終わりに近づき、霧島先生が笛を吹く音が聞こえてきた。


「ほら、早く行けよ。モブ共に華麗なスーパープレイを見せつけるんだろ?」

「うっさい、馬鹿にすんな。あんたに言われなくても見せつけてあげるから、その眼球かっぽじって見てなさいよ。ふん」


 九条今宵は自信満々に言い残し、集合場所へ向かっていく。

眼球かっぽじって見ろって……見れねえよ! それを言うなら耳だろ耳。


「チームわけするから並べー」


 集まった女子達が交互にAチームやらBチームやらに振り分けられていく。

そこに九条今宵が混じっているのはかなり違和感があるが、女子達はとりあえず気にしない事に決めたみたいだ。良くも悪くも無干渉。

 というか、パスすらろくに出来ないのに、試合なんか無理だろ。



 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




 現在20対19の一点ビバインド。案の定、九条今宵の居るチームは負けていた。

試合も終盤に差し掛かった所だが、九条今宵は一度もボールに触れていない。というか試合に参加していると言えるのかも怪しい。

 適切な言葉があるとすれば、コートに居るだけの置物。実質4人対5人で戦っている様なものだ。それでも一点差で済んでるのは、水沢が同じチームに居るからで、何とか良い勝負になっているだけで上出来だろう。


「何やってんだ、あいつ」


 九条今宵は不格好なファイティングポーズでボールを来るのを待ち構えている。

バスケを格闘技と勘違いしてんのか? 頼むから怪我人は増やさないでくれ。

 それにしても、何をしでかすか心配で見ていられない。子供の授業参観してる親はこういう気持ちなんだろうな。

 まぁ、サーカス小屋の猛獣を見てる気持ちの方が近いと思うけど。


「おっ」


 ようやく九条今宵にボールが回るチャンスがきた。

俺はクラスメイトの名前をはっきりと覚えていないので、仮に女子生徒Aとしよう。

 女子生徒Aがドリブルを失敗して、ボールが転々と九条今宵の前に転がっている。

パスの取れない奴でも、転がっているボールなら取れる可能性は高い。


「……うっ」


 九条今宵はファイティングポーズを解除し、これまた不格好な形でボールを取りに行く。

しかし体勢を立て直した女子生徒Aが、颯爽とボールを取っていってしまった。

 おそらくこの試合で、九条今宵にボールが回る事はもう無いだろう。


「今宵ちゃん! パス!」


 と思っていたのも束の間、女子生徒Aからボールを奪い返した水沢が、山なりのボールで九条今宵にパスをした。

 水沢は九条今宵が運動苦手だと察した様で、ふんわりとした軌道のパスを出してくれている。ノーマークで周りには誰も居ない。これなら九条今宵でも取れるかもしれない。 


「いたっ」


 両手を上げてボールを取ろうとしていたが、手と手の間をすり抜けて、頭にボールが当たった。

漫画かアニメでありそうなくらいの見事な失敗だ。対戦相手はおろか、チームメイトも口を開けてポカーンとしている。


「あーあ、せっかく水沢がくれたチャンスも無駄になったか……っておいおい!?」


 なんと頭に当たったボールは、そのままゴールポストに入っていった。


 ピー! と、試合終了の合図の笛が鳴る。

九条今宵の居るチームは、頭に跳ね返ったボールでゴールするという、奇跡的で間抜けな方法で逆転勝利した。


「やったー! 私が勝利に導いたわ!」


 九条今宵は周りの目も気にせず、飛び上がって喜んでいる。

女子達は互いに顔を見合わせて、何か伺う様に見ていたが、九条今宵に近づいていった。


「凄いね九条さん! 頭でゴールするなんて凄すぎだよ!」


 九条今宵はすぐに女子達に囲まれていた。

その状況に気づいたのか、困った様子で「ま、まぁね」と答えている。

 俺が見ている事に気づいたのか、周りには見えない様にピースサインをしてきた。

すぐに中指を立ててきたが、あいつなりの照れ隠しなのだろう。クラスの輪に馴染める日も近いかもしれない。


「これでお役御免になればありがたいな」


 俺が何かしたわけではないけど。九条今宵が勝手に頑張って、勝手に報われただけだけど。

協力するのは乗り気ではないが、目標が達成に近づくのは良いことだ。

 学校中から避けられているコミュ障ぼっちの九条今宵が人気者になるのは大変だが、案外いけるのではと思う。

 

 ……俺はどうなんだ? 傍観者気取りで達観したフリをして、輪に馴染もうともしていない。

別に友達が欲しいわけではないが、一生懸命輪に馴染もうとする九条今宵を見ていると、少し考えてしまう。このままでいいんだろうか?


「おいっ! 次は男子の試合だぜ! 早く行かねーと霧ちゃんに怒られんぞ」


 丸山に肩を揺らされる。


「悪い。考え事してた」


 柄にもなく、素直に謝る。

霧ちゃんってのは霧島先生の事だ。丸山は女であれば教師はちゃん付けで呼ぶのがデフォルトである。

 ちなみに年配の先生の事は、ちゃん付けで呼ばない。あくまで若い女教師限定だ。もっと言えば美人限定。丸山はそういう奴だ。


「考え事だあ? ははーん、わかったぞ。ジャージって意外と身体のラインがわかるもんな。試合見ながら胸とか尻とか考えてたんだろ」

「お前と一緒にすんな」


 確かに健全な男子高校生である俺は胸や尻は大好きだが、今は考えていない。

それに九条今宵の身体のラインはお世辞にも良いとは……いや、やめておこう。

 今はゆっくり考え事をしたい気分だが、霧島先生に怒られるのは面倒だし、急いで試合に参加しよう。


「しゃーねぇ、行くか」


 あぐらを解除し、立ち上がって走る。

モヤモヤした感情は、身体を動かせば多分忘れるだろう。

 ストレス発散のために、また丸山の後頭部でも狙うか。


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