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魔女と女神


「明日から本気を出すわ」


 翌日の放課後に空き部屋に来てみると、九条今宵はふんぞり返る形で椅子に座りながら言い放った。


「急にどうしたんだよ? 駄目人間の典型みたいな事言い出して」

「あんたは鈍いわね。明日、私が人気になるために重大なイベントがあるのよ!」


 九条今宵は机をバンと強く叩く。

思いのほか強く叩きすぎたのか、手の痛みを我慢している様に見えるが、声を出すのは堪えているみたいだ。若干涙目だけど。

 こいつが馬鹿なのはさておき、重大なイベントというのが思いつかない。そんなのあったか?

平日も平日、普段通りに授業を受けるだけで変わった事は何もないはずだ。


「体育よ!」


 九条今宵はまたも机をバンと叩き、言葉を強調する様に言った。


「はぁ? 体育の授業なら今までだって受けているだろ? しかも体育はイベントでも何でもねえ」

「私、真面目に体育は受けた事ないのよ。マスクで息苦しいのが嫌いだし、何か暑苦しいし」


 あー、そういえば、見学してばかりで運動しているのを見たことがないな。

どう言いくるめたら一年以上も見学出来るのかは謎だし、その以前にマスクを取れとか言いたいが、置いておこう。一番気になるのは……


「それがお前が人気者になる事と、どういう関係があるんだよ」


 そんな当然の質問をした俺に対し、九条今宵は失望した様に答えた。


「はぁ……。あんたの理解力の無さには怒りを通り越して呆れるわ。いいこと? 私が一言口を開くだけで、あんたは全てを察しなさい。わかった?」


 無茶言うな。俺は超能力者か。

俺に超能力があったら今ここで自宅に瞬間移動して、毛布にくるまり惰眠をむさぼっている。断言するね。


「運動能力を披露する機会が多い学生にとって、人気者は運動が得意って相場は決まってるの。ここまで言えばわかるわよね? 私が華やかなスーパープレイをモブキャラ共に見せつければ、一躍人気者になれるって事よ」

「クラスメイトをモブキャラ扱いする奴が人気になれるとは思えないし、そもそもお前は運動得意なのか?」

「愚問ね。トラベリングにデッドボール、オフサイドと殺人サーブの全てを修得済みよ。最近はタッチダウンも練習してるわ」


 九条今宵は自慢気にそう言った。

知ってる単語を並べただけじゃねえか。最後の以外反則だし。


「そうか。頑張れ」


 指摘するのも面倒くさいので、適当に流す事にした。

こいつが間違った知識を持っていたところで、俺には関係ない。


「何帰ろうとしてんのよ! 今から練習するわよ!」

「まさかとは思うが、その練習に俺は含まれてないよな?」

「あんたと私しか居ないんだから、あんたもするに決まってるでしょ。早く準備しなさいよ」


 九条今宵は椅子やら机を端に寄せ、動けるスペースを作り始めた。

マジかよ……ここでやんのかよ。こんな狭い場所で何するつもりだ?


「ほら、ボールよ」


 九条今宵はいつの間にか持っていたバスケットボールを宙に投げ、ボールは放物線を描いて、俺の両手に収まる。


「どこから持ってきたんだよ」

「バスケ部から勝手に借りたわ」

「おい」


 堂々と言ってるけど、普通に盗難事件だろそれ。


「後で戻しておくからいいのよ」

「言っておくけど、俺は無罪だからな」

「ほら、いいからパス」


 相変わらず都合の悪いことは無視である。

パスと言われたので、下手投げでゆっくりとボールを投げる。


「ひゃっ」


 気の強い性格に似つかわしくない可愛らしい悲鳴と共に、ボールがころころと床に転がる。目にゴミでも入ったのか?


「ボール速すぎ! もう少し手加減して投げなさいよバカ!」

「は?」


 出来る限りゆっくりボールを投げたから、今より遅い球を投げる方が難しいぞ。

ボールにハエが止まるぐらいの超スローボールだったので、それが取れないとなると……


「お前って、ものすごく運動音痴?」

「……そうとも言うかもしれないし、そう言わないかもしれない」


 罰が悪いのか、九条今宵は借りてきた猫の様に目を伏せた。


「そうとしか言わねえだろ。キャッチボールすら出来ないんだから」

「運動出来るから偉いって風潮が謎なのよね。走るのが早いから何? ボールを速く投げれるから何? 一部のアスリートとか以外は使い道がないじゃない。それで優劣が決まるならピッチングマシンと結婚してればいいじゃない!」

「それは極端すぎるけど……。いやでも、お前、人を蹴るのとかは得意じゃん」


 こいつには飛び蹴りされているし、その後には不可抗力ながら殺されかけたりもしている。こいつが運動苦手とは考えづらい。


「ボールを使うのはチマチマしてて苦手なのよ。人を蹴るのは思いっきり蹴るだけだから」

「あー、なるほどね……っておい」


 危険な奴だ。被害を受けるのは俺なんだぞ。


「そんなんじゃ笑い者にはなれても人気者にはなれないな。諦めろ」

「笑い者? 良い度胸ね。この私をバカにする恥知らずなモブが居るなら……」


 九条今宵は片手で銃を撃つ様なジェスチャーで、俺の頭を撃つフリをした。


「魔法で黙らせてやるわ!」


 そりゃ高校生にもなって魔法を詠唱する痛い奴が居たら、違う意味で周囲の人間は黙るだろう。しかし人気者になるという目的から離れてしまう事にこいつは気づいていないのか?

 そして自分の指先に息を吹きかけるな、お前の指先からは煙なんか出ていない。


「そうか、じゃあ魔法で何とかしろ。じゃあな」

「待ちなさい! 人間界では魔法は使えないから、あんたがどうにかしなさいよ!」


 出たよ、無駄に凝った自称魔女設定。


「と言われてもな、俺にはどうする事も出来ないぞ」

「何でもいいから教えなさいよ。イカサマでもいいから」

「無理。健闘を祈る」


 今日こそはさっさと帰りたいので、適当に話をつけて教室から出る。

まずイカサマしようとしてる時点で論外だし、前日に言われても期限が無さすぎる。


「役立たず」

「どうとでも言え。お前に罵られたところで痛くも痒くもない」





 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




 次の日の四時間目。体育館内はざわついていた。


「九条今宵が体育に参加するってマジかよ!?」


 床にあぐらをかいてる俺の横でやかましい声を上げたのは丸山である。

驚いているのは丸山だけではない、あの体育をサボり続けた九条今宵が初めて体育に参加するのだから、クラスメイト全員が驚いていた。


「九条、大丈夫か? 身体の調子は悪くないか?」


 担任であり、体育教師でもある霧島先生が九条今宵を心配している。なるほど、霧島先生のお人好しを利用して仮病を使っていたからサボれてたんだな。納得。


「はい。問題ありません」

「それなら良いんだが……無理はするなよ」

「わかりました」

「よし! 準備体操をするから二人一組になれ!」


 霧島先生が大声で指示をする。

ちなみに二人一組というのは、コミュ障にとって、死の魔法と同義である。幸い俺にはこういう時にしか役に立たない丸山が居るからいいとして、九条今宵はそうもいかない。


「だ、誰か……」


 九条今宵はパートナーを求めてうろうろしている。

コミュ障として見てられない光景なので、丸山を捨て、俺と九条今宵で男女混合二人一組というそれはそれで周囲の注目を集めそうな助け船を出そうか考えていると、一人の女子が手を差しのべていた。


「良いよー。私と組もう」


 水沢である。いやいや水沢が九条今宵と組むとか勿体なさすぎる。出来ることなら俺が九条今宵の代わりに組んでもらいたいぐらいだ。誰も九条今宵と組みたくないので、気を使ってくれたんだろう。流石水沢、俺が憧れているだけあるな。


「うん、よろしく」


 九条今宵は水沢の手を弱く握り返す。

ちなみに言っておくと、九条今宵はマスクと大量のウィッグで顔を隠している状態である。

それなのにペアを組んであげるあたり、水沢の女神ぶりが伺える。 


「準備は出来たかー? 片方は前屈、もう片方は背中を押してやれ」


 霧島先生が再び指示を出し、組体操が始まる。

俺は横目で九条今宵の様子を見ながら、丸山の背中を押す。


「いててっ! もっと優しく押せよ!」


 丸山が軽い悲鳴を上げていた。


「あ、悪い。つい」


 無意識に強く押していたようだ。丸山だから別に良いけど。

おっと、九条今宵と水沢の様子を見なければ。


「今宵ちゃん、体育初めてだよね? 身体とか治ったの?」 

「……うん」

「そうなんだ! マスクつけて息苦しくない?」

「……うん、平気」


 九条今宵が水沢から質問攻めされていて、何とか会話が続いている様だ。

あの様子なら大丈夫だろう。水沢に何かあったらただじゃおかないからな。


「そろそろパス練習していいぞー!」


 それから一通りの準備体操が終わり、霧島先生からパス練習の指示が出る。

二人一組の片方がボールを投げ、もう片方が取るのを繰り返しである。


「へいパス」


 ぼんやりと丸山にパスを投げる。

あれ? そういや九条今宵はボールを取る事も出来ないのに、パス練習はどうするんだろう。

 九条今宵を見てみると、相方の水沢がボールを投げたところだった。


「ひゃっ!」


 九条今宵はそのボールをかわし、俺のみぞおちにクリーンヒットした。

床に落ちたボールを九条今宵は何事もなかった様に拾う。


「……避けるんじゃねぇよ」

「で、でも……」

「周りに人が居る事を考えろよ!」

「仕方ないでしょ! あんたも避けなさいよ! のろま!」


 逆ギレした九条今宵が腕をブンと振ると、手に持っていたボールが手から離れる。


「あたっ!」


 あろうことか、水沢の顔面にボールがぶつかり、そして勢いよく転んだ。


「おい、お前何してんだよ!」

「だって……」


 うっすら見える瞳は軽く滲んでいて、半泣きしているようだ。

それよりも水沢の安全が大事だ。思いっきり顔に当たってたからな、


「水沢っ! 大丈夫か?」


 急いで水沢のもとに駆けつけると、水沢はすくっと立ち上がり、ポケットから取りだしたティッシュで鼻血を押さえながら言った。


「へへっ、良いボールだったぜ」


 水沢はわざとらしくカッコつけて言った。正直ダサいが、可愛いから許す。


「ごめんなさい! ぶつけるつもりはなくて……」

「いいっていいって、わざとじゃないのはわかってるし、鼻血くらいたいした事じゃないから。それに鼻血は名誉の負傷って言うからね」


 言わないと思う。どこぞのリアクション芸人以外で言う奴を見た事がない。


「それより練習しよう! 私は平気だから」


 水沢の鼻にはティッシュが詰め込まれていて、鼻血が止められていた。

思春期の女の子がするにはかなり不格好な見た目になってしまっているが、全く気にしていないみたいだ。九条今宵に気を使わせない様に、平気だとアピールしているのだろう。こういう所が俺は好きで仕方ない。 


「俺も素直にパス練習すっか」


 というか怪我人が居たのに、丸山は何してんだよ。

自分の持ち場に戻り確認すると、丸山は他の女子の練習を鼻を伸ばしながら見ていた。

 あー、そういえば俺も投げる練習しなきゃな。パス練習の時間だしなぁ。


「……えいっ!」


 投げたボールは見事に丸山の後頭部に直撃。俺のパス精度は完璧だった。




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