呼び捨て
「ふぅ、これで全てか」
一時間後。事務作業は詩乃がこなし、俺が本を持ち運び等の肉体作業をする事で、なんとか作業は終了した。もっと時間がかかるかと思ったが、意外に早く終わったな。それでも一時間待たせているから、九条今宵は相当怒ってるだろうがな。
「ありがとうございました。おかげで予定よりも早く終わりました」
詩乃は膝に両手を当て、丁寧にお辞儀をした。
頼みを聞いてくれるかもという身勝手な理由で協力しただけなので、少し申し訳ない気持ちだ。そんなかしこまらなくていいのに。
「いやいいんだ。それよりも、俺の話は考えてくれた?」
「あっ、そうでしたね。わかりました、私で良ければ大丈夫です」
「マジで!? 本当に」
「はい。変な人ではありますが、悪い人には見えませんので」
俺への評価は気になるが置いておいて。駄目で元々ぐらいの気持ちだったからかなり嬉しい。いやー、作業を手伝った甲斐があった。
「じゃあ案内するからついてきて」
「はい。……あの、その前にこれをどうぞ」
詩乃は厚めの本を受付のテーブルから取り、差し出してきた。
「あー、ありがとう」
ついさっき借りたいと言った本、「魔女に巻き込まれた少年」だった。
話の流れで言っただけだし、てっきり忘れていた。家に帰ったら読んでみるか。
「じゃあ行こうか」
少し年期の感じるドアノブを開け、図書室から廊下へと出る。
本を並べるという地味な作業を繰り返していたので、何だか開放感があって気持ち良い。
しかし足取りは重い。これから九条今宵に会うことを考えると憂鬱になる。出来ることならこのまま帰りたいものだ。
「先輩?」
詩乃が不思議そうに俺の顔を覗きこむ。
「いや何でもない。足元に気を付けて」
「は、はい」
詩乃の歩幅が小さいので、それに合わせて歩くスピードを調整する。放課後で人が居なくて良かった。俺みたいな奴が女の子と二人で歩いてる所を見られたら冷やかされるに決まっているからな。何度も言うが、すでにフラれているからそれ以前の問題だけど。
「あの……先輩、今から会いに行く人って、どういう方なんですか?」
そう聞かれると、かなり困る。ありのままを言ったら会うのを拒絶されるかもしれないし、かと言って素直に言うことを信じそうな詩乃に嘘を教えるのもなぁ……と思う。どうしたものか。
「自称魔女のコミュ障?」
悩んだ結果、これ以外に答えが思い浮かばなかった。
我ながら的確に九条今宵を表していると思うが、肝心の詩乃の反応は……
「自称魔女のコミュ障ですか……。中々個性的で面白そうな人ですね!」
あれ? 意外に好印象だ。
嫌がられると思ったけど、そんな事はないみたいだ。
「個性的というか、ただのヤバい奴だぞ。口より先に手を出してくるからな。腹を空かせたライオンの方がまだおとなしいもんさ」
「本をよく読むので、変わった人に耐性はついてます」
詩乃は目をキラキラと輝かせてそう言う。
「あのなぁ、創作の変人は害が無いから良いけど、現実に居るとただ面倒くさい奴だし、厄介な事に巻き込まれるだけだ。関わって良いことなんて一つもない」
「それはそれでワクワクしませんか?」
その気持ちは理解できない。臭いものには蓋。それが普通で、詩乃の考え方は少数派だと思う。我が身可愛さで距離を取るのが多数派だろう。俺も含めて。
「あっ、もう着いたぞ」
そんな話をしているうちに、九条今宵の待つ部屋に到着した。どす黒いオーラがひしひしと漏れている気がするが、俺が九条今宵の本性を知っているから部屋が黒く見えているだけだろう。実際はなんの変鉄もない空き部屋である。
「覚悟はいいか?」
後ろに居る詩乃に問いかける。
「信じています」
俺のただならぬ緊張を感じ取ったのか、詩乃はそう一言呟いた。
その返答はずるい。絶対に九条今宵の魔の手から守りたい気持ちで胸がいっぱいになる。さながら姫を守る騎士の様な心情だ。魔女の生け贄になんかさせはしない。
「おーい! 連れてきたぞ!!」
空き部屋のドアを思いきり開ける。
「うっさいわね。大声で言わなくたってわかるっての」
九条今宵はふてぶてしい態度で応じる。
しかし俺の後ろに居る人物を見つけたのか、すぐに態度を取り繕った。
「九条今宵よ。よろしくね」
普段の九条今宵では考えられないほど明るい挨拶だった。猫を被るのがおせえよ。
しかし、こいつでも挨拶ぐらいは出来るんだな。俺以外の人間と話してるのは初めて見たから意外だ。
……まぁ顔は完全に隠しているから、見た目は普段通りの不審者だけど。
「こちらこそ、楠木詩乃です。よろしくお願いします」
詩乃は事務的な挨拶を返す。
完全に猫を被る前の九条今宵を見てるはずなのに、丁寧に対応していて少し感心した。俺が同じ立場なら苦笑いしか出来ないだろう。俺の見込み通り、詩乃はコミュ力が高い様だ。
「先輩先輩っ」
詩乃が九条今宵に聞こえないように、耳元で話しかけてくる。
「良い人そうですね」
「どこがだよ。まず見た目が怪しすぎるだろ。それと俺にキレてたのを見てただろ。騙されるなよっ」
「先輩に怒るのは普通だと思います」
「おい」
軽い漫才の様にツッコミを入れる。
その様子を見て、九条今宵が気にくわなそうに言った。
「随分息が合ってるみたいね。知り合いなの?」
「いや、さっき会った」
「ふぅん」
九条今宵は見るからに不機嫌のようだ。
そうか、俺が詩乃とイチャついてるから嫉妬してるんだな。可愛いところもあるじゃないか、うんうん。モテる男は辛いな、仕方ないから構ってやるか……。
「私が詩乃ちゃんと仲良くなるんだから、あんたは消えなさいよ」
前言撤回。こいつに可愛さは微塵もない。
わざわざお前とでも話せそうな奴を連れてきてやった人に言うことか。
「コミュ障で中二病のお前と詩乃を二人にできるか。連れてきた以上は責任を持って、俺もこの部屋に居る。話すのは好きにしろ」
「……しかも詩乃って呼び捨てだし」
「ん? 何か言ったか?」
九条今宵がぼそっと何か呟いた気はするが、はっきりと聞こえなかった。
「うるさい死ね」
「ひでえ」
いつにもまして風当たりが強いな。死ねはないだろ。
「詩乃ちゃん、あいつの事はほっといて話しましょう」
「え、はい」
まぁいいや。九条今宵の話し相手として連れてきたわけだし、九条今宵に感謝されたら天変地異でも起きそうだから、元々期待はしていない。
「昨日の夕飯は?」
九条今宵は詩乃に笑顔で質問をする。
夕飯なんかどうでもいいだろ、もしかして緊張してるのか? おいおい、お前のキャラじゃないぞ。誰かれ構わず高圧的な態度を取るのが九条今宵だろうが。
「オムレツですね」
詩乃は落ち着いた様子で返事をした。
好物がオムレツって、なんとなく可愛いな。
「そうなんだ」
九条今宵は軽く一言、か細い声で言った。
何だよこの空気。話の続かないお見合いを見せられてる気分だ。見た事はないけど。
「これで私とあなたは大事な秘密を共有したから、友達って事で大丈夫よね」
九条今宵はどや顔である。夕飯聞いただけじゃねえか!!
その謎理論なら、学生の昼食を知っている給食のおばちゃんパリピ説が立ってしまう。
「わかりました」
詩乃は九条今宵の言葉を素直に受け入れた。
流されやすい人間なんだろう。何を言われても大体受け入れて、否定はあまりしない。俺の告白(勘違い)だけは断ったけど。
「やった! 友達が出来たわっ!」
九条今宵は両手を天に上げ、くるくるとその場で回転し始めた。
見ようによっては雨乞いが成功して喜んでいる少女に見えなくもない。
「友達扱いされてるけど、いいのか?」
はしゃいでる九条今宵の目を掻い潜って、詩乃に話しかける。
「私は構わないです。それよりも一区切りついたようなので帰って良いですか?」
「え?」
「予約していたゲームの発売日なので」
「あ、そうなんだ。じゃあまたな」
「はい。本の感想を楽しみにしてます。ではさよなら」
詩乃は瞬く間に部屋から出ていった。
勝手にだけど、本以外に趣味がなさそうなイメージだったから、ゲーム買いに行くって少し親近感がわいたな。ゲームの発売日に茶番に付き合わせて悪かったかな。いつか借りは返すから……。
「おい、詩乃は帰ったぞ」
回転している九条今宵に、帰宅した事を伝える。
「え? 気づかなかったわ」
どんだけ嬉しかったんだよ。浮かれすぎで詩乃が居なくなった事も気づいてなかったのかよ。
「じゃああんたは用済みね。解散していいわよ」
「おっ、ついに解放してくれるのか?」
「そんなわけないでしょ! 明日もここに集合だからね。待たせるんじゃないわよ」
だろうな。言ってはみたものの、期待はしてない。
「ちょっと待ちなさい!」
九条今宵に呼び止められる。
んだよ、まだ何かあるのかよ。俺も早く帰りたいんだけど。
「優紀、あんたにはちょこっとだけ感謝してるわ。ほんのちょこっとね。小さな小さな蟻と同じくらいよ。これからも精々頑張りなさい」
九条今宵は腕を組み、床を見ながら言った。
まだこいつに付き合わされんのかよ……。 ん? それよりも今……?
「俺の事を名前で呼んだよな? 急にどうしたんだよ」
「うぐっ」
赤面。九条今宵の肌は熟した林檎の様に真っ赤に染まっている。
「なんとなくよ!」
「いやでも、今までは……」
「うっさいうっさいうっさい! 別にいいでしょ! ちょっと褒められたからって調子に乗んじゃないわよ! 死ね!」
怒って帰ってしまった。やはり意味のわからない奴だ。
一応感謝はしてたみたいだな。伝え方が不器用すぎるけど。素直になれば友達くらい簡単に出来るのに……って、ぼっちの俺が言えた事じゃねぇか。




