集合時間は守らない
次の日の朝。通学路を歩いていると、少し離れた位置から九条今宵が付いてきていた。後ろを振り返ると、瞬く間に逃げるので意味不明である。
それが逆に不気味で怖い。平気で人を気絶させようとする奴だ。何をしでかすか不安で、気が気ではない。
「うっす、今日も冴えない顔してんな」
九条今宵を警戒し、背中方向に神経を張り詰めらせていると、正面から丸山が話しかけてきた。
俺の現状を知らずに、相変わらず気持ち悪いニヤケ面である。こいつの顔を見てるとイライラが加速するので、一刻も早く消え去ってもらいたい。
「うるせーほっとけ。それはお互い様だろ」
丸山に構っている暇は無いので、突き放すように吐き捨てる。
しかし丸山は微塵も気にしていないようで、憎たらしく笑いながら話しかけてきた。
「おいおい機嫌悪そうだな。もしかして、魔女と何かあったのか?」
マジか、こいつ。九条今宵が見ている事に気づいてないのかよ……。
お前が間抜け面晒してるこの瞬間も俺はストーカー被害にあっているんだぞ、少しは緊張感を持てよ。
「お前はいいよな。こっちはお前と違って大変なんだよ」
「大変? 何がだよ」
丸山はわざとらしく首を傾げながら聞いてきた。リアクションの良い外国人のように、やれやれと言いたげなポーズ付きである。いちいちムカつく奴だ。
仮に事情を話したとしても、問題解決には一切繋がらないだろうし、周囲から避けられている九条今宵を人気者にする約束をしたと言えば、腹を抱えて笑われるだけだろう。丸山はそういう人間である。
しかも今は九条今宵に見られている。なので、こいつに話す意味は無い。
「何もねえよ。掃除しただけだ」
「おいおい、思わせ振りなこと言うんじゃねーよ。つまんねーな。思わぬハプニングで魔女の秘密を知ったりとかを期待してたのによ」
「!?」
鋭い発言に、身体がピタリと止まってしまう。
おいおい、面白半分で核心を突いてんじゃねぇよ。ビビるだろ。
「協力する展開になったりとかも面白いな」
「……見てたのか?」
「んにゃ、何も?」
「そうか。いや、なんでもない」
丸山の性格からして、九条今宵の正体、もとい本性を知れば、すぐにでも騒ぎ立てるはずなので、多分嘘はついていないはずだ。
丸山に知られたとなれば、クラス中に噂が広がるのがほぼ確定だ。俺と九条今宵が仲が良いと思われてしまう。それだけは何としても避けたい。
「あっ俺急いでいるし、先に行ってるぞ」
「おい」
これ以上話を続けるのは危険なので、俺は逃げる様に歩くペースを上げた。それに合わせて、九条今宵も追ってくる。朝から勘弁してくれ。
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「あれ? 今日は早いね。白井君」
なんやかんだで教室に着くと、透き通るように清涼感溢れる声で話しかけられた。
彼女の名前は水沢葵。落ち着いた茶髪のロングヘアーに、美人だけど柔らかい印象を受ける端正な顔立ち、それを鼻にかけない裏表の無い性格が特徴だ。
クラスの男女両方から羨望の眼差しを受けるクラスのマドンナで、かくいう俺も密かに憧れていたりする。
「お、おう」
ただでさえ水沢と話す時には緊張するのに、屈託のない笑顔で見られたので、不自然な返事をしてしまう。 お、おうってなんだよ……。コミュ障丸出しじゃねぇか。
「白井君といえば遅刻ぎりぎりで来るイメージが強かったのに、今日はどうしたの?」
「いや、たまたま早く起きたから……」
「へえ~。健康的でいいね! って、体調悪そうだね。大丈夫?」
「えっ? あっ平気平気、大丈夫だ」
朝から走って息切れしてるのが具合悪く見えたのか、体調を心配されてしまう。
九条今宵に付きまとわれたのでかなり疲れているが、水沢と話して緩和した気がする。九条今宵が魔女なら、水沢は女神と呼ぶべきだろう。
「本当に? 熱とかありそうだよ?」
「い、いや、マジで大丈夫だから! 超元気だから! 元気すぎて、泣いてる子供も裸足で逃げ出すくらい健康だから!」
「それは違う意味で心配だけど……」
過剰に身体を動かし、必死に健康アピールする。周りに『何だこいつ……』という目で見られている気もするが、気にしてる余裕は無い。
「とにかく、大丈夫だから!」
「そう? 風邪やら何やらが流行ってるし、無理しないように気をつけてね」
水沢はクラスの女子達との談笑に戻っていった。
ふぅ、何とか誤魔化せたか……。水沢と話す時に緊張してるのがバレたら恥ずかしすぎる。
それにしても、水沢と話をしたおかげで、心が浄化された気がする。九条今宵と同じ生き物だとは思えないな、少しは見習ってほしいものだ。いきなりクラスメイトの首を絞める奴に無理だろうけど。
「いてぇっ!?」
腰に鈍器で殴られた様な衝撃が走る。その原因は九条今宵の蹴りだった。
水沢が女子達との雑談に戻り、誰からも見られていないタイミングで蹴ってきやがった。俺の悲鳴で注目を浴びるかと思ったが、クラスの連中は各自で雑談している。薄情な奴らめ。
「失礼な事を考えてたでしょ。殺すわよ」
九条今宵は横を通り、周りに聞こえない様にそう言った。
口に出さなくてもわかるとか怖すぎる。もしかして、超能力でも使えるのではないだろうか?
今日だけで二人も超能力者候補を発見してしまった。九条今宵と丸山だ。
「帰りに2階の空き部屋に来なさい」
さらっと最悪の言葉を残し、九条今宵は自分の席に戻った。
用があるなら今言えばいいのにと思ったが、九条今宵も俺と同じで、周りに仲が良いと思われるのが嫌なんだろうな。
「へいへい」
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放課後。言われた通りに2階の空き部屋前に来たが、俺はドアの前で立ち止まっていた。普通にドアを開ければいいだけなのだが、開けたくないからどうしようもない。
この状況で喜んでドアを開ける奴がいれば、そいつはかなりのマゾだろう。残念ながら俺にそっちの毛は無いので、躊躇するのは至極当然の事と言える。
九条今宵に何をさせられるのかは想像もつかないが、とりあえず断言できるのは、面倒な事になるのは間違いない。それは確実。
「仕方ねえ。覚悟を決めるか……」
自分の頬を軽く叩き、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
何、冷静に考えれば、たいしたことではない。とっとと終わらせて帰ろう。
「来たぞー」
掛け声と共にドアを開け、教室へ入る。
九条今宵が来てないなら、すぐに帰ろう。来たけど居なかったって言い訳すればいいだけだし。
「……私を待たせるとはいい度胸じゃない。命の一つや二つは覚悟してるんでしょうね」
九条今宵は教室の真ん中に椅子を置き、その上に不敵に立っていた。
そういえば、掃除の時も教室の真ん中に居たな……。中心で待つのが好きなんだろうか?
「覚悟はしてきたけど命の覚悟してきてねーよ。それよりも、ここに呼んだ理由は何だよ」
「ふん」
九条今宵は椅子の上から軽やかにジャンプし、鮮やかに着地した。もう少しでスカートの中が見えそうだったが、残念ながら重力は俺の味方をしてくれないらしい。
そして窓際の方へ歩き、カーテンを退屈そうに弄りながら、話し始めた。
「あんた、協力するって言ったじゃない? 私が人気者になるって事に」
「不本意だけどな。何だよ、協力しなくていいのか? それなら嬉しいんだが」
九条今宵は人を嘲笑う様に鼻で笑った。
「冗談、約束は約束よ。私は約束を破る人間はこの世で一番嫌いなの。そんな事をしたら、どこまででも付きまとってやるんだから」
「そうかよ」
こいつの事だ、間違いなく本気だろう。今朝にストーキングしてた奴が言うと、説得力がありすぎる。
「それで具体的にはどうしようか考えたのよ、朝にあんたの事を追いかけながら」
「人を片手間でストーキングしてんじゃねえよ!」
「そうしたらわかったのよ。人気になる方法が」
俺のツッコミは当然のように無視された。わかってはいたけど。
その無視した張本人の九条今宵は、自信満々にろくでもない提案を言いやがった。
「まず、あんたが誰かを私に紹介するの。クラス内で人気があって性格がいい子ね。その子と仲良くなれば、自然と私はクラスの中心に居るって寸法よ」
「うわー、やっぱりお前性格悪いな。引くわー」
「あんたに引かれてもどうでもいいから。で、誰を紹介してくれるの?」
「クラスで人気で性格のいい奴ねえ……」
パッと頭に浮かんだのは水沢だが、そもそもあまり話した事がないし、紹介する俺も緊張してしまう。というか、九条今宵に紹介するのは絶対に嫌だ。となると、俺の紹介できる人間といえば……
「丸山はどうだ?」
「丸山? 誰それ、聞いたことがないわね」
きょとんとした顔で、真面目にそう返された。おいおい。
「朝に俺と通学路で話してた奴が居ただろ。それが丸山だ」
「あー、胡散臭いからパス。ああいうタイプ嫌いなのよねー」
丸山……お前は九条今宵に認識されていなかったうえに、嫌われてるみたいだぞ。
「あっ、そういえば、あんたと朝に教室で話してた子とかいいんじゃない? 水沢なんとかかんとかって子」
「下の名前は葵だ。覚えるのは難しくないだろ。丸山の馬鹿はともかく、水沢の名前すら覚えてないのかよ」
「私、自分以外にあまり興味ないし」
……だろうな。今までのお前の言動を見ていればわかる。どう見ても自己中だもんな。
世界は自分を中心に回っていると言わんばかりに俺を巻き込み、挙げ句の果てには、水沢までも巻き込もうとしてやがる。水沢だけは俺が守らねば。
「水沢はやめた方がいいんじゃないか?」
「どうして?」
案の定、質問を返される。さて、どう誤魔化したものか。
「いや、お前とは性格が合わなそうだしさ。もっと仲良くなれそうな奴が居る気が」
「ふーん。じゃあ私と合ってるのって、誰よ」
「…………」
出来る限り思考をフル回転させ、必死に考えてみるが、思いつかない。
いや、そりゃそうだろ。こいつと仲良くできる奴なんか居ねえよ。
「何よ、黙ってないで早く言いなさいよ。居ないなら水沢って子にするわよ」
九条今宵が急かすように最悪の提案を口にする。
このままではまずい! 何とかしなければ!
「そうだ! お前にピッタリな奴思い出した」
「へぇー。何て名前の子よ」
「それは知ってからの楽しみだ。今から連れてくるから待ってろ」
「無能と思ってたけどやるじゃない! ああ、楽しみっ!」
九条今宵は急に鼻歌を歌いだした。わかりやすい奴だ。
勿論、こいつと仲良くなれる人間など思い浮かんでいない。水沢が巻き込まれないために咄嗟についてしまった嘘だ。
適当に探したフリをして、今日は居なかった事にして、後日また対策を練ればいい。時間稼ぎにはなる。
「じゃあ呼んでくるぞ」
「早く行きなさいよ。しっしっ」
九条今宵は早く行けと促す様に手を振る。俺は虫か。




