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「水沢あぁー!!」


 周囲一体を覆う煙の中から、俺の声が響いた。

水沢と思わしき人影が俺の声に反応して霧の鎌で煙をはらい、迎撃体勢を取る。


「え?」


 水沢の攻撃の手が止まった。

何故ならそこに居るのは俺ではなく、九条今宵だったからだ。俺の声が聞こえた場所に急に九条今宵が現れたのだから、混乱するのも当然だろう。

 種は誰にでも簡単に思いつく事だ。あらかじめ俺の声を録音したスマホを持たせ、それを九条今宵が煙に隠れて再生するだけである。

 問題はいつ俺の声を録音したのかだが、逃げる時にに気合いを入れるのを装おって叫ぶことでバレずにすんだ。すげぇ恥ずかしかったけど。


「今だ!!」


 水沢の背後から肩口に手を伸ばす。

冷静に考えさえすれば俺の声を録音していた事ぐらい、水沢なら気づくだろう。しかしこの一瞬で判断するのは戦闘経験の多い水沢といえど、至難の技のはず。


「くっ!」


 水沢も必死に反撃してくるが、気づいた時には遅く、簡単に触れることができた。

よし! これで作戦成功! ……詩乃に言われたとおりに水沢に触ったけど、そういえば具体的にどうなるかは聞いていなかった。水沢は肩に触ってる俺を驚いた目で見てるだけである。何も起こらないのか? だとすれば詰みだぞこれ。 


「!?」


 考えていたのも束の間、立っているのも困難なぐらいの地震が起こり、続いてガラスが割れる様に空がひび割れていく。世界が崩壊していく様を見ながら、世界滅亡エンドのゲームとかってこんな感じなんだろうなと考える。水沢の作った世界だと知ってるから落ち着いてるだけで、実際に現実で起きたら喚きちらすけどな。


「ちょっと何よ!? 何故か空が割れてるんだけど!!」


 九条今宵が床に座りこみながら慌てていた。

俺が来た時にはすでに気絶させられてたし、もしかしてここが水沢の作った世界だと知らないのか? それでよく俺の作戦を素直に聞いたものだ。一歩間違えたら死んでいたかもしれないのに。


「っと、……俺も立ってられなくなってきた」

 

 倒れる様に片膝をつき、水沢の世界が崩壊するまで堪える。

ひび割れた空の隙間から暗闇が見え、その後一瞬で辺りを覆いつくした。


「学校のグラウンド?」


 地震も止まり、戻ってきた場所は我が学校のグラウンドだった。

排気ガスで濁った夜空を見ていると、現実に戻ってきたなと感じる。校舎の電気がついていないので、校内には誰も居ないみたいだな。人が居ない夜の校舎は独特な雰囲気が漂っている。

 九条今宵にスマホを返してもらい時間を確認すると、深夜一時を過ぎていた。見つかったら間違いなく補導されるだろう。どうりで人が一人も居ないわけだ。


「とりあえず一件落着なのか?」


 俺はスマホのカメラ機能を使い、周りを光で照らす。

薄暗いのは変わりないが、何とか顔ぐらいは確認出来る明るさにはなっている。九条今宵と詩乃は無事だな。後は……


「水沢?」


 水沢は力無くへたりこんでいた。


「あんたがやらしい触りかたしたからでしょ、変態」


 九条今宵が冷たくジト目で俺を睨んでいる。


「ちげぇよ! 軽く肩に触れただけだ!」


 にしてもどうしたんだ? さっきまでの自信に満ち溢れていた時とは別人だ。酷く疲労しているように見える。


「あれだけの規模の世界を作っていたのですから、魔力切れになって当然です。例えるなら筋肉痛の酷いバージョンみたいなものですので、すぐには動けないでしょう」


 詩乃が言いながら、水沢の方へ歩いていく。

俺はその足音を光で照らしながら、カメラ越しに目で追いかける。


「どうするんだ?」

「そうですね、私達の与えられた役割に反して暴走したのですから、強制送還は確定として、何らかの重い罰が課せられるでしょうね」


 そりゃそうか。水沢と詩乃に出された命令はあくまで監視する事だし、このままだとまた水沢が裏切る可能性もある。個人的に水沢に憧れていただけに複雑な心境だけど、こればっかりは仕方ない。


「詳しいことは後日に話します。今日はお疲れさまでした」


 詩乃は指先で空中に円を描くようになぞった。

すると円の中から木漏れ日の様な光が溢れてきた。多分だけど、この円は詩乃達の居た世界に繋がっているのだろう。どんな場所かちょっと気になる。


「待って!」


 九条今宵が詩乃を引き止める。

生活リズムが狂わないようにさっさと帰って寝たいんだが。


「九条さん、何か用ですか?」


 詩乃が九条今宵に聞き返す。


「水沢さんの罰を無くす事は出来ないかな?」

「はい? 水沢はあなたを殺そうとしていたんですよ?」


 詩乃は呆れながら言った。

自分を殺そうとしていた相手を助けようとしてるのだから当然の反応だ。

 ……まぁ、実際のところ水沢に殺されかけたのは俺のような気がするけど。九条今宵には誘拐した以外に手出ししてなかったし。


「……うん。でも私のお姉さんらしいし、そ、それに体育の組体操で初めてペアを組んでくれたからっ」


 九条今宵は拙いながらも詩乃に自分の意思を伝えていた。

水沢を助けたい理由は薄いけど、言える様に成長したなぁ……うんうん。って俺は親かよ! 同級生に抱く感想じゃねぇ。


「先輩からも説得してください」


 詩乃は助けを求める目でこっちを見てきた。

そんな目で見られても、俺の答えは決まっている。


「狙われてた張本人が良いって言ってるからいいんじゃないか?」


 あの超絶コミュ障の九条今宵が自分の意見を言ったのだから、出来る限り尊重してやりたい。たとえ俺が殺されかけた相手だとしても。


「はぁ……先輩も殺されかけてましたよね? ……もういいです諦めました」


 言っても無駄だと思ったのだろう。質問の返事も待たずに折れてくれた。


「いいでしょう。九条今宵さんにも私達と共に来てもらいます。そこで私達の組織の上層部に会ってもらうので、説得は自分でしてください。言っておきますが、無事に帰れるとは限りませんからね」

「うん、ありがとう」


 九条今宵は人懐っこい笑顔で礼を言った。


「あっ、じゃあ俺も」


 詩乃達の居た世界が気になるし、それに九条今宵の事が心配でもある。


「それは駄目です。一度に四人を運ぶのは私の魔力だと足りないので」


 のび太に自慢するスネ夫みたいな理由で仲間はずれにされてしまった。どんな場所か一目見てみたかったが残念。まぁ詩乃が一緒なら九条今宵がどうこうされる心配は無いだろう。


「わかった。じゃあまたな」


 ついていくのは諦め、素直に校門へ向かおうとする。

門は閉まってるだろうけどどうすっかなー。そんな高さも無いし、よじ登れば大丈夫か。


「あ、そうそう。私が帰ってきたら友達作りの会議するから! それまでに作戦を練っておきなさいよ!」


 深夜だというのに大きな声で九条今宵は言った。


「この状況でそれは死亡フラグになるからやめろ」


 人に迷惑をかけないを信条にしてる健全な俺は、声を抑えてそう言う。 


「話は明日にでもしてください。ではまた」


 詩乃が言うと、三人とも光の円の中に消えてしまった。

するとさっきまであった光の円は消滅し、薄汚れた暗闇に戻ってしまう。


「……帰るか」


 独り言をぼそっと呟き、校門の方へ歩く。

親が放任主義とはいえ、この時間に帰るのはまずいよな……。説教されるだけならいいけど、学校に連絡いってたりすると大変だな。あっでも、普段外に出ない俺がこの時間まで外出ってのも気づいてない可能性もあるか。


「……今日起きた事って現実だよな?」


 怒られる心配をしている俺が、さっきまで命懸けで戦っていたなど、現実感がなさすぎる。夢オチだとしても壮大すぎる夢だ。


「でも明日からは九条今宵の友達作り()に付き合わされるんだよなぁ。そしたら現実に引き戻されるな。また面倒な毎日が始まるぜ……ふふっ」


 気持ち悪い笑みが溢れてしまうが、嫌な気持ちは一切ない。

今の自分を鏡で見たら吐き気を催すかもしれないが、それでもだ。


「明日の事は明日考えよう。今は帰りで人に遭遇しないようにするのが先決だ」


 そう言って夜の冷えきった帰り道を駆け足で進んでいく。白い息を吐きながら走る足取りは、いつもよりも弾んでいるような気がした。


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